日向創は特級呪術師   作:鳩胸な鴨

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こちらも覗いていることを忘れるな。


雪染ちさとの邂逅

「七海さん。最近、随分と様子が変わったけど、何かあったの?」

 

雪染ちさには疑問があった。

スカウトマンとしての本業が忙しい…と言う建前で飲んだくれてるせいか、担任を降りた黄桜公一に代わり、赴任一年も経たないうちに副担任から担任になってしまった雪染。

元超高校級の家政婦としての才能を買われ、同級級かつ親友たる元超高校級の生徒会長、宗方京助より依頼された「希望ヶ峰学園の闇の調査」を遂行する傍ら、生徒に寄り添うこの立場を、居心地良く感じていた。

クラスメイトたちも、七海千秋の奮闘(?)によって、それなりに結束してきている。

 

が。そんな矢先。七海千秋が学生寮を出たと言う情報が飛び込んできた。

 

曲がりなりにも希望ヶ峰学園に属する雪染が、その理由を知ることはない。

創の術式による無下限の模倣により、距離の心配が微塵もなくなったため、呪術高専の寮に移ったから、という、至極単純な理由を。

しかもご丁寧に、移動の際はごく小規模の帳を展開してから来るので、非術師である以上、彼らの足取りを掴むのは不可能。

結果。雪染ちさはその性格故か、本来の調査よりも、七海千秋の住処について気になってしまっていた。

 

学校に届けられた七海千秋の新住所は、そこらのアパート…呪術高専が有する空き部屋の一つ…であり、雪染も家庭訪問と称して訪れたことがある。

千秋が在宅していた…呪術高専の貼った網に雪染が引っかかったため、創に送ってもらった…ため、玄関先で世間話に花を咲かせたのは、記憶に新しい。その際にバレないようにこっそり内装を拝見したが、やけに生活感がなかったことが気にかかった。

引っ越したばかりで荷物が来ていない、というなら何ら不思議なことはない。

 

そう。『七海千秋以外』ならば。

 

問題は、そこに暮らしているのが七海千秋であることなのだ。

学生寮で彼女が暮らしていた部屋は、正直なところ、足の踏み場もない程にゲームやらゴミやらが散乱している、混沌とした空間であった。そんな彼女が暮らす部屋が、生活感がないと感じるほどに綺麗なのはおかしい。

更に言えば、ゲーム機の類が千秋が手に持っているもの以外見当たらなかったことが気になる。

何か隠している。直感的にそう感じた雪染は、千秋に接触することにした。

当の本人はと言うと、いつものゲームに熱中している。違いはと言うと、膝にキモ可愛いとしか形容しようのないぬいぐるみを置いていることだろうか。

 

「新しい友達ができたくらい…かな?」

「へぇ?どんなお友達?」

「えぇっと…、いい加減でデリカシー皆無だけど、芯の部分がすごく強い子…かな。

予備学科の日向くん。白黒パーカーとボンタン履いてる、髪型アンテナの子」

「……ああ、聞いたことあるわね」

 

予備学科に属する、金に物を言わせて制服の縛りを破る問題児がいるとは、生徒の一人である狛枝から聞いたことがある。担任になった矢先、酷く相手と自分を卑下する物言いをしていたので、彼を諌めたので、「そんな問題児がいるんだな」程度は覚えていた。

しかし、予備学科の問題児が、希望ヶ峰学園の調査に関わってくるとは思えなかったため、名前や個人情報に関しては全く記憶になかったのである。

それも無理はない。問題児とは言っても服装だけで、素行や学業に関しては可もなく不可もない、まさに「普通」という言葉を体現したような成績なのだから。

 

…まさか、その予備学科の生徒が、彼女が知りたがっている情報の九割を有しているとは思わないだろうが。

 

嬉しそうに創について、「ギャラオメガがそこそこ強い」、「言い回しが難しい」、「保護者に振り回されてる苦労人」、「彼の友達もクセはあるけど、みんないい人」と語る千秋に、建前上の注意としての「関わりをなるべく断った方がいい」と言えるはずもなく。

苦笑しながら、「先生も会ってみたいな〜」と相槌を打つ他なかった。

しかし、相手は冗談の通じない究極のマイペースたる七海千秋である。

 

「会ってみる?」

「え?」

「日向くんなら、今日は一緒にゲーセン回る予定なんだ」

 

その日向という少年は、かなり肝が据わっているらしい。

予備学科の生徒が本科の生徒と居るだけでもかなりの悪印象だと言うのに、それが問題児なら尚更だろう。

どうせもう一人の方も行き詰まってるだろうし、と思い、雪染は自らの知的好奇心を満たすことを選んだ。

 

「ね。先生もご一緒していいかな?」

「うん。いいよ」

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「棘、珍しいな。こっちのゲーセン行きたいって言い出すなんて」

「しゃけ。こんぶ、おかか…」

「謝るなよ。俺も好きで付き合うし、千秋との予定と合わせちゃったからな」

 

放課後。珍しく予定の空いた創は、名前で呼ぶほどに近しい仲になった狗巻棘を引き連れて、ゲーセン前で千秋を待っていた。

狗巻の語彙がおにぎりの具に限られている中で、持ち前のコミュニケーション能力を駆使し、なんとかニュアンスは理解できるようになった創。

その隣には、創に誘われた九頭龍菜摘が、頬を膨らませていた。

 

「…日向、アンタ何考えてんの?

本科の生徒とこんな場所で遊ぶなんて、更に白い目で見られるわよ」

 

予備学科内の協力者たる菜摘が言うと、創はひらひらと手のひらを振って答えた。

 

「小泉真昼とサトウが頻繁に予備学科内で昼飯食ったりしてる時点で、今更だろ。

サトウなんて俺より白い目で見られてるし、同じ中学だったお前から注意してやれよ」

「したわよ。したけど聞かなかったの」

 

サトウ。『超高校級の写真家』の小泉真昼の親友であり、菜摘、小泉と同じ中学校で写真部に属していた経緯を持つ。

本人たちからすれば、数少ない交流の機会を作っているだけなのだろう。しかし、周りはそう捉えることはない。特に、呪霊の巣窟たる希望ヶ峰学園では。

 

「近いうちに呪われて死ぬかもな。二人まとめて、予備学科校舎で」

「は!?迷惑極まりないんだけど!!」

 

もしサトウと小泉が、予備学科校舎で呪い殺されたのなら。ただでさえ、あるかどうかもわからない本科への転向が、それこそ夢物語として消えてしまうだろう。

そのことを危惧し、菜摘が創に抗議すると、彼は深いため息を吐き、反論した。

 

「仕方ないだろ。呪いってのは負の気に寄せられてくるモンなんだ。予備学科の校舎は、旧校舎だ。呪いが集まる場所の特徴である、誰かの思い出になる場所っていう条件をクリアしてるのに加えて、特にちょっかいかけなくても負の気を出してくれるんだぞ?

新築の本校舎に、呪いが近寄る訳がないんだよ」

 

知性があるなら兎に角、と付け足し、コーラを呷る創。

菜摘はこめかみを抑え、「それをなんとかするために来たのがアンタでしょうが」とツッコミを入れた。

 

「あと、あんだけ強く互いを『呪い合って』ると、引き剥がすのはまず無理。

…あっ。棘、ホットのが良かったか?あっためてこりゃ良かったな」

「おかか、ツナマヨ。すじこ」

「コイツの語彙何なのよ…」

 

狗巻にビニール袋から取り出した「生姜入りはちみつ」という、いかにも喉によさそうなドリンクを渡す創。

限定的すぎる狗巻の語彙が、先ほどから気になって仕方がなかったのだろう。

菜摘が問うと、創は少し唸ったのち、その疑問に答えた。

 

「例えば、コイツがお前に『死ね』って言うと、お前はマジで死ぬ。棘にはそう言う呪いが、オンオフの切り替えが不可能っつー厄介な状態で付いてるんだよ。

だから、安全を考慮して語彙絞ってんの」

「しゃけ」

「普通に喋るだけで危ないって…。呪術師って、変なのばっかなのね」

 

ざっくりと危険性だけを伝え、菜摘がそれに納得していると。

千秋が一人の女性を引き連れて、こちらへ向かって来ているのが見えた。

 

「よっ、千秋」

「日向くん、今日も早いね。あ、狗巻くんも一緒なんだ」

「高菜ー」

「たかなー」

 

合流した千秋は創と言葉を交わすと、狗巻と「高菜」と声を合わせながら、互いの手のひらを合わせる。マイペースな彼らなりのコミュニケーションらしい。

一通りそのやりとりが終わると。狗巻は見覚えのない雪染に目をやり、首を傾げた。

 

「…明太子?」

「こっちは担任の雪染ちさ先生。日向くんに会いたかったんだって」

 

千秋に紹介された雪染に向けて、創は「どうも」と軽く頭を下げる。

雪染はその挨拶に応えるように、作法もわからぬ創からしても丁寧な仕草で礼をした。

 

「初めまして、雪染ちさです。キミが日向創くんね?」

「はい。『予備学科が本科と遊ぶな』って釘刺しですかね?」

 

相手は本科の教師。その可能性は十二分にあるな、と推測する創。

しかし、雪染は頬を膨らませ、「こらっ」と軽く怒鳴った。

 

「私は希望ヶ峰学園の先生よ?

不躾にそんなこと言わないわよ。それなら、小泉さんの方も止めてるわ」

 

希望ヶ峰学園の教師であることには、誇りを持っているらしい。しかし、その言葉の裏に何が隠れているか、分かったものではない。

創は生まれついての勘からか、雪染の言葉の裏に何かが隠れていることを悟っていた。

狗巻や菜摘もまた、それに気づいたのだろう。創に横目で軽く視線を送った。

 

しかし、これは渡りに船だ。強い呪いを生み出す一因となってしまっている小泉真昼とサトウへの対処を頼めるかもしれない。

建前上は、「予備学科の中には良からぬ考えを持つ人間もいる」と言えばいいだろう。

打算と少しの嘘を込めたコトダマを構築し、創は口を開く。

 

「雪染先生って、千秋の担任なら小泉真昼の担任でもあるんでしょ?

アレ、やめさせた方がいいですよ。予備学科校舎の方じゃなくて、中庭にしとけって言っといてください。見てて危なかっしい。

露骨な差別やら本科への嫉妬やらで、予備学科には不平不満が常に充満してます。いつ誰が凶行に走ってもおかしくない」

 

創の忠告に、雪染は目を瞬かせ、感嘆の声を漏らした。

 

「はぁー…。見た目は兎に角、結構しっかりしてるのね…?」

「服に関しては保護者どもがこれ以外捨てやがったんですよ!!」

「………苦労してるのね。…さっきの忠告は、小泉さんにはしっかり伝えておくわ」

 

問題児かと思ったが、そうでもないらしい。

思えば、七海千秋が予備学科の生徒と仲良くしているという話を聞いたのは、今日が初めてなのだ。余程上手く隠していたのだろう。

千秋が誰かと仲良くなるのに、予備学科と本科の確執やらを気にする可能性は皆無。となれば、彼女との関係を秘匿しているのは、必然的に日向創の方になる。

余計な波風が立たないように気を遣っているのだな、と思いつつ、雪染は千秋にコーラを渡す創を見つめる。

 

「じゃ、千秋も来たことだし入るか。

先生も一緒するんでしょ?入り口で突っ立ってないで、入ったらどうです?」

「え?いや、私は…」

 

日向創を見定めるという目的を終えた今、この場所に用はない。

戻ってもう一人と共に調査を進めるべきか、と思っていると。千秋がこちらを見つめているのが見えた。

 

「…じゃあ、お言葉に甘えましょうか」

 

今日くらいは、少し休んでもいいだろう。

そんなことを思いつつ、雪染はゲームセンターの扉をくぐった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「いやーっ!遊戯室も楽しーっすけど、やっぱりカラオケルームにはそこしか感じられない『アツさ』があるっすね!」

「お前、殆ど歌ってなかったじゃねーか。超高校級の軽音部のくせに」

「…私は演歌しか歌えなかったが、退屈ではなかったか?」

「俺も似たようなモンだぞ、ペコ…山」

「ボクとしては満足だけど…。澪田サンの演奏が聞けなかったのが残念かな?」

 

その頃、創たちが集うゲーセンの近くにあるカラオケの出入り口にて。

一通り歌って満足した77期生ら数名は、ぞろぞろと店を後にし、各々感想を口にする。

企画した『超高校級の軽音部』、澪田伊吹は満足気に笑みを浮かべながら、次の予定を思案した。

 

「この後、輝々ちゃんに言って皆で鍋パとかどーっすか!?伊吹ちゃんの名案っすよ!」

「飯にはまだ早いだろ。もう少しどこかで遊んでいこうぜ」

「七海はどうするんだ?彼女、学生寮を出てしまっただろう?」

「電話したら来てくれると思うっす!」

「行き当たりばったり過ぎんだろ…」

 

そんなやり取りを交わしていると。ふと、狛枝がある光景を見つける。

 

「あれってさ、七海さんと雪染先生じゃないかな?そばに居るのは…」

「あーっ!こないだの不思議ちゃんっす!」

「な、菜摘…!?なんでアイツと…!?」

 

不思議ちゃん。超高校級の才能を持つ二人を歯牙にも掛けなかった、「呪い」と呼ばれる未知を撃ち倒した予備学科。

アレ以降、数人は接触を図ろうとしたものの、のらりくらりと躱されてしまい、今の今まで77期生の誰一人として、彼と話すことは叶わなかった。

そんな存在が、目の前にいる。接触しない手はない。

 

「あ、ゲーセンに入ってったっすよ!伊吹たちも入るっす!」

「は?なんで…」

「不思議ちゃんのお話って面白そーじゃないっすか!」

 

人一倍好奇心旺盛でいて、強引な性格の澪田に引き摺られるようにして、皆は渋々ゲームセンターへと向かった。

 

♦︎♦︎♦︎♦︎

 

「…こうも惨敗すると凹む気すら失くすな」

「日向くん、初めてとは思えない実力だったよ。もうちょっと練習したら、いいところまで行くんじゃないかな?」

 

格闘ゲームの筐体の前にて。

創は画面に映る、見事なまでの惨敗っぷりをかましたと一眼でわかる結果に、諦めにも似たため息を吐く。

流石は超高校級のゲーマーと褒めるべきか、生粋のゲーマーである千秋に親指一本で負けた事実に、一種の感動を覚えていた。

 

「狗巻もーちょい手前!…ストップ!」

「しゃけ!」

「ナイスタイミング!アンタ日向よりも聞き分けいいじゃん!」

「…この子の語彙、おにぎりの具しかないのはなんでなのかしら?」

 

菜摘と狗巻はすっかり打ち解けたようで、クレーンゲームでポメラニアンのぬいぐるみを熱心に狙っている。

雪染はと言うと、狗巻のおにぎりの具しかない語彙が気になるのか、興味が完全にそちらに向いてしまっていた。

この状況なら、雪染に聞かれることはない。千秋は口元を隠すようにして、創に耳打ちした。

 

「…日向くん。先生を巻き込んじゃって良かったの?」

 

そう。今回、千秋が雪染を連れて来たのは、創の…というよりは、夜蛾の策略だった。

生徒の協力者は手に入れた。今、呪術界が欲しているのは、「教師の協力者」。希望ヶ峰学園上層部と関わりのある人間は、揃って呪術に懐疑的であり、協力は見込めない。

出来ることなら、上層部に反抗的な教師をこちら側に引き込みたい…というのが、呪術高専側の目論みだった。

そして、その条件を満たし、尚且つ呪いに耐性がある人間は、雪染ちさのみであった。

 

「教師側にも協力者は欲しかったしな。

あの人が『希望ヶ峰学園に浸かってる人じゃない』ってのは、ミゲルさんが調査済み。

もう一人も巻き込もうと思ったんだが…アレはダメだ。呪術の才能が皆無なのに加え、恨まれる且つ暴力的なタイプな時点でこっちの世界に引き込むのは危険すぎる。

それに、雪染先生にはお前らを帳に入れちまった時点でバレるのは時間の問題だったろ」

「……もう一人?」

 

それは後でな、と付け足すと。

創はふと違和感を感じ、弾かれたように周りを見渡す。狗巻もそれを感じたようで、同じように周りを見渡した。

 

「…嫌な感じがする」

「千秋も感じたか。覚えとけよ、それが『呪いの気配』だ。…今回はちっとばかし強すぎる気もするが」

 

弱くても准一級、強くて特級上位。気配からして、人間ではなく呪霊か。そんな推測を立てつつ、創はあたりを見渡し、呪いの痕跡たる『残穢』を探す。

これだけ強い気配なのだ。残穢の一つや二つ、あってもおかしくはない。

呪いを感じることにだけ集中力を割くことで、漸くその残穢を捉える。獣のような足跡だというのに、随分と規則的に並んでいる。

その先には、スタッフルームへの扉があった。

 

「……棘!五条先生に連絡!!」

「しゃけ!」

 

創は切羽詰まった声で棘に指示を飛ばすと共に駆け出し、スタッフルームの扉を乱暴に開ける。

充満したのは、鉄の匂い。

いや、鉄ではない。『血液の匂い』だった。

 

「呪霊のクセして随分とやり手だな、おい…!!」

 

そこには、食いちぎられたように引き裂かれた死体が、幾つも転がっていた。




遊んでた77期生メンバーは澪田伊吹、狛枝凪斗、九頭龍冬彦、辺古山ペコ、左右田和一の五人。その他はいろいろ用事があって不参加。九頭龍冬彦、辺古山ペコの二人は澪田によって強引に参加させられた。

創に関する雑用は大体、伊地知さんかミゲルさんがやってる。その分、ご飯奢ってくれるから最強二人の雑用よりは乗り気で丁寧な仕事をする。

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