一般人が元勇者パーティのベテラン戦士になったら 作:森野熊漢
1/19 若干設定を変更したのに合わせて、本文を改稿、追加しました。
「まずはちょっと整理しましょうか」
ひとしきりわたわたした後、エーミルさんが咳ばらいを一つしてからそう言った。
なおわたわたしていたエーミルさんはすごく可愛かった。
「あなたは私の知っている隊長の見た目をしているけど、中身が隊長ではない。で合ってる?」
「はぁ、まず俺がどんな見た目なのかわからないんですが」
そう言うと、エーミルさんは手鏡を持ってきてくれた。恐る恐るのぞき込んでみる。
「いや……俺じゃん……」
よく見知った顔をした男が不安そうな顔をしていた。ってことは、この身体の持ち主と俺が全く同じ顔をしているか、もしくは俺がこっちに来たことで、この身体の持ち主の顔が元々の俺の顔に認識がゆがめられたかのどちらかだろう。
頬を抓ってみると痛かった。夢じゃない、絶望。
「隊長……ううん、今はとりあえずオオタさんと呼びましょうか。オオタさんの身体は私たちの隊長であるグラフさんという方のものです」
「はあ……グラフさんですか」
全く聞き覚えない名前。なんか響きだけで偉そうとか思ってしまった。
「……今のあなたの状態が隊長の悪ふざけという可能性がゼロなので、隊長の人格が変わったか、別人が入ってるかのどちらかという線しかないんですよね」
「いや、そこは悪ふざけの可能性を信じましょうよ」
ジト目で見ると、何故かほっこりした顔で見られた。
「隊長は……絶対に悪ふざけとかしない方なんですよ。確固たる意志をお持ちで……まあ頑固という言い方の方がしっくりきますが。これと決めたら絶対に曲げない方なんですよ」
そう嬉しそうに話すエーミルさんを見て、俺は。
「……そう、ですか」
そう返すことしかできなかった。
何の因果か、俺とは全く正反対の性格の人物になってしまうなんて。
しかも、エーミルさんの反応から察するに、そういう人物であることが正しいというような、そんな気持ちになる。
…これまでのことを思い出すのをギリギリで堰き止められた。多少は漏れ出したけどまあギリギリセーフ。
「さて、ここからが本題です」
居住まいを正すエーミルさんに釣られ、俺も背筋を伸ばす。
そこから夜遅い時間まで、話が続くのであった。
「総員、整列!」
『はっ!!』
清々しい朝の空気に似つかわしい女性の凛とした声に、清々しさをぶち壊しにするような野太い声が続く。いい天気で散歩日和と言いたいくらいである。
ちなみに、女性の声はエーミルさん。昨日と同じく鎧姿である。
「隊長、お願いします」
「うむ」
エーミルさんに呼ばれて俺はその隣に歩み寄る。前方に目を向けると、鎧姿の男、多分あれは男、おそらくあれも男。
俺(というよりグラフさん)の受け持つ隊員たちである。百人ほどと話には聞いていたものの、ざっと見た感じそれ以上に感じる。朝からきちんと集まるし、なんなら俺が来る前から既に自主練的なことをしてたのか、すでに少し汚れている兵もいる。
一度全体を見回しつつその間に気づかれないように深呼吸を一度入れる。「グラフ」をこの人数の前で演じることに臆していることを表に出さないように。
「おはよう。今日も気を抜かず訓練に努めてくれ。何もないのが一番だが、報告、連絡、相談は大事にしてくれ。要請がある時にはここに集合するように頼む」
『はっ!!』
俺の言葉の後、全員が敬礼を返してくる。どうやら彼らの知っているグラフさんを違和感なく演じることが出来たと思っていいだろう。一安心。
「隊長、ありがとうございます。では本日の流れは私から伝えますね」
「ああ、頼む」
大きく頷き、少し離れたところで腕を組み見守る。
……ここまでの一連の流れは全て昨晩、エーミルさんに教えてもらったグラフさんの動きである。一度決めたことは貫き通すと言った通り、何もなければ毎度同じことを伝え、流れも変わらないということだったので、俺としてはすごく助かった。これがもし毎回面白い話をして盛り上げているとかだったら、初手から詰んでいただろう。そういう点に関しては、頑固者でありがとうという思いである。
……まあ熱意を持っているであろう兵の中にも、毎度同じことを言っているからか、きちんと聞いていなさそうな者もいたのだが、大丈夫だろう。何かあれば報告、連絡、相談の流れは浸透しているだろうし。
……エーミルさんが話し始めたら熱を込めた視線で見つめているし、うん。毎度同じことしか言わない男の話に対する反応はそうなるよな。俺もそうなるだろうし。
「では、解散!」
『押忍!!』
そんなことを考えていたらいつの間にか話が終わっていた。
話が長い上司ということではなさそうで何よりである。初見だけど、おそらくエーミルさんはすごい慕われてるよな、多分。こちらに歩いてくる姿を、ほぅとため息をつきながら見つめているのがぱっと見るだけでも二割くらいいるんじゃないか。
「お疲れさまでした、隊長」
「あ、はい……ううん、ご苦労だった」
気を抜いていたので、素が出かけたが慌てて『グラフさん』を演じ直す。
危ない危ない。エーミルさんを見つめていた勢もちょうどよく目を離したところだったようなので良かった。
「さて、本来なら隊長には訓練を指揮していただいてるのですが、今日は部屋で私と執務をしていただくことになっています」
「なるほど、わかった」
訓練に入ったところで、俺のボロが出るのがわかりきっていたから今日は執務を行うというのは予め決めていたので、特に動揺もなく返答する。
まあ、執務に逃げるのも長くは続けられないので、早めになんとか対策を考えないといけない。
訓練に参加できるように俺自身が覚悟を決める必要があるが、そのためには今の俺に何ができるのか確認しないといけないわけで、そうするとおそらく素人丸出しの動きを衆人環視の元にさらさないといけないわけで。
なるほど、冷静に考えても、これ詰んでね?
事実に行き当たり悲しみを禁じ得ない状態になりながらも、エーミルさんの後についていき、執務室へ到着。
「早速作業を始めましょうか」
「あ、本当にやるんですね」
報告書とか渡されても、異世界素人の俺にはどうしたらいいかなんてわからないんだが。
「私が既に確認し終えた書類があるので、それに判を押していってくだされば大丈夫です」
「それくらいならできますね」
よかった。これで手書きでサインとかになったら、絶対に自分の名前を書いてた。
「隊長。口調が」
「っ、すまない」
こっちも気を付けないとすぐにボロが出るな。今のうちに癖をつけておかないと。
気を引き締めてハンコを握る。俺の世界にもあるような、日付とかを動かして調整できるタイプのやつだった。少し共通点を感じられて心の安寧を得た。
「隊長!失礼します!」
心の安寧を得ていたんですけどねえ!?
ドカーンという擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いでドアが開け放たれて、一人の兵士が入室してきた。
慌てて顔を引き締める。ハンコを見て笑っている姿なんて見られてないよな?
「きちんとノックをしてから入りなさい、エリー」
俺が言葉を発する前にエーミルさんが先に声をかけてくれた。すみませんありがとうございます。
「すみませんエーミル副隊長! 緊急でしたので慌ててしまいました!」
ビシッと敬礼をしながら、エリーさんという名前らしい女性がそう言った。
「緊急? 一体どうしたんです」
「それが、隊長を出せという要求をされてまして!」
何で急に俺が呼び出されているんだろうか。
一体誰がそんな要求をしたんだろう。
「誰がそのようなことを?」
なんとか思い浮かんだ言葉を喉で「グラフ言葉変換」にギリギリかけられて発された。
いやほんとギリギリ過ぎない? 自分の今の状況を思い出せたから何とかなったけど、これ完全にボロがすぐに出るやつじゃないか。
「ローゼル様です!」
「ローゼル様がですか……」
こんなタイミングで、とエーミルさんが苦い顔をした。
何? そのローゼルさんとやらは何かまずいの?
疑問が頭を駆け巡るが、顔に出ないように表情筋に力を籠める。
こいつずっと顔に力入ってるな。
「わかりました、しばらくしてから隊長と向かいますので、ロビーで待ってくださるよう伝えてください」
エーミルさんの言葉が終わるか終わらないかのあたりで、「わっかりましたー!」とエリーさんが部屋を飛び出していくのを見送る。入ってくるときも騒がしければ、出ていくときも騒がしかったなあの人。
完全に自室を飛び出す時のテンションというか、意識だったよな。
「「はぁ……」」
俺とエーミルさんのため息がシンクロした。
美人と行動のシンクロ、これはもう実質夫婦と言っていいのではないだろうか。
「気持ち悪い顔をしているところ、大変失礼ですが、話さないといけないことが出来ました」
「本当に大変失礼ですねえ!?」
一応立場としては上司よ俺!? 中身一般人だけど!
というか表情に出てたのかよ。悲しみ禁じ得ないわ!
「で、その話というのはさっきのローゼルさんとやらのことですよね? グラフさんとどんな関係のある人なんです?」
「ローゼル様は、隊長の義理の妹様にあたります」
義理の妹。ふむふむなるほど。
「なるほど、で、どうしたらいいんですか? 義理の妹とか言う創作にしか出ないようなうらやましい体験をしているグラフさんを亡き者にすればいいんですか?」
「どうしました急に!? しかもグラフ様は今あなた自身ですよ!?」
そういえばそうだった。いくら羨ましいからと言って、自傷行為をするほどではない。まだ。
「何かすごく不穏なことを考えてそうですが……」
勘が良すぎません?
「ローゼル様が隊長に会いに来る、というより無理やり引きずり出しに来る理由は一つです」
「ほうほう」
義理の妹が押し掛けてくる=結婚を迫ってくるの方程式だコレ。
このグラフさん、堅物ということらしいし、義理とはいえ妹からの愛情を受け取るわけにはいかないと突っぱねていたのだろう。こういうの、俺は詳しいんだ。
「それはグラフ様への本気の決闘の申し込み、です」
俺の想像していた甘い展開を返してくれ。
早めに次も出したい。