罪を憎んで神を憎まず   作:楠木に住まう天使

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世界を知れども俗識を知らず

 

 

 楔によって三分割された世界のうちの一つ、虚圏。虚や、仮面を割った虚である破面(アランカル)が多く住まうその場所は、大気中の霊子濃度が他の世界に比べて極めて高く、小さな虚ならば呼吸するだけで生存に必要な栄養を摂取できる。ただし虚以外の存在、人や死神にとって、虚夜宮(ラスノーチェス)のような人工物を除けば白い砂漠と石英の木しかない虚圏は地獄そのものであり、とても生きていけるような環境ではない。

 

 そんな砂漠で、虚夜宮の全貌が目に入る位置に、四つの影があった。髑髏の仮面を帽子のように被った、額の傷跡が特徴的な少女の姿をした破面、ネル・トゥ。巨大で奇怪な顔の破面、ドンドチャッカ・ビルスタン。クワガタムシを想起させる仮面を被り、褌を身に着けた破面、ペッシェ・ガティーシュ。雄大な体躯を誇るバワバワ。

 

 平時はドンドチャッカ、ペッシェ、バワバワを鬼役に立て、無限追跡ごっこ等に興じる彼女らだが、今日は四人全員が逃走者を演じていた。それも遊びではなく、捕まれば本当に喰われる鬼ごっこで。

 

「やっ、やばいっすよ!あの虚たつめっちゃ追いかけてくるっす!」

 

「どうして中級大虚(アジューカス)が徒党を組んでるでヤンスか!」

 

 彼らを追いかけているのは、三体のアジューカス。それらの動きは、それなりに連携が取れていた。しかし、それは虚の常識からすれば異常なことであった。

 

 本来虚は、失った心を埋めるために人間や整の魂魄を喰らう。しかし、心をより強く求める一部の虚は、同族を喰らうことがある。そうした虚が何度も同族で喰らいあい、幾百の虚が混ざり合って生まれるのが下級大虚(ギリアン)だ。ギリアンは基本的に自我が薄く知能も低いが、稀に強い自我を有する個体が生まれる。そんな個体は他の下級大虚(ギリアン)を喰らい、更に上の位である中級大虚(アジューカス)に進化する。

 

 しかしアジューカスになってからも他のアジューカスを喰い続けなければ、やがてギリアンに退化してしまう。そして一度退化すると、二度とアジューカスには戻れない。その上、アジューカスが体の一部でもほかの虚に喰われると、それよりも上の位、最上級大虚(ヴァストローデ)への進化が出来なくなる。そのため裏切りの危険性がある群れの形成は、滅多なことがない限り起きないはずだった。

 

 だからこそアジューカス三体に追いかけられている状況はあまりに奇妙で、余談も許されないほどに危険であった。

 

「くそぅ、かくなる上は私の無限の滑走(インフィナイト・スリック)で足止めを図ろう!」

 

 段々と距離が縮まっており、このままでは追い付かれると悟ったペッシェは自らの能力を使おうと提案する。彼は触れたモノをヌルヌルにする汁を出す能力、無限の滑走を持っており、それでアジューカスたちを転倒させ時間を稼ぐことを思いつく。無限の滑走を使うため、タイミングを見計らって後方を向き…………驚愕に目を見開く。

 

 その存在は三体のアジューカスの更に後方にいた。白い装束を身にまとい、日本刀を手にした男が、アジューカス達の方へ、見方を変えればネル達の方へと接近している。その姿に何故か、根源的な恐怖を覚えた。

 

 刹那、白装束姿の男は超速で飛来し、三体のアジューカスたちの首を日本刀で狩り取った。

 

 ズシン、という地響きと共に崩れ落ちた三体のアジューカスの胴体。その男の姿を認めたネルたちは、フリーズした脳を再起動させる。彼女らにアジューカスたちの脅威が去ったことに対する安堵などない。寧ろ、それらを瞬殺した目の前の存在に対し極限まで警戒心を強めていた。

 

 顔は晒され、虚特有の仮面の名残すら存在しないが、その男の内包する霊圧が虚に近しく、自分たちより格上であることは理解できた。新種の破面だろうかと推察し、何にせよネルだけは守らなければと、ペッシェとドンドチャッカは決意を固める。

 

「あ、ありがとうっす。ネルたつを助けてくれて……」

 

 その言葉はネルの口から出た。彼女にも恐怖がなかったわけではないが、それと同時に助けてくれたことに対する感謝を伝えたいと思ったことも事実だった。ネルが話しかけたことで、先程までアジューカスに向けられていた男の敵意が、明確にこちらに向くのではとペッシェとドンドチャッカは危惧し、慎重に男のほうを伺う。

 

 男はネルたちを無表情で眺めていた。虚の仮面の代わりに能面を着けているようで、その無表情には何の感情も見受けられない。沈黙が痛くなり、緊張が限界まで高まった時、男はゆっくりと口を開いた。

 

「……無事でよかった。破面が目の前で喰われるのはあまり見たくないんだ。それより、君たちの名前を教えてくれないか」

 

 無機質な声だった。しかし、投げかけられた言葉の内容にネルたちはほんの少し安堵する。いきなり自分たちが、取って喰われることはないだろうと思えたからだ。

 

「ネルはネル・トゥっす!」 

 

 ネルは花のような笑みを浮かべ、いの一番に名を名乗る。それに続けて他の二人も自己紹介をする。

 

「ネルの兄のペッシェです」

 

「その兄のドンドチャッカでヤンス!」

 

 彼らは揃って兄を自称したが、本当の兄弟というわけではない。彼ら曰く、偶々虚圏で会ってあまりにかわいらしかったから兄になったそうだ。

 

「そして後ろのデケえのがペットのバワバワっす!」

 

 バワバワは言語を話すことが出来ぬため、代わりにネルが紹介した。

 

「…………ネル・トゥ、ペッシェ、ドンドチャッカ、バワバワ、か」

 

 男はこめかみを指でトントンと鳴らしながら、何度もその名前を復唱した。何かを思い出そうとしているような、あるいは何かを思案しているような仕草だった。何度か名前を復唱した後、言うのを忘れていたかのような素振りと共に、言葉を紡ぐ。

 

「…………私のことはアリエナシオンと呼んでほしい」

 

「アリエナシオン、っすか?」

 

「…………そうだ」

 

 間の多い話し方だった。言葉を頭で整理して話すタイプなのだろうと、ペッシェは受け取った。

 

「…………なぜ君たちはアジューカスたちに襲われていたんだ?」

 

 虚が他の虚を喰らうために襲うことはそれほど珍しくはない。アリエナシオンが聞きたいのはアジューカスに襲われた経緯の方だろうかと、ネルたちは考えた。

 

「遠くにいると思ってたら急に近づいてきて、食べられそうになったっす!少なくとも、ここらでは見たことのない虚ですた」

 

「…………それはもしや、あちらの方角から来ていたのではないか?」

 

 男が指さした方向は虚夜宮がある方向と丁度逆方向であり、正しく三体のアジューカスが来た方向に合致していた。

 

「そうっす!アリエナシオンは何か知ってるっすか?」

 

 そのセリフには、得体の知れない存在と初めて共通の話題が持てるかもしれないという、ある種期待のようなものが込められていた。だがその期待は裏切られ、予想外の爆弾が落とされる。

 

「…………ああ、あちらの方角から大量の虚を喰いながら()()を目指してきたからな。餌場を奪われた虚と、私を恐れた虚がここまで逃げてきたのだろう」

 

 えっ、という声がネルから漏れると同時に、ペッシェとドンドチャッカがネルを庇うように前に立つ。大量の虚を喰いながらここまで来た。その言葉が真実ならば、いや虚偽であったとしても、目の前の男は途方もなく危険な存在だ。男がアジューカス三体を一瞬で屠ったことも、良くない想像に拍車をかけた。

 

「わ、私達のことをどうするつもりだ!」

 

「まさか食べるんでヤンスか!」

 

「ネッ、ネルたつのことは食べないでほしいっす!!」

 

 三人は仰々しく後ずさってそう宣う。こんな状況でも自分たちのペースを崩さないのは、彼女らなりの処世術と言えるかもしれない。男は初めてやや表情を崩し、ばつが悪そうに視線を逸らした。

 

「…………喰わないさ。破面は好みじゃないんだ」

 

「ほ、ほんとっすか?」

 

「……ああ勿論。君たちに危害を加えないこと、神に誓おう」

 

 再度、無表情に戻る、しかしそこには真剣さが滲み出ていた。男にとっての神というのが何を指すのかは分からないが、冗談や比喩で口にしたわけでないことはネルたちにも伝わった。

 

「…………とはいえ、言葉に出すだけならば誰でもできるし、行動で示そう。私が移動したことでこちらの治安が悪くなったのならば、暫く君たちの護衛を務めようと思うのだが、どうだろう?」

 

 信用や信頼を前提にした提案ではあったが、内容だけで考えれば破格であった。アジューカス三体を容易く屠れる男が護衛ともなれば、虚の極点たるヴァストローデや、破面の頂点たる十刃(エスパーダ)が襲ってきても、ネルの安全が保障できるかもしれない。しかし、流石に信頼が足りないとペッシェは考え、断る方向へもっていこうとする。

 

「お気持ちはありがたいが、気遣い無用!今日のようにアジューカスの群れが相手であればあのまま追いつかれてもおかしくなかったが、単体であれば私とドンドチャッカの華麗なる連携で逃げおおせられる。だから護衛の件は断らせていただこう!」

 

 最も、仮にあのまま追いつかれていたとしても、彼らの実力ならば迎撃自体は可能であった。ただし、とある理由から出来るだけ戦闘を避けたい彼らにとって、逃げに徹する方が都合が良いのだ。そこまで伝える意味はないと、敢えて言葉にしなかったが。

 

 そうして胸を張っていたペッシェとドンドチャッカであったが、アリエナシオンが微妙な顔をしているのに気付いた。

 

「…………一つ聞きたいのだが、虚が単体で襲ってくることなどあるのか?」

 

「えっ、いや、少なくともアジューカスが群れを成すことはめったに無いはずだが」

 

 ペッシェが口にしたのは間違いなく虚圏での常識であり一般論であった。アジューカスは体の一部でも喰われれば進化が止まるため、迂闊に他の虚に背を任せられない。だが、一般論には例外が付き物だ。そうして男は、先程とはまた違った爆弾を落とす。

 

「…………君たちの生活圏ではそうなのか?私が以前いた場所では単独のアジューカスなど、()()のどれかに吸収されるか、即喰われて終わりだった。実力的に孤高を貫けるのはヴァストローデだけだ。」

 

「ン?」

 

「……そして群れのいくつかとヴァストローデの何体かは、私の移動に伴ってここら付近に来ているとみていいだろう」

 

「はい?」

 

「……付け加えておくが、たった三体のアジューカスなど、向こうでは群れとも呼べないぞ」

 

「アリエナシオン君!これから短い間、いや長い間でも構わない!護衛としての君の活躍、期待しているぞ!」

 

 あまりにも素早く返した掌で、アリエナシオンの手を握りブンブンと上下に振るう。半ば勢いで了承した感は否めないが、その判断は間違っていなかったと、ネルたちはこれから幾度も実感することとなる。

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。感想、評価、お待ちしております。

以下、伏字だらけの設定
前話のオリ主は現在、虚圏でアリエナシオンと名乗っている。
オリ主を護廷十三隊が捕捉できなかったのは、死神の力を奪ってすぐに虚圏に逃げ込んだから。
虚圏に逃げ込めたこと、虚の霊圧を有していること、どちらも斬魄刀の能力が関係している。
短期間で斬魄刀の始解を発現させられたのは、■■■を利用した裏技。
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