ジタク警備員   作:朝神佑来

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第一話:ジャスティス・インジャスティス

 

 

 「正義実現委員会、各位」

 

 

 燃え盛る炎の形をした円環(ヘイロー)

 腰から生えた一対の黒い翼。

 

 その手に握られた、黒と白の拳銃。

 

 「我々はこれより、ショッピングモールを占拠した武装集団と交戦に入るが――」

 

 「武力で以て武力を制する行いが、正義であるとは思わないでほしい」

 

 長銃を携えるものが殆どのこの場において、最前線に立つひとりだけが、二丁拳銃を構えていた。

 

 「――武力は武力だ。暴力は暴力だ、力は力だ……君たちが握ったそれの正体は、けして清らかな正しいものではありえない」

 

 「それは無地のカンバスだ。大抵はめちゃくちゃな色で塗りつぶされるが、我々はそうではない」

 

 

 「線を引き、輪郭を成し」

 

 「色を置き、姿と変えろ」

 

 「正義とは、その絵を手掛ける君たちの心にこそ宿るものだ」

 

 

 その小さな足が巨大な足音を鳴らした瞬間、その背に並ぶ無数の翼がはためいた。

 前進。走行、突撃。目標に向かい、黒い制服と黒い翼たちが飛び込んでいく。

 それはカラスだった。

 

 「行くぞ、諸君。正義のために、力という名の不義を成せ――!!」

 

 カラスたちの名は、正義実現委員会。

 学園内外の違反行為を取り締まり、都市有数の武力で以て制圧を成しえるもの。

 この時代において、彼女たちの最前線に立っていたのは。

 およそ正義と呼ぶには程遠い、暴力の権化とも言うべき戦力を秘めた少女だった。

 

 

 *

 

 

 時刻は昼過ぎ、天気は快晴。

 ブラックマーケット東端、キタグニ旅館自治区にある傭兵組合ジタク組事務所には、依頼がなければ朝から晩まで二人の組員が常駐している。

 ひとりは組長、八月朔日オコメ。もうひとりは若頭、八月朔日イネである。

 

 組と言っても、構成員は以上の二名のみ。

 十九歳の社会人の姉と、十一歳の小学生の妹。それがジタク組の総戦力であった。

 

 「……おねーちゃーん……そろそろ起きてー……??」

 

 「……んへえ…………ふへ…………」

 

 「ごはん冷めちゃったよー……?? 起きて―……」

 

 「くふゅう…………」

 

 肩を揺らされる度、口から息を漏らすパジャマ姿の小動物。

 それが八月朔日姉妹の姉であり、揺らしている方は妹。

 

 「もーー……っ!! お姉ちゃんってば寝る時間が長いくせに夜更かしするんだから……! 依頼主さんそろそろ来ちゃうよ、ご飯食べなくていいの?」

 

 揺すり続けること数分。目は閉じたまま、体も寝転がったままだが、オコメの頭上でふわりとヘイローが輝き始めた。

 欠けた楕円と、それを囲む線――稲束の輪。

 

 それが浮かんで少しして、オコメは重い瞼をゆっくりと開けた。

 

 「おそよう、お姉ちゃん。冷めたハンバーグ食べる?」

 

 「………………たべる」

 

 のそりと起き上がる百と十九センチの体。

 妹ならば足が届くベッドから、彼女はぴょんと飛び降りて、あくびをひとつ。

 そんな姉の姿を見届ける妹のヘイローは、姉とは真逆――円を描く稲束を欠けた楕円が囲った形をしている。

 

 「イネ、今何時……?」

 

 「十三時。依頼主さんが来るのはだいたい二十分後」

 

 「…………」

 

 寝ぼけ眼を何度か瞬き、オコメは洗面所に足を運ぶ。

 その途中、くるりと振り返ってイネに一言。

 

 「ごはん、あっためといてくれ。間に合わせるから」

 

 イネは小さく微笑んで、はーい、と答えた。

 

 

 *

 

 

 ジタク警備員が今回請け負った依頼は、マーケット外から足を運ぶ男性の護衛であった。

 彼女らの護衛依頼の主は、こうしたマーケット外の住人――堅気と呼ぶこともある――が、マーケットを無事に歩けるように守るといったものである。彼ら彼女らが犯罪の温床であるそこに足を運ぶのにはさまざまな理由があり、物見遊山であったり観光であったり、外では買えない手に入らないものを入手するためであったり……ジタク警備員はそうした理由を問わず、報酬さえ貰えれば確実に護衛を遂行する。

 先日護衛したブラセン通いのスケバンも、マーケット内の集まりにコネクションを持つ外の住人である。それ故にマーケットを歩くことの危険性と、その対策をどう取るべきかを理解していたのだった。

 

 護衛の際に姿を隠すという仕事の方向性も相まって、マーケット内でのジタク警備員の知名度はさほど高くなく、外の方が彼女たちを知る者は多い。

 今回の依頼主――護衛対象もまた、外にて彼女たちのことを知り、依頼をしたという経緯でここへ足を運ぶに至った。

 

 「その……よろしくお願いします。トサと申します……」

 

 リビングにて机を挟み、トサはぺこりと頭を下げた。

 強面ではあるが、ぺったりと垂れた耳と落ち着かない視線が、彼の今の心情を物語っていた。

 

 「よろしくお願いします、トサさん。今回は銀行までの道のりの護衛ということで」

 

 依頼内容の確認を行うイネの隣には、白いコートの仕事着に着替えたオコメが座っている。

 寝起きではあるがその目はぱっちりと開かれており、依頼主とは対照的な表情をしていた。

 

 「しかし、どうしてマーケットの銀行に口座を? 以前にも足を運んだことが?」

 

 イネの疑問に、トサはぷるぷると首を横に振る。

 

 「わ、私が向かおうとしているマスティフ銀行は、もともとはマーケットの外に本店を置いていました……しかし、最近になって経営不振に陥り、外にある本店――元、がつきますが――支店が軒並みつぶれてしまい、残ったのはマーケットの中の支店のみとなってしまったのです……」

 

 伴って、マーケット外に置かれた店舗外ATMも軒並み撤去されたという事実を不安げに語るトサ。

 かりかりとペンを走らせ、メモ用紙に情報を書き込むイネの横で、オコメがふと口を開いた。

 

 「マスティフ銀行――ですか?」

 

 「え、ええ、はい。このあたりですと、支店はどちらに……?」

 

 口に手を添え、では――と。

 

 「キタグニ旅館自治区の南、そこの支店に向かいましょう」

 

 「……? あれ、カイザー自治区の方にもなかったっけ? ここからだと、そっちのが近いんじゃない?」

 

 「いや、私用も済ませておきたいんだ。あそこには僕らも金を借りてて、担保に預けた品があるんだが――」

 

 かりかりと顎を搔きながら、宙を見て。

 

 「まず間違いなく、早急にどっかに吸収されて消えちまうだろう。その前に回収しておきたくてさ」

 

 「あ、あー…………」

 

 「トサさんも、預けたお金がマーケットの銀行に流れてしまうのは避けたいのでしょう?」

 

 「え、ええ、仰る通りで……マスティフはまだ、一応は外の企業ということになっていますから……」

 

 キヴォトスにおいて、日々様々な企業がぽこじゃかと生まれては消えている。

 それは銀行とて例外ではなく、故にこういった事態も珍しいことではなかった。オコメはうんと頷いて立ち上がり、トサを見下ろして、歯を見せて微笑み。

 

 「では早速向かいましょう。その為に」

 

 「はい……? そのために……?」

 

 「その恰好ではカモがネギと鍋とガスコンロを持ち歩いているようなものです。着替えましょう」

 

 「………………そんなに?」

 

 

 *

 

 

 ブラックマーケットにおいて、キタグニ旅館自治区は特に治安がよろしくないことで有名であった。

 道を歩けば客引きが寄ってくる。路地裏に近づけば連れ込まれる。うかつに自販機に近づけば「あいつは今弾切れだ」と判断して襲ってくる連中がいる。そんな場所であるがために、治安維持の方法もまた直接的でひどくわかりやすいものとなっていった。

 

 「そこのお兄さんどうです!? い~い子入ってますよ!!!」

 

 「あ……いえ……その……えっと」

 

 真昼間、お天道様が鎮座している時間帯ですら、機械頭の客引きがトサに向かって声をかけてくる。

 そんな地区に店舗を構えるオコメだからこそ、対処する手段の引き出しには事欠かない。ここで誘いを断れば「うちの店の品に文句があるのか!?」と襲ってくるのがキタグニの客引きである。対処法としては単純に暴力でねじ伏せるか、うまく誘いを引き離す話術を用いるかになるが……そこはジタク警備員。

 

 「……間に合っておりますので」

 

 「…………」

 

 客引きの目に映ったのは、トサの腕を抱きしめている小さな女の子。

 トサ自身の体で隠れており、横からでは見えなかった彼女の姿は、接近したことではじめて確認できる。

 それほど小さな女の子を連れた上での、先の一言。

 

 暗に、『お前ごときの店では満たされん』と伝えるその行いに、客引きがとった行動は。

 

 「失礼――致しました……!!!!!」

 

 謝罪であった。

 

 これがキタグニ旅館自治区、ひいてはブラックマーケットにおいて最も有効な手段。『格の違いを見せる』、である。

 たとえそれがハッタリであろうと、信じさせてしまえば事実となる。トサ自身はそう言えとオコメに指示を受け、オコメ自身は隠れもせずトサの腕を抱く、たったそれだけのことで、マーケット外の住人であるトサは堂々と目的地へ向かって歩くことができるのだった。

 

 「…………オコメさん……」

 

 「何でしょう」

 

 「私は……なにか……とても、取り返しのつかないことをしているような気が、いたします……」

 

 「それは『箔』と言うんですよ」

 

 そういったようなやり取りを二度三度繰り返し、客引きの多い区画を抜けたあたり。

 その時点ではもうオコメはトサから離れ、半歩前を歩いて道案内を行っていた。

 

 「ここいら一帯は、キタグニ旅館というマフィア組織がマーケットガードをやっていまして。そのため、キタグニ旅館自治区とか、キタグニ自治区といった呼ばれ方をされています」

 

 「ああ、そういえば気になっていました……。事務所で話した際には、カイザー自治区という単語もありましたが……マーケットガードとは、様々な企業が別個で勤めているもの、なのでしょうか?」

 

 「いえ、マーケットガードはマーケットガードという単一の組織です。けれど中立的な組織ひとつで治められるほど、マーケットも狭くはありませんから――様々な企業が、自らの傘下にある土地をマーケットガードの仕事を担う形で治めているんです」

 

 「……つまり、マーケットガードという本社が別にあり、キタグニ旅館といった別の組織が、フランチャイズ契約を行っているようなものでしょうか」

 

 「例えるなら……うん、そうなりますね。カイザーは……どうかわかりませんけど。聞くところによれば、ガードの本社と直接契約をして守らせているようですが」

 

 先の銀行襲撃事件は、トサとオコメの両名の記憶に新しかった。そしてオコメは、マーケットガードがカイザーの銀行を守るために出張っていたことを知っている。

 もっとも、その上で襲撃は五分未満で完遂されているけど――とオコメは心の内に独白した。

 ガードの元締めであったとしても、戦力的には恐らくキタグニの彼女らに劣る。ただ、それはあくまで戦力だけを見た場合であり、所かまわずアハトアハトをぶちまければ済むかと聞かれればそうでもない。要するにケースバイケースであり、その点では銀行の警備という仕事には元締めが適しているか。オコメがそんなことを考えているうちに、両者の足は目的地へとたどり着いていた。

 

 「え、っと……ここで、間違いありませんか?」

 

 「ええ、ここです」

 

 道の途中、十字路の脇に立つ小さな店舗。利用客がいる様子はない。

 先んじてぱたぱたと店に近寄り、見上げて自動ドアに電源が入っていることだけは確認したものの、自身の身長には反応しないことを知っているオコメは、ちょいちょいとトサに手招きをする。

 そうしてトサをセンサーが感知してドアが開いたとき、カウンターで何かをアタッシュケースにしきりに収めているスーツ姿の機械頭と目が合った。

 

 「あ」

 

 機械頭、もとい銀行員は、ぱたんとケースを閉じて足元に置いてから。

 

 「……いらっしゃいませ!!」

 

 丸い目をにっこりと微笑むものに変え、ぺこりと頭を下げた。

 

 「……彼は今何をしていたのでしょう……?」

 

 「夜逃げの準備か……それともセルフ強盗かな……」

 

 小声で話しながら、店内を見渡すオコメ。

 見た目こそ銀行らしい姿を保っていたが、中はほとんどもぬけの殻である。ATMが置かれていたであろう場所にはシルエットを描くホコリがあるだけで、カウンターの内側も書類や機材というものがすっぱりと片付いている。

 

 「あの……手続きは窓口で大丈夫ですか……?」

 

 「はい!! こちらでお受けいたしますよ!!!」

 

 オコメが様子を伺う間に、トサは銀行員と話をする。

 やけに大きな声量に、トサは溌剌だなあと感じたが、オコメにはそれがヤケクソじみた声に聞こえた。

 

 「ではその……引き出しをお願いしたいですが」

 

 「え?」

 

 「…………」

 

 「…………引き出しを」

 

 「え???」

 

 にっこり笑顔のまま、やけに大きな声量のまま問い返す銀行員。

 

 「ですから……引き出しを」

 

 「預け入れですね!!!! 通帳はお持ちですか!!?」

 

 「……通帳は持っていますが…………」

 

 開いて差し出した通帳を、ぴょんとカウンターに身を乗り出す形でオコメが確認する。

 そこに書かれた数字の桁数は、オコメが思っていたよりも多かった。

 

 「ご利用ありがとうございます!! おいくらほど預けられますか!!」

 

 そして、金を受け取る以外のことをするものかと言わんばかりに声を張る銀行員。

 オコメは、はーー……と息をついてから、困るよりも前に混乱しているトサの代わりに銀行員に声をかけた。

 

 「……苦労してそうだね、行員さん?」

 

 「あ、わかるかいお嬢ちゃん!? みんなどっか行っちゃって僕だけ残ってるんだよ! 流行りのワンオペってやつだね! もーーー大変で大変で寿命を削る思いでさ!!」

 

 「そっかあ。じゃあ行員さんに、長生きのコツを教えてあげるね」

 

 「本当!? うれしいなあ!! ………………ん?」

 

 ガチン、と金属同士がぶつかる音が響く。

 ひょいと翻ってカウンターの上に飛び乗ったオコメが、デリンジャーの銃口を彼の頭に押し付けていた。

 

 「……ストレスを溜めないことと、ストレスを与えないことだ。そこの通帳に書かれた金額分の金を今すぐ用意しろ」

 

 「…………ハイ…………!!」

 

 いそいそとアタッシュケースを手に取る銀行員。

 オコメの持つ携帯端末に通信が入ったのは、その時だった。

 

 

 *

 

 

 ――ジタク警備員という事業を行うにあたり、八月朔日オコメは少なくない額の元手が必要とした。

 学生時代から学業の合間に様々な仕事をして稼いだ金に、様々な銀行を渡って借りた金。八月朔日オコメはイネが言葉すらまともに話せなかったころからキヴォトス中を駆け回り、二人分の生活費に二人分の学費、二人分の銃器と弾薬の費用をやりくりしていた。

 その際、とある二丁の銃をオコメは担保としてマスティフ銀行に預けていた。ブラックマーケットでも有数のガンスミスによって手掛けられた、オーダーメイドの銃の名を。

 

 

 「『正義(ジャスティス・)と不義(インジャスティス)』…………」

 

 

 持ち手の後部にまで及ぶ長い銃身によって、全体が丁字を成している……一見して槌のようですらある、その二丁の銃。

 それはマスティフ銀行キタグニ支店の地下の金庫室にて、机の上に埃とともに転がっていた。

 

 「プライスレスの一品……二品かな? ……が、なんとも雑な管理のされ方だなあ……」

 

 イネは手で埃を払い、銃の最後部にある装填口を開き、一発の銃弾をそれぞれ装填した。

 

 その銃弾は、重機関銃や狙撃銃に用いられる、拳銃に収めるにはあまりに巨大な弾丸である。

 「正義と不義」はその銃弾を一発ずつ装填し、打ち出す度に再装填が必要という、実用性を度外視したある種の試験的作品であった。

 

 安全装置を確認し、二丁を腰のホルダーへ収納。

 くるりと振り返ったイネは通信端末を起動し、上階の窓口にて手続きを行う姉と連絡を取る。

 

 「お姉ちゃん? ジャスティスとインジャスティスは無事に回収したよ」

 

 『わかった。そのまま外で落ち合える?』

 

 「うん。りょうか――」

 

 ――その時だった。

 突如としてイネが解錠していた金庫室の扉が蹴破られ、ヘルメットを被った数人の集団が室内へと雪崩れ込む。

 無数の足音とともにそれらは分散し、一定の間隔を開けて室内に展開した。

 

 「~~~っ!!?」

 

 手慣れた――というよりも、洗練された必要最小限の動作でアサルトライフルが構えられる。

 すべての銃口は真っ直ぐに、同じ標的へと向けられていた。

 

 即ち、八月朔日イネに。

 

 「…………えっ……と?」

 

 状況を飲み込めぬまま、冷や汗をひとつ。

 集団の最前に立つ一人が銃を下ろし、かつかつと足音を立ててイネとの距離を詰め始める。

 

 「強盗――いや……先客かな? お嬢ちゃん、ここで何をしてる?」

 

 「何をー、って……そりゃ、ねえ……? あっ、あはははっ! お使い! そう、お使いを頼まれたの、お姉ちゃんに!」

 

 にへっと笑い、頭を掻いてみせるイネ。

 

 「……へえ、お使いか……偉いじゃないか。ひとりでか? 立派だね、最近の子は」

 

 「おほめにあずかり光栄でございます、ええほんとに! じゃあお使いも終わったしわたしはこれでー……」

 

 「待て」

 

 その横をそそくさと通り抜けようとして、背中と背中を合わせた瞬間。

 イネの足を、その一声が止めた。

 

 

 「そいつを置いていけ。お嬢ちゃんには余る」

 

 

 同時に、イネの表情も色を変える。

 

 「……。これが何か……ご存じで?」

 

 「知らん。興味もない。そして教える義理もない。分かったらさっさと手ぶらで失せなさい。長生きがしたいなら」

 

 「…………」

 

 数秒の静寂。

 

 

 「違うよ」

 

 

 それを裂いたのは、イネの声。

 

 「……あ?」

 

 「これはね。誰の手にも余るの。だから、取りに来た。誰かの手に、あんた達のような連中の手に渡る前に」

 

 その時、イネのスカートの内から、ころんと何かがこぼれ落ちた。

 それは彼女がポケットに手を忍ばせ、今しがた手放したものだったが。

 様子を一変させ、突き刺すような声色を発しはじめた少女の変貌に気を取られた者達は、一様に――こぼれ落ちたものに対する反応を、遅らせた。

 

 「……ッ!? しま――ッ!!!」

 

 次の瞬間に放たれる、目を潰す閃光と耳を突き刺す高音。

 誰もが見ていた的が落としたそれは、その場の制圧を打ち破るのに絶大な効果を発揮した。

 

 「フラッシュバン!? くそ……ッ!! 逃がすな!!!」

 

 その中を駆けて、金庫室を飛び出すイネ。

 同時に通信端末を手に取り、脱出を試みながら叫ぶ。

 

 「敵襲っ!! お姉ちゃん、そっちも気を付けて!!!」

 

 

 *

 

 

 イネが襲撃を受けた、ほぼ同時刻。

 オコメは、今まさに引き出させた額の金を受け取ろうとしているトサの背を突如引っ張り、床へと縛り付けた。

 

 「きゃうんっ!!? ぉ、オコメさんっ、なにを――」

 

 「静かに……!!」

 

 刹那、響き渡る破裂音。同時に店内を多い尽くす真っ白い煙。

 地下と同時に地上――正面からも、ヘルメットの集団は襲撃を行っていた。

 

 「強盗だ。金を出せ」

 

 定型文を口にし、彼女らはゆっくりと突入する。

 床に手をつき、鳴る足音の数を数えるオコメ。

 

 「出せったって、この煙じゃ見えねえでしょう……」

 

 「脅せれば何でもいい。そこらのチンピラが使わないようなモン、とにかく使っとけ……チャフも撒いちゃどうだい」

 

 べったりと床に張り付き、頭を抱えるトサが顎を震わせながら小声で叫んだ。

 

 「なん、な、なんです、いったい……!!? 何が起きたのですか!?」

 

 「し――っ! 声を出さないでください、連中を刺激するわけには……!!」

 

 

 「…………?」

 

 その声を、マシンガンを抱えた一人が聞き取る。

 

 「どうした、トリガーモンキー。敵か?」

 

 「いやア? あのへんから声がしたような気がしてさ――まあ、気のせい気のせい……だよ、なアッ!!!」

 

 一際大きな足音を立て、踏みしめると同時に、その銃口が火を噴き上げた。

 はじめはオコメたちを狙っていた射線が、数秒経つにつれブレはじめる。その内に甲高い笑い声とともに、マシンガンの弾は店中に傷痕を刻みはじめた。

 

 「あっっひゃっひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!  っべ、たまんねえわ、この音ッ!! この振動!!! これがロハで堪能できんだから最ッ高だなアぁあっひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」

 

 「うおっっぶねえ!? 馬鹿野郎、暴れんじゃねえ!! ちょっリーダーこいつ抑えてくれません!? リーダー!? あれ…………!?」

 

 駆動と射撃の音に紛れ、白煙の中で何かが動く。

 ドサリと誰かが倒れる音と、バサリと鳴る翼の音。

 

 「おい……! おい!! 銃を下ろせ、なんか変だ……!!」

 

 「ひゃひゃひゃひゃっ……は? 変って、何が? ん?」

 

 声の方を向いた瞬間、自身を見ていたヘルメットの頭が吹き飛んでいく。

 反応を示そうとした次の瞬間には、それはすでにそこにいた。

 

 「――あ?」

 

 体が吹き飛ぶ一寸前。見えたものは、真っ黒な翼と、真っ赤な瞳。

 そして燃え盛るヘイローを携えた、巨大なカラスだった。

 

 

 *

 

 

 「トサさん…………ッ」

 

 襲い来る無数の銃弾を、自身の体を覆っている黒い翼が防いでいる。

 真横で同じくしゃがみ込み、体を縮めている護衛の少女が、少しずつ口を動かす。

 

 「……これが僕らの日常です。なんの理由もなく、きっかけもなく、ある日――突然何かに襲われる。それが何なのかも、知ることもなくッ…………」

 

 「お……オコメさん……っ!?」

 

 「だからこそ」

 

 黒い翼が何なのか、トサはそこで初めて知った。

 銃撃がそれて、店中にバラ撒かれはじめたあたりで、オコメが立ち上がり。

 

 ――白いコートを脱ぎ捨て、その真っ黒な翼を翻した。

 

 「依頼主(あんた)を傷つけさせはしない。銃弾だろうが隕石だろうが、僕らジタク警備員は守り通してみせる。――それこそ」

 

 

 「自分の“ジタク”を、守り通すように……!」

 

 

 ばさり。はためく音と風が吹き荒れた瞬間には、彼女はすでにいなかった。

 続けざまに聞こえてくるのは、先ほどから放たれっぱなしの銃撃と……そこに混ざる、一発ずつの射撃音。

 翼のはためきと銃撃を聞く都度に店内の空気が乱れ、充満したスモークも少しずつ外へと追いやられていく。

 

 「こ……っ、これが……ブラックマーケット……かああ……っ!!」

 

 嵐の渦中にいるような思いで頭を押さえ、床に丸まっていたトサの耳に、誰かの声が聞こえた。

 

 『敵襲っ!! お姉ちゃん、そっちも気を付けて!!!』

 

 脱ぎ捨てられたコートにしまわれた、通信機から響いた声だった。

 それを手で引き寄せ、今しがた暴れまわっている彼女のかわりに応える。

 

 「え、え……たった今、襲われているところです……いや、襲ってる、の方が正しいのかな……?」

 

 『え!? 誰!? っあ、トサさん!? あーー、わかりました! とりあえずおとなしくしてれば大丈夫です、これからもっと騒がしくします!!』

 

 「ひえっ……」

 

 通信を終え、いつの間にか銃撃も風も止んでいることに気づき、ふと頭を上げたとき。

 煙はすでに晴れ、壁や床に無数の弾痕を残したのみで、襲撃は終わっていた。

 店の真ん中に佇むは、黒い翼をはためかせる小さな少女。

 周囲には倒れ込んだヘルメットの女たち。

 

 オコメはくるりと振り向いて、トサがこちらを見ていることに気づくと、翼を体に巻き付けるようにして畳みながら駆け寄った。

 

 「あ、す、すみません、その……」

 

 「ん」

 

 コートを受け取り、それに袖を通して前を留めれば、彼女の姿は見慣れたものとなった。

 黒い翼もコートの内にすっぽりと収まり、わずかに着ぶくれた程度の印象を形作る。

 

 頭上のヘイローの形は、欠けた楕円と稲束。

 

 「怪我はありませんか?」

 

 「……はい、その、おかげさまで」

 

 「よかった」

 

 小さく微笑み、たたたっ、と駆けてカウンターの向こうへ跳んでいくオコメ。

 もう一度カウンターの上に飛び乗り、姿を現した時には、小脇にアタッシュケースを抱えていた。

 

 「気絶してましたね、彼。……はい、目的の品です」

 

 「……ありがとう……ございます。……受け取っても大丈夫なのかな…………」

 

 「あなたのお金ですから、遠慮なく……それよりも」

 

 

 「おねえちゃーーんっ!!!」

 

 

 正面入り口から、大きく声を張り上げる妹の声が響く。

 破壊され、吹き抜けとなったそこから、イネは二丁を銃を投げ渡した。

 

 「ん。ありがと、イネ」

 

 「どういたしまして! それより、地下にはまだ――」

 

 「まだ残りがいる、でしょ?」

 

 受け取った二丁を確認し、イネの元へと歩くオコメ。

 バタバタと足音が鳴り響き、イネを追って来た集団が店沿いの道路に展開する。

 

 「どう思った、イネ?」

 

 銃剣を取り付け、姉の隣で戦闘態勢に移行するイネにオコメは問いかける。

 

 「チンピラにしては統率が取れすぎてる。けど練度が低い。部隊としての行動に慣れてはいるみたいだけど――銀行強盗には不慣れみたいだね」

 

 「うん。おおかた、雇われのPMC――ってところか。どこの差し金かは知らないが……」

 

 

 「――射撃用意……!! ッ()え!!!」

 

 

 弾丸の雨の中を、ものともせず走り抜ける姉妹。

 銃を携えた近接戦闘を得意とする両名にとって、腰だめに構えた相手など、動かぬ的にすぎなかった。

 両手でストックを握り、横一閃に薙ぎ払えば、剣の先がヘルメットを叩き割る。

 久方ぶりに再会した相棒の底で裏拳を放てば、また同じようにばきゃんと割れる。

 

 部隊の中に飛び込み、構えられる三丁の銃。

 

 取り囲む的たちに、定められる狙い。

 

 

 「今日は――」

 

 「残業をせずに、済みそうだ」

 

 

 にこりと笑ったその顔は、心底『楽』に満ちていた。

 

 

 *

 

 

 夕方――日が沈み、徐々に冷たい風が吹き抜ける頃。

 

 近場の喫茶店にてしばしの休息を経た八月朔日姉妹は、ブラックマーケットの出入り口までトサを送った。

 

 「あ、ありがとうございました……お二人とも」

 

 ぺこりと頭を下げる彼に、二人も小さく頭を下げ返す。

 

 「今後ともご贔屓に。……とはいえ、来ない方がいいんですけどね、ブラックマーケットなんて」

 

 「買い物ひとつでも、あんな事態に巻き込まれることもあり得るからね。まあ……それでもパワフルな学生さんが来ることもあるけどさ」

 

 「はは……それはまた、なんとも」

 

 修羅場を潜り抜け、すっかり緊張もほぐれて、生来のトロンとした笑顔でトサは答える。

 そして、いざ帰路に付かんとする刹那。しかし、とトサはずっと気にかかっていたことを口にする。

 

 「報酬の額は……本当にたったあれだけで宜しいのですか? 店の被害とか……とても大立ち回りをされていましたが……」

 

 ああそれなら――と、オコメはコートの内側に手を潜らせる。

 それから、すぽっ、と現れた小さな手には、いくつかの札束が握られていた。

 

 「あれ。お姉ちゃん、いつの間に」

 

 「ワンオペの受付がかき集めてた余り。イネは?」

 

 「あるけども」

 

 そう言ってイネもポケットからいくつかの貴金属――金庫室から拝借してきたアクセサリーを取り出した。

 

 「護衛もする。強盗もする。僕らジタク警備員は、ジタクを守るためならば何でもしますよ」

 

 汗を垂らして眉間にシワを作りつつも、なんだかすとんと納得してしまったトサは、改めて別れの挨拶をして帰路に付き。

 彼女たちとは正反対の方向へ向かいながら、夕焼け空を見上げて……ふう、と息をひとつ。

 

 「……ブラックマーケットかあ…………」 

 

 預金の引き出しひとつするだけで、強盗に出くわし銃撃戦に巻き込まれ……自分にとっては生涯忘れそうもない波瀾万丈な一日を過ごしたものの。

 護衛を任せた年若い姉妹にとっても、ブラックマーケットという街にとっても、それは単なる日常に過ぎないのだろうなと、考えて。

 

 「たくましいなあ……」

 

 一言、そう呟いたのだった。

 

 

 





【正義と不義(ジャスティス・インジャスティス)】
特徴的な形状、それから拳銃としてはあり得ない大口径を持つ銃器。
白と黒の二丁が存在し、白い方が「ジャスティス」、黒い方が「インジャスティス」。
これは持ち主の「我々が振るう力は不義であり、しかし我々はそれをもって正義を成す」
という思想から来るもので、黒い制服を纏う自分たちを「インジャスティス」、
そうでない白色を「ジャスティス」と定めたため。

単発式の拳銃であり、使用する弾丸は12.7x99mm弾(.50BMG)。
到底実戦に持ち込むことなど不可能な一品だが、使用の際は弾帯を腰に巻き付け、一発撃っては一発を取り出して装填するという形で用いられた。

正義と不義の唯一の使い手は、敵の懐へ飛び込んで殴打を繰り返したのちに射撃、
対象の戦闘不能を確認しながら弾丸を装填、そしてまた飛び込んで――といった戦法をよく用いており、
緊急回避の際には跳躍の瞬間に両銃を同時に発射し、
自分の体を吹っ飛ばすという芸当までやってのけた記録が残っている。


【トサ】
最近、タピオカミルクティーをはじめて飲んだが
彼が口にしたタピオカはタピオカではなくキクラゲだった。
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