「だーかーらー!呪術師ってのはなんなのよ!!昨日の気持ち悪いナニカ…じゅれーってのも訳わかんないわよ!!」
「…流石は呪術師全員から毛嫌いされる希望ヶ峰学園…。予備学科でさえも頭カチコチなせいで説明が面倒臭いな…」
五条悟であれば「正月過ぎた餅かよ」、夏油傑であれば「猿は知能も猿だな」とでも言うのだろうか。
呪術師界隈では嫌な意味で有名な希望ヶ峰学園に来たことへの後悔が湧き上がり、創は酷く辟易したため息を吐いた。
「こいつ、めちゃくちゃ半端な術式だけ持ってたタイプか…。見たところ、二級以下はほぼ見えないっぽいな…。
さっきのがハッキリ見えたのは…、ああ。俺が呪霊を惹きつけるために呪力ダダ漏れにしたのに当てられたのか。納得」
「な、何わけのわかんないことばっか…」
一人納得する創に、少女は何が何だかわからず、困惑するばかり。
仮にも極道という裏の世界に首を突っ込む身であるのなら、呪いの一つや二つ知っていそうなものだが。
そんな疑問が湧いてきた創は、少女の顔を覗き込むようにして詰めた。
「極道の娘なら知っとけよ、呪いのことくらい。それすらも自称ってこたあ無いだろ」
「なっ!?あ、アタシは九頭龍組の…」
「あ、ストップ。九頭龍、九頭龍…」
何処かで聞いたことのある名前だな、と思いつつ、記憶を辿る。
少し前に「金の亡者」という言葉が似合う女性呪術師…冥冥から、そんな名前を聞いた記憶がある。その時はなんと言っていたか。
────家族を守るための金ってそれっぽく言われても、私にとって金は金だよ。取れるだけ取ってやる腹づもりだ。
「ああー…っ!確か、冥冥さんが金ヅルにしてるヤクザだったっけか!成る程なー…。金に糸目つけずに自分達を守らせてたのか。
そりゃあ全く知らないわけだ。あの人、金への執着を抜きにすりゃあ一番雇いやすくて強いもんなぁ…」
「ま、守られてたって何よ!?それに、なんで冥冥のことまで…」
「同業者だからだよ」
流石の冥冥も、希望ヶ峰学園に立ち入ることは避けたかったらしい。
それも無理はない。月一で特級呪霊が出るような魔窟なのだ。創とて、憧れを抱いていた頃はまだしも、今では嫌々通うことを決めたようなものなのだ。
せめて月一での出向とかにして欲しかったな、と思いつつ、創は目の前の問題を片付けることにする。
「日本の年間行方不明者、または死者数って相当な数なのは知ってるか?」
「そりゃあね。一部関わってるようなモンだしさ」
「極道がやらかすのはその一割にも満たないんだよ。殆どはさっき見た『呪霊』の仕業」
「…ま、なんとなくわかるわ。間違いなく『死ぬ』って思っちゃったし…」
順序立てて説明したことで、漸く落ち着いたのだろう。
納得したように頷く彼女を前に、「やっぱり伏黒ほど上手くは言語化できないな」と呟き、言葉を組み立てる。
「呪霊をなんとか出来るのは、呪術師だけ。
俺は呪霊の温床になった希望ヶ峰学園に派遣された呪術師ってわけだ」
「……あんなのの巣窟なの、ここ?」
「そりゃそうだろ。人の負の感情が集まって出来るのが呪霊なんだから」
「なっ、なんで希望ヶ峰学園が…!?希望の学園でしょうが、ここは…!!」
そうは言われても、実際に温床となってるのだから仕方ないだろう。
それに、希望ヶ峰学園という学園に渦巻くのは、彼女の言うようなキラキラに輝く希望だけではない。寧ろ、逆にドロドロとした負の感情の割合の方が圧倒的に高いのだ。
届かぬ希望に手を伸ばし、イカロスのように落とされる身の程知らずの凡人たちの妬み嫉み。選ばれなかったことへの怒り、絶望。
更に言えば無自覚のものでさえも加算されるため、希望ヶ峰学園は、呪術師たちにとっては「絶望学園」と揶揄されるほどに避けられる場所であった。
ただでさえ学校という場所は、負の感情の受け皿になりやすいと言うのに、迷惑極まりない話である。
それゆえに、全ての事態に対応できる柔軟性を持つ創に白羽の矢が立ったのだが。
そのことを一から十まで丁寧に告げると、少女は暫し押し黙る。
流石に酷だったか、と思ってると。
彼女はすくりと立ち上がり、鼻で笑って見せた。
「はっ。予備学科みたいな凡人どもが、上ばっか見上げてるのが悪いんでしょ?
上ろうとしない奴らが悪いんじゃない」
「それは違うぞ。お前が必死に隠そうとしてる『嫉妬』も呪霊を生み出す理由だよ」
コトダマを放ち、自らは違うと言い聞かせるように放つ少女を論破する創。
見透かされたような物言いに思わずカッとなった少女が怒鳴りつけようとするも、創はそれを防ぐように紙袋を差し出した。
「………何これ?」
「五条先生と夏油先生オススメの店の草餅。美味いぞ」
「要らないわよ!ふざけてんの!?」
「だーかーらー、そういう感情がダメなんだよ。呪霊生み出したくなきゃ感情なくすか、呪力のコントロールしろって話だ」
創のこのような態度は、五条悟と夏油傑が大きく起因している。
「最強」と称される二人に鮮烈に憧れたがゆえに、「最強」を志す創。故に、言葉の端々には唯我独尊、天下無双の傲慢さ…いや、余裕が隠れていた。
日向創が己に課す縛りは、「可能な限りは余裕であること」。
緩い縛りであるが故に、そこまで効果は無いのだが、彼にとっては「初めて課した縛り」と、「憧れに近づけた証」として残していたものであった。
要するに、おまじないという名の「呪い」なのである。
「ま、お前にはどっちも無理だけどな。
呪力のコントロールが出来ない魂の形をしてる。脳みそを弄っても無駄だろ。
魂ってのは例外除き、スクイーズみたいなモンだ。引っ張ったりすることで形を変えることは出来るけど、いずれ戻る。
魂そのものの形をまるっと取っ替えるような術式を使わない限りは無理だろ」
魂と脳は密接な繋がりをしているようで、実は違う。
魂が宿るのが脳なのではなく、脳があって初めて自分の魂と繋がれると言うべきか。
どこにあるかもわからない、自分を象徴する魂。例え脳をいじられたとて、やがては…それこそ数年で戻る。
創の場合は、『反転術式』によって魂が無形であるというのが「決まって」いるため、脳をいじったとて創という存在は揺らがないという体質をしていた。少しは影響を受けるだろうが、日向創であることには変わりないと言うべきか。
「…結局、才能じゃないの」
「与えられたカードに文句ばっか言っても仕方ないだろ。それをどう使うかは配られたヤツにしか決められない。
俺の場合は身の丈に合わないくらい不釣り合いなカードだったが、今やこうしてお前を助けられるくらいにはなってる。
努力して天才になるとか、誰かに認められて幸せになるとか、誰にも見つけられなかった新たな道を見つけたとかってありふれたサクセスストーリー、俺は好きだぞ」
「嫌味のつもり?才能があるくせに」
成る程。これは酷く拗らせてる。
希望ヶ峰学園が温床になるわけだ、と思いつつ、創はやれやれと肩をすくめた。
「才能才能って、予備学科ってのは全員こんな感じなのか?
…俺、いつになったら呪術高専に帰れるかなぁ…。同級生との顔合わせもしてないし…」
この調子では、あと十年は立て篭って呪霊を祓い続ける必要がありそうだ。擬似的に体験した夏油先生の百鬼夜行…彼の領域展開の方が、まだ生きた心地がした気がする。
そんなことを考えながら、彼はふと、あることを思い出した。
「…あれ?そういや俺たち、自己紹介してなくないか?」
「今更でしょ、『日向創』」
「……ああ。俺の名前は言ったか。
お前は…九頭龍組の娘だから…安直に考えて九頭龍って苗字か?…で、兄貴が超高校級の極道と」
「っ、なんでわかる!?」
「いや、あんだけに自慢げに言ってりゃフツー気づくだろ…」
超高校級の極道あたりは適当だが。
しかし、反応を見るに図星らしい。随分と大きいヤクザなのだな、と思いつつ、創は彼女に促すように顎を向けた。
「何?」
「お前の名前は?」
「……は?なんでアンタなんかに言わなくちゃいけないのよ」
「名前ってのは、人間が最初にかけられる、その人そのものを表すための『呪い』だからだ。だから、名前を知ることは人を知る第一歩なんだぞ」
「知らなくていいわよ、アンタなんかが」
「名前を教えない。それも呪いだな。俺が気になっちゃうから呪いだ」
人間とは元来、全てに呪いをかけながら生きているようなもの。
恩師からの受け売りを口にしていると、流石に癪に触ったのか、少女は渋々と言ったように口を開いた。
「九頭龍菜摘。これでいいでしょ?」
「おう。よろしくな、九頭龍」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「へぇ?つまり、向こうで猿の一匹と仲良くなったんだね、創」
「夏油先生、あの…、えっと、その…。
非術師嫌いなのはわかりますけど、エタノール箱ごと俺にぶっかけますかね?」
三日後。呪術高専に呼び出された創は、恩師たる夏油傑の熱烈な歓迎及び消毒に、びしょ濡れになっていた。
鼻の奥までエタノール臭がする。
ますます非術師嫌いが加速してるな、と思っていると、幼馴染の二人が創を責め立てた。
「…夏油様の好意、無下にしちゃダメ」
「そーだよハジメ!特級の中でもゲロ弱の弱々のくせにチョー生意気!」
「美々子、菜々子。これ、めちゃくちゃ肌荒れるんだぞ」
「「………………夏油様!私たちにはちょっとで十分です!!」」
「うん。肌荒れは女子の天敵って言うしね」
言うなれば、超高校級の夏油ファンか。呪術高専の制服に身を包む彼女らを尻目に、夏油が希望ヶ峰学園に来る未来を想像する。
…なぜだろうか。嬉々として呪霊によって荒廃していく学校を見捨てる姿しか想像できないのだが。
呪術高専独自の見解として、超高校級は生まれながらに縛りを課せられた「天与呪縛」の集まりという考えがあるらしい。
事実、超高校級と呼ばれる人間の大部分は呪力を持たない。要するに、揃って呪霊を認知できないのだ。
わかりやすく言えば、夏油が最も毛嫌いするタイプの人間しか揃っていないのである。もし彼が離反した際には、生徒は三日で皆殺しにされていたことだろう。
そう考えると、あの時止めて正解だったなと思いつつ、本気で同情の涙を流す夏油の抱擁に抵抗する。
「しかし、キミも苦痛だね…!
動物園の檻の中に放り投げられた気分はさぞ最悪なことだろう…!!
キミの『千変万化』を他者に適用する術式の開発は急いでるが、それでもあと数年は要することになる…。どうか、『期待』して『来た』る日を待ってておくれ…。……なーんちゃって」
「はぁ…。泣きながらくっだらないダジャレ言わないでくださいよ……。ってか、術式って開発できるモンなんですかね?」
「私はね。呪霊操術の真骨頂とでも言うべき力だけど」
日向創の「千変万化」。この術式は、夏油傑にとっては「希望の光そのもの」と言っても差し支えなかった。
呪霊を根絶すべく、呪術師のみが生きる世界を作り出す。そのために非術師を皆殺しにしなければならない。
以上が、以前夏油傑が抱いた理想であった。
だが、今は違う。千変万化によって「非術師を呪術師にする」ことで、呪霊の生まれぬ世界を作り出すというのが、現在の夏油傑の目標であった。
…呪詛師に対してほぼノープランというのが、かなり痛い計画ではあるが。まぁ、夏油傑という人間自体、呪詛師に近い価値観を持つのだから仕方ない。
「で、呪術高専に呼び戻した理由はなんですか?特級でも出ました?」
「いや、違うよ?悟が『生徒たちの顔合わせくらいはやっとこう』って思いつきで呼び戻したからね」
「あのダメな大人の金メダリストめ…」
振り回されるこっちの身にもなってほしい。
希望ヶ峰学園の予備学科は、本科と違って普通の試験も出席日数も存在すると言うのに。
下手に退学とかになったらどうしてくれるのだ、と心の中で愚痴りつつ、創は案内されるがままに廊下を歩く。
「悟が呼んだら入っていいよ」
「あ、はい」
扉の奥から、「最後の一年生、カモン!」とヤケにハイテンションな五条の声が響く。創は希望ヶ峰学園でやらかしたように、変に目立つつもりはサラサラなかった。
しかし、そんな願いも木っ端微塵に打ち砕かれるのだろう。相手はあの自由人だ。何かやらかしてるに違いない。
創は覚悟を決めて、扉を開けた。
「おっ、創だ」
「何だあの髪?アンテナ?…ってか、エタノール臭っ」
「ツナマヨ」
二人くらい変なのいた。
一人…いや、一匹は顔馴染みであるためすっかり慣れているが、もう一人は違う。何故ここでツナマヨと言うのだ。
困惑を噛み殺し、創は使い古された黒板に自らの名前を書く。
「ボクと同じ『特級呪術師』の『日向創』くんでぇす!!」
「おいぃっ!!あんま人の等級バラすなこンの自由人っ!!!」
特級であることはせめて隠しておこうかなと思った矢先にカミングアウトされ、その胸ぐらを掴む創。
ガクガクと揺すられる五条は、それでも笑みを崩さずにヘラヘラと笑っていた。
「特級?ガタイは良いけど、あんな『ザ・普通』の人間が?」
「創は普通の皮被った狂人だからな。あんま気にしてもしゃーない」
「すじこ」
酷い言われようだ。
呪術師であることを抜きにすれば、凡人オリンピックに出場して間違いなく金メダルを取れる普通さなのは自覚してるが、初対面の相手にこき下ろされると心にくる。
そんなことを考えながら、先ほどからの疑問を口に出した。
「パンダはとにかく、そこの男子はなんでツナマヨとかすじことか、えらく限定的な語彙してんだよ…」
「彼の名前は狗巻棘。限定的な語彙は、呪言を封じるためだね。安全を考慮して語彙絞ってんだよ」
「しゃけしゃけ」
「ツナマヨ、すじこ、しゃけ…、ああ、おにぎりの具か!考えたな…」
「おかか…」
創は呪術高専に記録された術式を、度々監視の目を盗んでは閲覧している。
呪術界御三家と呼ばれる界隈の権威。その相伝の術式さえも再現できるほどに術式に理解のある創は、合点がいったのか、ぽん、と手槌を打った。
「考えたな」という言葉に、照れ臭そうに否定の「おかか」と答える彼。
「で、こっちの無愛想な女子が禪院真希!
禪院家ぶっ潰そうと画策してる女の子!」
「……ヨロシクする気はねぇ」
「手厳しいな、おい…」
禪院家出身でここまで呪力が無ければ、それは性格逞しくなるか。
呪術師としての素養がなければ人として扱われないという、酷く前時代的な価値観を持つ家庭だとは聞いていたが、どうやら真実らしい。
「そりゃ勝手に創との見合い話とかセッティングされかけてたしね。おムネは兎に角、性格的には創のタイプとは真逆っしょ?
ボクがキツーく断っといたから」
「まぁ、確かに。サイズももうちょっと張りがあって揉み応えがありそうなのが好みだし、常に気怠げな女の子にこそ『夢中にさせてやる』って思って興奮するしな…って、何言わせんだよ!!」
「葵の時とかもそうだけどさ、めちゃくちゃノリがいいのも考えものだね、創」
盛大に自爆をかました創を揶揄う男子勢に、ドン引きする真希。何処かの作品で見た、『ファーストコンタクトでありワーストコンタクト』とは、この状況のことを言うのかもしれない。
パンダは顔馴染みのため省略された。
一通り自己紹介を終え、創は「無駄に疲れた」と呟きながら、席に座ろうとする。
が。五条がその肩を掴み、それを阻止した。
「…あの、五条先生?肩……」
「さて、顔合わせも終わったことだし、創は仕事に戻って良いよー!
大丈夫、ボクが送ってくし!」
「え?マジで顔合わせのためだけに呼んだのか?今から遅刻して授業に出ろと?」
「そのとーり!」
ふざけんなこの野郎。
そんな叫びさえあげられぬまま、創の姿は一瞬にして掻き消えた。
「特級の中でぞんざいに扱っても痛いしっぺ返しこなさそうだから」という理由で禪院扇が縁談を仕組んでいた。尚、セコム二人に3秒でバレてボコられた。
最強セコム二人によくおもちゃにされる創くん。夏油のほうは完全に無自覚だけど、五条の方は確信犯。
実は特級の中で一番弱い。