一般人が元勇者パーティのベテラン戦士になったら 作:森野熊漢
「づっっっかれた………」
ぐでーんと自室のベッドに倒れ込む。
いや本当に冷静に考えたらなんで俺は隊長やってて訓練だか鍛錬だかを全力で受けているんだ?
こう、隊長って部下の鍛錬を外から指導しているような立場じゃなかったっけ? 俺の今まで触れてきたコンテンツがそうだっただけで、実際はこんな感じなの?
違うわ、俺が読んだことのあるラノベの中で一番心の中に残ってた「千獣戦線」シリーズが、強さがレベルで表されているようファンタジー世界だっただけだわ。ああいう世界って訓練をサボったりしたりすることで能力値の弱体化とかレベルダウンとか起きないのだろうか。見たことないんだけど。
あと、あの世界観って魔法使いとか獣人などの様々な種族の存在とか色々俺の好きな要素がてんこ盛りだったんだよな。魔法による能力強化とか、種族ごとの特徴を活かした戦いとか、ファンタジーだから出来ることってのは多かったけど、そういうところがウケて人気にもなったんだっけ。
どうしよう、思い出したら久しぶりに読みたくなってしまったんだが。この世界にも千獣戦線シリーズってあるのかな。面白いから世界の壁を突き抜けて存在してるとかそんな理由で。
「隊長、失礼します……何してるんです?」
「ちょっと二度と鑑賞できないことに感傷に浸ってるだけです」
ノックと共に部屋に入ってきたエーミルさんに怪訝な顔をされたが、嘘は言っていないし、今の俺にとっては割と重要である。
とはいえ、部屋に来てくれたのにそのままというのもいただけない。身体を起こして茶でも淹れようとしたが、「お疲れでしょうから、私が」と止められた。
「まずは、お疲れさまでした」
「ありがとうございます、でいいんですかね」
淹れたてで熱い紅茶をチビチビと飲む。
ゆっくりじっくり美味しくいただくのが大事だとは思う。
「どうでした? あの二人は」
「……うーん」
アキロウ君はまあ、身体強化されたとはいえ素人の俺が渡り合えるレベルだった。これからに期待である。
ユミカさんは……うん。ローゼル様との一騎打ちはすごかったです。
「すごかったです」
「簡素ですねえ。まあ正直そう思うのも仕方ないかもしれませんが」
優雅に紅茶を嗜むエーミルさん。非常に絵になる美しさである。
俺も紅茶を改めて嗜んでみる。あっつい。舌火傷するわ。
「隊長の動きもすごくよかったですよ。ほとんどの騎士団員から見たら隊長だと思ってもらえたかと」
「ほとんど、か」
言葉の裏を返せば、俺がグラフさんではないとまでは気づかなくとも、何か違和感を覚えた団員もいたかもしれないということだが……これに関しては仕方ないと思いたい。素人なりにやれることをやったんだ。むしろ褒めてほしい。
「さて、今回の件でローゼル様のことも団員たちは認めてくれるでしょう」
「それは何よりです」
ユミカさんとローゼル様のせいで正直忘れていたなんて言えない。
「この後、正式に式を行い、配属となります。よろしくお願いしますね、隊長」
「何をすればいいかを教えてもらえれば、頑張りますが」
笑顔で言われたけど、俺にきちんと説明をしてほしい。
さっきからユミカさんやローゼル様たちが理不尽に話を進めているくせに、説明が皆無だったんだよ。
どれだけアキロウ君が必死に涙をこらえてたのかは俺だけが知ってるんだからな。
「では、後でまたお伺いしますね」
優雅に一礼してエーミルさんが部屋を出ていった。俺の使ったティーセットも持っていくあたり、本当に出来る人である。
「ふぅ……」
やはり慣れない人と接するのは疲れる。まあエーミルさんはおそらくこれからずっと接することになるだろうから、早めに慣れないと。更に言えばグラフさんに近い人と話すこともあるだろう。
……うん。
「……ん、そうだな」
思い立ったが吉日ではないが、早めに知っておくのは良いことだろう。そう思って部屋にある本棚を物色していく。
団長らしくきちんといろんな固そうな書籍がずらっと並んでいて、正直見ているだけで手が止まりそうになる。戦術所に指南書、これは経済書?
(経理も担ってるのか団長って?)
そういうのはエーミルさんとか、経理担当とかが担ってるもんだと思うのだが。今度エーミルさんに聞いてみよう。最悪俺も勉強していかないといけない状況になるかもしれない。
色々と本を物色していくと。
「……ん?」
一冊だけ、黒い革表紙のものがあった。特に何も特徴がなさすぎて、他の書籍と一線を画している見た目なのだが、何故だかたった今まで気づくことができなかった。
「……日記帳?」
適当に真ん中あたりを開けて見ると、それっぽいページ。だが、特に何も書いていない。
パラパラと後ろまでめくるが、記されているものは皆無。
では頭はどうかと思い、開けてみる。
「……なんだこれ」
最初のページの最初の行にたった一行。
『何か迷ったときや困ったことがあればこの書を見ること グラフ』
「……?」
なんだ? グラフさんはこれをメモ帳か何かにするつもりだったのか?
にしても、このメッセージは中を見た人に向けたものに見える。とすると、このメッセージは何か指示書か何かにするつもりだったと考えるべきか? それならもっと人目に付く場所に置くべきだろう。
自分用なら、付箋とかを机に張り付けたりするだろうし、もっと手元に、それこそ業務用の机に置くとかするべきだ。
そうなると、完全にこの日記帳の存在意義がわからない。いや、俺の考えすぎで、グラフさんが一言書いたはいいけど結局本棚に収めたまま忘れてしまっていた可能性もあるが。
「ま、エーミルさんからいろいろ教えてもらう時に使ってもいいか」
人に自信をもって見せられる字は書けないが、メモくらいなら使わせてもらっていいだろう。
覚書用のメモにすることに決め、元の本棚に戻したと同時に、部屋のドアを叩く音が聞こえる。
「義兄さん、少しいいですか」
(ローゼル様……?)
ローゼル様が部屋の前にいらっしゃった。
何やらもじもじしていらっしゃるのだが、一体どうしたのだろう。
「ええと、その……」
「……?」
さっきまで一緒にいたときよりもなんだかしおらしさを感じるのだが、一体何があったというのだろう。
……もしかして。
「ああ、トイレか」
「はったおすわよ?」
なんて理不尽な。仮にも義兄(仮)だというのに。
はぁ、と呆れたようにため息をついたローゼル様の様子は、さっきと変わり
「さっきの手合わせ、義兄さんと初めて協力できたわね」
「ん? ああ、そう、だな」
序盤の暴走は思い出してはいけないんだろうなあ。
「あれはまだあの時あの場に合うものをやっただけだから、その、ね?」
「……うん?」
またもソワソワと落ち着かない様子になったローゼル様に首を捻る。
そんな俺に業を煮やしたのか、「もう……」と漏らして何度か深呼吸を繰り返し、
「その、これからの連携のために、特訓の約束、したいなって」
「……それくらいは別にいいが」
何故にその程度のことを溜めて言うのだろう。双方のためになることだし別段言いにくいことではないだろう。
まあ、とても嬉しそうな顔になったし、きっとそうする必要があったのだろうな。
上機嫌になり、ニコニコし始めたローゼル様を見ながら、そんなことを思った。
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「さて、これにてローゼル様は隊長の隊へ加入となりましたが」
ローゼル様の入隊式が終わった後、俺とローゼル様だけエーミルさんに部屋に残された。
なお式は俺の要望で簡素に終わらせた。当の本人は貴族だから派手なのを所望するかと思いきや、俺の案で納得してくれた。
まあ、式が長いとしんどいからね。ソースは過去の入学式や卒業式などの実体験。
「隊で魔族との大規模な戦闘の予定は今はありません。ですが、だからと言って入隊早々何もしていないというのも周りからは良く思われません」
窓の外を見ながら淡々と話す。ちょっと上司感の演出うますぎない?
あ、上司だったわ。俺? 形だけの上司だから。仕事とか歴とかはエーミルさんが上だから。
そんなのでも一応入隊したばかりのローゼル様よりは上になるんだよな。いつ抜かされる……というか、隊長から降ろされるかわからないけど。
「また、魔術師との連携は隊としては初めてになります。その訓練も必要です」
確かに、俺とは出来たけど、隊としてはまだ未経験となるのか。入隊式の時にちらっと見たが、魔術師の加入に、お世辞にも快く歓迎していると言えない隊員が数人いた。後の多数は無関心。
悲しいことに、ほんの一握りだけが、歓迎してくれていた。
隊長はエーミルさんに頼んで職権乱用してでもご褒美あげちゃうぞ。ローゼル様を交えて歓迎してくれた隊員に隊の金で焼肉でもしようぜ。
「なので、ローゼル様にはしばらくクエストをこなしてもらいます」
「はい、わかりました。それは兄さ……隊長とでも可能でしょうか?」
「……そうですね、隊長もたまには外で仕事して気分転換をしてもらうのも良いでしょうし、隊長と色々試してもらってから他の隊員と組んでもらうのもよさそうですね」
「わかりました。……よしっ」
「そういうわけですので、よろしくお願いしますね、隊長」
「……んぁ?」
やっべ、何も聞いてなかった。うまい肉食いてえってことしか頭になかったわ。
こういう時は秘技「知っている振りして誤魔化した後、頭を下げながら教えてもらう」だ。
二日に一回はやってたから慣れたものだ。二人に責められるより一人に責められる方がマシだしな。
……いや、最初からきちんと聞いておけって言うのはやめてくれ。その正論は俺に効く。
「ああ、オッケーオッケー、うん。了解した」
「……ならいいですけど」
「義兄さん……」
「おっかしいな、思っていた反応と違うぞ?」
何故かジト目で二人に見られ、内心冷汗が止まらないの、なんでだろう。
この後、がっつり二人から静かに説教をされた。