ピリリリ
電話の着信音が目覚まし代わりになった。
「はい柊です。……アーネンエルベね、分かった」
七月に入った。寝ていたら電話が来たのだ。初夏の日差しを受けながら、あの喫茶店に向かう。
電車に乗り数駅、アンティーク調のお店の前に来た。看板にはアーネンエルベ。ドイツ語で
「遺産か」
扉を開けるとドアベルの音が鳴り、来店を知らせる。
店内を見渡し目的の人の元へ行く。椅子を引き、その人の対面に座った。
「お待たせ。…嬉しいよ、貴女から連絡してくれるなんて」
「………お前、いや何でもない」
彼女の目が青白く輝いてる。自分の目も死を見そうになった。
「オレのことは式って呼べ。それと、お前の名前をまだ聞いていない」
これは、心を少し開いてくれているのだろうか。
「ああ、名前まだ言ってなかったね。改めて、私は柊始紀よ」
▽
「は? 柊始紀? 最近はシキって名前が流行ってるいるのか?」
蒼崎橙子は社員の報告に戸惑っていた。
「知りませんよそんなこと。それで、彼女は昔から続く良家のお嬢様のようです。あと、」
そこで報告をしていた黒桐幹也は言い淀んだ。
「あと何だ?」
橙子が急かす。
「いえ、彼女は二年前に入院したんですよ」
「たかが入院がどうした」
「そのたかが入院の原因が、昏睡なんです」
「………」
橙子の顔から表情が抜け落ちた。そして、おもむろに眼鏡を外した。雰囲気がガラリと変わり、深い息を吐く。
「……どうしたものか」
▽
「お前もシキって名前なのか」
やや不思議そうな顔で聞いてくる。
「そう、始まりを紀すって書いて始紀」
「ふーん」
区切りがついたのでブルーベリーパイを頼む。
「それで、名前を聞く為だけに呼んだの?」
「ああ、名前もそうだけどお前に興味が湧いた」
驚いた。人間嫌いの彼女が興味を持つなんて。
「何か聞きたいことがあるのかしら?」
「いや、べつに有るわけじゃない。ただお前という人間に興味が湧いたんだ」
本質を見ている様な目で見てくる。しかし、それ以上に気になったことがある。
「む、式もわたしのこと始紀って呼んで。お前じゃない」
△
色々話して、ブルーベリーパイに舌鼓を打った後、喫茶店を出た。
「式はこの後用事ある?」
「いや、無い。強いて言えば橙子の所に行く」
「橙子って誰?」
「……よくわかんない奴だ」
式はこれから伽藍の堂に行くらしい。これはチャンスとばかりに言う。
「わたしもついて行って良いかな?」
「いいぞ。多分お前なら橙子も許してくれるだろ」
よかった。これで伽藍の堂に行ける。怪しがれないよう、その喜びを隠して平静を装った。
「……お前じゃなくて始紀だよ」
虚しくも、彼女がわたしを名前で呼んでくれるのは先のことになりそうだ。
◇
「橙子ー客人だ]
扉を開けて事務所に入る。コンクリートが打ちっ放しで、鍼が見えていたり未完成なまま放置された建物なのがわかる。
「あ、式おかえり」
上も下も真っ黒な服の人、黒桐幹也だ。
「明日は雪でも降るんじゃ無いのか?」
デスクに座っている女性、蒼崎橙子が驚愕の表情で言った。
「はじめまして、お久しぶりです。知ってるとは思いますけど、両儀式の友達の柊始紀です」
ガシャン
何かと思ったらコーヒーを淹れて持ってきた幹也がコップを落とした音だった。
「……嬉しいよ式に友達がいたなんて。教えてくれても良いじゃないか」
「おい、友達なんてオレは言って無いぞ」
式が抗議してくるが無視する。
「式なんで連れて来た? わたしはあまり此処を知られたく無いのだが」
一転変わって橙子が厳しい顔で聞いてくる。
「仕方がないだろ、始紀もこっち側の人なんだから」
「まて、名前がシキだとしても、二年昏睡したとしてもそれはないだろ。何故そうなる」
流石、もう調べていたか。わたしの情報を知っている。
「それはわたしから。
元々柊家は退魔の一族だったの。まあ退魔四家ほど有名じゃないけどね。今は退魔だったことも忘れられているわ。わたしは先祖返りしたようなもの。目は淨眼だから色々視えるの。」
そう説明すると式も知らなかったのか、軽く驚いてる。橙子も同様だ。
「はーー
その眼、ただの淨眼じゃないだろう」
橙子はうんざりした様に言った。別に隠すものでもないので正直に言う。
「まあね。式から聞いたけど直死の魔眼って言うらしいのね」
そう言ったら、橙子は頭を抱えてしまった。
…
注意していなければ気付かなかった。気配を完全に近く消して、わたしを尾けてくる。病室まで来た。病室の住人と話しをして部屋を出ると気配は無くなっていた。外に出て使い魔に確認させれば両儀式の病室で話をしている少女がいるではないか。
その少女は着物の似合う麗人だった。あまり長くない髪の毛を軽く後ろで結っている。整った顔は男にも女にも見えた。人形のようでもある。
一応社員の黒桐に、無理矢理休日に呼び出して調べさせた。もしかしたら刺客かもしれない。だが、結果は白。魔術のマの字さえなかった。しかし、なかなか古くからある家で両儀家と付き合いのある家である可能性も捨て切れない。
結果として自身に害の無いと分かった。同時に興味も失せた。それよりも両儀式に興味があったからだ。
すっかり記憶から消えかけていた頃そいつは式が連れてきた。それよりも式が人を連れてきた事自体とても驚いたがな。
しかし式と並んで見ると、雰囲気というか気配が似ている気がする。二人揃って着物美人、顔も体形もそっくりとは言わないが似ている。なんか姉妹だな。
そしてまた驚くべき事実。なんと彼女退魔の一族だとか。しかも直死の魔眼持ち。
何故だ。どうして虹の魔眼使いがもう一人出てくる。と頭を抱えて、答えの無い疑問が脳内でぐるぐるした。
とりあえず、保留。疲れた。わたしは寝たい。
◇