「何でマクロスがないんだ!」少年はそう叫んだ 番外集 作:カフェイン中毒
鈍い痛みで目が覚めた。頭がぼんやりする。全身痛くないところがない、その痛みで徐々に意識が鮮明となった。思わずバッと起き上がってしまい走った痛みに悶絶する。周りと見ると、病室のようだ。白いシーツに簡素なベッド、消毒液の匂い。そして、見慣れない文字のドアプレート。どうやら都合よくヤジマの研究所に戻ってきたというわけではないらしい。
そしてハッとなる。ヒマリとツムギは!?と周りを慌てて探すと隣にベッドが二つあり、そこで横たわってた。規則的に胸が上下しているので寝てるだけのようだ。とりあえず、よかった。荷物もベッド脇に置かれている。多分、中を見られてるんだろうけど。俺のバルキリーのプラモやヒマリのクァドラン、ツムギのヅダも見られてるに違いない。どうやって説明するか…それ以前に言葉が通じるのか?マクロスはどの作品も正史を元にしたフィクションだ。知ってる内容がどこまで真実かすら曖昧。しかもΔの舞台はそんな銀河の端っこだ。地球からどれほど遠いか分かったものじゃない。
そもそも本当にΔの世界なのか?疑い始めたらきりがないけどワルキューレやVF-31がある時点でそうだと断定してるだけで確信はない。登場人物も推定そうだと外見で判断しただけで名前違ったら俺が持ってる知識は意味をなさないだろう。そもそも、今この状況がわからない。ケイオス、つまりワルキューレの所属する組織は民間の企業だ。金を積まないと動かないのに見るからに怪しい子供を助けるのはおかしくはないだろうか?いや、確かに彼らの任務はヴァールの鎮圧&救助であってこの状況も仕事かもしれないけど…後始末は統合軍じゃないか?だめだ、考えれば考えるほどドツボにはまってきた。
俺が頭を抱えているとドアが開く。思わずそっちに目を向けるとそこにいたのはケイオスの制服に身を包んだカナメさんとスルメを咥えた壮年の男性おそらくはデルタ小隊の隊長アラド・メルダース。やはり、戻ってきてはいなかったか。それでも衝撃が大きかった俺がフリーズすると俺が目覚めてるのを確認してカナメさんはほっとしてるし、アラドさんも顔が緩んだ。つかつかと二人が俺のベッドの近くまで来るので体を完全に起こす。
「■■■■?■■■■■■■■■■■■。■■■■■■」
カナメさんが何事か話してくれたがやはりわからない。頷くこともできないので困惑した顔をしている俺を見て二人も困った様子だ。そうだよね、言葉通じないと困るよね。でも、とりあえずこれだけは言わないと
「助けてくれて、ありがとうございました。通じないかもですけどお礼を言わせてください」
そう言って俺は頭を下げる。そうして顔を上げると二人は顔を見合わせて何事か話し出した。そうして話が終わったのかアラドさんが急いだ様子で部屋を出ていく。そして残ったカナメさんが椅子に座る。こっちをじっと見る彼女、無言でなんだか気まずい。というか直視できない。ワルキューレが目の前にいる。転生する前に何度も聞いた歌声の持ち主がそこにいた。冷静になってしまった今だからこそマクロスファンとしての顔がむくりと顔を上げたのだ。何というか、とんでもねえ美人だな!こりゃ人気になるわ!というか俺気絶する前、生でワルキューレの鎮圧ライブ見てたんだ!最前線で!わぁい!…はあ、ダメだ。無理やりでも何時ものテンションに戻ろうとしたけどやっぱりきつい。
百面相してるであろう俺を微笑ましいものを見る目で見てくるカナメさん。申し訳ねえ変なもの見せて。あとで土下座する…って気づいたけど俺たち一文無しだ。治療代とか払えねえ。やばい。というかそもそもこの世界の戸籍どころか経歴すらない。やばい、ちゃんと説明しないとあらぬ嫌疑がかけられそう。何とかして意思疎通の手段を確立しないと。
とりあえず気まずいので荷物の中身を確認しよう。もしかしたら何か売れるものがあって当座の資金にできるものが…プラモくらいしか思いつかん。いかん、あの世界に毒されているぞ俺。仮に戻る手段を探すにしても現在手詰まりだ。どうしようかな…プラモは無事、携帯も無事、工具も無事、スペアパーツはオシャカ…うん、とりあえずは大丈夫そう?あっ!ポケット!あった、アリスタ。これが唯一の手掛かりだ。なくなったらもう戻れないと思っていいだろう。絶対に無くさないようにしなければ。ごそごそと体をよじっている俺をカナメさんが止めてくる。多分怪我してるから無理すんなみたいなニュアンスでやんわりと肩に手を置かれたのでやめてもう一度頭を下げる。うーん言葉が通じないと不便。どうしよう。
うんうんと俺が唸っているとアラドさんが戻ってきた。その手には耳にかけるタイプのイヤホンが。それを俺に渡してくる。疑問符を浮かべる俺にカナメさんが耳にかけてとジェスチャー。とりあえず指示通りに耳にかける。すると
「おう、聞こえてるか坊主?」
「大丈夫かしら?言ってることわかる?」
「えっ!?あっ、はい。分かります。どうして…?」
言葉が通じた、というか耳にかけたイヤホンから言葉が聞こえた。そして、俺が言ってる言葉も通じる。耳の機械のせいか?日本語で話して通じるなんて…!
「よかったわ~。それ、通訳機よ。まさか銀河共用語じゃなくて日本語が飛び出してくるとは思わなかったもの。あってよかったですね、アラド隊長」
「そうですね、カナメリーダー。日本語は使われなくなって久しい、何とか通訳機はあったが…さて、坊主。自分の状況は分かるか?」
「あ、はい。突然あの場に落とされて、必死に逃げ回って…あなた達に助けられました」
「ま、概ねそうだな。お前たち3人は突然あの場にデフォールド、つまりは空間を飛び越えてあの場にやってきたわけだ。で、ヴァール発症者が暴れてる戦場のど真ん中で右往左往してたって話だ。お前さん、名前は?」
「アルトです。サオトメ・アルト」
「…偽名か?」
「証明しようがないですけど紛れもなく本名です。そっちがスズカゼ・ヒマリとイロハ・ツムギです」
「そういうことにしておこう。なんであの場に現れたかはわかるか?」
「…よく、分かりません。あの、ここってどこなんですか?」
質問攻め、というか怪しさマックスだから事情聴取といったところか。そして名乗ったら偽名扱いされた。つまり、バジュラ戦役において早乙女アルトはラグナにまで名前が轟くほど有名なパイロットになったということになる。彼が帰ってきているのか、それともそもそもクイーンと一緒にフォールドしてないのかはわからないけど。あれ俺怪しさのバーゲンセールじゃね?言葉が通じてもスパイ扱いされそう。
「ここはケイオスが所有するマクロス級、マクロス・エリシオンの左腕になる空母アイテールの医務室だ。ああ、そっちの女の子二人は無傷だぜ。お前さん、頑張ったな」
「あの…ケイオスって何ですか?」
「知らないのか?」
「はい。俺のいた場所では聞いたことがないです」
「ケイオスを知らないなんて…じゃあ私たちの事も?」
「えっと、はい。有名なんですか?」
「おう、戦術音楽ユニット「ワルキューレ」今を時めく超人気グループさ。彼女がリーダーのカナメ・バッカニアさん。俺はデルタ小隊隊長のアラド・メルダース」
「もう、必要以上に持ち上げないでくださいアラド隊長」
それでケイオスとワルキューレについての話を詳しくされた。知ってる知ってるけど直接知ってたわけじゃないので嘘はついてない。ビルドファイターズの世界ではワルキューレどころかケイオスも、マクロスすら大部分は俺の頭の中にしかない。それに、今から伝える話が信じてもらえるかどうかすらわからない。
「じゃあもう一つだけ尋ねるぞ。飛ばされる前には何をしていた?」
「はい、研究所にいました。所属している企業の友人から誘われてちょっと遊びに行ってたんです。そこで、研究対象の鉱石が光って、気づいたらあそこに」
「鉱石?もしかしてこれかしら?」
「待て、そもそもなんで企業に所属なんかしてるんだ?お前さん子供だろ?」
カナメさんが空間に投影した画像を見せてくる。紫色の宝石、おそらくフォールドクォーツ。俺は首を振って自分の携帯で写真を探す。確か撮ってあったはず。あった。緑色に光る巨大アリスタの写真が。
「あの、とりあえず俺がいたところの話について全部お話します。信じがたい話かもしれませんけどとりあえず聞いてください」
「わかった。聞こう」
とりあえず俺は抜粋して必要そうなことを話した。世界を超える石アリスタ、副産物のプラフスキー粒子、ガンプラバトル、なぜ企業所属なのか、そしてマクロスは元居た場所では俺が作った作品群であるということ。薬でもやっていると思われそうだが事実だし、年号がそもそも違う。デルタの世界は西暦2067年、俺たちの世界は2020年代、つまり彼らの世界そのままの話なら第一次星間大戦が終わって10年後なのだ。仮にこの世界がアニメそのままならばという注釈が付くけど。
「模型を動かして戦うガンプラバトル、それを支えるプラフスキー粒子とアリスタ…カナメリーダー、どう思う」
「辻褄はあってます。彼らを保護した際に観測された未知の粒子もそれで説明が付きますし、フォールドクォーツとの類似点もあります、が…」
「俄かには信じがたい、か」
「…ええ。ごめんね、信じてあげられなくて」
「いえ、荒唐無稽なのは分かってます。俺も、自分の頭の中の世界が再現されているようで、信じられないですから」
「そもそもなんでその研究所に行ったんだ?何を聞かれるために?」
「世界大会に出場した友達が研究者だったんです。プラフスキー粒子の謎を知りたがっていて、手掛かりが欲しかったみたいで。俺たちはバトルしに行くつもりだったんですけど」
「何か証拠があったら、信じられるんだがな…」
ある。アリスタそのものが俺とヒマリとツムギに一つづつ。でも、これを渡してしまったら俺たちが帰れる可能性が限りなくゼロに近づく。持っていてもしょうがないのは事実だけど渡すのはもっとやばい。困ったもんだ…見せるだけなら、いいか?
「…それなら、これを」
「何かしら?宝石?まさか…」
「はい、アリスタ…の欠片です。無傷で返してくれると約束していただけるならいったん預けてもいいと思ってます。その石が今の俺たちと元の世界を繋ぐ唯一のものなので、絶対に無くしたくない」
「…どうする?」
「いったん、預かります。結果を問わず必ず返却するわ。とりあえずあなた達の素性はわかったから、暫く安静にしててね?特にアルト君は無茶しすぎ。もう少しで大怪我するところだったんだもの」
「そう言ってやるなカナメさん。名誉の負傷ってやつだ。男としちゃあ、あんなの見せられたら信用の一つもしてやりたくなるがこっちも仕事なんでな。すまん坊主」
「いえ、こっちが謝らなきゃいけないくらいなのにそんな…本当にありがとうございました。あの、それでなんで俺たちを連れて帰ったんですか?」
「ん?何でって…怪しいからだが?」
「あの、お話を聞く限りあなた達は警察や軍ではないはずです。それこそ軍に任せたりとか、星を移動するならその場に残してきてもいいはずなのに…」
俺がそれを問うとカナメさんはそんなことを聞かれるとは思ってなかったみたいな驚いた顔を、アラドさんはにやりと面白い玩具を見つけたみたいな顔をしたスルメを噛み千切って飲み込み、話し始めた。
「鋭いな、軍人向きだ。もうちょっと伏せておくべきだと思ったんだがな…カナメリーダー」
「はい。貴方たちを保護したのは理由があるの。これを、って言っても分からないよね?えっとね、貴方たち、フォールドレセプターを持ってるみたいなの。特に、そっちの二人」
「フォールドレセプター、さっきのお話に出てたそれを俺たちが?」
「そう。ヒマリちゃんとツムギちゃん、でよかったかしら?彼女たちのフォールドレセプターは常にアクティブ状態で…歌ってなくても、ヴァールの予防効果が出るくらいの生体フォールド波が出てる、今もずっと」
「それって何か悪いことじゃ…?それに、俺の世界にフォールド細菌は…ないはずです」
「それは私にはわからないけど…彼女たちの状態は悪いものではないの。多かれ少なかれフォールドレセプターはアクティブになるものだもの。害はないはずよ。でも極めて珍しい状態だから保護したのは事実なの」
「俺たちがいない間、エリシオンでヴァールが発生しても困るからな。言い方悪いが空気清浄機みたいなもんだ」
「…複雑です。あの、それで俺たちは、どうしたら?」
「詳しくは後ろの二人が起きたら話そうと思うが…どうだ?帰れるまで
「…元の世界では俺はちょっと手先が器用なだけの子供です。役に立てるとは思えません」
「大いに結構。実は訓練後にペイントまみれになったバルキリーを洗ってくれる奴が足りなくてな。あと、汚れた執務室の掃除とか、な」
「もう、それはアラド隊長がきちんと掃除しないからです!ごめんね、とにかくあなた達はケイオスラグナ支部が保護することになるから、迷惑とかそんなこと考えずに、これからの事をかんがえて、ね?じゃあアラド隊長?お仕事に戻りましょ」
「あ~~~…出来りゃもうちっとこいつの話だな…」
「サボったらだめですよ」
俺が口を挟む間もなく彼らはアリスタを持って出ていってしまった。演技かもしれないけど彼らの優しさに胸にこみあげてくる何かがあった。俺は何も言えなくて申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちを込めて彼らが出ていったドアへ深く深く頭を下げるのだった。
深く眠った二人の寝顔を見て、俺はこれからどうすべきか、どうしたらヒマリとツムギの二人を無事に元の世界に戻してやれるかを改めて考えるのだった。
いやぁ、番外なのに書いてて楽しいです。本編を完結させたらこっちに注力したいですね