映画やネットに出てから私生活が激変したという成り上がりストーリーに憧れた事はあるだろうか。人生がガラリと変わる切っ掛けを手にし億万長者となる、そんな夢物語だ。
しかし私の現実は映画に出たからと言ってそう甘くはなく、そも旅行の小銭を稼ぐ為に売り子をしていた風来坊だった故貯蓄と云えるお金がない。
映画の結果はどうあれ当初は無名の新人ということで前払いの配給は無く、ビザの更新及び切り替え費用と当面の賃貸料を含めた生活費は情けないことだが監督のポケットマネーから借りていた。ロス郊外のレンガ造りの1DKのアパートで質素倹約に生活しているのが今日までの現状である。
季節は夏の夜風が身を震えさせる寒さに変わるかというところ、当の自分はといえば風でサッシが軋む部屋の中で服を着替えながら顔を綻ばせていた。
第一四半期の映画の歩合興行収入の支払いが行われたのだ。
金額こそ不明だが監督から期待してもいいよと声を掛けられている。我ながら笑みが止まらない。
偉い人は言いました、中国人のメスガキに頼れるものは金と銃、この二つがありゃ天下太平だと。幾らかのお金と銃があれば世の中何とでもなるんです。
因みにやってみろよと言われても現実では永住権がないので銃は購入出来ず、何とでもなっていない。護身用に所持しているのは股間にぶら下がるコルト・パイソンが一丁のみだ。顔と一物が合ってないと一瞬でも思った奴は至急ケツを出すように。
この世界の男性の服装といえば基本的に上半身下半身共に腕や太ももを人目に付かないよう肌の露出が極限まで無い物が主流である。要は長袖長ズボンにタートルネック、冬なら問題はないが夏であれば暑い、熱が逃げない、蒸れる、肌に張り付くと悪いことこの上無い。
短パンとアロハシャツで夏を過ごしていた前世に比べると大変煩い。しかし女性物はやはり選り取り見取り、一見女性物とわからないものも存在する。
私の服装は中は鎖骨まで見える白のボートネックに上はウサギの耳付き黒色パーカー、下は黒いショートパンツだ。耳無しのを選択するとアメリカのコンビニ強盗の服装となるため泣く泣く断念した。
皆まで言うな、既に二十歳の男がするには大分キツい服装と前世に染まった価値観が訴えている。
だがこの世界は貞操が逆転した世界、行っている女装は置き換えれば男装、二十歳の可愛らしい女性が男装していると考えればギリギリ行けるのではなかろうか?
気持ちを切り替えアパートの扉から出て、ルンルン気分でタクシーで銀行に向かう。周囲の目が気になる事はなく、今は幾ら口座に入っているのか気になって仕方がないのだ。
タクシーを降りて銀行に入りバンキングカードを差して残高確認を行う。口座開設はビザ切り替えのときに作ったもの、画面に表示される桁を一つずつ目で追いながら骨董品が鑑定される番組のように数えていった。
「一十百千万……十万……百万……二百万。おぉ凄い……二百万円」
口座には2,100,000USDと記載されていた。
タッチパネルを操作し口座から数百ドルを引き出す。どうやら今日の晩御飯で漸く少しの贅沢が出来るらしい。笑みを浮かべる頬を隠すようにフードを被るとそのまま足早に銀行を後にした。
前世の記憶が混ざったことで円換算など無縁であった金勘定に侵食されている自覚がないまま、口座の中身とそれに対する税金がとんでもないことになっていると気付くまであと四ヶ月と少々。
◆◆◆◆◆
帰宅後、寝台でうつ伏せになりながらネットの海を泳いでいると携帯の通知音がなる。直ぐ様内容を確認するとアンジェからのメッセージだった。
『アメリカのテレビ会社からインタビューの依頼が私の元に届いてるけど、どうする?』
メッセージを見て下唇を指で撫でながら唸りながら悩む。
役柄としての私がセクシー路線に務めているにすぎず現実の私はそうではない、多少ガードが緩そうな男性を演じているに過ぎないのである。アメリカとお茶の間に放映される手前、どのようなスタンスで行けば良いのかわからなかった。そのままで良いのなら気は楽になるが、それは追々考えるとして取り急ぎ了承の旨を彼女へと伝えた。
『因みに全米に放映されるから楽しみにしていて』
こちらの考えはわからないであろうアンジェから追い討ちが届く。借金の一括返済を含めて立ち回りを監督に相談しようと一人頭を抱えたのだった。
日は幾つか流れ全米インタビューの日。日に日に胃痛を感じたが、それも間もなく解消されるだろう。
楽屋で身支度を整えアンジェリーナと合流し共に放送局のスタジオに入る扉を開けばスタジオの中央には赤い絨毯の中に三つの豪華な椅子とサイドテーブル、それを囲むように何十台のカメラが設置されていた。
「うお゛ぇ……」
「ちょっと、大丈夫かい」
「胃酸が上がっただけ。吐きはしないから」
「世界にシャワーシーンを見せ付けた男とは思えないよ……」
撮影の時は数台だっただろうと脳内で悪態をつけば、別の箇所の扉が開かれる。
そこから現れたのはアイシャドウの強さを感じる黄色のドレスに身を包んだ黒人の美しい女性。目があった彼女は微笑むと此方に向かって歩み始め、傍まで近付きアンジェリーナとハグをした。
「はぁいアンジェ。久しぶりね」
「やぁオべラ。確か……三回目かな?」
「前の映画の時以来ね、今日は来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
続いて柔らかな笑みのまま、こちらに視線を合わせ私に右手を差し出してきた。私も微笑み返すと彼女の右手を握る。手の甲凄くスベスベしてるやん、やばと声を漏らしそうになったが寸前で飲み込んだ。
「ミスタークロキ。お会いできて大変光栄です。今日は来てくれて本当にありがとう。貴方と話せるのが楽しみ過ぎて、昨日の晩御飯もステーキが1ポンドしか喉を通って行かなかったの」
「こちらこそ貴女にお会いできてとても嬉しいです、ミスオベラ。私も楽しみで昨日の夜だって7時間しか寝れなかったんだ」
「貴方と何を話そうか、聞きたいことはいっぱいあるのよね。ではそろそろ準備を始めましょうか。席に座ってちょうだい?」
手を離し彼女がそう囁くとスタジオの中央に案内された。彼女に促されて椅子に座ると周りのスタッフがバタバタと慌ただしく動き回るのが目に入り、その動作で撮影が始まるのだと嫌でも思い知らされ胃がキリキリと悲鳴を上げる。
待つこと数分、漸くその時間が来た。
「こんばんは。オベラ・ウェンフィ・ショーへようこそ。司会は私オベラ・ウェンフィが務めさせて頂きます」
開始を知らせるカウントダウンの終わりと共に、撮影は始まった。笑顔で挨拶する司会者、正直私自身笑顔でいられているのか不安に駆られてしまう。
「最近話題の映画がございます。何でも公開して初動動員人数でギネス記録を更新し、最高興行収入を塗り替えるのは確実と噂されていますね。今日はその映画に主演されている二人に来ていただきました」
「どうも、こんばんは」
「……えっと……こんばんは?」
あ! だめだわ。これは絶対笑えていない。場面慣れしていない故に震える声とカタつく奥歯、映画の私はそこそこやれるのに現実の私はどうして肝っ玉がミジンコなのかと自己嫌悪を通り越して奇声すら上げたくなる。
「まずはそうね、何から話そうかしら」
「やっぱり映画の主役はこっちじゃないかな?」
しかし黒木に電流走る。現実の私がダメならば映画の役柄になりきればいいじゃない。因みに監督はやりたいようにやるのがいいと笑顔で言っていた。
「映画だって、あそこまで売れたのは優の色気のお陰と言っても過言ではないでしょう」
「では、そうね。ミスタークロキに質問なのだけど撮影する時に羞恥心や嫌悪感は無かったの? 色々と新しい物を見させてもらったけれど」
「全然? お触りは厳禁だけれど見られるのは別に何も思わないよ。寧ろ抜けるものなら抜いてみろって内心笑ってるくらい」
インタビューを受けるのは役として、そう考えるとスラスラと言葉を紡げられた。
「それに私が身体で新しい色気を表現することで、それに呼応するように新しい文化が生まれる。それに対して勿論需要が発生する。テレビでも雑誌でも需要を満たすように供給を作ったら新しい流れが出来上がるんじゃないかな。決して悪いことではないと思うよ」
「では例えば、現状どのような需要が生まれそう?」
「私が映画で際どい格好をしたように、男の際どい写真集とかはどうかな? 私としてはアダルトビデオが世に存在するのにギリギリを攻めたビデオも雑誌も何故存在しないのか不思議で堪らないよ。見えてないのだから良いじゃないって思うね」
予想外の答えだったのか、司会の動きが一瞬固まった。
「どうギリギリを攻めるのかしら」
「そうだね、まず直接的に見えてなければセーフという前提でだけれど」
そう彼女に断りを入れると椅子から立ち上がる。そのまま両手を身体の目の前で拡げた。
「私が全裸だとする」
尻たぶが見える程度にその場で身体を斜めに曲げた。そして足を閉じて前に出ている太ももを鼠径部を隠すように上にあげる。そして手のひらを胸と股間に重ねた。
「手のひらで隠す」
そのまま彼女へ微笑みかけ問い掛ける。
「見えてないでしょ?」
「さ……流石にそれはアウトじゃないかしら? 見えてないとはいえ貴方は裸なのよ?」
「被写体側に問題が無ければ、撮影自体は可能。それに対して世間の需要とこれを良しとするか、天秤にかけられるね。カメラマンさんは撮影したい?」
お前達は既設の良心と価値観を崩してもこれが見たいのかというわけだ。沢山のカメラマンへと視線を向ければ頷く者も居れば笑顔で親指を立てる者も居た。
「ふふ……カメラマンからの需要はあるようだけど。あとはこれをエロス、悪く言えば下品に感じるか、または芸術の延長線上にある類いのものだと思うとか? どっかの国に全裸の彫刻が無かった? あれが芸術でどうして私のが非難されるのか、これがわからない」
今のポーズとは湯上がりにタオルを肩に掛けてそうな
「固定観念に囚われてるんだ、さっきの別の観点で見てみようよ。これで私が全裸だとしたらどう。綺麗か汚いか、どちらか」
「綺麗だと思うわ」
即答だった。
「それなら綺麗、でいいんだよ。それ以上でもそれ以下でもなくただただ綺麗。綺麗だから見ていたい、それでいいと思うよ」
彼女は納得したようで、気難しい顔を崩し頬を綻ばせる。
「言いたいことは伝わったわ。けどそれが映像となると中々難しいのよね。既存の価値観が足を引っ張ってしまうの、いい考え方は無いかしら」
「新しい物を生むとはそういうこと、受け入れられない物は時間をかけて理解してもらうしかない、その為にはどちら側も努力しないといけない。焦ることなくゆっくりゆっくり浸透させる必要がある、理解してもらって良さを広めていかないとね」
「映画での色気もそれの一種ということ?」
「違いないよ」
問答に終わりを告げるように彼女の肩の力が抜けた。それを見届けると後ろの椅子に腰を掛ける。興奮気味の頭を冷ますためにゆっくり肺へと取り込み、それを吐き出した。
「続編が決定してるわね、今からもう続きが楽しみで仕方無いわ」
「私としては期待していてと言っておこうかな」
サイドテーブルに置いてあったグラスを掴んで口許へ運ぶ。乾いた唇を滑らせて口の中に流し込み、身体に溜まった熱を冷まそうとした。
「ところで二人は付き合ってるの?」
「ぶふッ!?」
喉を通過したタイミングで予期せぬ質問を投げ掛けられて、流化していた水が逆流する。口内の水は霧となり喉を通っていた物は気管へと侵入した。
「え、いや……あの……そんなことは、ないのだが」
「えほッ!ゴホッ!……ゴホ! んん゛ッ! んんん゛ッ!! 付き合ってないから! アンジェとは付き合っていない! 私は天然物だから!!」
「そ……そこまで必死にならなくても」
「水を飲んだ瞬間変なこと聞かれれば誰でも焦るわ!!」
タイミングが良すぎて狙ったのかと小一時間問い詰めたい気分になったが落ち着かせる様呼吸を繰り返しサイドテーブルにグラスを戻す。口から垂れた水を袖で拭い、彼女の言葉を待った。
「キスもしたことないの?」
一度素で口調も砕ければ、役柄としてのスイッチが切れてる事に気が付いた。彼女が狙ったのかは定かではないが先のような緊張は無い。
「ふう……。お、セクハラか? 彼女無い歴と年齢はイコール。焼肉屋で出会った牛さんがファーストキス。ファーストキスの味は塩胡椒味だったよ」
「あらあらまぁまぁ」
「大体のアメリカ人って婚前交渉禁止の宗教を信仰してるのにエグいこと聞いてくるなぁ……」
「二人は相手に言いたいことはあるの? 例えば撮影の時の文句とか相手に言ったことはない内容が一つや二つはあるんじゃない?」
映画の相方だったアンジェリーナ。良い匂いがする、豊満な乳房を持っている、スタイルもいい、気配りも出来る、よこしまな感情を視線に乗せてこちらを見ない、おっぱいも大きい、軽はずみなボディタッチもしない、尽くしてくれる、おっぱいが大きい。彼女のプライベートに此方から踏み込んだことはないが、撮影以外でも何かと気を利かせてくれる彼女へ感謝はあれど不満はなかった。
「アンジェに特に不満とかはないよ。寧ろ感謝でいっぱいさ」
「……あ、私はあるね」
「え゛ッ」
「何々……! 何かしら!?」
ちょっとこらそこ、目を輝かせて質問しない。内容によっては私の心にヒビが入るから。
「撮影の日は朝に道すがら車で迎えに行くんだけどね、時間ギリギリまで寝ているんだよ」
「それはダメね、ジェントルマンの朝の支度は時間がかかると聞くわ。もっと早く起きないと」
「あぁギリギリまで寝ているのは私も余裕持って行くからいいんだけどね。家にいるときに半裸なのはどうかと思う」
空気が凍るという表現があるが、私は生まれて初めてそれを体験した。
「失礼なことを聞くけど、寝るときはどんな服装なの?」
「……下は下着、上は着ない」
「…………その上には?」
「……着ないし履かない」
「ごめんなさい、私の想定よりもっと酷かった……」
いたたまれない空気の中、アンジェリーナはオベラへと謝っていた。誰も居ない家で下着に裸で何が悪いのだと不満を露にするが彼女らはそれを理解してくれてはいない。彼女が言う半裸とは恐らくドアを開け少し待ってとお願いする格好が半裸とのことだろう、生憎とその格好は短パンにTシャツだ。
「……家での服装は?」
「短パンに肌着のシャツ」
「Oh……」
オベラはゆっくりと手のひらを目の上に乗せて、天を仰いだ。何が悪いのかさっぱり理解できず、なのに常識を知らない男扱いをされ正直今すぐに帰りたい気分である。
「ミスタークロキ、貴方は紳士なんです。紳士がそんな格好をしてはいけません」
「誰かに見せる訳でもないし、家だから良いじゃない?」
「いけません」
紳士とはなんたるか、彼女のありがたい演説がスタートする。私のSAN値の減少と反比例し冷えたスタジオは温もりを取り戻すのだった。そして私の人生初のテレビ出演はお説教で幕を閉じた。
◆◆◆◆◆
放送が無事に終わり司会のオベラと別れ、アンジェと二人並んで楽屋に歩き始める。Tシャツと下着で過ごすのが裸族認定されたのは本当に驚きだった。全くその自覚は無かったし、何なら前世の裸族という少数民族は部屋の中でもっと開放的に過ごしている。全米に裸癖が放映される腹いせに隣を歩く元凶の脇腹を人差し指で突いた。
「ひんッ!?」
「アンジェひどい。私のこと痴男扱いしてる、全米放送されるじゃん。私の渾名はその日から裸族の人だよ」
「あ、いやそういう意図はないんだよ。違う。その何て言うか……ね?」
身振り手振りで慌て弁明する彼女がスンと真顔になって、くしゃりと笑みを作る。
「優のそういうところ見られたくないと云うか……ふしだらな男で居て欲しくないと云うか。えっと……そうだね、直したら君はもっと素敵に輝くと思うからさ」
こういう臭いセリフをサラりと言える辺り彼女は本当の意味で女優なんだろう。弄ろうとしたこちらが恥ずかしくなってくる。頬の火照りを誤魔化すように彼女の脇腹を人差し指で撫でた。
「ちょッ! ストップ! 脇を小突くのはやめてッ」
「誉めても何も出ないんだが?」
映画の続編の制作が決まったと先程言っていた、近いうちに連絡が来るだろう。あの役をこなせるのは世界に私一人だ、言い切れる自信がある。次はどのような性癖を織り交ぜるか、今から楽しみであった。