【本編完結】トレセン学園の禁止リスト 作:ドクタークレフ
Tale.Turandot Act 2
あなたは目を覚ます。
「あら、お目覚めですか。トレーナーさん」
その声にあなたは眼を開き、緑色の帽子を被った女性、室内でも帽子を外さない女性をぼんやりとした視界の奥に見つけるだろう。そしてあなたは、何かがパチパチと弾ける音を聞く。同時に、小さく音楽がかかっている事にも気がつくだろう。起き抜けの頭でも、あなたはそれがプッチーニの「トゥーランドット」の第二幕だと理解したはずだ。URA公認トレーナーの基礎教養試験でもダンスや戯曲の問題が出題されたのをあなたは思い出すだろう。
「えっと……たづなさん。ここはどこです?」
「理事長室です。トレーナー室でガタンって何かが倒れる音がしたので、驚いたんですよ。慌てて部屋をのぞき込んだら、トレーナーさんが倒れてるんですもの」
あなたは体を起こして目をこする。やっと視界のピントが合ってきたことに安堵をしながら、あなたは緑色の帽子を被った女性――――駿川たづなが楽しそうに紅茶を入れているのを眺める。寝かされていたのは柔らかな革張りのソファであったと理解するだろう。
「もう、ゴールドシップさんが知ったら心配しますよ」
「たしかに……心配の仕方が斜め45度なだけで、人並み以上にこまやかですからね、あいつは。……っと、いろいろとご心配をおかけしました」
「いえいえ、問題ないですよ。そんなに手間でもないですし、もう夜も遅くて保健室に運ぶよりもここに運ぶ方が早いかなって思って運んだだけですから」
彼女の声の裏で聞こえるパチパチと弾ける音は暖炉の薪が弾ける音だと気がついた頃、あなたはまだ目覚めきっていない紗のかかった思考回路の奥で何かが警鐘を鳴らしていることに気がつくだろう。
「もうすぐ理事長も戻られると思うので、ちょっと紅茶を飲みながら休みませんか?」
それを聞き流すフリをしながら、あなたは部屋に目を走らせる。背の低い秋川やよい理事長に対してあまりに大きな執務机、アンティーク調のデスクライト、壁にある歴代のトロフィー。たづなはそれらを背景に、銀製のケトルから湯気だつ紅茶を楽しそうに紅茶を入れていく。いつも通りの部屋の配置、窓に下がった重たいカーテンのせいで外を見ることはできない。だが、聡明なあなたならば、
「……オープンドアデータ」
たづなの紅茶を注ぐ手が止まるのを見て、あなたは頭の中の警報が誤作動でないことを知る。やはりここは理事長室ではないと知る。
「トレーナーさん……? なんのことですか?」
「『トレセン学園の禁止リスト』と題されたドキュメント類――――あれはただのリストではない。もちろん学園の風紀に関わるような内容が雑多に、ただひたすら雑多に収集、リスト化されている。だが、明らかに異質なものが紛れている」
あなたは推測を口にしながら整理していく。
「たとえば、第44項のⅱ『トレーナーの三女神の像に対する接触行為は原則として禁止されました』……文化財の破壊、破壊行為そのものは問題だが、ウマ娘の接触を禁じなかった。破損させるリスクが高いのはウマ娘も同じなのに、トレーナーに限定しているのは解せない」
あなたは指を組み、視線を下げる。応接セットのローテーブル、おそらくはガラスの天板が光るテーブルの上には何も乗っていない。そこを見つめながらあなたは続ける。
「それに第36項『リストに書かれていないことを書き出して『トレセン学園でしてもいいことリスト』を作成するのは重大な規則違反』。トレセン学園でしても良いことリストを不正に、それも寮生全員を対象に持ち物検査が必要なほど大量にばらまいた形跡がある。しかし、
あなたは記憶をたどりながら事実を積み重ねようと努力する。ヒアリング時に『問題児担当のトレーナーは大変ですね』と言われたりしたが、あなたも今ではあの破天荒な担当ウマ娘のせいではないことを確信しているはずだ。
「トレセン学園の生徒数はおおよそ中高合わせておおよそ2000人。その1/10にばらまいたとしても200部。そんな部数を生徒が学園にバレずに印刷して製本し、正体がバレることなく配布した? ――――不可能だ。あれは学園が意図的にばらまいた上でリストに目を向けさせるための撒き餌でしょう」
「何を言っているんです? 私にはさっぱり……」
あなたは、たづなの様子を盗み見る。彼女が外行きの笑みを貼り付けたまま、こちらを見ていることがわかる。
「決定的だったのは第60項のⅱ。アグネスタキオンに対して『どれだけ我々とあなたの間で利害が一致したとしても、我々があなたに実験を許可することはありません』と警告する。すなわちこれはリストを編纂できる『我々』とアグネスタキオンとの間で何らかの取引があることを暗示する。最初は『我々』とはトレセン学園の事だと思っていた」
あなたは目を閉じる。これは確信こそしているが、それで論じるには材料が足りないとわかっているからだ。覚悟を決めて口を開く。
「でも違った。『我々』という表現が出てくるのは、必ず追記された項目だけ……、項目そのものに『我々』と使うことはない。『我々』と名乗るものたちは、項目そのものの編纂はしない。追記だけをしてくる。それはすなわち、追記を行う人物が別にいる事を示す。……リストは、外部に検閲されている」
それが本当に『我々』がトレセン学園ではないことの証左になるだろうかと悩んだあなたは、一瞬だけ口をつぐんだ。それでももう進めるしかないと思い直し、話を進める。
「また、火のないところに煙は立たないといいます。理事長予算なんて生徒は誰も気にしません。気にするトレーナーもわずかでしょう。それでも記載された。……あれは、それでもつつきに来る誰かを炙り出すために用意された撒き餌、トレセン学園の深淵に潜む何かを覗こうとする者を狩り出すための罠……『オープンドアデータ』、そうですね?」
「妄想でお話しするのはやめませんか、トレーナーさん」
シナモンがうっすらと香る紅茶が目の前に置かれたあなたは、それに手をつけずに笑ってみせた。
「学校が集めるにはあまりに広範な内容、たとえば、個人のプライベートに足を突っ込みかねない内容まで記載されているのは、ただひたすらに数が欲しかったから。木を隠すなら森の中、情報を隠すならデータベースの中です。……まるで良い麦の間に毒麦をまくように、ささいな問題の中に大きな問題を紛れ込ませた」
あなたはその
「麦と毒麦は育てば選別がつくが、情報はある断面を以て切り出した以上、アップデートがない限り成長しない。すなわち、毒麦と麦の選別には時間がかかる。こちらがふるいに掛けている間に、あなた方は時間を得る。私のような不届き者を選別する時間を得る。そして今日、90番台のデータに手を出したことが決定的だった。私はウマの尾を踏んだ、違いますか?」
「――――見事。さすがはゴールドシップ君が見込んだトレーナーだ。さすがに頭が回る」
あなたは部屋のドアが開いたことにはっとして視線をあげる。そこに立っている日本ウマ娘トレーニングセンター学園理事長、秋川やよいを認めたあなたはそっと表情を消す。理事長のいつもよりも落ち着いた声量に違和を感じたあなたは、慎重に言葉を選ぶ。
「こんばんは、理事長……でいいんですよね?」
「無論。君の雇い主であり、君の活躍を願う者だ」
そう言って理事長はあなたの前、応接セットのローテーブルを挟んだ向かいの席に腰掛ける。たづなが理事長の前にも紅茶を置いて理事長の隣へ腰掛ける。劣化したレコードがソプラノとテノールの二重唱を奏で、三人の間を埋めていく。
明らかに理事長の言葉遣いがいつもと異なることに気がついたあなたは、すでにトレセン学園の外にいることを悟った。
「それで、あなたたちに楯突いた私はどうなるんです? 懲戒免職? それとも、ただいなくなるのかな」
「笑止。だれもまだ君を罰するとは言っていない。それを君が望むなら話は変わるが」
理事長は、静かにそう言って紅茶に口をつける。あなたは静かにそれを見ていた。
「安心したまえ、毒は入ってない。不安であれば、私が口をつけた後のものでよければ交換しよう」
理事長が手元のカップとあなたのカップを入れ替える。あなたはゆっくりと口をつける。それを見て満足そうな理事長は本題を切り出す。
「選択。話を聞くか、聞かないか選びたまえ。君はここでの事を、リストの事をすべて忘れて生きる選択肢もある」
「話される内容によります」
「結構。では、話を聞くしかないわけだ。話を聞いた上で条件を呑めない場合は物理的に今から聞いたことを忘れてもらう事になる。覚悟するように」
それにあなたは頷いて答えた。
「前提、先ほどの推理は概ね正しい。少なくとも第90項まで見た範囲ならではあるが。だが、一点明確な間違いがある」
「間違い?」
あなたはオウム返しに理事長の言葉を繰り返す。
「リストは反逆者を探すために存在しているのではない。いつか、私たちの同胞になる者を探し出すことを目的にしている。これが君の推理にあったただ一点の間違いだ」
「……つまり、採用テストの一環だと?」
「肯定。探さずにはいられない好奇心、高い推理力、洞察力。それらを兼ね備えた者をふるいに掛けるための試金石の一つだ。そして、それはウマ娘に対して好意的であることが望ましい。私たちがいま、陥っている状況を打破するに足る環境を作り上げるために、必要な人材を探している」
まぁ、私の独断ではあるのだが、と理事長が笑うのをあなたは半ば呆然と眺める。それでも理事長の主語が複数形になったことに気がつく。
「その組織の、名は?」
「表向きにはいくつもの名前がある。そうだな……ここは伝統に則って――――我々のことは
いつのまにか、理事長の手元に扇子が現れており、それがぱちんと鳴ったことにあなたは驚いた。
「我々、財団は、自然法則から逸脱した物品、存在、現象に市民がさらされないよう、確保・収容・保護することを目的に設立された組織だ。人の目に触れてはならないもの……そう、少しばかりおかしな事になるだけのものから、地球を滅亡させてしまいかねないものまで、規模・影響に関わらず市民から秘匿することで、世界の破滅を防ぐ組織だとおおざっぱに捉えて欲しい」
そう言って理事長は笑ってみせた。
「すなわち、超常現象を私に集めろと? それならマンハッタンカフェのトレーナーの方が適任ではないですか?」
「無論、彼はすでに私たちの仲間の一人だ。やはり君は聡明だ。……それに君自身にはその収集を任せるつもりはない。今はただ、知っておいて欲しいのだ。そしてできれば、知った上で、私たちの仲間になって欲しい」
理事長はゆっくりとカップをもう一口啜ると、音もなくソーサーに戻した。
「……君は『ウマ娘という種の欠陥』と聞くと、何を思い浮かべるか」
その質問に眉をひそめたあなたを見て、理事長は微笑んだ。
「警戒は不要。
そう言って、理事長は帽子を外し、机に置いた。帽子でずっと押さえつけられていたせいだろう、どこかへたったウマ娘の耳が現れる。理事長は耳を伸ばすためか、少しばかり首を振って髪の癖を直す。
あなたは慎重に口を開く。
「……種としての欠陥、ということを言葉通り捉えるのであれば、第一はオスの不在でしょう。ヒト種に依存しなければ後世に遺伝子を残せないのは不自然……で、あり……」
「僥倖。君はやはり気がついたか」
あなたは頭の中に浮かんだシナリオに戦慄として言葉を切ると、理事長は静かに笑った。
「その通り。私たちウマ娘は本来、我々財団の収容対象……我々はSCPオブジェクトと呼んでいるが、それに分類されるに足る存在だ。実際、以前はそう分類されていた」
理事長はローテーブルの天板に手を置く。そうすればそれが光り出したことにあなたは内心驚いたはずだ。
「だとするならば、あなたは……その、あなた自身が、超常現象の類いだと?」
「そうだ。それもごく新参者の部類だ。ウマ娘なんて、たかだか30年そこらの産物なんだぞ」
「あり得ない。そんなことを信じろという方がどうかしている」
あなたは吐き捨てる。
「エジプトの壁画にもウマ娘が描かれている。古墳からもウマ娘を象った土器が出土している。それが、たった数十年そこら前の産物というのか」
「そうだ。私たちは、それを可能にするために作られた存在――――改めて名乗ろう」
そう言って理事長はまっすぐとあなたを見つめる。
「『私たち』はウマ娘。かつては財団がSCP-2000-1と呼んだ存在、名前なき神、機械仕掛けの神から生み出された新人類の一形態であるッ!」
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Pure nel tempo che ciascun ricorda,fu sgomento e terrore e rombo d'armi.
Il regno vinto! Il regno vinto!