疼らく境界   作:熾烈

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 大変長らくお待たせしました。かれこれ4周間ってとこですかね。


七話 痛覚残留/2

 不定期ではあるが、ちゃんと橙子から仕事を貰っている。調査などの方が多く、殺人欲求が溢れてきそうだった。

 しかし、上手く抑えることが出来ている今、其れに溺れることはない。

 その分、解放した時の反動は大きい。

 

 

 自分で制御できている。

 

 

 

 コントロールできる。

 

 

 

 

 

 彼女、浅上藤乃を見たとき久々の、あの感覚がした。

 思わず手が出そうになった。

 

 しかし、それは直ぐに収まった。理由はわからない。いきなり萎んだような、消えてしまったような。

 取り敢えず、昼食を取り二人と別れた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 橙子の事務所に戻った。ソファーには一人の少年が横たわっている。

 

 「……そいつ何?」

 いつになく、ぶっきらぼうな私だった。

 式は仏頂面で機嫌が悪い。

 

 「湊啓太。運良く逃げてきた奴だよ」

 橙子の説明が入る。

 

 

 「それで、浅上藤乃をどうするつもりなんですか、橙子さん」

 

 話しの途中だったらしい。

 

 「場合によっては戦闘もやむをえまい。なにしろ依頼主からしてそれを望んでいる。娘が殺人鬼として報道されるのは避けたいそうだ。せめて表沙汰になる前に殺してくれとさ」 

 「そんな、浅上藤乃は無差別な殺人を起こしてるわけじゃないでしょう······! 話し合いは可能だと思います」

 

 「ああ、そりゃ無理だ。黒桐、おまえは大事な事実を聞き逃している。浅上藤乃が彼らのグループを皆殺しにした時の決定打を知らない。先ほど湊啓太を眠らせる時に白状させた。彼らのリーダーはね、最後の夜に刃物で藤乃に襲いかかったそうだ。その時、どうも藤乃は刺されてしまったらしい。 復讐の引き金はそれなんだ」

 

 「問題はここからでね。腹部を刃物で刺されたのが二十日の夜。式が出会ったのがその二日後だ。その時、浅上藤乃に傷はなかった。完治していたというんだ」

 「お腹に刺し傷……….」

 

 「啓太少年曰く、藤乃は電話越しに傷が痛みだすから忘れられない、と繰り返し言うんだとさ。

 完治したはずの傷が痛みだす。おそらく過去の凌辱の記憶が脳裏をかすめるたびに、腹部を刺された時の痛みが蘇るんだ。忌まわしい記憶が、忌まわしい傷を呼び起こす。痛みは錯覚なんだろうが、彼女にとっては本物なのだろう。これでは発作と変わらん。浅上藤乃はありもしない痛みを思い出すたびに、突発的に殺人を犯している。 話し合いの最中にそれが起きないと誰が言い切れる?」

 

 「でも、それは逆に傷さえ痛まなければ話し合いができるって事じゃないか」

 僕がそれを口にしようとするより早く、沈黙していた式が声をあげた。

 

 「違うぜ、トウコ。あいつには本当に痛みがある。浅上藤乃の痛みは体内にまだ残ってるよ」

 

 「そんな筈はない。では式、傷が完治しているというのはおまえの誤診か?」

 

 「刺された傷なら完治してる。中に金属片とかも残ってない。本当にあいつの痛みは消えたり出てきたりしてたぜ。痛んでいる時の浅上藤乃は手遅れだ。逆に普通の浅上藤乃はつまらない。殺す価値もないんで帰ってきたって言っただろ」

 

 「そもそも内部に金属片なんぞ残っていたら一日で死んでいるがね。へえ、完治しているのに痛む傷、か」

 

 

 「あ」

 「なんだ黒桐 五十音発音による健康法か?」

 ...そんな物あったって誰もやらないと思う。

 

 「違います。浅上藤乃がヘンだったって話ですよ」

 

 うん? と橙子さんは片眉をあげる。

 「啓太からの話の中であったんですけど、浅上藤乃は何をされても動じなかったそうなんです。初めは気丈な子だな、と思ったんですけど、そうじゃない。あの子はそう強い子じゃなかった」

 

 「知ってるような口振りだな、幹也」

 なぜか式が鋭い視線を向けてきた。

 

 「もしかすると..… 自分はよく知らないんですけど、彼女は無痛症ってヤツなんじゃ ないかなって」

 

 無痛症とは、文字通り痛みを感じられない特殊な症状の事だ。希有な症例なので滅多に見られないけれど、もしそうなら彼女の不可思議な痛覚もありうるのではないか。

 

 「......そうか。それなら少しは説明できるが・・・・・それにしたって原因があるはずだ。腹部をナイフで刺されたとしても、無痛症なら痛みは初めから無かった筈だからな。浅上藤乃は生まれ持っての無痛症なのかの確認も必要だし、その感覚麻痺が解離症かそうでないかも判らないのでは話にならない。まあ仮に彼女が無痛症だったとしてもだ。 何かしら彼女に変化を与える要因はなかったのか? 背中を強打したとか、首筋に大量の副腎皮質ホルモンを射ち込んだとか」

 

 「程度は知りませんが、背中をバットで殴られた事があるそうです」

 

 感情を抑えた僕の言葉を、橙子さんはおかしそうに笑った。

 

「ははあ、連中の事だ。 フルスイングしたろうな、それは。なら背骨は折れたか。 そして折った後も浅上藤乃はその感覚がなんであるか判らないまま、彼らに犯されたってワケだ。まったく、初めて感じた痛みがそれか。 彼女はその苛立ちがなんであるかも判らなかったろうに。

 いやあたいしたもんだ。 黒桐、おまえよく湊啓太を保護する気になったな」

 

 橙子さんは口元を吊り上げながら言う。この人は気が向いたのなら、誰であろうと言葉で追い詰めるという悪癖を持っている。ひとを理性で苛めることが好きなのだ。

 

 ▽▽▽

 

 わたしのの前で、話しが繰り広げられている。式も疲れた様子だ。

 わたしの感情をすっ飛ばして、付け入る隙間もない。

 

 「じゃあ、ナイフで刺された話しはどう説明するのかしら。完治してるんでしょ?」

 「そこばかりは、無痛症と結びつかないな」

 呆気なく橙子は手をあげる。

 

 「………もう少し考えて欲しかったわ。まぁ、外からの痛みでは無いなら、内側なのかもしれないね」

 

 それとなくヒントを流した。

 橙子はほんの少し考える素振りを見せたが、振り払い次の話しにもどったのだった。

 

 

 

 「少し遠出します。今日明日と戻れないかもしれません。ああ、それと橙子さん。超能力って本当にあるんでしょうか」

 

 「黒桐は湊啓太の話を信じてないのか。浅上藤乃は間違いなくその手の類の能力者だよ。超能力なんて大雑把な言い方は的確ではないが、詳しく知りたいのなら専門家を紹介しよう」

 言って、橙子さんは自分の名刺の裏にさらさらと専門家とやらの住所を書いてい幹也に渡す。

 

 彼が出ていくと、残った女三人衆。

 

 

 「浅上………………浅神の所縁(ゆかり)の者だったか」

 と、ポツリ。わたしは呟いた。地味に部屋に響いた声は、ちゃんと二人に聞こえている。

 

 「なに!?」

 「それは本当か!?」

 

 ぐるんと頭が回り、四つの(まなこ)がこちらを見つめる。

 

 「多分ね、」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 外は生暖かい強風が吹いていた。

 

 ーーー嵐がやって来る。

 

 

 

 




 多分、この話はあまり面白くなかったかもしれません。

 次回も宜しくお願いします。
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