東京・京都百鬼夜行。特級呪詛師夏油傑により引き起こされた未曾有の呪術テロ。多くの犠牲を出しながらも、呪術師の尽力によって見事これを平定した。
この話は、その日から暫くしてのこと。
「じゃあ、狗巻くんの準一級昇格を祝って」
東京都立呪術高等専門学校。夏油による破壊の痕が未だに残るその学生寮にて。
「かんぱーい!」
「「乾杯!」」
「すじこ!」
僅か四人の一年生たちは、祝いの席を囲んでいた。
「にしても大したもんだな、棘。一年のうちに一級推薦貰うなんてよ。私なんてまだ四級だぞ」
恨み言のように言葉を投げかけるのは禪院真希。呪術の名門、「禪院家」に名を連ねる少女。呪力を持たないながらも、強い心でその頂を目指す者。言葉に
「まさか日下部のやつが一級推薦なんて面倒なこと引き受けるとはな。悟がまさみち通して頼みでもしたんだろうが」
口いっぱいにカルパスを放り込みながら語るのはパンダ。先の戦いで負傷した腕も
「おかか」
文脈にそぐわない言葉。それを発するのは狗巻棘。「呪言」という術式を持つが故に語彙を制限されている。されている、とは言ったが、それは彼自身が選択したこと。他人を傷つけまいという優しさが彼を彼たらしめる特徴の一つ。。そしてそれとは裏腹の
「僕も頑張らないと。せっかくまたみんなといられるんだし、足手まといじゃいられないよ」
それとは反対に、四級へと降格されたのがこの少年、乙骨憂太である。乙骨は、以前は特級という呪術師の頂点に位置する枠、その中に含まれていた。それも彼に憑いていた呪霊、特級過呪怨霊「祈本里香」という規格外の存在が原因。したがって、その解呪を終えた今では、通例通り最下層の四級が適切だとして、改めて置き直された。
「お? イヤミか、憂太? なかなか言うようになったじゃねえか」
「あ、ごめん真希さん! そんなつもりじゃないよ!」
「その辺にしといてやれよ、真希。憂太だってショックだろうしな」
「しゃけ」
通常呪術師の等級が下がるということはない。特殊な事例ではあるが、普通の感覚であればその扱いに憤りを感じるだろう。
「え? ううん、大丈夫だよ、パンダくん。里香ちゃんのおかげだったから。それに、みんなとお揃いの制服着れるの、ちょっと嬉しい」
だが乙骨はそんなことに自己のアイデンティティを置いていない。彼の存在理由は、親しき友たちのために。それさえ満たされていれば、今はもう何もいらないのだろう。
「俺は前の制服の方が良かったと思うぞ? 黒白のパンダ仲間だったからな」
「パンダ仲間……? 僕人間だよ……?」
「……私は、このままでいるつもりはねえよ」
対象的なのは真希。彼女は認められることこそ望む。最下層の四級などにいつまでも胡座をかいているつもりは毛頭ない。
「負けねえぞ、憂太」
だからこそ、乙骨の存在は彼女の背を押す。彼の強さを知っているから。その彼が並び進むことは彼女にとっても得難い経験になる。
「──うん! 勝負だね、真希さん!」
乙骨にとってもそう。絶えず上を向いて、戦い続ける真希の姿は輝きに満ちて見えた。そんな彼女と並んで進めるのは、不謹慎とは思いつつも、幸福を感じざるを得ないものだった。
「ツナ」
「あ、そうだね。せっかくだからご飯も食べよっか」
「すみません、お祝いの席に失礼します。狗巻準一級術師に任務が」
「伊地知さん」
伊地知潔高、呪術高専の補助監督。術師としては戦う能力も適正も低いが、類稀な事務管理能力でサポートする高専には欠かせない存在。彼が準一級になったばかりの狗巻へと任務を運んできた。
「さっそく棘にお呼び……妙だな。またバカ目隠しが何かやりやがったか?」
バカ目隠しとは四人を担任する五条悟のこと。敬意のカケラも感じられない呼び方だが、実際に乙骨以外はあまり尊敬していない。実力こそ本物なのだが。
「ご明察です、真希さん。五条さん直々の指名。その上」
とはいえ狗巻の実力は折り紙付き。単独での任務も元々少なくはなかった。問題は。
「乙骨くんも同行するように、とのことです」
四級術師である乙骨。それを準一級の担当任務に同行させるという点にあった。