えっ、自分ステイゴールド産駒なんすか?   作:えびんす

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つかの間のひととき

 

 デビュー戦から数日。俺は馬房でのんびりと寛いでいた。窓から燦々と射し込む日の光がなんとも心地よく、ついうたた寝してしまう。

 

 

 レースから少しの間は調教も馬なりというか、軽めのもので済ませてくれるようで、脚が鈍らない程度に身体を動かす、ぐらいの気持ちで行えた。脚の調子を見ながら、どう走れば負担が少なくなるか考えて。

 

 

 そうしている間に気づいたことだが、どうやら俺はとにかく脚の回転を上げて、スピードを出すやりかたが走りやすいっぽい。ピッチ走法だかなんだか言ったっけ?

 

 確かステイゴールドもそんな感じだったような。この得意不得意はやはり遺伝なのかもしれない。

 

 まあ走りやすさってのは足元が芝かダートか、その日の天気によっても変わってくる。地面の状態によって、走りやすいフォームを模索して身体に覚えさせる日々だ。

 

 

 調教が済めば、あとはのんびりと過ごす。メシ食ったり、昼寝したり、たまに放牧に出たら見学の一般人に愛想振る舞ってみたり。最近俺のことが噂になってるようで、地元以外にも遠くから遠征してきたらしい人間さんを時々見かける。

 

 おっちゃんに見せて貰ったが、「音楽が大好きな馬」としてそれなりの知名度らしい競馬誌に載ってたんだよね。そういやなんでか放牧中に、おっちゃんにウォークマンでメタル聴かせてもらって、ノリノリだったところをでっかい一眼レフで写真撮られてた時があったなあ。

 

 少し前から見学客が増え始めたなー、なんてのんきに思ってたけど、アレが原因なのだとしたら納得いく。俺は変わらずお出迎えして愛想振る舞うだけだが。

 

 

 あ、時々オルフェーヴルの様子も見てるな。なんというかこう、アイツみてるとすげえ心配なんだよ。

 

 

 ちょっと前に俺の馬房の近くに移ってきたんだが、アイツはどうも人一倍……馬一倍? 臆病なようで。

 

 俺を世話してくれる厩務員のおっちゃんが、オルフェの坊主も担当しているんだが……心を開く様子がまるでないらしい。俺にブラッシングしてた時にぽろっとこぼしてたから気になってしょうがない。

 

 

(世話してくれてるんだから慣れな?)

 

(無理、人間怖い……顔ゴシゴシされるの怖い)

 

(綺麗に拭いてくれてるだけだよ)

 

(あと他の馬もいじめるから怖い)

 

(俺も馬だけど?)

 

(助けてくれたから好き)

 

(さいで)

 

 

 こんな調子で、懐いているといえば俺ぐらいのもん。本当に競走馬になれるんだろうかコイツ。俺が言えた口じゃないけど。

 

 将来的には三冠獲る奴だったからそこまで心配はしていないが……いややっぱり不安だ。

 

 

(オルフェお前、人が乗っても振り落としたりするなよ?)

 

(……………………がんばる)

 

(長い沈黙だったな……)

 

 

 今からでもこの坊主の鞍上になるであろう池谷殿の無事を祈っておいたほうが良いだろうか? 人参でなんとか聞き届けてくれたりしないかしら。

 

 

 

 

 

 

 雨足が遠退き、太陽がギラギラと照りつけ、夏真っ盛りという頃。俺は最近、プール調教がメインになっていた。

 

 

 プールって言っても、脚が全く付かないぐらい深さはある。溺れたらひとたまりもないだろう。そんなだからプール調教を嫌がる馬は多いと聞く。

 

 まあ俺は平気で楽しんで泳ぐし、途中で素潜りとかするけど。だって気持ちいいんだもん。これからの季節ちょうど良いし。

 

 ただ最初のころは、潜ったら人間さんが慌てて引き揚げようとしてこっちも驚いた。

 

 後から人間さん話してたけど、馬って普通潜ったりしないのね。溺れたと思って引き揚げようとしてくれたんね。知らんかったとはいえ悪いことした。

 

 ただやっぱ潜るの気持ちいいから潜らして。思いっきり頭を水に浸して泳いだら、これがまた気持ちいいのなんの。潜りつつ泳ぎつつ規定の数を周回して、プールから上がった直後にブルブルと全身の水気を飛ばす! これがまた気持ちがいい!

 

 

「うわっ、こら! やめろウッドストック!」

 

「ヒヒンッ(へへっ)」

 

「今笑ったな? このやんちゃ坊主め!」

 

「ブルルッ(ごめんって)」

 

 

 こんな感じでプール担当の調教師の兄ちゃんともふざけあう。まあ俺が一方的にイタズラしてるだけだが。

 

 調教師の兄ちゃんもまあ、口では怒るが満更でもないっぽい。「アイツ俺相手だとめっちゃ生意気なんすよー」と半笑いで厩務員のおっちゃんに愚痴ってた。誉めてもヘドバンしか出ねーぜ。

 

 

「ただ、やっぱり自分の意思で潜ってますね。長いと一分は潜ってるんで、自主トレのつもりなんでしょうか」

 

「まあ肺を鍛えるに越したことはねえが……お前つくづく変なやっちゃなあ」

 

 

 なんだよ、誉めるか貶すかどっちかにしてくれよ。貶したら首筋に唇で甘噛みするけど。

 

 

「よかったなウッドストック、お前唯一無二だとよ……あっ!? ちょ、なんだよ!」

 

「ハハハハッ! お前の皮肉なんざお見通しだとよ!」

 

「笑ってないで助けてくださいよー! おいやめろって! 悪かったってば!」

 

 

 うるせえ、一言多いんだよお前。そんなんだから彼女出来ないんだぞ。

 

 

「そいつが無闇に噛む馬じゃなくて良かったな。まあ馬にも嘗められてるようじゃ彼女なんて出来やしねえわな!」

 

「あっ! 言っちゃダメなこと言ったっすね!?」

 

「そういやこないだのコンパどうだったんだ」

 

「聞かないでください!!」

 

 

 なんだ不発だったのか。お気の毒様。

 

 

「……今鼻で笑ったかお前?」

 

 

 おっと失敬。

 

 

 


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