「今日もやるぞ、ウッド」
「ヒヒッ(おう)」
背中の相棒から掛けられた声にチラリと目配せ、嘶きで返す。それに相棒は満足そうに目を細め、俺の鬣を撫でた。
2010年4月18日、中山競馬場。本日は晴天なれども馬場やや重し。
日本競馬クラシック、GⅠレースの最初を飾る、桜舞う季節に熱狂の渦を巻き起こす
『最も速い馬が勝つ』レース。
GⅠ、『皐月賞』。三冠をその頭に頂く資格があるのはどの馬か。今日、それが決まる。
なーんてカッコつけて心の中でナレーションなんか流してみましたけれどもね。レースに出る当事者である俺が他人事のようにモノローグ流してどうすんのよ。集中せえって話よね。はい返し馬やりまーす。
とはいうものの、いつも通り俺の調子は厩舎のみんなが頑張ってくれたお陰で絶好調よ。見てこの毛艶! パドックでも俺以上に輝いてる奴は一頭除いて居なかったね!
その一頭は誰かって? あそこで黒光りしてるエイシンフラッシュってお馬さんだよ久し振りだなアイツ。後でちょっかいかけに行ったろ。
そして見てよこの全身に余すところなく鍛え上げられた俺の筋肉! ムッキムキのカッチカチやぞ! 特にこの爆乳と見紛う大胸筋! 肩周りも並みの馬なんぞ目でもないわ! ケツにちっちゃい重機載せてんのかい!?
でもあそこで返し馬してるピサくんも俺とおんなじぐらいムキムキなんだよね。俺の見所さん全部被ってて存在感霞んじゃうじゃないのよもうちょっと痩せなさいよ。
やっぱGⅠ出るような馬は違うなあ、どいつもこいつも化け物みてーな身体してやがるよ、仕上げてきてんねえ。俺もか。
ちなみに鍛え上げまくったせいでオルフェから
(うわなにその身体……兄貴本当に馬かよ)
ってドン引きされました。お兄ちゃんショックすぎて思わずアイツの顔面に尻尾ビンタ食らわせちゃったよ。
だけど実際同厩の馬にもちょっと引かれてるんだよね。やっぱこの筋肉量は馬的に普通じゃないみたいで、近づくと一瞬後退りされてしまう。
すぐに仲良くはなれるんだけど、他と比べてやっぱり半歩……いや一歩半ぐらい距離は置かれちゃう。そんだけこの身体が怖いらしい。お兄さん傷つくわぁ……。
とはいえ課題だったスピードとスタミナも弥生賞の時と比べてかなり改善されてきたみたいだし、あとはどれだけ掛からず冷静に走れるかってところかな。この辺屋根の相棒には苦労かけてるっぽいから申し訳ないのよね、早いところ治したい。
さあてもう少し返しをやってウォームアップは終りょ(やいやいやいやいやいやいウッドストックテメーこんにゃろう!!!)うわあすごく聞き覚えのある声がこっちに向かってくるなあ。
(よお、ダムール)
(久し振りじゃねーかウッドテメーバーローチキショーめ!! 今日は前みたいにぶっちぎれるとか思ってたら痛ぇ目に遭うぞ覚悟しやがれてやんでえこの野郎スットコドッコイめ!!!)
俺にエセべらんめえ口調で嘶きながらドッカドッカと近付いてきたのはヒルノダムールだった。相変わらずテンション振りきれてるな、普段からあんな大声で喋ってて頭の血管切れたりしねーのかな?
(なんだ久々に会えて嬉しいのか。俺も嬉しいぞ)
(てやんでえ誰がテメーなんかに会えて嬉しいもんかバーロー!!)
(そのわりには尻尾ブンブンじゃん)
(あ゛ぁ!? 俺尻尾振ってたか!?)
(気付かんもんかねそういうの)
いやあこの似非べらんめえキャラのダムールとも本当に久々だな。NIKKEI杯以来じゃないか?
こんなだけどちゃんと名馬なんだよなあ。本当に信じられねえけど。
(なんだなんだ、騒がしいと思ったらまたご無沙汰な奴が居るじゃねえか)
(ダムールうるさい……静かに)
(よお、ピサ。フラッシュも久し振り)
(おうおう久々じゃねーかテメーら!! 前の借りは返させてもらうぞこんにゃろーめ!!)
俺とダムールの騒ぎを聞き付けたのか、エイシンフラッシュとヴィクトワールピサが歩み寄ってくる。いやはや
(ダムールは前のめり過ぎだぜ。そんな調子でいて、スタートでずっこけても知らねーぞ)
(うるせーフラッシュ!! テメーこそ群れに呑まれてその無駄につやっつやの馬体が泥まみれに成っても慰めてやんねーぞバーロー!!)
(だからうるさい……)
(ピサも相変わらずクールだよなあ。そこが好き)
(すり付けるのやめろ!! 弥生賞以来トラウマなんだよ!!)
(い~いじゃんかよぉ~~~もっと仲良くしようぜぇ~~)
(やめろぉ!!)
(俺ピサがこんなに取り乱すの初めて見た)
(おう俺もだわ!! 珍しいもん見れたな!!)
俺がピサにじゃれついてピサが逃げようとする。それをフラッシュとダムールが面白そうに眺める。ほのぼのしてるだろ? 皐月賞直前なんだぜこれ。
もうウォームアップなんかそっちのけ、騎手も放ったらかしで馬同士でわちゃわちゃタイムよ。緊張感もあったもんじゃあない、こんなレース前代未聞だろ。
とかなんとか言っていたら。
(いやーでもさあ、お前らちょっと腑抜け過ぎじゃね? 今回は俺が勝ったも同然だな)
フラッシュが爆弾を投げつけた。
(……は? フラッシュお前何言ってんの? 今日も俺が勝つに決まってんじゃん)
(……いいや、俺が勝つ。最後に笑うのは俺だ)
すぐに否定して勝利宣言し返すと、意外なことにピサも乗ってきた。いやでもコイツも負けず嫌いだし意外でもないか?
(おうおうおうてやんでえ俺が勝つっ
ダムールがいっそ清々しいほどの喧しさでさらに勝利宣言を被せてくる。あ、ヤバいこれ止まらん奴だ。
(いやいや俺だって!)
(俺だよ勝つのはよ!)
(俺だ……!)
(てやんでえ俺に決まってんだろ!!!)
(おいおいおいお前ら俺の強さを知らんとは言わせねーよ!? そんなに煽っといて負けたら恥ずかしすぎて馬房から出て来れなくなるかもなぁ!?)
(はあー!? 俺に一度でも勝ってから言ってくれませんかねーそういうことー!? お前こそあんま強い言葉使ってたら逆に弱く見えちゃいますことよー!?)
(そうやって罵りあってろ……俺がぶっちぎる……!)
(俺を本気で怒らせねえ方がいいぞサンピン共!! 後で吠え面かくのはテメーらだからな!!!)
ほほーん!? なるほど!?
お前ら俺が目の前に居るってーのにそんなこと!?
宣っちゃうわけねそうかーなるほどねーへーあっそー!?
(てめえら舐め腐んのも大概にしやがれよ!? まとめて潰してやるよ!! 特にウッド!! テメエだけはここでぶっ潰す!!)
(上等じゃねえかフラッシュこの野郎!! 今度はハナ差どころで済まねえようにしてやるわッ!! 今日は負けても慰めてやんねえからな!!?)
(うるせえんだよてめえら……特にダムールうるせえ蹴り飛ばすぞ……!!)
(これが標準の声量だバーロー!! 俺だってテメエのそのスカした面前々から気に入らねぇんだよ前歯ブチ折ってやろうかチキショーめ!!!)
((((お前らまとめてぶっ倒す!!))))
(君たちっ! やめ
((((あ゛ぁッ!?))))
人が啖呵切ってる時に横から水差すような真似しやがってどこのどいつだこの野郎!?
(レース前に争うなどなんと醜い! 醜悪! 不粋! 君たちも競走馬なら黙ってレースで決着を付けるべきではないのかね!?)
(しかし君たちもつくづく運がない!! 何故ならば今回勝利するのはこの僕っ!)
(熱気冷めやらぬターフに咲く一輪の薔薇っ!!)
(僕の名はローズキングダムッ!! 美しき僕の華麗なる勝利を特等席で見届けさせてあげよう!! 君たちにはその権利があるっ!!)
(うるせえ引っ込んでろエセ劇団野郎)
(横からいきなりなんだテメエぶっ飛ばすぞ)
(仲裁に来たのか挑発に来たのかどっちだクソガキ……)
(そもそも初対面ならキチンと挨拶しろや常識知らずがこの野郎バカ野郎!!!)
(ヒィン…………このひとたちこわい…………)
『えー、GⅠ皐月賞ですが返し馬から大波乱です。ヒルノダムール、ウッドストック、エイシンフラッシュ、そしてヴィクトワールピサ。名だたる名馬四頭による顔を付き合わせてのにらみ合い嘶き合いが勃発しました』
『各鞍上必死に手綱を操りますが喧嘩が止まりませんね。先程まで仲良く並走していたのですが何があったのでしょうか』
『ひょっとすると誰が勝つかで揉めているのでしょうかね? あっ、ローズキングダムが近付いていきます、仲裁に入るのでしょうか』
『……あー、四頭に一喝されて大人しくなっちゃいましたね。さすがに多勢に無勢といったところですか』
『今年のクラシック戦線は大荒れになりそうですね。特に台風の目になるのは中心であろうウッドストックですか』
『彼はレース内外でも話題には事欠きませんからねえ、ここでGⅠを勝って勢いを増すのか、それともライバルが無敗記録にストップをかけるのか注目です』
まず投稿遅れてごめんなさい
次に今回馬どもの治安かなり悪くてごめんなさい、作者がシングレと東リベ読んでたせいだと思います
最後にまさかの分割です、計画性なくてごめんなさい。後編はもう少し待っていてください