2月14日、バレンタインデー。
世界各国の風習はさておき現在の滞在地は日本。日本のバレンタインデーに従えば男性が女性へチョコレートを送る事になっていた。
調べれば手作りチョコレートなんて物を渡されるというのは社会人でも意外と夢を見ているらしい、古事記にも書いてある。
前世で言えば乳房にチョコを付けるというパターンもあるが、する側になってみればあんなものは出来ない。今思えばあれは妄想の産物だろう。絶対熱いと思う上に擽ったそうである、恥ずかしさは無い。
そして当の私と言えば先のハロウィン宜しく手作り菓子を作ると言うのは得意ではなく、しかし久しぶりに餡子が食べたくなったのでネットにあるレシピを見ながらおはぎを作ったわけである。
バレンタインデーにおはぎとはどうなのかとは思うが、チョコという世界各地で見飽きた物ではなく日本の菓子ということで振る舞えば反応も悪くないのではないかと思った次第。餡子自体は甘すぎるという烙印が押され、砂糖大国アメリカでの人気は下から数えた方が早い。
バレンタインデーの前日の朝から小豆を煮込み作られたおはぎは粒あん、きなこ、青のりの三種類。おはぎの表面に塗されたきなこと青のりには砂糖を一切入れておらず、またもち米の方も甘くない。
甘すぎる物に慣れていない人の為、というのはあくまでも建前。本音はそちらの方が好きであるからだった。
それを重箱に詰めて撮影現場に持っていったのだが、正直言えばイチゴ飴ほど反応は良くなかった。
甘いという理由で二個目に手を付ける者は少なく、手を付ける人は恰幅の良い人か甘い物好き、または日系アメリカ人。
特に不評なのは青のりで、一番好きな味であっただけにショックである、海苔の風味が苦手という人も多かった。取り敢えず私も青のりのおはぎを四つ程食すことになったが、残ることは無かったので良しとする。
ミラーシャは兎も角、アンジェも眉間に皺に寄せて緑茶を片手に食べていたので甘すぎるのだろう。
しかし後日買ってきたイチゴ大福は美味しそうに皆食べていたのが記憶に残っている。
イチゴ大福が許されておはぎが許されないのは許されないと思います。
そんなリア充のための行事はさておき、週一で撮影と称された飲み会撮影を行いながらのんびり過ごすこと三週間。
セット関係、小道具の準備が出来上がり、それが撮影の開始を知らせる合図になる。
無論浴びるほど呑んでも、肉体の質を落とさないように筋トレに励んでも、撮影対象であるこちらはしっかりと台本を読んでいるために問題はない。
しかし、いざ撮影をし始めようと少しずつシーンを撮り始めて説明を受けても、内心にてどのシーンもこれじゃない感が少しずつ積もっていく。女優二人と監督が何も言わないのであまり声を大にして言わないのだが、言ってしまえば別に東京でやる意味は無いのでは、という内容。
撮影といっても冒頭も冒頭なのでこれからの展開次第でどうにも変わるのだが、変わらない展開にはある種のマンネリを覚えてしまう。
日本に来たのだから私のセクシーポイントでせめて、日本らしさを導入したいところである。これ見よがしに日本らしさを押し出すのはあざとい、金でも握らされたのかと思えてしまうだろう。
しかし、あざとくない程度の日本らしさとは何ぞや。
わびさびエロス、チラリズムと言っていた物は性的嗜好の一種であり日本らしさではない。
今回は脱がないという
迷いどころである。
そしてそんな悩みごとから撮影の合間に逃げるように街に出て、喫茶店から眺めればOLの群れ。性別が変わっても忙しなさは変わらない。
お洒落な喫茶店でカフェオレ片手にそれを眺めていれば、ふと視界の隅にとある物が映る。
それはアクセサリー。耳元で風鈴のように揺れるそれについていたのは日の丸を模した旗のような装飾。黒髪に結いられうなじを露出されるそれに幾ばくか心を奪われる。
着物の納品は無理に無理を重ねてお願いしてある。
着物はあざとい可能性もあるが、あのような小物で演出出来ないか。
しかし生憎と簪で髪を留めた事などない、使ってヘアバンドである。やはりプロに聞くのが良い、着物屋に電話を掛けるべきであろう。
そしてその際、着物屋の人に日本らしさとは何か価値観を聞いてみるのも良いかもしれない。
口元に弧を描いているのが自分でもわかる。
解決策を見つけられそうで、かつ新しいフェチが生まれそうなのだ。私としては大変心踊る展開である。
日本で撮ってくれてありがとうと、日本のファンに言われるような作品に是非ともしたいものだ。