罪を憎んで神を憎まず   作:楠木に住まう天使

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世界を知れども友愛を知らず

 

 

 虚夜宮(ラスノーチェス)。尸魂界稀代の大罪人、藍染惣右介が現在、主を務めているその長大な宮殿は、力を持った破面の巣窟である。普通の虚は恐ろしさで近づくことも憚る魔境。そんな虚夜宮が背景の一部と化すほど離れた位置に、五つの影があった。

 

「ところで、シオンは何で仮面がないんすか?新種の破面っすか?」

 

 ネルたちがアリエナシオンと出会ってから、現世の時間で数日が経過した。自分から話をしないアリエナシオンの代わりに、物怖じしないネルたちが積極的に話しかけ続ける。出会いは殺伐としていたが、打ち解けるのにそれほど時間はかからなかった。

 

 親しみやすいようにと、アリエナシオンのことを最初にシオンと呼び始めたのはネルだった。戸惑い気味だったアリエナシオンだが、特に咎めなかったことから、気付いたときにはペッシェとドンドチャッカもそう呼ぶようになっていた。現在彼らはバワバワの背に乗って、ゆったりと会話に勤しんでいる。

 

「…………そもそも私は、破面どころか虚ですらない。最も、虚を喰らいすぎたせいで並みの破面よりも虚の霊圧は濃くなっているだろうが」

 

「なにぃ!?虚ではないのか?私はてっきり、ヴァストローデが独自の進化をしたのだとばかり……」

 

「じゃあ、シオンはいったい何者なんでヤンスか?」

 

「…………お前たちは破面だろう?私が身に纏っている死覇装に見覚えがあってもおかしくないはずだ」

 

 一同は改めてアリエナシオンをじっくりと観察する。アリエナシオンが死覇装と称したその着物は色こそ真っ白に染まっていたが、本来は黒い色だったのではないかと何故かネルたちに思わせた。加えて、アリエナシオンが腰に付けている刀。虚が本能的に恐怖を覚えるそれは、虚の天敵が扱う斬魄刀のようにも見える。

 

「分かったっす!ずばり、シオンの正体は、死神(しにがみ)…………。あのー……流石に死神ではないっスよね?……白いし」

 

 いち早く正体を推察したネルはしかし、それは間違っていると言ってほしかった。もし合っているなら、自分たちの目の前には、天敵がいることになるからだ。だが無情にも、アリエナシオンは真実を口にする。

 

「…………死神で合ってるぞ?……一応」

 

 その言葉を聞いたネルたちは一様に驚愕の声を上げ、仰々しく仰け反る。

 

「そんな!シオンがワルモノだったなんて!」

 

 ネルにとって、自分たちの生存を脅かす死神とはワルモノである。だが、その言動とは裏腹に、ネルの目にそれほどの怯えはない。

 

「というか、魂魄を喰らうのは虚や破面だけだろう?以前、大量の虚を食べたと言っていたではないか」

 

「……………………成長期なんだ」

 

「それは流石に無理があるっス……」

 

 シオンの不器用で分かりやすい冗談にネルは呆れてツッコむ。何のことはない会話劇、アリエナシオンの正体が死神だと分かっても、ネルたちにさほどの恐怖は湧かない。たった数日で、それほどまでに馴染んでいた。

 

 未だにネルたちの顔には笑みが浮かんでおり、相変わらず能面を被っているようではあったアリエナシオンだが、その表情はほんの少し穏やかだ。

 

 その談笑の時間は、唐突に終わりを迎える。

 

 

 

―――――大気の霊子が揺らいだ。

 

「……来たか」

 

「えっ?」

 

 一瞬で先程までの雰囲気を消失させたアリエナシオンに対して、ネルは何かあったのかと疑問を声に乗せる。そして、その答えをすぐに目の当たりにすることとなる。

 

 ネルたちの周辺に、虚や破面が虚圏と現世を移動するための黒い門、黒腔(ガルガンタ)が大量に開く。

 

 重々しい霊圧と共に出てきたのは、数え切れない程のギリアンの軍勢と四体のアジューカス。ビルに匹敵するサイズのギリアンは円形に隊列を組み、ギリアンより一回り二回り小さいものの、それ以上の霊圧密度を誇るアジューカス達は、空の隙間を埋める。

 

 両手の指では数えきれない大虚の群れは、ネルたちを囲むように巨大なドームを形成していた。そしてそのすべてが中心に、即ちネルたちに敵意を向ける。

 

「な、なんスかこの数は~~~~!?」

 

「これが群れでヤンスか!?」

 

「不味いぞ、一瞬で囲まれた!」

 

「……勧誘ではなく狩りか。当然だな、もとより()()()を狩るための群れだ」

 

 いつの間にか斬魄刀を鞘から抜いていたアリエナシオンは、事も無げにそんな台詞を吐く。

 

 群れのすべての大虚が黒膣から顕現したのを見計らい、リーダー格と思しきアジューカスが指先に霊圧を収束させる。それを合図に、すべての虚が各々一点に霊圧を固める。それは大虚の放つことのできる強力な遠距離砲、虚閃(セロ)の前触れ。収束した霊圧同士が、まるで共鳴しているかのように大気が震える。

 

「放て!」

 

 リーダーの声と共に、二十を超える凝縮された霊圧が、無彩色の光線となりて、一斉に中心へ向かって放出される。

 

 刹那、想像を絶する霊圧の奔流が半球内を埋め尽くした。

 

 虚閃による爆発で地面が抉れ、爆風で舞った白い砂があたりを包む。砂煙が隠してはいるが、中心に巨大なクレーターが出来ていることは想像に難くない。寧ろ、クレーターすら抉り削れ、底の見えない穿孔が存在する可能性すらある。

 

 どちらにせよ、この中にいた者は粉微塵になっていてもおかしくはない。

 

「グランディオ!送風!」

 

「了解」

 

 リーダーが指示を出すと、グランディオと呼ばれたアジューカスは、両掌から強風を発生させる。元十刃、ドルドーニが起こすような敵を穿つ一点突破の暴風とは異なり、敵を削る威力がない代わりにその範囲は膨大であった。グランディオの風は瞬く間に砂煙を連れ去り、無数の虚閃にその身を晒した獲物達の姿を露わにする。

 

 半透明な立方体、正確には六枚の壁がネルたちを守るように囲んでいた。ひび割れた六つの壁は、役目を終えたことを理解したかのようにボロボロと崩れ落ちた。

 

 アリエナシオンは着弾直前、縛道の八十一、断空を詠唱破棄で、しかも六枚同時に発動させ、ネルたちを含んで周囲に展開した。その技は、嘗て護廷十三隊二番隊副隊長であった、大前田希ノ進の得意とするものだった。本来ならば対象を閉じ込める用途で使用される技だが、今回はネルたちと自身の周囲を囲むように展開して、全方位からの虚閃を防いでみせた。

 

「た、助かったっス~」

 

「だが、これからどうするのだ?」

 

「……地上の包囲に穴をあける。まだ動くなよ」

 

 アリエナシオンはお返しと言わんばかりに虚閃を打ち放つ。轟音とともに大気を引き裂いた虚閃は、ギリアン数体を焼き滅ぼし、包囲に穴をあけた。

 

―――――本来ならば砂に乗じてリーダーを暗殺したかったが対策済みか。

 

 砂煙はすでにグランディオの能力で晴らされ、獲物が五体満足であることも周知された。リーダーはギリアン数体が落とされたことを受けて、更に指示を飛ばす。

 

「ゾルティア!雑兵! ラグナ!接敵!」

「「了解」」

 

 ゾルティアと呼ばれた巨大なアジューカスは、躊躇なく自身の右手の指をすべて切り落とした。切り離された指は重力で落下しつつ、それぞれが醜く蠢き変形する。やがてそれらは五体の虚へと変じ、アリエナシオンに襲い掛かる。ラグナもそれらに続き、接近戦を仕掛ける。

 

「……縛道の八十一、断空」

 

 先程と同様、詠唱破棄した断空をネルたちを囲うように張る。ただしアリエナシオン自身は断空による立方体の外側におり、斬魄刀の柄を両手で握っていた。それは正しく接近戦に応じる構えであり、同時に斬魄刀を解放する合図でもあった。

 

――――六合遍く回帰せよ『輪廻厭世(りんねえんせい)

 

 霊子が呼応するかのように、大気が揺れる。刀身に目に見える変化はない、ただし、斬魄刀の霊子密度は飛躍的に高まっていた。

 

 その刀で、接近したアジューカス、ラグナの突き出した巨大なランスのような腕を受け流し、背後に迫ったゾルティアが生み出した雑兵の一体を貫かせる。味方を突き刺したラグナは無防備な巨躯を晒していたが、その隙は他の雑兵の捨て身の突進を切り伏せる間に失われた。

 

 ラグナは次に叩きつけるようにランスを振り下ろすが、再度斬魄刀で受け流される。ランスが大地に向かって恐ろしい速度で叩きつけられたことで、再び砂埃が舞い上がり、一同の視界を奪う。

 

 そして、霊圧知覚の優れた者にとって、砂煙など目くらましにもならない。即ち、この場で最も霊圧知覚に優れている者、アリエナシオンは、この瞬間、戦場を支配した。敵を見失った雑兵三体の首を、背後から斬り落とし、続けてラグナの処理にかかる。

 

「グランディオ!送風!」

 

「了解」

 

 群れの中ではもっとも霊圧知覚の優れているリーダーは、中の不利を悟るが、味方を巻き込む虚閃を撃つわけにもいかず、再び砂煙を晴らすよう指示を出す、が時すでに遅い。広がった視界の中、一同の前に首だけ無くなり倒れ伏したラグナの姿が晒される。あの一瞬で、中にいた虚は一掃された。

 

「ゾルティア!将軍!」

 

「了解」

 

 すでに超速再生で右手の指を再生させていたゾルティアは、此度は自らの右腕を肩から切り落とした。落ちた腕は変形して武者を思わせる姿となり、アリエナシオンへ肉薄する。

 

 アジューカスの切れ端と侮れぬほど、苛烈な攻めを見せる将軍と、斬りあいを演じざるを得ないアリエナシオン。その足は数瞬止まる。無理やり作った一瞬の隙を見逃さず、リーダーはとどめと言わんばかりに指示を出す。

 

「全員!虚閃!」

 

 その強力さ故に連射のできぬ虚閃。一度目に奇襲に使ったそれの再装填にかかる時間はすでに過ぎていた。ネルたちは事前に張った断空に守られているが、未だ将軍と斬り結んでいるアリエナシオンには鬼道を練る時間も、避ける余裕もない。

 

 大虚達の口に霊圧が収束し、今、解き放たれる。再び半球内は無彩色の虚閃に埋め尽くされた。

 

 その様子を見た群れの誰もが勝利を確信する。一度目は断空で防がれたものの、二度目は明らかに直撃していたからだ。

 

 それでも尚、大虚たちは油断せずリーダーの次なる指示を待つ、が中々それが来ない。群れの誰もが訝しんだころ、ようやくリーダーの立っていた位置から声が木霊する。

 

「……惜しいな」

 

ただしその声は、リーダーの発したものではなかった。

 

「……陣形は良かった。初撃に虚閃を選んだのも、群れの全ての火力を集中させられるという点では悪くない。その後はアジューカスの固有能力で時間を稼いで再度虚閃」

 

 大虚たちは、あり得ないとでも言いたげな表情でリーダーのいた位置に目を向ける。

 

「……悪くなかった、本当だ。ただ単に、火力が足りなかっただけだ」

 

 右手には斬魄刀、左手にはリーダーの頭部の一部のみを携えたアリエナシオン。彼の白い死覇装は虚閃の直撃でボロボロになっていたが、彼自身の体に目立った傷は見られなかった。彼の口から出る言葉とは裏腹に、その顔は無表情で、目は絶対零度よりも冷たい。

 

「……さて、申し訳ないが、お前は喰わせてもらおう」

 

 その台詞の後、皆が注視していたはずのアリエナシオンの姿が全員の視界から消える。刹那、切り離した肉体を先兵に変える能力を有するアジューカス、ゾルティアの頭部が斬魄刀によって落とされ、消失した。

 

 誰の目に映ることもなくゾルティアの背後を響転でとっていたアリエナシオン。彼が斬魄刀を振るう度、斬り取られた部位が消失してゆく。やがて小さな破片一つだけを残して、ゾルティアの姿が完全に消失した。

 

 彼の響転を捉えられない。その事実に、最後に残ったアジューカス、グランディオは思考が恐怖に埋め尽くされそうになるが、何とか正気を保ち、撤退の指示を出す。主力であるアジューカス三体がやられて、獲物はほぼノーダメージな以上、それ以外に道はなかった。

 

 グランディオと無数のギリアンは逃げ惑うように黒膣を開き、その身を滑り込ませる。群れが完全に姿を消したのを確認した後、ようやく斬魄刀を鞘に納める。

 

 あたりを静寂が包む。先程までの喧騒が嘘のようだ。

 

 アリエナシオンは巨大なクレーターの中心へ向かった。そこに鎮座するは、傷一つない万全の状態の立方体の断空。群れが狙いを定めていたのは初めからアリエナシオン一人、断空に虚閃は直撃せず、虚閃の余波すら完全に防いで見せた。アリエナシオンは合図を出し、断空を消失させる。

 

 直後小さな影が中から飛び出しアリエナシオンの腹部に超加速タックルをかました。

 

「ッ!!?」

 

 あまりに唐突に来た衝撃に、アリエナシオンの体がくの字に折れ曲がり、口から苦悶の声が漏れる。

 

「ごっ、ごわがっだっず―!!」

 

 アリエナシオンはすぐ下から聞こえてくるネルの声に、何が起きたか悟る。脅威が去って安心したネルが途轍もない速度で抱き着いてきたのだ。それを理解したアリエナシオンは、自分の中の違和感に気付き、その理由を探る。

 

「流石だシオン!あの大虚の群れを退けるとは!」

 

「助かったでヤンスー!」

 

 ペッシェ、ドンドチャッカも口々に礼を言うが、その言葉に気付かない程に深く思考の海に沈んでいた。

 

「シ、シオン?大丈夫っすか?」

 

 ネルの心配する声に、ようやく意識が現実に浮上するアリエナシオン。大丈夫だと返し、ネルを下ろして一人で立たせる。

 

「本当に大丈夫か?二度目の虚閃に関しては、直撃していたように見えたが」

 

「…………ギリアンの虚閃を何十発喰らおうが大したことはない。アジューカスの虚閃だけ将軍の体を盾にして、ギリアンの虚閃は無視した。後は爆発で連中の目が眩んだ瞬間に、響転でリーダーを不意打ちするだけだ」

 

 淡々と返す言葉に、ペッシェ達は戦慄を覚える。幾らギリアンが大虚の中で最弱とはいえ、途方もない数の其れが放つ虚閃を無防備に喰らえば、それこそ並の十刃であろうと無傷とはいかない。それほどまでに、アリエナシオンの含有する霊圧が高いということだろうか。

 

「……それより、ここから早く移動しよう。あれだけ派手に暴れられたんだ、虚夜宮の破面が様子を見に来るかもしれない。全員、額を出してくれ」

 

 アリエナシオンは懐から筆を取り出し、筆先を砂漠に浸した後に、ネルたちの額を筆でなぞる。くすぐったそうに身を捩るネルたちだが、何が起こったかは理解していなかった。

 

 そうしてネルたちは、バワバワの背に乗って虚夜宮から離れる方向に移動を開始した。

 

 




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以下、伏字だらけの設定
始解の名前は『輪廻厭世』。
解号は、六合遍く回帰せよ。
能力は、斬り取ったものの■を■■する、というもの。
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