ネルたちと行動を共にしてから、脈を数えて時間を測ることをしなくなり、代わりに虚夜宮内部の霊圧の揺れを観測し続けた。ここ最近は一段と重い霊圧が宮の内部を支配している。藍染惣右介が虚夜宮に君臨しているからだろう。
藍染惣右介が虚夜宮を訪れることは何度かあった。だが、今回ほど長く居座っているのは初めてだ。そして何より、先程感じた不気味な霊圧の揺らぎ。恐らく生まれたのだ、大虚が持つ強大な力全てを、最強の死神、山本元柳斎重國の炎を封じることだけに費やされた破面が。
どうやら予想通り、私の存在に関わらず、事は流れ通りに起こったのだろう。動かしていた足を止め、ため息が漏れ出た。それは安堵によるものか、はたまた落胆を示すのか。嘗てないほどに高ぶった心臓の音からは前者のようにも思えるし、無邪気に鬼ごっこで遊んでいるネルたちの後姿を見ると後者のような気もしてくる。
ネルたちと出会ってから随分経った。虚の群れを何度も退け、面倒なヴァストローデから逃げ、ネルと鬼ごっこで遊び、ペッシェとドンドチャッカに戦いを教えた。
その時間は、虚を喰らうだけの
目の前で走っていたネルは、追いかける気配がなくなったことに気付いたのか、振り返って立ち止まり、不思議そうな顔で尋ねる。
「急に立ち止まってどうしたスか?今はシオンが鬼っスよ?」
その顔には何の陰りもない。これからも鬼ごっこで遊べると信じているのだろう。その顔を見ると、どうしようもなく胸が痛くなる。
ネルが話しかけたことで、私が立ち止まっていることに気付いたドンドチャッカとペッシェも、遠くから心配の声を上げる。
「だいじょうぶでヤンスか?」
「どこか具合でも悪いのか?」
その言葉が、声が、感情が、私の心を惑わせる。久しく忘れていた心の存在を、思い起こさせてくれたのすら彼女らだったのだ。
それでも、五百年の歳月と、あの日の覚悟を裏切ることだけはしない。最後の言葉を伝えるため、彼女を呼ぶ。
「…………ネル。こっちに来てくれないか」
その言葉を聞いたネルは、こちらに走ってきて、目の前で立ち止まる。しゃがみ込んでネルと目を合わせると、様々な記憶が思い起こされた。
五百年間、虚を喰らい続け、皆に恐れられ続けた私は、正しく孤独だった。自分で決めた道筋ではあったが、確かにその孤独は私の心を削り続けた。やがて虚のように心を見失い、感情を表に出すこともしなくなった。
そんな私を、再び世界と繋ぎとめてくれたのがネルたちだった。初めて出会った時、恐れを抱きつつも感謝の言葉を投げかけてくれたネルも、私の力を必要としてくれたペッシェとドンドチャッカも、今や私にとってかけがえのない存在だ。
もう私は、十分にもらった。これ以上は私には勿体無い。そう思えば、少し楽になった。
それに、元々私の打算で始めた関係だ。終わる時も、責任をもって打算で終わらせよう。
そして私は、最後の言葉を紡ぐ。
「…………お別れだ、ネル」
え、と困惑を口にするネル。その頭を優しく撫でる。指先に触れる、硬い仮面の感触すら愛おしかった。
私が口に出した言葉の意味するところを理解してしまったネルは、やはりと言うか止めようとする
「い、いやっス!もっと一緒に居たいっス!」
死覇装に縋りつき、感情を吐露するネル。それを受けても私は、理屈で返すことを選択する。駄々をこねる子供をあやす要領で。自分の心を騙す要領で。
「……元々私は、期間限定で護衛をしていただけに過ぎない。この辺りの治安も十分回復した。もう私の役割は、」
「そんなの理由にならねっス! シオンはネルたつと一緒に居たくないんスか!? ネルはシオンの気持つが知りたいんス!」
その言葉は、浅はかな私の欺瞞を弾劾しているかのようだった。自分の想いを伝えることなく彼女を納得させることはできない、そんな当たり前のことを今、理解させられた。
私はネルに、本心で向き合うべきなのだろう。それを言葉にすることが、かえって私の決意を鈍らせるとしても。
「……………………一緒に居たいさ。けど、それじゃ駄目なんだ。私が今動かなければ、この世界は崩壊する。他ならぬ私が、それを止めたいと思っているんだ。……分かってくれ」
それは間違いなく私の本心だった。嘗てないほどにまっすぐ、真剣な気持ちで落とされたその言葉は、きっとネルに届いただろう。
少女の頬をつたって落ちた雫が、白い砂漠に染みを描く。自身の想いを噛み殺しているのか、はたまた泣き顔を見せたくないのか、目の前の少女は俯いている。
「行っちゃうでヤンスか?」
ドンドチャッカの確認の言葉に、無言で肯定を返す。
「そうか、寂しくなるな」
ペッシェは、悲しげな表情を浮かべてそう述べる。彼らはこうなる日が来ることを予感していたからか、引きとめようとはしなかった。その気遣いが、ただただありがたい。
もし彼らも私を引きとめていたら、当初の計画を修正してでも、ネルたちといられる時間を伸ばそうとしたかもしれない。その結果として目的を達成できなくなれば、私は自分を許せなくなっていた。
「……………………じゃあな」
その言葉を最後に、彼女らに背を向けて歩み始める。一歩進むごとに、身体に鎖が巻き付くかのように、足取りが重くなる。そんな見えない鎖を一本ずつ引きちぎりながら、身体を前に進める。
それらすべてが引きちぎられた時、私は嘗ての自分に戻れたような気がした。
「シオン~~~~~~~~!!」
背後から、そんな声が発せられる。名前を呼ぶネルの声が、私の背を掴もうとする。
「ぜったいに、ネルたつのところへ帰ってくるっスよ!! 約束っス!!」
振り向くことはしなかった。すでに覚悟が決まっていたからだ。
返答することはしなかった。その約束を果たすことはできないからだ。
尸魂界のとある流魂街。寂れた小屋が疎らに並び、住人は皆裸足である。一目見ただけでも分かるほどに、生活水準は低い。
そんな地区の外れの雑木林にて、突如真っ黒な穴が出現する。虚や破面が世界を
虚達は、何かに縛られているかのように動きを止め、死神の足取りを眺めていた。そして、死神の姿が完全に視界から失せたころ、虚達は流魂街に向かって歩き出す。虚達は本能に従い、近くに感じる人の魂魄を喰らおうと動く。ひとえに、失った心を取り戻さんがため。
稀代の大罪人、藍染惣右介。元護廷十三隊隊長であった彼は、同じく隊長であった市丸ギン、東仙要を引き連れ、瀞霊廷を離反した。瀞霊廷は彼の目的が、王鍵を創り出し、霊王宮に乗り込み霊王を殺すことであると推察を立てた。
王鍵を創るには、重霊地である空座町と、十万の魂魄を贄とする必要がある。放っておけば、空座町の大地がそこの住人と共に、この世界から姿を消すだろう。護廷十三隊は、その事態を阻止するため、藍染惣右介が空座町に侵攻をかけることを逆手に取った計画を立てた。
その内容は、偽物の空座町を流魂街外れに作り、転界結柱を利用して本物の空座町と位置を入れ替えて、被害を気にする必要のない偽物の空座町で藍染惣右介を迎え撃つというもの。
その日も技術開発局の人員の殆どは、空座町のレプリカを流魂街外れに創るため局外に出張っており、局内で通常業務を行う者達は少なかった。人手が不足していたのだ。
そんな中、業務の一つである霊波計測を行っていた壺府リンは、流魂街にて黒腔が開いたことを検出した。時期が時期だけに、局内に緊張が走ったが、計測内容から只の虚が三体入ってきただけだと分かり、最終的には常駐の死神に任せるという判断が下された。
壺府リンは、その計測内容に若干の違和感を覚えつつも、それを検証するほどの時間も人手もなかったため、気のせいだと自分を無理やり納得させた。
そして訪れた決戦の冬。護廷十三隊は、藍染惣右介と対峙する。切り札である黒崎一護、援軍として現れた
それらの助勢がありながら、崩玉と融合を果たした藍染惣右介を倒すことが出来なかった。隊長格も、仮面の軍勢も、浦原喜助すらも、偽の空座町の地に伏した。
藍染が用意した部下たちは、市丸ギンを除き全滅したものの、彼自身は崩玉と融合したことで、戦闘で受けた傷もすべてふさがっていた。
藍染は
そうして藍染らは、本物の空座町から少し外れた場所に降り立った。辺りには草木が生い茂り、物寂しい襤褸小屋が疎らにあるものの、人が住んだ気配は等の昔に涸れ果てていた。
そして藍染は、ほんの少し眉をひそめた。
座標が若干ズレたことに対する疑問はない。断界内で拘突を破壊した影響か、或いは市丸ギンが何かしたのだろうと捉えた。其れよりも、寂れたその場所に、予想外の存在が佇んでいたことに内心で驚いていた。
「……初めましてだな。――――藍染惣右介」
白い死覇装を纏った死神、アリエナシオンが、藍染惣右介を待ち受けていた。
読んでいただきありがとうございます。
次の話で大体の情報を出す予定なので、改めて、ここまでの伏字だらけの設定を書き連ねておきます。
虚の強襲によりオリ主が目覚めさせた力は、■■■。
オリ主は霊王の■■を宿している。
短期間で斬魄刀の始解を発現させられたのは、■■■を利用した裏技。
始解の能力は、斬り取ったものの■を■■する、というもの。
オリ主は常に魂魄の状態であり、肉体は虚圏の地下深くに■■で■■している。