キヴォトス中からありとあらゆる同人作品が集まる超大型同人イベント、「コミックセンター」。
通称コミセンは季節の風物詩、一大イベントとして有名だが、その裏側でとあるイベントが同時に行われていることを知っている者は少ない。
それの名を「ブラックコミセン」、通称「ブラセン」。コミックセンターへの参加がかなわなかった、あるいはコミセンでは到底販売できないようなシロモノ、もといイロモノが集まる、毎年ブラックマーケットのどこかで開催されているイベントである。
どこで開催されているのかという「場所」に関する情報も、何が販売されるのかという「お品書き」も、「開催時刻」すらも正規の手段で知ることはできない――しかし、毎年確かにどこかで行われている。
今年のそれは、今日この日。
そして時刻はたった今。
ブラックマーケットの片隅にて、例年の通りに――それはそれは静かに行われた。
「………………っ」
普段は改造したセーラー服とマスクを身に着け、不良として悪行を働いている彼女も、この日だけは姿を偽る。大きな丸眼鏡にぶかぶかのセーターを身に着け、コンビニのレジ袋に戦利品を提げ、気配を消して歩いていた。
誰が客として足を運んだのか、それすら知られるわけにはいかない……徹頭徹尾極秘を貫き通すイベントであるために。
足がつけばどうなるか、その末路など想像に難くないが故に。
「――ちょい待ち、姉ちゃん」
「…………っ!?」
だが。
その彼女の帰路を、特徴的な学ランを身にまとった集団が阻んだ。
「今帰りかい? ……何買ったんだ?」
ぐい、と顔を近づけるリーダー格と思わしき女の視線を拒み、彼女は余所を向く。
向いた先にはその子分であろう学ラン女がまた数人。
しどろもどろになりながらも、彼女は答える。
「な……なんでも、いいじゃない……弾とか、そう、色々……色々よ」
「ふーーーん……まあ、そりゃそうだ……あんたが何買おうかアタシ達にゃ関係ないわなぁ……」
「そう……そうよ、関係ない! だからさっさと退いてくれない!?」
「はははっ、そりゃあ難しいなあ……だってこいつぁ」
瞬間。
学ランの集団は一様に自らの獲物を抜き放ち、彼女へその銃口を突き付けた。
「――アタシ達、『バイアス』の『仕入れ作業』なんだわ」
ブラックマーケットに根を張る悪意、その一端。
学ランの集団はそれであり、その名をバイアス――すなわち、「転売屋」である。
隠密性の高さと情報網の巨大さ、そして所属する人物の多さから、ブラックマーケットの外にまで影響を及ぼしている者たち。
その活動内容は、品薄になることが予想される新発売の人気タイトルや、そもそもの販売数が少ない同人作品、受注生産のアイテムなどを貪欲に買い漁り、手に入れることができなかった者へ高額で売りつけることで金を稼ぐといったものであり……誰が例えたか、上流でせき止めた川の水を高額で下流に売りつける商売と言われている。
そんなバイアスからしてみれば、ブラセンとは宝の山である。
だが彼女たちは宝の地図を探し求めるよりも、宝を持ち帰ったものから略奪することを選ぶ野盗の一味。
すなわち今この瞬間において、ブラセンからの戦利品を持ち帰る彼女は『得た者』から『獲物』へと相成ったのだ。
「わかったら、その手の荷物をとっとと寄越して消え失せな」
「…………」
「騒ぎになって困ンのはあんたの方だろ? 中身は何だ、エグいポルノか? それともヤクか? パクられんのが怖えからそんな恰好してんだろ、ええ? ――どうなんだよ、姉ちゃん?」
「…………が」
「…………?」
「ブラセン帰りが――護衛もつけずに歩くと思ってんの……?」
「…………あ?」
――だが。
ブラセンは……ブラセンに足を運ぶ者は、ただの顧客でもなければ消費者でもない。
作るのではなく、購入する側に立つという形で参加した、イベントの一員である。
「ごえ――――ッ!!?」
取り巻きの一人が、腹の底から空気を押し出して倒れる。
続けざまにもう一人、今度はその対角線上に立っていた者。
彼女を取り囲んでいたバイアスの一味が、次々と腹部を押さえて倒れていく。
「な……ッ!? 何だ、――ッどこから!!?」
大きな丸眼鏡を外し、スケバンの眼光を取り戻し、彼女がぽつりと呟く。
開催場所も開催日も秘匿されたイベントに、それでも参加が可能な者にとって――
「想定内だ、ってんだよ――クソ転売屋ども」
――ブラセン帰りにとって、野盗に襲われることなど、脊髄反射で理解できるような事象であった。
バタリバタリと倒れていく子分たちの姿に、混乱しつつも女は上を見上げた。
見えない脅威に倒れる様から、これは連なる家屋たちの屋根の上から行われた「狙撃」だと判断した為に。
仮に――。
無計画にブラセン帰りを襲ったことを、彼女の最初の過ちとするなら。
「上を見上げたこと」――それが彼女の、最後の過ちであった。
「……え」
ぴたり。
冷たい感触を、自らの腹部に感じ取り、視線を下げた一瞬。
映ったのは、真っ白いぶかぶかのフードを被った、人らしきシルエット。
自身の半分もない背丈をしたそれが伸ばした腕の先が、自らの腹部に押し当たっていて――。
「――――こひゅぅ…………ッッ」
何が起きたのかを知る由もなく、ただ何かが衝突した衝撃だけを感じて。
腹の底から空気を漏らし、衝撃に押され、受け身も取れずに背中からどさりと倒れた。
「お前らがどんな商売しようが、ウチにとっちゃクソどうでもいいけど」
「――商品の価値も知らねえ連中が、『仕入れ』なんてほざいてんじゃねえぞ」
腹部の苦痛に悶え、喘いでいながらも保っていた意識。
脇を歩き去って帰路に戻るスケバンが片手間に放った銃撃により、それすらも彼女のもとから失われていった。
*
「ありがとうございましたッ!!!!!」
ブラックマーケットの片隅に建つ、小さな木造家屋。
その一階のリビングにて、畳に額を押し当てて深々と礼を言うスケバンの姿があった。
傍らには戦利品の入ったレジ袋。頭を下げている相手は。
「いや、何もそこまで…………ねえ?」
「そうですよ、わたし達――っていうか、今回はお姉ちゃん一人だけど――頼まれたお仕事をしただけですし……」
こたつを挟んだ向かいに座る、白いフードの少女と、彼女を姉と呼ぶ少女のふたり。
その両者に対し、頭を上げてほしいと伝えられても、いえッと力強く拒んでは埋まる勢いで頭を下げ続けるスケバン少女。
「ウチが無事にこいつを手に入れられたのも、お二方『ジタク警備員』の協力あってこそ……!! 本来なら倍、いや十倍は払ってもいい仕事を、格安で請け負ってくれたからこそです……!!! この恩義、一生忘れやせんッ!!!」
目を合わせて話をするため、一時的にがばっと上げた額には畳の跡がくっきりと残っていた。
改造し、丈を縮めたセーラー服とポニーテール、それから黒いウレタンマスク。それが普段の彼女であり、彼女の正装でもあった。
跡の残る額をまた畳に押し付ける彼女に、妹はあわあわと戸惑う。
「だ、大丈夫ですから! わたし達はまだ起業したばっかりで、口コミで知名度アップのお手伝いもかねての料金プランとなっていますし……!」
彼女の名を、「
ふわりと流れたクリーム色の長髪は、日の光のもとではきらりと輝く金色になる。
その隣で、正座をした上で顎がこたつに乗っかりそうなほど背丈の小さな少女――
八月朔日イネの姉の名を。
「
オコメ、と言った。
オコメの身長は数字に表して百と十九センチ。
対して妹のイネは百と五十ちょうど。
体格に大きな差のあるこの姉妹だが、それと同じくらいの大きな差がもうひとつ別にあった。
「だからその……顔を上げてくれないかな……? あまり深々と頭を下げられると、その。……見えないんだよ」
「はっ」
言われてみればと目を開くスケバン。
ささっと姿勢を正座に正し、真っ赤な額と凛とした目線を二人に向ける。
「これはとんだ無礼を……!! 申し訳ありやせん、八月朔日組長!!」
「えあ、合ってるけどなんかこそばゆいな……? んー……オコメでいいよ。呼ばれ慣れてるから」
本人がそう願い出たとしても、おいそれと恩人を呼び捨てにできるものではない。仮に年上であれば尚更である。
スケバンの精神性は自身の頭にそう訴え、ひとつの質問をした。
「……。失礼ながら、お二方の年齢を……お伺いしても?」
質問には、イネが先に答えた。
「十一です。中等部入学のために、資金を集めてます」
目を丸くするスケバンをよそに、次いでオコメが答える。
「十九だよ。去年高等部を卒業して、ココに家を買った。先公連中には進学も就職もしないで起業だとー、なんてキレられたけどね」
「…………」
この姉妹には、八年の年齢差がある。
大きいほうが小さく、小さいほうが大きいのだ。
二度、三度、オコメとイネを交互に見やったあたりで、バグった頭の処理が追い付かなくなったスケバンは、そのままふらりと姿勢を崩してぽてりと畳の上に寝そべった。
*
――キヴォトスには、ブラックマーケットと呼ばれる区画が存在する。
退学、休学といった処置を取られた生徒たちが集まり、独自のサークル活動を行う形で様々な店や家屋が乱立している、連邦生徒会の手も及ばない危険な区域。
無論というべきか、オフィスならばいざ知らず、そこに家を構えて居住するなどという行いは、到底一般人には出来ようはずのないことであるが。
八月朔日オコメはそこに家を買い、そこで妹と暮らしている。
買ったと言えば聞こえはいいが、所詮そこはブラックマーケット、金銭や契約書のやり取りだけで済んだわけもなく、そこそこな量の火薬弾薬も使用した。
何故そうまでして、そんな場所に居を構えたのか?
理由はただひとつ、『他になかったから』。
選択を選ぶ自由が存在しなかった。
彼女にとってそこにする以外の手が、そもそもキヴォトスには存在しなかった。
ブラックマーケットとはとどのつまり、そういった者達によって造り上げられた街であった。
「それじゃあ、ホンットーーにお世話になりやした!! この恩義、絶対ぇに忘れませんから!!!」
大きく手を振ってブラックマーケットの外へと向かっていくスケバンに、オコメとイネの両者も小さく手を振って応える。
彼女の姿が見えなくなったあたりで、そういえばとイネが一言。
「あのお客さん、いったい何を買ったんだろう……?」
ぶかぶかの袖の中で、手に持ったものをかちりと鳴らしながらオコメが答える。
「ライオン・マム3……通称『マム3』なんて呼ばれてる、伝説のクソゲーの最新タイトルらしい。初代マムが発売される頃にはすでに倒産した開発会社の面子が、ブラセン開催にあたって再結集して、十本だけ生産したんだってさ」
「くそ……え? お姉ちゃんなんて??」
「クソゲー。会社が倒産した後に発売した初代マム。会社の倉庫跡から見つかったマム2、それから……ブラセンでのみ頒布されたマム3。カルト的な人気があるから、どれも規格外な値段でソフトが取引されるんだってさ」
目をぐるぐるさせるイネ。
「…………。な……る……ほど? えっ、じゃあバイアスはクソゲーを狙って、お姉ちゃんはクソゲーと依頼主さんを守ったことになる……の?」
「そうなるね。仮に値がつけば数千万はくだらないらしいから、ほら、イネがやってる……カードゲームのレアカードとかと似たようなものじゃない?」
「あ、ああ、言われてみれば……ば……??」
事実、重ねた札束よりも高い価値を持つ、札束よりも小さな物品という代物は珍しいものではない。
姉にそう言われてイネが連想したレアカードも、たった一枚で数十や数百といった額で取引されるものだった。相対的な高い価値を持つという面では、それらは宝石やアンティークといったものと大差ない。
しかしクソゲーである。レアなクソゲーなのである。それも買い取り手がついてしまうような界隈の。それもまたブラックマーケットらしいところと言えばそうかと、イネはしかめ面で自分を納得させた。
「何はともあれ、依頼を完遂できたことが僕らの喜びだ。その人とその人にとって価値あるものを守れた。それ以上のことはないんじゃないかな」
「…………それもそっか」
その数千万の価値を持つ品物を、強奪しようとする者の手から守った。それは間違いなく、自分たちジタク組の実績である。
くるりと振り返り、自分たちも帰路につこうとする――その直前。
オコメはフードの内側、袖の中で弾を込め終えて。
イネは取り出した短剣を、抱きかかえている小銃の先端に取り付けた。
「イネ」
「うん。忘れてないよ、お姉ちゃん」
ブラックマーケットの道路は、様々なものが乱雑に散らばっている。
例えば看板、例えば標識、例えばボロボロの車。
キヴォトスに住む者たちは皆、たとえそこがブラックマーケットでなくとも、そういった道端の道具を遮蔽物に利用できることを知っている。
知った上で、使用するしないの選択を行う。
「依頼は、依頼主とわたし達――双方がきちんと家に帰るまでが、『依頼』。だよね?」
そして八月朔日姉妹は、どちらかと言えば、その遮蔽物を利用しないタイプであり。
「そう。だからこれは、言うなれば時間外労働だな――」
彼女たちは、それを積極的に利用するタイプだった。
「――死ねやぁああッ傭兵ええええッッ!!!!」
叫びながら道路脇、バス亭の影から銃器を向けた一人が、自ら引き金を引くより早くイネの銃弾に倒れた。
前方に注意を向けさせた上での、脇からの闇討ち。たとえそれが失敗したとしても、少なからず注意は脇に向く――そう読んだ彼女たちの目論見が、無数の遮蔽物とともに砕け散る。
イネが闇討ちに対処した瞬間、オコメはすでに前方に跳んでいた。
「速ッ――!? くそ…………!!」
「かまうな!! とにかく撃てッ!!!」
飛び散る遮蔽物の残骸の合間を、無数の銃弾が飛び交う。
その光景だけを見れば、まさしくキヴォトスにおける日常であるが。
その残骸と、銃弾の間すらも縫って駆け回る、小さな体躯の大きな脅威だけは彼女たちの常識に存在していなかった。
「ぎゃんっっ…………!!!」
声が聞こえて、蹴撃に倒れた仲間を見た瞬間には、銃口が自らの腹部に押し当てられている。
そうして倒れた者を見て、銃口を向けた時には、真っ白いフードが既に自分の元へと迫っている。
「かひぇっ――――」
そいつの体は、とてつもなく小さく。
そいつの銃も、とてつもなく小さい。
その小さなものが跳ね回り、ただ正確に自分たちに襲い来る。
運良く標的となることを免れて、背後から銃撃を試みる頃には、もう一方の脅威が襲い掛かる。
硬く鋭い短剣の先は、頑強な彼女たちの体を傷つけず、衝撃だけを体内にもたらす。
「――マニアックが過ぎるだろ、お二人さんさぁ……!!」
展開していた者たちの悉くを薙いだ先で、ブラックマーケットの道路を巨大な装甲車が塞いでいた。
積載された機関砲の引き金を、先日依頼主を襲ったあの学ランが握っている。
「銃剣とぉ!? あんたのそれは何だ!? 袖の中に何持ってんだよ、ぁあッ!!?」
装甲車を見上げながら、オコメはくいっと袖を引いてみせる。
細くしなやかで、たやすく折れてしまいそうな華奢な腕の先。
そこに、縦に並んだ二つの銃口を持つ、手のひらサイズの極めて小さな銃があった。
「デリンジャー。隠し持って、押し当てて――使う。見当はついてたんだろ? 実際に喰らったわけだからね」
「ッッそのオムツ履いた園児がオモチャ代わりに使うような銃で、アタシらのシノギを邪魔してくれてんじゃねえよ、クソガキがッ!!! 遊びじゃねえんだぞ!!!」
「僕もまったく同意見だ。雑兵集めて、群れて、挙句そんなオモチャまで持ち出して、仕入れだのシノギだのと――」
重い銃身を動かし、狙いを定めた瞬間には、米粒ほどの標的はすでに無く。
「――遊びじゃないんだぞ、クソガキがッ!!!」
意識と意識の合間に割って入ったその米粒は、機関砲の銃身へと着地するとともに。
デリンジャーに込められた44マグナム弾を二発、その者の眉間へと撃ち放った。
がきん、とデリンジャーの銃身が開け、次弾を装填。
片手で閉じたそれを、再びコートの内側へとしまい込む。
「……全く。キタグニ旅館もクロシオ商店街も何してるんだ、っての…………」
装甲車も人員も、楽に用意できるようなものではない。
それを寄越した後ろ盾が必ず存在すると疑い、オコメはため息をつく。
「お姉ちゃーーーーーんっっ!!!!」
眼下から聞こえたのは妹の声。残った敵を処理し終え、姉のもとへと駆けつけて来ていた。
「イネ、もう大丈夫。それより、こいつが動くと危ないから、離れ――」
「うしろーーーーーーーーーーー!!!!」
「……後ろ?」
振り返りざまに、機関銃の持ち手を見る。
それを握る手が、まだ離れていない。
「ッ――――」
気づいた瞬間には、既に衝撃がオコメを襲っていた。
機関銃を握った腕とは逆の手で取り出された拳銃、その弾丸が、オコメの腹を叩く。
「ぐうっ…………!!?」
撃ち込まれた弾丸は、放ったものと同じ。
その衝撃に押し出され、小さな体躯が宙を舞った。
「お姉ちゃんっっ!!!」
落下する体はイネが受け止めたが、標的の意識は失われていない。
唸るような轟きを響かせ、装甲車が後ずさる。
機関銃の銃口が、正確に二人を捉えた。
「…………せんまん……数千万だぞ……」
「ッ……?」
「たかだかクソみたいなゲーム一本で数千万だ!!! それがパアだ――!!! ぁアンタらのせいでええええッッ!!!」
姉を抱きかかえたまま、イネが弾かれたように走り出す。
後方へ向かい、踵を返し――その足跡を、銃撃がなぞる。
「アタシ達にも生活があんだよ!! 目標があんだよ!! だから金を稼いでんだ!!! それなのに――!! 返せよ、アタシらの数千万をさぁああああッッ!!!」
「っ……お、お前らのものじゃないだろ、っての……!! お姉ちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫……けどマズいぞ、このまま機関銃を乱射されて、騒ぎをデカくされたら……!」
「あーーーークソッッめっっちゃくちゃ痛えなああああ!!! 医療費も弾薬費も人件費も損害賠償で全部賄ってもらうぞクソ野郎おおおおッッ!!!」
逃走する姉妹、前進する装甲車。バラ巻かれる弾丸が、一帯の家屋を破壊して回る。
広がっていく被害の規模を前に、オコメが恐れているのはそれらではなかった。
それらによって呼ばれる、現れる、「騒ぎが大きくなると現れる」――「治安維持部隊」の出現を恐れていた。
「なるべく遠くにっ、できればマーケットの外にこのまま走って、イネっ……!」
「りょーかい……! …………?」
一直線に走っていたイネは、今自分たちが向かっている先、マーケットの出入り口からきらりと光る巨大な何かが現れるのを見た。
それが何であるかを経験から察したイネは、冷や汗を振り払うように方向を転換、左に向かって走る。
即ち、マーケットの外でなく、物陰に向かって。
「やばい、マズい、やばい、マズいっっ!!!」
その理由は至極単純で。
自分たちは「それ」と装甲車をつなぐ、直線状に居たためで。
――機関銃の駆動音を優に塗りつぶす、轟音が一発。
爆裂し、吹き飛ばされる装甲車と、それに乗っていた人員数名が宙を舞っていった。
「ふんぎゃろおおおおおおおおおおおおおお……………………!!?!?」
バイアス――彼女らの悲鳴がこだまして。
もくもくと土煙が辺りを包み、それが晴れる頃。
飛び散った装甲車の破片の間を、凛と歩く人影があった。
「……来ちゃった……」
「来ちゃったなあ……」
黒いボディアーマーに身を包み、異常に長いストックと銃剣が装着されたサブマシンガンを構える女性。
その脇で、先ほど装甲車を吹き飛ばしたのであろう高射砲をずるずると引きずって歩く、同じく黒いボディアーマーを着た少女。
「マーケットガードの櫻井、それから鑑です。で……装甲車なんぞ持ち出して、バカ騒ぎを起こしたバカはどこ?」
「……さっきあんたらが吹き飛ばしたばっかだろう……」
物陰に身を潜めながら、思わずぽつりと呟くオコメ。
それを期にしんと静かになったのを訝しみ、ちらりと二人のマーケットガードの顔を伺うと、長いストックのサブマシンガンを持った方――櫻井の目がオコメを見ていた。
「あ、やべ」
「……やべ、じゃ、ないでしょうが!! まッッッたあんた達絡みか!!?」
「いっっ、いやいやいや!! 今度こそ被害者だよ!! 向こうが勝手に暴れただけだから!! ていうか何その銃……銃なのかいその子のそれ!?」
「あ? アハトアハトは銃でしょう。この子が撃てるし。で? 今日は何しでかしたわけ?」
「なーーんにもしてないっての、なんにも!!」
マーケットガード。
ブラックマーケットで活動する彼女たちが何より恐れているのが、彼女たちの介入である。
大きな騒ぎを聞きつければ最後、今しがた何もかも吹き飛ばしたように、超暴力的措置によって鎮圧を行う。他の区域であればそうではないのかもしれないが、少なくともオコメ達が居を構えている区域の担当は、銃と言い張って部下に高射砲を持ち出させる女性――櫻井アンコであった。
ああだこうだというオコメとアンコの言い争いの脇で、イネと高射砲の少女――鑑モナカが目を合わせ、ぺこりと一礼する。互いに愛想笑いしかできない状況は、彼女たちにとっての常だった。
真っ白い髪に巻き角を生やした、赤い瞳の櫻井アンコ。
彼女と話す時だけは、オコメもフードを下ろし、自身の黒い髪と赤い瞳を露わにする。
それの出現を何より警戒し、何より嫌っていれど、けして彼女自身を嫌っている訳では無い為に。
――依頼を受け、完遂し、その過程で誰かしらの恨みを買い、襲撃され。
それを返り討ちにする際に、大きくなりすぎた被害がもとで、マーケットガードが現れる。
こうしてアンコとオコメが顔を合わせることも、けして珍しいことではない。
というよりも、日常ですらあった。
ブラックマーケットで暮らす者たちの、日常のひとかけら。
出歩くだけでも危険を伴う、ブラックマーケットにおける護衛任務を主に請け負う、傭兵組合ジタク組……通称「ジタク警備員」の、透き通るような生活の日々。
それはいつも、こんな風に、続いていくのだった。
【八月朔日 オコメ】
19歳。使用する火器は『ゲンセイ』、ハイスタンダード・デリンジャー。
普段は真っ白いフードを被って過ごしている、
黒髪に赤目、そして119cmの低身長が特徴の社会人。
キヴォトスのブラックマーケットにおいて格安で要人の護衛を請け負う、
傭兵組合ジタク組の組長を勤めている。
【八月朔日 イネ】
11歳。使用する火器は『稲妻』、銃剣付きM1ガーランド。
陽光で黄金色になる長髪と150cmの身長を持つ、
姉とは正反対の特徴を持った妹。
姉と二人でブラックマーケットで暮らしており、
今は姉の手伝いをして暮らしているが、
いずれゲヘナ学園に入学する予定。
銃剣は姉と腐れ縁で結ばれている櫻井アンコを意識してのもの。
【櫻井 アンコ】
19歳。使用する火器は『ペルフェクティ』、銃剣と長いストック(というか棒)が装着されたMP40。
真っ白な髪にぐるりと巻かれた角が生えた、赤い瞳のマーケットガード。
「アンコちゃん」と呼ぶと必ず「櫻井だ」と訂正する。
オコメとは旧知の仲で、時に追ったり時に協力する仲。
妹のイネとはなんとか仲良くなりたいと考えている。