【本編完結】トレセン学園の禁止リスト   作:ドクタークレフ

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大変お待たせいたしました。
執筆手間取っていたらSCP公式のサイトがサーバー攻撃でダウンしてたりと踏んだり蹴ったりの作者です。

今回から数話Tale方式の話を挟みます。お付き合い頂ければ幸いです。

それでは参りましょう。

コードを入力してください:"黒き月は吠えているか?"




Tale.サメの天使たち
君を一人にしないように


見て見ぬフリでやり過ごしてたこと

適当な嘘で誤魔化してたこと

ヒーローと呼ぶには情けないけど

もう二度と もう二度と

君を一人にしないように

 

英雄の歌

オーイシマサヨシ


 

 トレセン学園の土地の端、学園関係者向けに指定されている地下駐車場に止まった左ハンドル仕様の真っ赤なクーペ。それに鼻歌を歌いながら乗り込む赤いボディコンに身を包んだ女。手に持っていた白衣とハンドバッグを後席に投げ入れ、運転席に収まった彼女はそこでため息をついた。女は運転席でしばらくなにをするでもなく動きを止めた。

 

『……学生にしては趣味がいいわよね、ほんと』

 

 女の目線の先には学園生の愛車であるカウンタックがとまっている。それを見てどこか自嘲的に笑う女。その女の右側の窓、助手席側の窓がノックされる。

 

『んー? なによぉ』

 

 窓を見ると古風なチャコールグレーのスーツの裾が見えた。おそらく段返りの三つボタンのスーツで、ベストも着込んだ、流行とは程遠いスリーピースだ。胸元から上が見えないが、その男が何をしたいのかは理解できた。男の手元に見覚えのあるサングラスがあり、窓ごしにちらつかせていた。ハッとして目元を探ると、いつものサングラスがなかったことに気が付く。どうやら忘れ物を届けに来てくれたらしい。

 

 ドアのロックを外し、体を伸ばして、助手席のハンドルを引く。

 

『あら、ごめんな――――』

 

 ――――さいね、と言う前にその男の顔が素早く乗り込んでくる。

 

『ちょ、何を』

『動くな、安心沢刺々美』

 

 ドアが閉まる音がして、反射的に逃げようとした女を男は声だけで制止する。助手席から運転席の距離は30センチもない。視線を合わせるより先に銀色の銃口が見えた。SIG SAUER社製の自動拳銃、P230SL。

 

『……公安畑の元警察官僚が拳銃持ち出して民間人を脅迫?』

『安心しろ、この距離なら素人でも外すことはない。それに、公安畑じゃなくて、警備畑と言って欲しいものだね』

『外事情報部なら似たようなものでしょ。……トレーナーがこんなことをしてるって聞いたら、ファイン殿下が悲しむわよ』

『そのファインを探している。君は居場所を知っているはずだ』

 

 ギンと張った声。銃口越しにその男の様子を見る。髪は横を刈り上げ、上部は残したツーブロック。とび色の瞳が周囲を見回し几帳面に周囲を探る。

 

『学園警備部への来学者申請データベースの改竄の裏もとった。最後に編集したのは君だ。文書管理システム(サブバージョン)に君のIDでの更新が山ほど記録されていた。禁止リストへの不正更新もだ。もう一度だけ聞く、ファインはどこだ』

『……あなた、自分の担当の予定も把握してないの? 今日はあのへんな映画の撮影で外泊で……』

『ありがとう。では質問を変えよう。なんでSP隊でも情報が錯綜していた外泊情報を君が即答できる?』

 

 男はそう言って拳銃のトリガーガードにかけた人差し指を苛立たしそうに動かす。引き金にはまだ指こそかかっていないものの、すでに一触即発の状態だ。

 

『……記録の改竄がもし事実だとしても、記憶の改竄は不可能なはずよ。あなたの言うことが事実だとして、学園がここまで落ち着いている理由は?』

『それを可能にする技術を君たちが持っている事を知っているからだ。財団のレベル3研究員の君なら。君が主犯でないことも、おおよそ予想がついている』

『なぜ?』

『禁止リストを250項までまとめて更新したのが君だからだ。メッセージカードまでまとめて更新できているということは、君が原本を保有しているということ。そして、ファインモーションはあの手のことを直接私に渡すことを躊躇ったことはない』

 

 男はそう言って拳銃を仕舞った。

 

『……なに、全部わかっててこんなことしてるわけ?』

『その方が君の都合が良いんじゃないのか? サイト81__所属、安心沢刺々美研究員。監視対象のウマ娘のトレーナーに脅されて仕方なく、の方が都合がいいだろう?』

『呆れた。余裕があるように見せるのが紳士のつもり?』

『少なくとも、ファインにはそう鍛えられた』

『殿下は演技指導者としても大成するわね』

『その褒め言葉はファインに直接伝えたいものだが、あのお転婆お姫様はどこかにいってしまっていてね。話を戻すぞ。君の飼い主は何を考えてる』

 

 女は、ため息をついて運転席のヘッドレストに頭を預けた。そして口を開く。

 

『S.H.A.R.K.プロシージャ、そう呼ばれているわ』

『そこだけ聞くと《サメ化手続き》といったところだが……アナグラムか?』

『S.H.A.R.K.って略称が先に決まってたから、正確にはバクロニムね。Procedure of Screen-out Harmful Alternative Right Keeper……無理に訳をつけるなら《害のある代替可能な権利を主張する者達の排除手順》といった所かしら』

『なんだそりゃ』

 

 今時中学生でもそんなひどい作文しないぞ、と男が毒づく。

 

『文句はサイト管理者に言ってちょうだい』

『つまりサイト81__のサイト管理者の独断による活動?』

『NO。発案はこっちだけどゴーサインを出したのはもっと上。日本支部担当のはずの13番を飛ばして、ね』

 

 そう言われ、男が黙り込む。

 

 13番、といわれて思い浮かぶ顔は一つだ。それを『飛ばせる』ということはその13番と同格かさらに上しかない。そして、財団という組織において『05評議会を無視して意志決定ができるフィクサー』なんてワイルドカードは存在しないのだ。

 

『つまり、うちの13番が気に入らなかったわけか』

その通り(Affirmative)。いよいよ財団(うち)は本気よ。まぁもっともな所? そんな劇的な手段で一網打尽なんてことは出来ないわけですし? 財団としてはいろいろと危ない橋を渡らないといけないわけですし? とりあえずの実験段階って所かしら』

『ソレがさっきのS.H.A.R.K.プロシージャか』

そういうこと(You bet)

 

 女はそう答えてからハンドルを抱えるようにして身体を前に倒した。

 

『殿下は今サメに襲われているのよ』

『S.H.A.R.K.プロシージャの中身のことか?』

『そう。Stabilized AntiMeme Effects Setterの頭文字をとってサメ(SAMEs)よ。定常性反ミーム付加システムだとでも思って』

『またサメか。その名付け親は相当な偏執狂だな。で、詳細は? 反ミームとはなんだ? ミームならまだわかるが』

 

 顎をハンドルに預けたままの女は笑って口を開く。

 

『あなたは今ミームという言葉を使った。どういう意図で使ったの?』

『……他者、特に知的生命体に対して特定の認識や規範を植え付けるような概念、という意味で用いたが』

『おおよそその理解で正しいし、そこまでわかっているなら反ミームの理解まであと一歩よ。《反》は文字通り《逆転させる(Rebersing)》の意味で捉えればいい』

『他者から特定の認識や規範を奪い取る概念、ということか』

 

 後ろのハンドバッグ、と女が男に指示する。怪訝な顔をしながら男は後部座席に投げてあるバッグを引き寄せる。

 

『開けて良いわ。A5サイズの白いフォルダがあるからソレを見て』

『SCPエントリの印刷物(ハードコピー)なんてよく持ち出せるな。正気か?』

『いいのよ。どうせ私はもう戻れない。あの禁止リストを更新した時点で、不穏分子としてとっくに終了対象よ』

 

 男はそれには答えず、ファイルを開いた。

 

『SCP-4773-2……?』

『北米支部のエントリよ。メタタイトルは____とクマのぬいぐるみ。オブジェクトクラスは設定されていない。目を通したことがないなら目を通して

 

 そう言われ、男はしばらく黙ってページをめくる。

 

『……1996年4月10日実験ログ、これは……』

『大体言いたいことはわかった?』

 

 男はしばらく考え込むような仕草を見せた。

 

『SCP-4773-1実体の特性と原理が判明した?』

『そのためにわざわざ墓を荒らしたあたり罰当たりよね』

 

 女は何度目になるかわからないため息をついた。

 

『SCP-4773-1の特異性の解明により、制御可能な反ミーム性を付与することができるかもしれない。もしそんなことが可能なら、ミーム汚染が深刻な対象の収容が容易になるかもしれない。そんな理想の下で、Thaumielオブジェクトとしてサメ(SAMEs)が生まれた。そしてS.H.A.R.K.プロシージャに取り込まれて実証実験中よ』

『……その実験の一環でファインモーションに用いた。そういうことか?』

『消極的肯定、といったところね』

 

 そう言ってさらにシートをめくるようにジェスチャーで指示する女。男はさらに紙をめくる。

 

『目指すべきは記憶処理剤に代わる薬剤、もしくは処置だったはずなんだけどね。ソレをそのまま《ウマ娘(SCP-2000-f1じったい)の収容手順にしよう》とかバカを言い始めたクソが出てきちゃったのよ』

『言葉には気をつけたほうがいいんじゃないのか、安心沢研究員』

『事実としてクソだからもういいわよ』

『……その様子だとその《クソ》は君の上司か?』

完全無欠にその通り(You can say that again)。付け加えるならサイト管理者ね。反ミームで隔離したところで収容したことにはならない。ゴミ捨て場に持って行けばゴミが存在ごと消え去ると思っているタイプのおめでたいクソよ。なんでサイト管理者まで出世できたのか素質を疑うわ』

 

 女はそう毒づく。男はそれを見て慎重に口をはさんだ。

 

『そのサメ(SAMEs)というシステムは対象に反ミーム特性を付与する。それでウマ娘一人消すことができる。そういうことか?』

『遅効性で効力を発揮するには丸一日かかるけど、そうね、似たようなものよ』

『正確には?』

 

 男がすぐに問い返す。

 

『効力を発揮した対象を誰も認知することができなくなる。存在がなくなるわけじゃない。触れられないわけじゃない。見えないわけじゃない。……それらの記憶を、保持することができなくなる。その記憶をサメ(SAMEs)は捕食する。ついでに、対象についての直接的な電子的・物質的な記録も喰われる。サメ(SAMEs)そのものの記録も影響化に置かれる』

『待った、サメ(SAMEs)そのものの記録も影響化に置かれるなら、この記憶も喰われるということか』

『無防備でサメ(SAMEs)に接触すればね。今学園はスクラントン現実錨(S R A)シャンク/アナスタサコス恒常時間溝(X A C T S)がフルスロットルで稼働中だから問題ないけど、学園の敷地外、影響範囲外に出たらあっという間に喰われるわ』

 

 本当はね。と女は続ける。

 

『実験段階でもう二桁人レベルでウマ娘がそうやって消えてきている、らしい。私はそれをもう覚えてもいない。記憶からも記録からも完全に消えている』

『……それを実験記録としてどう保持している?』

『記憶補強剤という薬剤がある。記憶処理剤の真逆で忘れられなくするための薬剤ね。実験の責任者やその報告を受けなきゃならない人はそれらを飲んでいると思われる』

『そういう意味じゃない。だとするならば君はどうして二桁もウマ娘が失踪している可能性について認識できているんだ? 物的な記録も消えていくんだろう?』

 

 女は自分の両手の掌を見る。

 

『直接的な記録が消えるだけで、間接的な記録は消えないのよ。明日ファイン殿下が消えたとしても、彼女が今日お昼に食べたラーメン屋さんからファイン殿下分の売り上げが消えるわけじゃない。そうやって一人分の空隙を埋めていったら10人以上すでに消えてたってだけ』

『理解した。……上層部の目指すゴールはどこだ?』

 

 女は作ったこぶしを見る。

 

『私には明かされていないけれど、最終目標はウマ娘と旧来からの現人類の居住空間を切り離すことのはず。そうすればSKクラス支配シフトシナリオを回避できる。F2世代が出てきて人間とウマ娘の境界が今以上にあいまいになる前に分離し、生殖相手を失ったウマ娘は穏やかに種として死に絶えると踏んでいる……もしそれすら無理なら、ウマ娘をSCPオブジェクトに登録しオブジェクトクラスをTiamatに指定することも視野に入っている状況よ』

『Tiamat?』

『確保・収容・保護をあきらめ、確認され次第、即時終了せよというクラスよ』

 

 いかれてやがる、と男が漏らす。

 

『私自身ウマ娘の存在を無条件で信じているわけではないわ。ウマ娘は警戒するにたる存在だという上層部の主張には一定の理解を示せる。だとしてもよ、ウマ娘が真に財団が収容するべき異常であるならば、それは財団の理念通り、確保・収容・保護するべきで、存在をなかったことになんてできないはずよ。そんな手段、財団としても間違っている』

『それで、止めてもらいたくてあの禁止リストをまとめて更新したのか。コピーペーストだらけで違和感だらけだったぞ』

『仕方ないでしょ、時間なかったんだから。私が記憶処理剤を撒いてないことや提示されたカバーストーリーを改変していることがばれる前になんとかしないといけなかったんだから』

 

 そう言う女を男は横目で見た。

 

『で、何をすればいい』

『彼女がサメ(SAMEs)に捕食される前に彼女の身柄を奪還してほしい。これが完全に白紙になる前に』

 

 そう言って男に渡された紙。二つ折りになったメッセージカードを開く。古典ブラックの万年筆インキの色が薄くなり始めている。

 

トレーナーへ
この文書で私が言いたい事を何もかも明確にしておきます。私は今のところ無事です。だけど、この先も何事もないとは限りません。お願いです、もしこれを読んで、私がもう居なくなるのだと確信しているなら、どうかそのままで居てください。私はあなたを、家族を、クラスメートたちをあんな目に会わせたくないのです。要するに、時間切れなのです。お願いです。どうか私を忘れないで。

愛を込めて

たすけて       ファインモーション

31st May 20__

 

『彼女を脅したのは財団。私が実行者として手配することになっていた。彼女にできるのは、どうなるのかを知って、それでも自らそれに従うことだった』

『彼女に話したのか!?』

 

 男が初めて声を荒げた。

 

『それを、彼女に選ばせたのか!? この学園での思い出を消し去る事を、彼女に選ばせたのか!?』

『そう。あの子も私もそうするしかなかった。学園が、あなたが救うと信じて、あの子は託した』

 

 男はソレを聞いて髪をかきむしる。

 

『クソッタレ』

『その誹りは甘んじて受け入れるわ。……実験対象である以上は、彼女が殺されることはないはずよ。完全に彼女の存在が消える前に、このワクチンを彼女に叩き込んで』

 

 そう言って女はボディコンの胸元から細長い筒状の物体を差し出した。黄色いプラスチック製のケースで、開くと針のようなものが見える。

 

『これは?』

『人間用のエピペンを改良して作ったウマ娘用の笹針。中空になっててワクチンと記憶補強材の混合液を仕込んである。服の上からも使って大丈夫よ。針が折れてひどいことになるようなことはない。……これがあと8時間早く間に合えば、こんなことをしなくてもよかったのだけれどね』

 

 赤い握りが付いた胴部分と、その先から伸びる細長い針を見て男は頷いた。それをポケットにしまう。

 

『……信じるぞ。彼女の居場所は?』

『伝えるけど、おそらくあなたはおそらく覚えていられない』

『記憶力はいい方なんだが……あぁそうか。奪われるのか。ファインの記憶ごと』

『そういうこと』

 

 女はそう言って胸元からもう一つ筒を取り出した。今度は青いケースだ。

 

『しかも記録ごと奪ってくるから、手にマジックで書いて覚えておくというわけにもいかない。それも書き換えられる。今回のサメ(SAMEs)は概念を喰らう。ファインモーションという概念を喰らう。だからあなたの認識を書き換える必要がある』

『どういうことだ?』

サメ(SAMEs)が喰らう必要のない記憶だと誤解させ続ける。記憶をずらし続ける。今からあなたが戦うのは財団の機動部隊ではない。ファインモーションを救うために戦うのではない』

 

 ケースを開けると入っていたのは、男に渡した同じデザインの針だった。

 

『認識が変わったところで事実は変わらない。……要はあなたも命がけになる訳だけど、承知の上ね?』

『何を今更』

 

 男は即答する。女はため息をついて男に顔を近づけ、その首筋に針を刺した。

 

『それで、そのサメを倒すには武器がいるだろう。さすがに素手だけだと分が悪い』

『トランクにチェーンソーが入ってるから持って行きなさい』

『なんでチェーンソーなんだ?』

『だって、サメにはチェーンソーでしょ?』

 

 その言い草にどこか不満げに鼻を鳴らした男が、助手席のドアに手をかけた。

 

『待って。武器はいいけどおそらく決定打にならない。わかってるわね?』

『そうなら最悪殴りつけるさ』

 

 今度こそ助手席のドアが開き、男が降りていく。

 

『あなたとは、もう少し別の出会い方をしたかったわ』

『まっぴらごめんだ』

 

 

 

 


 

 

 

 駐車場のLIVEカメラ映像から目を上げた秋川やよいはため息をついた。リアルタイムで情報の改竄が入り始めた。安心沢が言っていたとおり、サメについて記録した無防備な媒体は意味を成さなくなるらしい。もう読み返したところで意味を成さない画像にすり替わっているはずだ。映像のバックアップがクラウド上のデータベースであるためだろう。学園外のデータベースはすでに侵食が始まっている。

 

「厄介ッ! サメをなんとかしない限りはどうにもならないか」

「やっぱりファインモーションの失踪は奴らによるものですか」

 

 応接用のソファには4人ほどの男がスーツ姿で窮屈そうに腰掛けていた。問いかけてきたのは理事長用の席に一番近い席に腰掛けた浅黒い肌を持つ男だ。男達は全員どこか落ち着かない様子だった。

 

「慨嘆……こうなる可能性があると構えていなかったら見逃していた。そしてすでに何人かが我々の手をすり抜けている」

「情報提供者に感謝ですな。……どうします?」

 

 浅黒い肌の男は口の端に笑みを浮かべながら聞く。

 

「無論、学園はあくまで学園の利益のために動く。誰一人、取り落としてなるものか……これ以上、誰一人だ」

 

 秋川やよいはそう言って席を立つ。

 

「厳しい状況になるが、飛んでくれるか」

 

 浅黒い肌の男がそれにうなずき、向き合うように立った。踵が鳴る。

 

「そうせよとご命令ください。かくあれかしとご覧に入れましょう」

「やれやれ、勝手に出かけるとまたマヤちゃんにデートだと勘ぐられますよ、()()

 

 席に座ったままの一人に茶化され、浅黒い肌の男が鼻を鳴らした。

 

「とはいえ、我々の存在意義はこのような場合のためにある、違うか」

「まぁ、俺もオグリが同じ目にあうなら飛んでいきますがね」

 

 茶化した男は肩をすくめてそういった。それに笑ったのは小柄な男だ。

 

「お二人の場合は本当に飛んでいきそうで怖いな」

「マックイーンお嬢様のためならどこへでも潜れるだろう?」

「そんな事になる前に首輪をつけるに限る」

「落ち着きなさいなお三方。自衛隊仕込みは暑苦しくてかなわない」

「茶化すなマリーン。お前だってテイオーが巻き込まれたら同じ反応をするだろうが」

 

 そう言われた一人が答えずに笑ったタイミングで理事長室のドアがノックされた。反応を待つことなくドアが開く。

 

「理事長」

「たづな。アグネスタキオンの方はどうだ?」

「安心沢さんから提供してもらったワクチンの解析が完了しました。すぐの増産は厳しいものの、今回の要員分はなんとかなるそうです。タキオンさんのトレーナーさんもサポートに入っていますので、すぐに皆さんの分は用意できるかと」

 

 部屋に入ってきた駿川たづなの報告を受けて、秋川やよいは目を伏せた。

 

「……これが、私の傘下で動く『機動部隊アルファ-1 レッド・ライト・ハンド』としては最後の任務となるだろう。大義であった」

「出動の前からそんなことを言わんでください。我々はあなたと地獄への道行きを共にすると決めたが故にここに居るのです。我らの命はあなたのものだ。我らの命が教え子達の未来を照らすならば、それは照らすために我らがあったというだけのことだ。迷ってはいけないO5-13、ノーザンテースト。我々は地の塩であり、世の光として生きる事を決めている」

「マタイ記第5章? 1佐がクリスチャンだったとは知らなかったな」

 

 マリーンと呼ばれた男がそう口にするが、にらまれて黙った。秋川やよいはパチンと扇子を鳴らす。

 

「私は危機を確保し、脅威を収容し、人類を――――ウマ娘を含む人類を保護するべきだと信ずる」

 

 それに、浅黒い肌の男が頷いた。ずっと座っていた3人も立ち上がり、男の隣に並ぶ。その横に、駿川たづなも並ぶ。秋川やよいは顔を上げる。

 

「出動ッ! O5権限に基づき現時刻をもって機動部隊アルファ-1 レッド・ライト・ハンドに対し、反ミーム性を持つ未知のアノマリーに暴露されていると思われるファインモーションの保護および救出を下命するッ! あらゆる障害は、実力をもってこれを排除ッ! 核兵装を除いた非異常性武装の使用を許可する」

「はっ!」

「たづな! ファインSP隊にも同行を要請したあと、アグネスタキオンの補佐にまわれ!」

「承知しました!」

「征けッ! なんとしても死なせるなッ!」

 

 敬礼を残して男達が飛び出していき、一歩遅れてたづなも飛び出した。それを見送った秋川やよいは一人理事長室に残り、執務机から古ぼけた携帯電話を取りだした。一つだけ登録されている番号へ、コール。

 

「……賽は振った。我々は君たちの協力を期待し、我々も君たちの活動を正式に支援する。――――――頼んだ、アデベン・クリステンセン」

 

 長い夜が幕を開けた。




参考リンク

SCP-4773-2 -____とクマのぬいぐるみ

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世界が終わるその時も、きっと二人は恋をしていた。




■本編となんの関係もない告知ッ!■
6月より天宮雛葵先生との共著でウマ娘長編二次創作『生徒会長スペシャルウィークちゃん!』を連載することとなりました。私は設定考察や画像作成のほか、一部執筆等も担当しておりますので、投稿開始しましたらよろしくお願いいたします。

詳細はこちらからどうぞ。

天宮雛葵先生ユーザーページ
天宮雛葵先生Twitter

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