今日は橙子とあの病院へやって来ていた。
いつの間にか幹也は目覚めていて、ことは解決していた。
関わろうと思っていても、既に終わった後なのだからやりきれない。
そして、この病室には今にも消えてしまいそうな少女がいる。
「失礼。巫条 霧絵というのは君か」
彼女と橙子の会話を隅のほうで聞いていた。
しばらくして。
「邪魔をした。これが最後になるが、君はこの後どうする? 式にやられた傷なら私が治療してもいい」
彼女は首を横に振る。
わたしは何もしなくて良いのだろうか。わたしがこの世界にいる理由は? ただ静観するだけの存在か? それは違うはずだ。生まれたのなら、意味があるはずた。
橙子は少しだけ眉をひそめたようだ。
「......そうか。逃走には二種類ある。目的のない逃走と、目的のある逃走だ。一般に前者を浮遊と呼び、後者を飛行と呼ぶ。
君の俯瞰風景がどちらであるかは、君自身が決める事だ。だがもし君が罪の意識でどちらかを選ぶのなら、それは間違いだぞ。我々は背負った罪によって道を選ぶので
はなく、選んだ道で罪を背負うべきだからだ」
わたしは、死を通して生の喜びを感じなければならない。だけど、死………いや、あんなところへなんて行きたくない。絶対に。死なんて一回きり、その背筋を凍らす怖れはとてつもなく絶大だろう。…………でも、それだけだ。
日常的にこの眼は死を見せつけてくる。目を潰したくなる程、自殺したくなる程、狂おしいぐらいに。
だから、だから『死』なんて大嫌いだ。
「おい、どうした。帰るz「橙子、こいつを治療しろ」
「は?」
橙子は訳が分からない。何を言ってる? という顔をした。
「橙子、私は死が嫌いなんだよ。自分で死んで楽になろうだなんて烏滸がましい」
苛立っているのか、口調が荒れている。
「お前…………………………………………………良いだろう」
今、己の眼は爛々と蒼白く輝いていることだろう。
そんな始紀を橙子は見て、危ないな。と判断した。
「あ、あの。そんなこと、していただかなくともいいです!」
巫条 霧絵は治療をしたくないと言う。
「お前は負けたんだよ。一度死んだんだ。そんなお前の意思なんて知らん。勝った方の言うことを聞け!」
怒りを滲ませながら言う。命令する。
「死ぬな! 生きろ! そして死を渇望しろ!!」
「おおぉ」
橙子はそんな光景を見て感嘆を漏らしていた。
◇◇◇
「慣れない事はするものじゃ無いわね……」
帰り道、わたしは疲れていた。恥ずかしんでもいた。
「はははは」
橙子は笑っている。
「それにしても始紀。お前の口からそんな言葉が出るなんて、明日は槍でも降りそうだな。式なら無関心だろう」
伽藍堂に着けば橙子は準備にかかるだろう。これから忙しくなる。
彼女、柊始紀の足取りは、ほんのちょっと軽かった。
これで良かったのだろうか? 荒耶宗蓮の計画の一端を潰してしまったような。
案外、原作というモノに捕らわれないのが良いのかもしれない。今や、この世界に生きる、一つの命なのだから。