ジタク警備員   作:朝神佑来

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第三話:エース(後編)

 

 静かに、静かに手を組んで目を瞑っていれば、それは敬虔な信徒の姿なのだろうか。

 

 その程度のことならば誰にでもできよう。

 敬虔な信徒を演じることで神に認められるのなら、いくらでも演じよう。

 しかし私は、神の姿を見たことはない。

 信徒を演じる者がいつまで経っても神が現れないと訴え出せば、「演じているからだ」、「心からの祈りが足りぬのだ」と指摘を受けることは明白だ。

 

 私は神を愛している。神を信じている。

 だからこそ、神の実在を確かめたかった。

 心からの信奉を数字に表して、十割と例えるならば。

 私は神を、十一割信じたかったのだ。

 

 聖堂で祈りながら黙するとき、私はいつも迷っていた。

 

 この祈りは届いているのだろうか。この信心は正しいのだろうか。

 すべてが間違いであるから、私たちの前に神は現れないのではないだろうか。

 すべてが間違いであるなら、私たちは如何様にして救われればよいのだろうか。

 

 そうした思考ばかりが私から時間を奪い去っていった。

 その姿だけが持ち上げられ、私は立派な信徒だと持てはやされた。

 私はただ、迷い続けていただけなのに。

 

 だから私は、神を探し続けた。

 

 ――Vanitas vanitatum et omnia vanitas.

 すべては虚しいものである。そんなことは知っている。

 故にこそ神はおわすのだ。故にこそ神は我々をお救いになるのだ。

 信じているからこそ、その神を、探し求めずにはいられなかった。

 

 

 「シスターボタンを知りませんか? 先ほどまで、聖堂にいらっしゃったのですが……」

 

 「ボタン先輩……ですか? 確か、あちらに向かう姿をお見受けしたような……」

 

 「そちらは…………待って……まさか――カタコンベ?」

 

 

 ――嗚呼。

 

 ああ、あぁ。

 

 

 「“Rex tremendæ”」

 

 

 *

 

 

 旅館の名を冠しながら旅館を経営しているわけではないキタグニ旅館と対照的に、シロハタ酒屋の主な事業は酒屋である。

 『飲んで楽しむ火炎瓶』を謳うシロハタの酒はマーケット内において高い評価を得ており、自治区の境を越えて酒屋の支部が点々と存在していた。

 バーを探しているならシロハタがいい。それはブラックマーケットで過ごす者たちの共通する意見である。

 

 「飲んでよし、燃やしてよしの便利なシロモノだ。三本でいいか、シスター?」

 

 「ええ、ありがとうマスター。……約束のものは?」

 

 「あるよ……ったく、ウチは薬局じゃねえんだがね」

 

 客もまばらな、薄汚いバーの中。軽快な音楽を鳴らすはずのジュークボックスは壊れて仕事を放棄しており、客たちのぼそぼそとした話し声が煙のように店内に充満する。

 カウンターにごん、ごんと一本ずつ置かれる酒瓶と、錠剤の詰まった薬瓶を受け取り、花菱ボタンはクレジットを支払った。

 

 「……ぇあ」

 

 フタを開け、口の中に流し込むのは酒ではなく、十錠ほどのカフェイン錠。

 伸ばした舌で招き入れたそれを、がり、ごりと噛み砕いてから嚥下する。

 平然と今この場にいる彼女に対し、欠けた猫耳のマスターは怪訝な目つきを向けて唸るように忠告した。

 

 「おすすめは飲む方だぜ、シスター。雪のようにピュアなそいつをアンタが買った以上、どう使おうが勝手だが――これ以上、目立つようなマネは止しなせえ」

 

 「あら、心配してくださるの? お優しいのね、マスター。なら……私もひとつ、伝えておくわ」

 

 くるりと踵を返す直前。ボタンはマスターの懐に目を向ける。

 ぐっと緊張している腕の先、カウンターに阻まれて見えない手には、握られているものがあるのだろう。

 指の間に酒瓶の口を挟み、薬瓶を懐にすっとしまい込んで、ボタンは。

 

 

 「あなたが掴まされてるその銃弾――ニセモノよ。本物は、もっと大きいから」

 

 

 それだけ言い残し、こつ、こつと店の出口へ向かって歩いていった。

 

 その背中に向けられる、いくつもの銃口。

 懐から取り出した奇妙な紋様が刻まれた弾丸をシリンダーに装填し、ボタンの後頭部を狙うマスター。

 

 「たいしたご慧眼だ、信心のたまものか? イカれたコスプレ女が、笑わせる」

 

 ボタンの足は止まらない。

 変わらず、ゆっくりと外に向かって歩いていく。

 

 「――この弾で本当にヘイローが壊せるかどうか、アンタに鑑定してもらおうじゃねえかッ!!」

 

 そして向けられた銃口から弾丸が放たれる――瞬間。

 買われたばかりの酒瓶が、ぶん、と店内へと放り投げられた。

 

 「はっ、チャチな火炎瓶でどうにかなるかよ……!! だから飲む方を勧め――」

 

 その口に火を灯した三本の酒が、銃弾に撃ち抜かれて飛散する。

 二本はシロハタの酒。――もう一本は。

 

 

 *

 

 

 『す……すみませんっ、対象、ロスト……! 花菱ボタンを逃がしてしまいました……っ』

 

 「……怪我は無い、鑑? ならいい。どっちに向かったかはわかる?」

 

 広々とした駐車場に、黒塗りの車がてんてんと停まっている。

 その中心でエリアプードル内の鑑モナカと通信を行っているのは、彼女の直属の上司にあたる櫻井アンコ。

 そのアンコの隣にはカルマ。通信に聞き耳を立てて、タバコをくゆらせながら続く報告を待つ。

 

 『搬入用のトラックが西口から出ていくのが見えました。花菱はそれに乗って逃走を図ったかと――』

 

 「……西?」

 

 咥えたタバコを手に移し、眉間に皺を寄せるカルマ。

 

 「カルマさん?」

 

 「ぇや……あの子が収監されてるクロシオ拘置所と正反対の方角だから。いつもなら道中メチャクチャにしながら帰ってく筈なのに」

 

 初犯が遠い過去にある花菱ボタンの脱走は、いつも彼女が『用事』を済ませて帰路につく際に問題が起こる。

 脱走の報せを受け、キタグニやクロシオ、シロハタといった面々がその対応にあたり、ボタンがその確保の網をすり抜け――ブラックマーケットがドンパチとにぎやかになるのはそのタイミング。

 花菱ボタンの帰り道こそ、最も被害が拡大する時間である。

 

 ――まばらに停まる車の間を抜けて、カルマとアンコのもとに駆け寄る人影が三つ。

 ジタク警備員の両名と、依頼主のリク。先頭を駆けるオコメが、真っ先にカルマの足元に駆け寄る。

 横目で彼女の姿を見ながら、カルマは地図を広げつつしゃがみ、ジタク組組長と視線を合わせた。

 

 「西に逃げたってのは確実なのかい、カルマ?」

 

 「えや、不確実。つっても状況的に大半の客も従業員も中に避難するし、外に逃げるやつはコソコソ逃げるっしょ。街中をトラックが爆走してたら目立つって」

 

 花菱ボタンの目的は『逃走』であり、その場に残って抗戦を選ぶ理由は無い。

 客も従業員もブラックマーケットの住人であり、パニックを起こして逃げ出すよりも、身を隠して嵐が去るのを待つことが正解だと知っている。

 その中で逃走を図るのは、この機を好機と見る者……即ち、火事場泥棒くらいのものであった。

 事実、モナカの報告により、裏口や勝手口からそそくさと逃げていく人影も確認されている。

 

 「あー……とりあえず、ボタンの居場所が判明次第アンコはエリアプードルに営業再開の報せを入れといて。火事場泥棒への対処はカイザーに任せるとして……問題はー…………」

 

 今、カルマの頭を悩ませているのはそれではなく――ボタンが逃げたと思わしき方角の先。

 エリアプードルの西側には居酒屋をはじめとする飲食店が立ち並ぶ通りがあり、そこはカイザー自治区の内側でありがなら、シロハタ酒屋の影響力が強い区画であった。

 花菱ボタンの確保、エリアプードルの警備はキタグニの仕事であり、空いた穴をシロハタに手伝ってもらっている。

 その状況で――ボタンがシロハタの影響が強い酒屋に飛び込み、壊滅的な被害でももたらせば。

 

 「間違いなく責任問題……至極真っ当な理由であのクソボケメスガキに攻め込まれる……! いやいやいやいや大丈夫っしょ、たまたま気分的に他の道から帰ってみてーなーってなっただけで、まさかピンポイントにシロハタの店ぶっ飛ばすなんてこた……ねえ??」

 

 だらだらと冷や汗を流して焦るカルマを横目に、オコメは別のことを考えていた。

 

 「……あいつ……酒なんて飲むか? 飯でも食いたいならそれこそフードコートで十分だろうに……何の用で」

 

 花菱ボタンは気のふれた女だが、意味のないことはしない。長い付き合いから来る奇妙な信頼が、オコメにはあった。

 ぴぴぴ、とアンコの懐でビープ音が鳴る。彼女の飾り気のない通信端末への着信だった。

 

 『櫻井さん、見つけました……! ボルゾイ通りのシロハタ酒屋支店に――――ッ』

 

 直後、端末から響く割れた爆音。思わず耳をわずかに遠ざけ、すぐに聞き返す。

 

 「っ……!? 何、どうしたの!? 聞こえないわ、大丈夫!?」

 

 声を張るアンコの背後に、空に向かってもくもくと立ち上る黒い煙があった。

 最初に気づいたのはイネ、次いでリク、地図を睨んでいたオコメとカルマがその次に。

 その場に居合わせた者たちが順に空を見上げ、様々な色に顔色を変えた。

 

 『はい――いました……が、酒場が吹っ飛んで、煙がっ――げほげほっ……!』

 

 「…………」

 

 西条カルマは煙を睨みながら立ち上がってタバコを咥え直し、目を細める。

 先程までと真逆の印象を与える鋭い眼光は、明確に酒屋に危害を加えたボタンの所業に対し、彼女が頭の中で対処のプランを切り替えたことを示していた。

 

 「ジタク組」

 

 「……ん」

 

 「お客さん、無事に帰せんの?」

 

 キタグニ旅館のカルマは暗に忠告する。

 目の前の、その客人に構っていられるような状況ではなくなったと。

 

 ぎゅっと自身のガーランド――稲妻を抱きしめるイネと対照的に。

 オコメは変わらぬ様子のまま、袖の内でデリンジャー、ゲンセイを握りながら答えた。

 

 「帰すよ、それが仕事だ。脱走した囚人が邪魔してくるってなら――ついでに、鎮圧してやってもいいけど」

 

 「……頼もしいことで」

 

 ふっと息をついて笑うカルマ。アンコも通信を終え、カルマと同じように顔つきを変えてペルフェクティを右肩に抱えた。

 

 「ならここで別れましょう、八月朔日姉妹。私達は西に向かうから、アンタ達は反対方向の東……自分らの事務所側から外に向かいなさい。おっけー?」

 

 「ぉ、ぉおおっけーです! アンコさん、気を付けてっ……!!」

 

 「櫻井よ。……イネちゃんも気を付けてね」

 

 暫く状況に翻弄され、右や左をきょろきょろと見回すことしかできなかったリクも、各々が各々の目的のために準備を始めたのを見て口を開いた。

 

 「……え、えと、状況? 方針? は、まとまった……のよね? っ時間も圧してるし、私も早く帰らなきゃ……」

 

 「ええ。我々はこれから自分たちの事務所に向かい、そこからマーケットの外へ貴女をお送りします。……ああ、護衛の料金はいただいてますから、どうかお気になさらず」

 

 「そ……れならよかった。ええ、ホントによかった……。じゃあ……エスコートをお願いするわ、二人とも」

 

 ワインレッドのコートを着直し、自身も愛銃を背中に抱える。

 目は細めて、ふっと不敵に微笑み。これから花菱ボタンの元へ向かう両者に倣い、顔つきを変えて。

 

 

 「――ああ、それと!」

 

 「うん?」

 

 互いに背を向け、数歩歩いたあたりでアンコが唐突に声を投げる。

 

 「さっきの通信! ボルゾイ通りで『アルサマアアアアア』って奇声も聞こえてきたらしくて! ボタン以外にも気を付けたほうがいいっぽいわよ!」

 

 ぴたり。

 三人の内でもっとも長身の少女が、その忠告で歩を止めた。

 

 「あ……アルサマア……?? 意味はよくわかんないけど、わかった! 気を付けるよ、アンコ!」

 

 「櫻井ーーーー!!!」

 

 駆け出していく二人を肩越しに見送り、オコメも深くフードを被り直す。

 奇声を発する危険人物に心当たりはないが、騒動に紛れて脱走した可能性も否定できない。

 改めて気を付けて向かおう、そう依頼主に言おうとして、その依頼主の異変に気付く。

 

 「……リクさん?」

 

 「オコメさん、イネちゃん? えっと……今、何時ぐらいかって、わかるかしら……ざっくりでいいのだけれど……?」

 

 携帯端末を取り出し、時刻を確認するイネ。

 

 「……昼過ぎ、夕方ちょい前くらい! そういえばさっきも時間がどうとか……リクさんの家、門限とかあるんですか?」

 

 ぶるぶると頭を左右に振り、手慣れた手つきで長銃を構えるリク。

 そしてコートをぶわりと翻し、向かう先とは反対方向へ体を向けて、叫んだ。

 

 

 「私たちもあっちへ向かうわよ!!! とにかく、なんでも、今、すぐにッ!!!」

 

 

 この世の終わりを目にしたような、焦りと冷や汗をこれでもかと浮かべた顔で。

 

 「は――」

 

 「え……」

 

 困惑して硬直する二人を、リクは待たなかった。

 

 

 *

 

 

 つまんだ銃弾を、空にかざして仰ぎ見る。

 

 住まいに煙を焚かれた虫や動物のように、わらわらと逃げ出していく客たちを尻目に、私は次の目的地へ。

 奇天烈な模様が刻まれたその銃弾を観察しながら、こつこつと歩く。

 

 偽物が出回っている。それはすなわち、偽物が売れるということ。

 そして偽物が売れるということは、それだけ本物に高い需要があるということ。

 まさにブラックマーケットらしい、くそのような需要と供給の成り立ちである。

 

 「よくもまあ……こんなものを、ありがたがって欲しがるものね」

 

 私の手のひらにすっぽりと収まる、小さなパラベラム弾。

 こんなちんけな豆鉄砲の一発で、人の命など奪えるはずがないだろうに。

 末端価格がいくらか知らないが、私だったらこんなものに金は出さないだろう。

 

 

 「わーっ、すごいすごい! さっすが、ブラックマーケットの人はやることが派手だねえ、くふふっ!」

 

 不意に真横から聞こえた、甲高い声。

 反射的に顔を向けた先で、街路樹のふもとに立って炎上中のバーを見る少女がいた。

 見ない顔である。その身なりからして、ああ外の住人だと、なんとなくわかった。

 

 「……ここで何をしているの、貴女? 消火用のドローンが来るまでは時間があるわ。火傷に気を付けて帰りなさいな」

 

 「へーえ、やっさしー? 自分でつけた火なのに、他人を気遣うんだ」

 

 少女はころころと笑い、大きな手提げバッグをぶらんぶらんと揺らす。

 上機嫌、という皮を喉に貼り付けたような声色だった。けれど、本心を隠すつもりは微塵も感じられない。

 敵意を持っている。私に。それでいて――銃を向けるつもりが、まるでない。

 

 「やー、でも帰るわけにはいかないんだ。ここに遊びに来てる友達を迎えに来たんだけどね? なんでも脱走した囚人が暴れ回ってるらしくて、その子帰れなくて困ってるみたいだからー……」

 

 にっこりと笑って閉じていた目が開き、私を見る。

 

 「ねえ。それって、お姉さんのこと?」

 

 目で笑い、口で笑い、心だけが笑っていない。

 得体の知れない彼女に、私は正直に答えた。

 

 「私は、花菱ボタン。十九歳。現在はクロシオ拘置所に収監中の身であり、映画を観るついでに用事を済まして回っていますから……『暴れ回っている脱走した囚人』とは――まあ、ここにはたくさん居るけれど――私のことでしょうね」

 

 「…………ふぅん」

 

 その返答により、笑みが消える。

 手元の動きには常に目を見張っていたけれど、その手は銃を手に取ることなく――その口元に持っていかれ。

 両手で作ったメガホンの内側から、大きな声が響き渡った。

 

 「この騒動ーーーっ!! ここにいる人の仕業なんだってーーーーっ!!!」

 

 しん、と静寂が返答する。

 火の手から逃れるためにボルゾイ通りからは大半の人間が去っていった。それにそもそも、こんな事態など日常であり、私が原因であるということもまた、彼らにとっては常識に等しい。

 

 「……あのね、人を呼んでも来やしないわ。そりゃ鎮圧担当のガードくらいは来るでしょうけど……連中は呼ばなくたって勝手に――」

 

 そんなこともわからないから、外の人間はこんな場所に来るべきじゃない。

 何の意味で、そう感じた私の疑問は、直後に氷解した。

 

 「…………します……こ…………します…………さま」

 

 振り返る。視界の中央に、それを収める。

 

 足音とともに近づいてくる小さな声。私が立っている道路の、目指す先とは正反対の方向から、それはやって来た。

 小さな体躯に、紫のショットガンを抱えた少女。ぶつぶつと何かを呟きながら、まっすぐに私を目指している。

 それはあまりにまっすぐな、純粋な……このブラックマーケットでは久しく見ることも感じることのなかった、もの。

 

 その、抜身の刃のような殺意に対し。

 無意識に。反射的に。

 私は、銃を手にしてしまっていた。

 

 

 「殺します殺します殺します殺します殺します死んでください死んでください死んでください死んでください今すぐにぃぃぃいぃいぃいいいいいッッ!!!!!」

 

 

 刹那、放たれる弾丸の豪雨。一発や二発で作れる筈もない弾幕が襲い来る、雨雲を仰いだような感覚。

 迫るより退くことを選んだのはいつ以来だろう。後退し、後方へ跳んだ私の足を――硬いなにかが、阻んだ。

 

 (しま――ッ)

 

 感触から形と材質を判断する。あのバッグか。彼女がぶら下げていた、あの。

 崩れた体勢から即座に両足でそのバッグを挟み、道路に両手をついて体を捩じり、弾幕が到達するより前にバッグを両足で放り投げる。

 豪雨に晒されたバッグはすぐに形を失い、中に詰め込まれた弾薬とともにはじけ飛んだ。

 

 「ひあああぁぁぁぁっ!!?」

 

 熱が一帯を包み、弾丸の雨はあらぬ方向へと吹き飛んでいく。その隙間を縫って突撃し、爆炎の向こう側から聞こえる叫び声めがけて銃斧の刃を振りかざす。

 向こうからすれば、煙の中から私が飛び出してきたように見えたことだろう。体勢を立て直している最中の彼女に迫る刃は、彼女が咄嗟に構えた銃身に受け止められた。

 

 ――硬い。

 銃ではなく、彼女の腕、体、体幹に至るまで、すべてが頑強。

 

 「――――ちゃんっ!!?」

 

 銃と銃がぶつかる金属音に紛れて、彼女を呼ぶ声がした。

 

 ぎりぎりと私の銃斧を受け続ける彼女の顔は、怯えの一辺倒に見えて、瞳の奥の殺意が消えていない。

 ああ、確実に私を仕留める気でいる。いい顔だ。強い子だ。

 潤んだ彼女の瞳が見る先にいる――私の向こう側、背後から迫るもう一人に向けて、銃身で刃を滑らせて即座に振り向きながら射撃。

 

 「う――っそぉ!!?」

 

 鞄の持ち主である少女の腹部へ、複数発の弾丸を叩き込む。

 大したダメージにはならないのは当然のこと、わずかな時間さえ作れればいい。

 体勢を立て直しかける背後の少女の、その白い首筋に向け、銃斧の刃をかざした。

 

 「っ…………」

 

 「私たちの体は酷く頑丈で、弾丸の数発じゃ怪我すら残らない。……けれど、けれどね、お嬢さんがた」

 

 

 「鋭い刃を、正しく通せば――血を流させることは、できるのよ」

 

 

 首に刃をあてがわれた少女。

 その少女を見つめながら、私に銃口を向ける少女。

 吹き抜ける風が冷たく感じたのは、彼女たちが流す冷や汗が乗せられていたからだろうか。

 

 そう、怖いの。恐ろしいのよ、ここは。

 足を踏み入れるのは自己責任。だからこんなふうに、わかりやすいパフォーマンスをしているの。

 あなた達がここにいる理由が、尊く気高い友情に由来するものだとするなら。

 尚のこと、こんな場所にいちゃいけないの。

 

 ……お願いだから。

 早く、こんな場所から、おさらばして頂戴。

 

 

 暫しの静寂があって。

 突然響き渡った銃声が、私の意識を少女たちから正面へ向かせた。

 

 「ぁ……っ!!」

 

 声を出したのは、私が首に刃を向けていた少女。

 視線の先、銃声が鳴った方角の先に彼女は立っていた。

 ワインレッドのコートを揺らしながら、同じくワインレッドに塗装されたスナイパーライフルを片腕でこちらに向けながら。

 

 「…………リク?」

 

 知った顔の女性だった。

 その彼女が、私に銃口を向けていた。

 

 「二人とも!」

 

 ほっと胸を撫でおろし、銃を下ろして彼女に振り返る、彼女。

 首元の刃など意にも介さず、にっこりと微笑む、彼女。

 

 「……遅れてごめんなさいね。でも、もう大丈夫だから」

 

 「もーっ……心配かけさせないでよ? 映画観たらすぐ帰るって言うから待ってたのに!」

 

 「え、えへへへ……ご無事で……よかったです、本当に…………」

 

 霧散していく両者の緊張。私が今までつけ込めた余裕のなさが、彼女の出現によって失われていく。

 ……友達とは、あの人のことなのか。限りなく純粋な殺意をぶつけられるほど、彼女は友として慕われているのか。

 そして、それ以上に――。

 

 「……くすっ…………ふふふっ、あはははははっ」

 

 彼女の出現は、彼女の存在は。

 『現れればどうにかなる』と断言できるほど、信頼に足るものなのか。

 

 「それが貴女の得物、リク? ……正気? 貴女のお友達は私のすぐ近くにいるのに、よくもまあ構わず銃口を向けられるものね?」

 

 一歩、一歩、少しずつ彼女に歩み寄り。

 素直な気持ちから、問いかける。

 

 「……誤射なんて許される状況じゃないでしょう。それとも、貴女なら命中させられるっていうの? そんな構え方で?」

 

 「ええ。私なら――」

 

 

 「片手でも命中させられるわ」

 

 

 ……。

 何故、笑う? 何故、微笑む?

 その不敵な笑顔は、貴女のどこから来るものなの?

 

 刹那、はじかれるように彼女に向かって飛び出した私の体の目の前に、死角から銃剣を振りかぶる少女が現れる。

 反射的に振り下ろして受け止め、火花を散らしてぎんと成る剣と斧。

 そこに居たのは、八月朔日イネ。十一の体躯で私の腕を受け止める膂力に、改めて感心した。

 

 「づぅ――ッ!!」

 

 「へえ――!!」

 

 リクに次ぐ不意の登場に、思わず私も頬が緩んだ。

 ああ、そうか。彼女はオコメと一緒にいた。即ち、ジタク警備員の客人ということか。

 ならば彼女の存在は納得できる。故に次の一手も想像できる。

 イネの肩の向こうでコートを翻して去っていくリクが見えた。背後では二人の少女の慌ただしい足音も聞こえた。

 必然、この場に残るのは、私とこの子と――。

 

 「――――ッ!!!」

 

 伸ばした銃斧と銃剣との間、すっぽりと収まる小さな体から放たれる銃撃を、固めた腹筋で受け止める。

 銃剣を弾いて、眼下へ射撃。その射線からするりと抜けて、妹のそばへと立つ白い人影。

 ――八月朔日姉妹。ジタク警備員。

 

 「……あら、あら。どうして依頼人をほっておいて、護衛が二人とも残るの? 駄目じゃない、ちゃんと仕事しなきゃ」

 

 「そこに関しては正直、肯定する他ないけど――まあ、これも依頼人からの頼みだ」

 

 「…………ふうん?」

 

 遠方からサイレンの音が聞こえる。消火用のドローンと、マーケットガードだろう。

 相変わらず仕事の遅い連中だと、マガジンを取り換えながらしみじみ思う。

 

 構え。姿勢を低く、正面へと突撃。

 狙いはイネでもオコメでもなく、その背後。射撃の姿勢か、あるいは防御の姿勢に移るであろう両者の体をだんと飛び越えて、私の体はまっすぐにリクの背中を追いかけた。

 

 

 私は、私に銃口を向けたものに応えざるを得ないけれど――。

 リクが鳴らした、あるいは彼女の立つ先から鳴った、心に沁み込んで、恐怖を付与するあの銃声。

 あの銃声のもとに向かわなければという想いで、不思議と私の心はいっぱいだった。

 

 

 *

 

 

 「はっ……はっ…………はっ……!!」

 

 銃を抱え、アーケード街を駆け抜ける。

 銃声がひとつ鳴るたびに人は離れ、叫び惑う彼らをかき分けて彼女は進む。

 

 『次はどこに向かえばいい、社長? 花菱さん……だっけ。その人の姿はこっちからでも見えるけど』

 

 「アーケード街をこのまま北東に抜ければ、廃墟になってる元ナンゴク自治区に出るらしいわ……!! そこに先回りしておいて頂戴、課長!!」

 

 連絡を取り合いながら全速力でそこへ、西条カルマと櫻井アンコから聞いた場所へと向かう。

 曰く、この先には大きな事故で廃墟になった一区画があるという。

 鉄筋がむき出しになったビルの残骸を利用すれば、あるいは――。そんな希望、目論見を抱えて。

 

 (……思った通りだわ、彼女)

 

 ふと後ろを振り返れば、映画館で隣になった彼女がこちらに向かって一直線に駆けていた。

 部隊に囲まれながら平然としていた女性。無数の銃口に囲まれながら、どこか気だるそうに、残念そうに息をついていた彼女。

 わずかであれその彼女と話をしたリクは、彼女の素性は知らずとも、彼女がどのような基準で動いているのかだけは理解していた。

 

 ――オコメが向けた銃を、私が下したとき。

 彼女は確かに、意外そうに、けれど嬉しそうな声をあげた。

 

 (確証はないけれど、これではっきりした……! 彼女は――)

 

 ばん――と、また銃声が一発。

 普段は取り付けられているサイレンサーを外された、悪魔の雄叫び(デモンズロア)がこだまする。

 

 恐怖し、逃げ惑う人々と対照的に、花菱ボタンの足は加速する。

 そこへ向かわねばならないと言わんばかりに。それを迎え撃たねばならないと言わんばかりに。

 

 (――自分に危害や加害を加えんとする者を、迎え撃たなきゃ仕方ないって人なんだわ……!!)

 

 それを理解した今、とるべき対処は決まっていた。

 銃を向けることなく、ただ会釈して去ればそれでいい。外に暮らす自分にとっては、あとの事などどうだってよかった……筈なのだが。

 

 約束の門限を過ぎていたことで、自分の身を案じた友達が突入してしまい。

 彼女らを迎えに行った時には、既に彼女らは花菱ボタンと交戦していた。

 事前にその可能性を考えたキタグニの方々より、自分たちを逃がす安全地帯(ナンゴク自治区)の情報は聞いていたが――。

 

 「……キタグニの人らは、シロハタって組の人らとカチ合って抗争し始めちゃったし!! ああもう、ほんっとに間が悪いったらありゃしない……!! カッコつけてこんなとこに映画なんて観にくるんじゃなかったわ、もうっ!!」

 

 愚痴をこぼしながらたどり着く、地続きに繋がっているアーケード街の活気を一瞬で消し去ったような、真っ白な瓦礫まみれの廃墟たち。

 もとは道路であったはずの道に崩れた瓦礫がいくつも重なっており、それを跳んで渡りながら、いくつか並ぶ廃墟のビルに目星をつける。

 

 (……アレなら)

 

 窓枠を飛び越えて、中へ侵入。階段を駆け上がり、背後を一瞥する暇もなく、ただ一心に上を目指す。

 その最中――携帯端末を取り出し、便りになる社員たちに自分の位置情報を送る。

 これからここで何をするか、自分が何を考えているか、そういった連絡は一切無しに。

 

 ――彼女たちなら。

 わかってくれると、信じていたから。

 

 

 「ぶはーーーーっ……!!!」

 

 たどり着いた地上五階。ひしゃげた窓枠に腰かけて、思いっきり息を吐く。

 長々と走り続けて足がぱんぱんだった。これ以上はもう、走れない。

 

 こつ、こつと足音がする。

 そこにいるとわかっているからなのか、彼女は急ぐことなく、一歩ずつリクを目指してやって来る。

 

 「…………」

 

 成り行きで、その場の勢いで、彼女たちからこの女性を引きはがすために行った行動。

 逃走の最中に思い出すキタグニから伺った情報。目論見通りに銃声に引きつけられてくれる、彼女の動き。

 すべてがかちりと符合して、結果的にたどり着いてしまった――この場所。

 

 (もっと計画的に動けたらいいのに……どうしてウチは休日ですら社員を巻き込んでドタバタになっちゃうのよ……!)

 

 半泣きになりながらぶるぶると首を振り、キッと目の前を見据える。

 いつものように不敵な作り笑いを用意して――。

 

 

 「素敵なロケーションを、どうもありがとうございます。リクさん」

 

 

 神に切っ先を向けたような、ぶれた逆十字のヘイロー。

 フードを下ろしたぼろぼろの修道服をたなびかせる、真っ白な髪の、黄金色の瞳をした女性。

 

 彼女が見せる、心底嬉しそうな笑顔に対し。

 リクもまた、小さく微笑む不敵な笑顔で返した。

 

 

 *

 

 

 連絡は無い。

 まだ、その時じゃない。

 じゃあ始めましょうかと言わんばかりに、銃斧を構えようとする彼女を、たった一言で静止させる。

 

 「あの時」

 

 「…………うん?」

 

 「あなたの疑問に、答えてあげるのを忘れていたわ」

 

 ボタンは一瞬、ぽかんとして考えて。

 それから、ああ、と声を出した。

 

 「この地獄に生きる貴女は――罪人として地獄に求められて『居る』のか。それとも悪鬼として地獄を求めるが故に『在る』のか。……そうね、その答えを私も聞いておきたかった」

 

 ぱっぱと修道服についたほこりを掃い、まっすぐに相手を見つめるボタン。

 狂気じみた笑顔はそこに無く、リクは、この凛と立つ姿こそ彼女がシスターであったことの証左だと感じた。

 

 「貴女は――貴女にとっては、どうですか? この世界は、この地獄は――」

 

 「…………」

 

 「……学校は…………楽しい?」

 

 ぶる、と端末が震える。

 彼女たちからの連絡。今がその時であるという、報せ。

 

 「ええ。とても」

 

 通ってはいないが。

 楽しいことは、否定しなかった。

 

 「そう。じゃあ、改めて聞かせて、リク」

 

 そして彼女は、くるくるとその銃を回転させながら構えた。

 それの名はラメント。

 花菱ボタンという少女が、学生として過ごした末に得た、その手に残ったただ一つのもの。

 

 「――貴女は、『(どっち)』?」

 

 携帯端末を取り出し。

 その画面に指先を向け、一言、答えた。

 

 「私は――」

 

 

 「『在る』、よ」

 

 

 たん、とタップした瞬間。

 どん、と廃ビルが揺れた。

 

 「ッ――――!!?」

 

 立っていた足場が崩落して抜け落ち、姿勢が崩れる。

 手をつき、這う形になりながら見上げた先で、窓枠に腰かけていた少女が跳躍するのが見えた。

 後方に向かい、外へと。自らも同じく、その窓から飛び出そうとして――再び、手をついていた箇所が崩落した。

 

 「ぃ……いつの間に……ッ!? っ、待っ――!!」

 

 構えてさえいれば何のことはなかった。

 崩落する瓦礫を踏んで跳んで追うことができた。……筈だった。

 

 「ぉ――追わせたのは、ここに誘う為で……!? 話をしていたのは、起爆を待って――!!? っ!!!」

 

 どん、どん、と何度も爆音が響き、かろうじてこのビルを支えていた柱たちが次々に崩落していく。

 豪雨のように振り注ぐコンクリートの瓦礫を受け止めることしかできず、いつの間にか宙に浮いた体は、既にされるがままとなっていた。

 崩壊するビルの中、廃墟の街にほんの一瞬。

 

 「――きゃあああああああああああッッ!!!」

 

 空気を切り裂くような甲高い悲鳴が響き渡って。

 ぐしゃりと降り積もった無数の瓦礫が、それを埋め尽くした。

 

 

 *

 

 

 十五時十四分、元ナンゴク自治区廃墟にて、花菱ボタンの身柄を確保。

 崩れた瓦礫の中から彼女を引っ張り出そうと、自分たちで崩落させた瓦礫を掘り返す四人の少女たちが、今回の脱走を終わらせた立役者であった。

 瓦礫の上にへたりと座る、手錠をされたボタンに駆け寄る人影がひとつ。鮮やかな金髪をした長身の女性。

 

 「ボタンちゃーーーーんっ!!」

 

 「…………遅い到着ね、ルル」

 

 ボタンの頭を抱き寄せ、胸にぎゅむっと埋めながらわしわしと撫でる、看守長と呼ばれたその女性。

 クロシオ拘置所の責任者であり、花菱ボタンという少女の理解者でもある――その名を、黒沢ルルと言った。

 基本的にボタンの脱走を『外出』と認識して見逃すため、今回の騒動の紛れもない元凶といって差し支えない。

 

 「ご迷惑をおかけしました……どうもありがとうございました……本当にごめんなさい、お客様がた……」

 

 その長身が小さく見えるほど、きゅっと縮こまって力なく頭を下げるルルに、わたわたしながらリクは答える。

 

 「ああえっと、ぉ、お気になさらず……? 足を踏み入れたのは私からですし、むしろ廃墟ぶっ壊しちゃって申し訳ないというか……」

 

 「あー、それについては気にしなくていいですよ、社長さん。ここはもう誰のものでもないし……むしろ、無償で解体までしてもらっちゃって大助かりっつーか……」

 

 フィルター部分を残した吸い殻を携帯灰皿に詰めながら、遅れて到着したカルマもリクに頭を下げた。彼女に付き添い、オコメとイネの両名もここへとやってくる。

 瓦礫の山から、ルルに手を引かれてボタンが下りていく。アーケード街側の入り口には物々しい装甲車が停まっており、二人が向かう先はそれであった。

 その二人の背中を見届けて、ようやく落ち着けたと言う風にカルマはふうと息を吐く。

 

 「……ウチは来るものは拒まないけど、中のモンを外に出すのはご法度なんだわ。クソ巡らして金稼ぐのはマーケットの中だけでいい。カイザーやシロハタなんかは、外の連中カモってちんけなシノギやってっけどさ……」

 

 だから今回、間違っても花菱ボタンという存在が外に出なくてよかったと。

 その言葉を横で聞きながら、リクは最後まで残る疑問を改めて頭に思い浮かべた。

 

 

 「ねえ、ボタン」

 

 「…………?」

 

 白い道路の上を歩くボタンの背中を、八月朔日オコメが呼び留める。

 

 「お前――結局、何がしたかったんだ。シロハタの店を襲ってたのは、どうしてさ?」

 

 リクの頭に根付く疑問は、彼女の護衛が代わりに口にした。

 ボタンは何も答えることなく、ただ、くすりと笑いながら――手錠に縛られた手の先で、ちょいちょいとオコメを手招いた。

 

 「…………」

 

 怪訝そうな顔をしつつも近寄ったオコメの手に、ボタンはころんと何かを落とす。

 長い袖に包まれた小さな手のひらを袖越しに見つめるオコメ。

 奇妙な紋様が刻まれた一発の弾丸が、そこにあった。

 

 「シロハタ酒屋にて売買されている弾丸――『先触れ(アーリーアクセス)』と、呼ばれているそうです。曰く」

 

 

 「ヘイロー破壊弾頭。ヘイローポイント弾。そう呼ばれることもある……撃った相手のヘイローを破壊し、確実に死に至らしめる弾丸だとか」

 

 

 歯を見せてにっこりと笑うボタン。

 その屈託のない笑顔を、オコメは受け取った銃弾をしまい込みながら見つめ返す。

 

 「もっとも、それはその模倣品、贋作、偽物です。……そんな銃を使っているくらいですもの。知り合いに名うてのガンスミスくらいは、いるでしょう?」

 

 相も変わらず、要領を得ないことしか話さない女だと、オコメは思った。

 同時に、彼女が何を伝えようとしているかをなんとなく理解している自分にも、少しだけ嫌気がさした。

 

 

 「で、だ。お客さんがた」

 

 ぱん、と手を鳴らしたのは西条カルマ。

 目線の先にはリクがいる。客人として映画鑑賞にやってきただけでありながら、特級のお尋ね者を捕らえる結果を成してみせた女性が。

 

 「いちおうあの子には懸賞金がかかっててさ。今すぐ現金用意しろってのは難しいし、かといってマーケット内に口座を作れなんて言えないし……謝礼はすぐにはできないけどー……その」

 

 謝礼。懸賞金。冷静さを保ちつつも、映画観に来ただけでおカネ貰えちゃうのかしらとリクの内心はぴょんぴょんと跳ねていた。

 が、しかし――ちらと横目で伺った、ひとりの社員の顔を見て、その期待はすっと冷めていく。

 鋭い流し目で、わかっているだろう、と言わんばかりに自身を見つめる課長の顔。

 

 「いいえ、結構」

 

 「…………えっ?」

 

 「『来るものは拒まず、けれど外に出すことはご法度』……なのでしょう? であれば、外から来た客人である私たちが、中から持ち出すことも遠慮しなくちゃ。謝礼や報酬――それから、関係もね」

 

 ばさり、とコートを翻し、四人の少女たちは去っていく。

 もう用は済んだ。そう背中でブラックマーケットに伝えながら。

 

 「もし、用意できたら――そうね。お世話になった、そちらの警備員さんにお願い。いっぱいわがままを聞いてもらっちゃったわ」

 

 こつ、こつ――こつ、こつ。

 沈み始めた日が照らす廃墟に、四人の足音が響く。

 けらけらと談笑する少女。ぎりぎりと連行されるボタンを睨む少女。サイレンサーを改めて取り付け直す最中の少女。

 その先頭を歩く――リクと名乗った、女性。

 

 

 「まいったなあ……」

 

 「西条さん? ……服、汚れちゃいますよ」

 

 とす、と瓦礫に腰かけて、その背中をうらやましそうに見つめるカルマ。

 案じるモナカに向かい、くくっと小さく笑ってみせた。

 

 「出かけた先にゃ根の一本も張りゃしない、ってか。とんだアウトローだわ、ありゃ」

 

 日が落ちる先に、彼女たちは歩いていく。

 日が落ちた夜に、彼女たちは生きている。

 

 すたすたと歩き去る四人の背中を、護衛は帰るまで終わっちゃいないと――ジタク警備員の姉妹が二人、追いかけた。

 

 

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