7月24日。
雲一つない蒼天が、分厚い鉛のような雲に覆われる様子を眺めていた。
「ええ、そうです。その事故の事なんです。······ああ、やっぱり接触事故を起こす前に死亡していた、と。死因は絞殺ですか?違うことはないでしょう。 首がねじ切られているのなら、それは絞殺ですわ。強さの加減はまた別の問題です。 そちらの見解はどうなってます?やはり接触事故扱いですか。そうでしょうね、車の中には被害者しかいなかった。 走る密室なんて、どんな名探偵でも解決できませんもの。いえ、これだけ教えていただければ十分です。
どうもすみません。 このお礼は必ずいたしますわ、秋巳刑事」
とっても優しい橙子の声を片耳に、窓辺でわたしはうつらうつらしている。対称に式は怒りを顕にしている。
「ほらみろ、今度こそ無関係の殺しだろ」
怒気が滲み出る声で言う。
「………彼女は橋にいるわ。雨に洗われたいのでしょうね。橙子、あの建設中の大きな橋、浅上グループのものよ。何か持ってない?」
浅上藤乃の居場所を伝える。
「はぁ、何も言わん。
ほら、持って行け」
橙子は机から数枚のカードを取り出し、式に放り投げた。
「・・・・・・なんだこれ。 浅上グループの身分証明書? この荒耶宗蓮って」
三枚のカードは、全て浅上建設が関わっている工事中の施設への入場許可証だ。電磁ロックになっているのか、カードの端には磁気判別のストライプがある。
「その名は私の知人だ。 適当な名前が思いつかなくてね、依頼人に身分証明書を作らせる時に使ったんだ。ま、そんな事はどうでもいい。面倒だから黒桐が帰ってくる前にやってしまえ」
式は橙子を睨む。普段うつろな式の目は、こうなるとナイフのように鋭い。
式は何も言わずに踵を返した。 式は別段急ぐ風でもなく、いつも通りの流麗な足取りで事務所から消えていった。
ふたりになって橙子は窓の外へと視線を移す。
「黒桐は間に合わなかったか。さて。嵐が来るのが先か、嵐が起こるのが先か。
ひとりでは返り討ちにあうかもしれないぞ、両儀」
誰にでもなく、魔術師は呟いた。
◇◇◇
「ところで始紀。お前はいいのか?」
「………正直、身体が疼いて仕方ないわ。でも、これは彼女の問題だから。
そうね、聖堂教会にでも入ろうかしら。代行者もいいわね」
これは両儀式の物語。彼女のレールが敷かれている。荒耶宗蓮は彼女の糧となる。別にわたしが介入しても良いが、式の成長の障害になりうる可能性は否定出来ない。
だが今、そんな事はどうでもいい。時の流れるままにする。
「それは冗談でも止めて欲しいのだが………」
「ふふ、貴女を一生追いかけて捕まえるわぁ」
「…………きみは、もしかして、そっちの気があるのか?」
冷や汗を流しながら橙子は、冗談で話しを変えようとした。
「・・・・・・」
対する答えは沈黙。やはり根本的なところは男なのだから。
「……さあね。でも根源に繋がる可能性がある身体、陰陽を、両儀を満たしているはずなのだからね」
「なるほどね。しかしそうであれば始紀、お前は男ではないのか?」
「……………わからない。わからないのよ。
………………………そのうち知ることが出来るかもしれない。
もしかしたら、根源は、わたしに陽を、式に陰を与えようとしたのか、考えてもしょうがないわね」
時は経ち、いつの間に降っていた雨は、バケツをひっくり返したかのように降り注ぐ大雨に変わっていた。窓に叩き付ける雨風の音が鬱陶しい。
「そういえば始紀、前に言ったよな。外からの痛みでは無いなら、内側なのかもしれないと」
「確かに言ったわ」
「その事なんだか、どうやらお前が正しかったようだ」
橙子が口を開きかけたとき、扉が開いた。
「早いな。まだ一日しか経っていないぞ」
「台風が来るっていうんで、交通機関が麻痺する前に帰ってきたんです」
入ってきたのは幹也だ。
そうか、と難しい顔をして頷く。
「橙子さん 浅上藤乃についてですけど、 彼女は後天的な無痛症です。 四歳までは普通の体質だった」
「そうか、知っていたぞ」
橙子の無慈悲な宣告。
「え……」
かわいそうな幹也。犯人はわたしだが。
気を取り直して彼は説明を続けるのだった。
「そろそろ、かな。お迎えに行こうかしら?」
と、席を立つと幹也が、馬鹿野郎と滅多に口にしない暴言を吐いて、飛び出していった。
橙子はやれやれと
雨は大分収まったが、なお降り続く。
なんか、更新がまばらになっいる気がする。
今後もよろしくお願いします。