日向創は特級呪術師   作:鳩胸な鴨

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絡めとられるのはどちらなのか


策謀と失策

「随分な姿だね、魄獣」

「オマエ…!ヒナタハジメの術式について黙ってたな!!食ってやる!!今すぐ食い尽くしてやるぞ!!」

 

希望ヶ峰学園の一室…だった場所にて。さざなみの音が心を安らげる場所にて、砂浜に転がった魄獣の生首が怒号を放つ。

怒りを向けられた本人である、頭に縫い目のある男は、薄らと笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「仕方がないだろう?彼が術式を習得したのは、全てが呪術高専内の敷地だ。

術式習得を見るのは、私も初めてだったんだよ」

 

日向創の術式『千変万化』は、無限の可能性を秘めている。凡人などという、あまりに空虚でいて普遍的だからこそ相応しい術式。

その気になれば、今の今まで記録のない、全く新しいオリジナルの術式を作り出すことも出来るだろう。

日向創がそのコツを掴む可能性は、ほぼ皆無に近いが、こちらの術式を習得されるのは厄介極まりない。

つくづく邪魔な男だ、と思いつつ、男はジュースをストローで啜った。

 

「おいおい、日向創を警戒するって言ったのはキミでしょ?長年生きてると記憶力の低下が激しいのかな?キミの計画が悉く破綻してるのは全て、日向創が原因だって、自分で言ってたよね?

夏油傑の離反の失敗もそうだけど、それ以前のもので言えば、融合は阻止できたものの、星漿体の暗殺自体は失敗。伏黒甚爾は日向創に足止めを食らって五条悟と夏油傑に殺されているじゃないか」

 

つぎはぎ肌の男が悪戯っぽい笑みを浮かべ、創に阻まれてきた縫い目の男の経歴を並べていく。

男は苛立ちを隠しながらも、冷ややかな怒りを込め、顔を引き攣らせた。

 

「あんな童如きにしてやられたのは業腹だが、ヤツが『カムクラプロジェクト』の被験体に選ばれたのは好都合だ。

評議員のバカどもも、日向創の正体を知っただけで狂喜乱舞していたよ。自分から助かるチャンスをドブに捨てておいてね」

 

後は、どうやって日向創を捕らえるか。

創自身の対処は、正直どうとでもなる。それこそ、魄獣と同程度の強さを誇る呪霊たちがカバーすれば倒せるだろう。

問題は、五条悟と夏油傑だ。日向創にヘタに手を出せば、確実にあの二人が殺しにかかる。最悪、こちら側にいる呪霊全員が夏油に取り込まれてしまうだろう。

そうなれば、自らの企みは全て泡沫へと消えゆくのは目に見えている。

 

「……まぁ、時間は後少しあるんだ。じっくり考えようじゃないか」

 

男の目には、自らの野望のみが見えていた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「そんなの認められません!!」

「ちょっと、小泉さん…っ!」

 

放課後。

失礼します、と乱暴に扉を閉める小泉真昼を引き止めることも出来ず、行き場を無くした雪染の手がだらりと落ちる。

予備学科に行かない方がいい理由を散々説いても、小泉は聞く耳を持たなかった。それも無理はない。昼休みの度に本科校舎を去り、予備学科へと向かっている理由となっているのが、大の親友ともなれば。

雪染とて、宗方京助や逆蔵十三がそちらにいるのであれば、休み時間はそちらに向かっている自信がある。

しかし、受け持った生徒をみすみす死なせるわけにもいけない。それが超高校級の才能を持つ、希望ヶ峰学園本科生徒ともなれば。

 

「つくづく、大変なことに巻き込まれちゃったわね…。これも元・超高校級の家政婦の才能が故かしら?」

 

決定的な瞬間に居合わせてしまうという、役に立つ時もあれば、自身の身を危険に晒してしまうような才能。あの目隠しの男や日向創は、それすらも見越して自分に接触を図ったのではないだろうか。

そんな考えが頭をよぎるも、即座に首を横に振る雪染。

 

「いや、才能ってよりかは絶対に『立場』で選んだっぽいわね、あの子たち…。あんなに嫌な性格してるもん」

 

日向創は取り繕ってはいるが、発言のそこかしこに性格の悪さが出ていた。

しかし、それもあの目隠しに比べればマシな方で、あっちは傲慢不遜な態度を隠そうともしない。「デリカシーも無いし、いい加減」とまで千秋に言われた創が可愛く思えて来るレベルだ。

 

「…宗方くんか逆蔵くんに…報告しても笑われるだけね。呪いなんてスピリチュアル、全然信じないタチだし」

 

これほど友人と恋人の堅物な性格を呪ったことはない。この呆れすらも呪いにカウントされるのだろうか。

つくづく、嫌なことを知ってしまったと思いつつ、雪染は頭を掻きむしった。

 

「私にどうしろってのよ〜…!!」

 

その答えは、誰も知らない。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「先生のばかっ…!サトウのこと、何にも知らないくせに…っ!」

 

小泉真昼は憤っていた。真面目な彼女らしからぬ、かつ、かつ、と廊下をローファーで強く叩いていることから、彼女がかつてないほどに怒り狂っていることがわかる。

それも無理はない。先程、担任教師である雪染に呼び出され、突きつけられた一言は、どうしても受け入れられなかった。

 

────もう、予備学科には行かない方がいいわ。本科のあなたと予備学科では、環境も立場も心も違うのよ。

 

環境が違う。立場が違う。それは認める。希望ヶ峰学園は目に見えて予備学科を差別している。それは変えようのない事実だ。

しかし、心まで違うとは思えない。世界に存在する人たちは自分と同じ人間で、自分と同じように笑い、自分と同じように泣く。

それは、予備学科の人間も変わらない。結局、先生は生徒と心で触れ合ってなかった。

尊敬していた教師からの言葉に心抉られた彼女は、足早に予備学科へと向かっていた。

 

そう。雪染はあろうことか、致命的に言葉選びを間違えてしまっていた。

友人の逆蔵十三も宗方京助もそうなのだが、才能を差し引いても、この三人はコミュニケーションに難がありすぎる。

他人の琴線に不用意に触れてしまう雪染、宗方に無意識に心酔し、言葉を選ばない逆蔵、自らの信ずる物に盲目的な宗方。(琴線に触れる、は良い意味で人の心を動かす・感動させるという意味です。逆鱗に触れるとか地雷を踏むの誤りではないでしょうか)

その弱点を利用されたとすれば、どんな結末が待っているかわかったものではない。呪詛師や呪いは、そこに付け入ることに長けているスペシャリストなのだから。

 

話を戻すと。雪染ちさの軽率さが、小泉真昼の怒りと意地を焚きつけてしまったのだ。

こうなれば、彼女は予備学科に行き来するのを止めることはないだろう。小泉真昼という人間は、根拠がなければテコでも動かないような少女だった。

そして、呪いというモノがどれだけ恐ろしいか、彼女は千秋や九頭龍冬彦たち程深く思い知ってはいない。

 

彼女は向かっていく。自ら、死に向かって。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「だぁーっ!!あンのアマ1番の下手やらかしやがって!!古今東西あらゆる道徳の教科書脳みそに織り交ぜてやろうか!!!」

「…日向って怒る時、完全悪童よね」

 

千変万化で烏を操る黒烏操術を模倣した…習得の際、冥冥にかなりの額を要求された…創は、適当な烏を操り、雪染ちさと小泉真昼を監視していた。

その雪染が下手を打ったことも無論、リアルタイムに伝わり、怒りを爆発させて怒鳴り散らす創。

その傍で菓子を食べる菜摘は、怒り狂う創から目を逸らした。

 

「元・超高校級とはいえ、人間でしょうに。あんまり期待し過ぎるのもダメじゃない?」

「……とは言っても、なぁ。小泉真昼相手にあそこまで見え透いた地雷踏み抜くか?」

「………そんなヘタ打ったの、あの教師?」

「お前も小泉真昼のことを知ってるだろ?そういう人間にとっちゃ、馬鹿としか言いようがない失敗だよ」

 

雪染が小泉に放った言葉を、一言一句そっくりそのまま再現すると、菜摘は非常に渋い顔をした。

 

「あー………。そーりゃキレるわ。あいつホントに小泉の担任してんの?」

「やっぱ心の底から希望ヶ峰学園の関係者だな。いい先生ではあるんだろうけど、無意識に予備学科を下に見てる。

俺からしたら、ビールにおまけが付いてるかどうかくらいの違いなんだが」

「呪術師くらいよ、超高校級の称号にそんなこと言えるの。……ん?待ってアンタ、ビール買うの?」

 

普通ならば、この歳の人間は酒に興味は示せど、実際に購入しようと棚を吟味することは少ない。

言うまでもなく未成年の創が、何故そんなことを知っているのだろうか。

菜摘が問うと、創は軽く肩をすくめた。

 

「まさか。口答えしないからって硝子さんと歌姫さんに注がされてるだけだよ。

…さて、どうしようか。千秋に止めさせるって手も考えてたんだが、雪染先生の打った手が悪手すぎて取り返しつかないし。

逆蔵十三を利用しようにも、あの暴力装置っぷりじゃそれも無理。そもそもあの性格が呪術的にネック過ぎて避けたんだし」

「…呪術師って気持ち悪いくらい情報戦強すぎない?」

「俺じゃなくて、伊地知さんやミゲルさんとかの裏方が優秀なんだよ。俺は戦うくらいしか出来ないからな」

 

言って、自嘲気味に笑みを浮かべる創。

呪術以外はいっそ憐れみを覚えてしまうくらいに凡人な創にとって、元は憧れの希望ヶ峰学園から情報を抜き取るだけの手腕を持つ補助監督や窓の人間は、五条悟と夏油傑とは違った尊敬の対象だった。

 

「……んっ?」

「どうかしたの?」

 

ふと。創は操っている烏越しに、覚えのある違和感を感じる。その答えがなにかを悟る前に、烏の数匹と共有していた視界が二つに割れ、共有が途切れた。

 

「……烏が殺された。この感触…まさか」

 

瞬間。予備学科校舎の一角が作り変わる。

生得領域の展開。この呪いの腹に飛び込んだような、混沌とした空間には覚えがあった。

数日前、千秋の目の前で呪言で祓った『両面宿儺の指』を食らった呪霊。

濃密な気配からして、あの時の呪霊よりも、おそらく数段は強い。

 

「『宿儺の指』…!!誰が持ち込んだ!?」

 

隔離された空間の中に放り込まれたのは、創と菜摘、遠目に見えるサトウと小泉真昼の四人。放課後数時間は経っているが故に、予備学科校舎に留まる人間は少なかったようだ。

それも無理はない。劣等感の象徴のような場所に好き好んでいる様なモノ好きなど、いるわけがないのだから。

 

「…帳ってやつじゃないの、コレ?」

「同じ結界ではあるが、こっちのはちょっと複雑だ。

一言で言えば、そうだな。『呪いの心の中』が現実に出てるって思ってくれればいい」

 

幸いなのは、帳や領域展開などではなく、ただ呪いの生得領域が顕現しているだけということ。

宿儺の指一本くらいであれば、特に苦戦せずに倒せるのだが…、問題は『それを持ち込んだのが誰か』ということだ。大方の予想はつく。先日の呪霊と連んでいる者が持ち込んだと見ていい。

あの呪霊の怪我からして、今回出張ってくる可能性は低いが、他の妨害が来る可能性は高いと見ていい。

 

「…九頭龍、携帯の電波は!?」

「え?…アンテナちゃんと立ってるわよ?」

「俺の携帯貸すから、『伊地知』って人に電話かけてくれ!!

なに言われても『日向創が呼んでるから援軍を即刻連れて来い』って言え!!」

 

あまり気は進まないが。

そんなことを思いつつ、創は携帯を押し付けるように菜摘に渡し、十メートルはある段差を飛び降りる。

菜摘は慌てて携帯を操作し、「伊地知」という名前を見つけて発信した。

 

『はい、こちら伊地知です』

 

数秒もしないうちに、なんとも気の弱そうな男の声が聞こえてきた。

この男が「伊地知」なのだろう。菜摘は威圧を込めて、携帯に向けて叫ぶ。

 

「日向から伝言!『日向創が呼んでるから援軍を即刻連れて来い』だって!!」

『あ、はい…って、乙骨くん!?あっ、ちょっと!?』

 

「待ってくださーい!」と張り上げても覇気のない声が、電話の向こうから聞こえる。

菜摘が一体なんだ、と思っていると。ずしん、と重い音がすぐそばで響いた。

 

「え…?」

 

あまり呪霊がはっきり見えない菜摘にも、ソイツだけは見えた。

創より一回り大きい体躯に、外骨格と言われた方がまだ理解できるほどに硬質な肌。布で覆われた左腕。剥き出しの歯茎に、眼腔から突き出て、天へと向かう樹木。

到底生き物とは思えない出立ちだが、何処か感じる「自然の厳かさ」に、菜摘は息を飲み込んだ。

 

『■■■■■』

 

────ごきげんよう。

 

威圧を込めた言霊が、菜摘の脳を撫ぜた。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「『千変万化:呪霊操術』!!」

 

日向創の『千変万化』は、『模倣元である術師が蓄積したものはコピーできない』という特徴を持つ。その代わり、『日向創が蓄積したもの自体は解除しても、永続的に引き継ぎできる』。

夏油傑が二級の呪霊を降伏なしで取り込めるのに対し、創は精々三級の呪霊までしか降伏なしで取り込めない。

更に言えば、夏油傑は特級呪霊含め、五千近い数を取り込んでいるが、創が取り込んでいるのは千程。しかも、強くても一級呪霊という始末だ。

 

菜摘に迫る呪霊相手には、満に一つも勝ち目はないだろう。しかし、肉壁程度にはなる。

百近い数の呪霊を菜摘の元へと送り、呪霊の一匹の口に手を突っ込む。

そこから手を引き抜くと、創の手には短刀が握られていた。

 

「正直、術式と領域展開無しってのはキツいが…、援軍が来るまでの辛抱か…」

 

そんなことを一人ぼやきながら、小泉真昼の前に着地し、構える。瞬間。千秋に希望ヶ峰学園を裏切れと迫った時と、同じ風貌の呪霊の一撃が、激しい音と共に短刀に炸裂した。

呪具『屠坐魔』。禪院真希が所有する、呪いが篭った武器…呪具の一つ。本来であれば、それに宿儺の指を取り込んだ呪霊の攻撃を受けきれる程の強度はない。

しかし、創が取り込んだ呪霊の呪力を上乗せすることで、屠坐魔は特級と渡り合える程の強度となっていた。

 

「きゃっ…!?な、なに…!?」

『きひゃっ、ひひひっ!!』

「ひっ…!?」

 

小泉真昼とサトウが二人して狼狽えていると、呪いの四つの瞳と目が合った。

まるで固定されたように、二人をじっくりと見つめ、不気味な笑みを浮かべる呪霊。

創が受け止めているからこそ無事で済んでるものの、本来であれば四肢を引き裂かれ、なぶり殺されてもなんらおかしくない。

 

「あ、アンタ、この間の…!?」

「暫くぶりだな、小泉真昼…!生憎、あの時みたいに無敵バリアとか張れないから、死に物狂いで逃げてくれ…よっ!!」

 

創の『千変万化』には、「同時に二つ以上の術式を模倣することができない」という、かなり大きい欠点が存在する。

幅広い術式の模倣が真骨頂となる創にとって、術式が固定されてしまう現状はまずいとしか言いようがなかった。

領域展開を発動すれば、現在菜摘を襲っている呪霊が領域内に侵入し、同じく領域展開を繰り出す恐れがある。無限は近くにいる人間にしか付与できないことも、立ち回りからして、相手にバレていると見ていい。

創は力を込めて呪霊を弾き飛ばし、無理矢理に距離を作る。

 

「援軍来るまで守り切れるか、これ…?」

 

珍しく情け無い弱音が、その口から漏れ出た。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「里香ちゃん、ごめんね。運んでもらって。いつもありがとう。大好きだよ」

『里香も憂太が大好きだよ゛ぉお…!!』

 

希望ヶ峰学園上空。白の呪術高専制服に身を包んだ少年が、異形の腕の中で優しげな笑みを浮かべる。異形もまた、その悍ましい見た目とは裏腹に、まるで恋人と戯れる少女のように、少年と戯れあった。

 

「…五条先生の言うとおり、呪いが濃いな」

『……里香、あそこ、嫌゛いぃい!!』

「壊しちゃダメだよ、里香ちゃん。あそこは日向くんの仕事場なんだから」

 

希望ヶ峰学園に宿る呪いの気配に、顔を顰める少年…乙骨憂太。

異形もまた嫌悪感を剥き出しにして、破壊を振り撒くべく口腔を開け、呪力をかき集め始めたのを、少年が諌めた。

 

『や゛だァァァっ!壊゛ずゥゥウウっ!!』

「里香。ダメだよ」

 

乙骨の優しさの裏に隠れた、鋭い眼光とドスの効いた声に、異形…特級過呪怨霊『祈本里香』の動きが止まる。

禪院真希を殺しかけた時程ではないが、少しの怒りを込めた声に、里香は渋々と言いたげな様子で呪力を霧散させた。

 

「ありがとう、里香ちゃん。…もう一つ、お願いできるかな?」

『な゛ぁに?』

 

乙骨は里香の掌から飛び降り、重力に身を任せた。

 

「力を貸して」

『うんっ!!』

 

呪いの女王が今、降り立つ。




乙骨憂太、参戦。別任務の帰りで近くまで来てた。

創は家入硝子と庵歌姫の家飲みに介抱役として無理矢理付き合わされることが多々ある。そのため、一滴も飲んだこともないのに酒に詳しくなってしまった。歌姫の酒癖の悪さに巻き込まれ、トラウマになるようなとんでもない目に遭うのも珍しくない。因みに、硝子は一切止めないどころか、それを囃し立てる始末。
そのため、創は歌姫のように酒癖悪い女が大の苦手。性癖ドストライクが千秋になったのは、酔った歌姫の逞しすぎる言動が九割元凶。

千秋は現在、伊吹たちと縫い目の男捜索中。

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