【本編完結】トレセン学園の禁止リスト   作:ドクタークレフ

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本当に大変長らくお待たせしました。プリティー要素が吹き飛んだ更新です。どうしてこうなった。


ターフシャーク ―Last Origin―

 足下から聞こえる駆動音。申し訳ばかりのベニヤ板を突き上げてくる振動も気にする余裕がなくなった頃、彼女はふと上を見上げた。やはりそこもベニヤ板の天井で灯りはない。換気用の隙間から漏れる光が時々オレンジに光っては消える。外は大分暗くなったか。

 

「―――花が枯れ果てるころBut if ye come キミが帰ってくるとしてand all the flowers are dying,

 

 口の中で消えるような音量で、そう口ずさむ。祖国アイルランドのメロディに歌を乗せた曲。彼女の好きな曲だった。

 

「―――私がもう死んでいてIf I am dead すでにいなくなっていても as dead I well may be,

 

 彼女が押し込められた40フィート海上コンテナはおそらく高速道路に乗っているのだろう。時々トンネルに入ったような騒音が聞こえる。灼熱地獄も大分マシになってきた。とはいえ、雑に投げ込まれていたペットボトルのミネラルウォーターもとっくになくなっている。

 

「―――きっとキミはやってきてYou'll come and find 私のお墓を見つけ出しthe place where I am lying,

 

 撮影用と偽って持ち出して着てきた勝負服。忘れられるとしても、トレーナーに最後に見てもらえるのはこの服装がよかった。草原の緑と、純潔の白、何色にも染まらない黒と、血を示す赤。こだわりを詰めてもらったこの勝負服で記憶に残りたかった。

 

「―――膝をついて別れの唄をAnd kneel and say 唄ってくれると信じてるan Ave there for me.

 

 メロディが好きだった。歌詞の意味が分からないころから聞いていた気がする。歌詞の意味を知ってなんとなく悲しかった思い出がある。なんでこんなにきれいなメロディに悲しい歌詞をつけたのだろうと思っていた。

 

 しかし、今になればわかる。覚えていてほしかったのだ。誰かに思いを引き継いでほしかったのだ。だからこそ、美しいメロディに歌を乗せた。そうすることで少しでも長く覚えていてもらおうとしたのだ。

 

「でも、キミは、もう私を覚えて居られないの」

 

 背中をコンテナの壁に預け、膝を抱える。コンテナの隅っこ、内張りのベニヤ板のささくれが頬を軽くひっかいた。その痛みがわずかに顔を持ち上げさせた。でもその顔もすぐに膝の上におちた。

 

「……欲しがりになっちゃったなぁ、私は」

 

 これが一番ダメージが少ない終わり方。それでいて、ウマ娘という存在に否と言う者達への最大限の嫌がらせができる終わり方。アイルランド大公国の第二王女を消すというのはそれだけインパクトが大きい、一人分消えた痕跡を、追ってくれる人がきっと出てくる。ほかのウマ娘が消える予定だったのを()()()()ファインモーションに切り替えたのは安心沢だ。おかげでこの段階で火種をまくことができた。いつか、ファインモーションの屍を超えて、真実を照らしてくれる人が出てくるだろう。

 

 それにすがることでしか世界に貢献できないのであれば、彼女はその運命を受け入れる。

 

 だとしても、それはファインモーションの犠牲が前提だ。

 

「……忘れられたく、ないよ。ねぇ、トレーナー」

 

 貴族としての宿命とレースを両立するようにと、走り回ってくれたトレーナー。ターフへと連れ出してくれたトレーナー。夢を追いかけていいんだと背中を押してくれたトレーナー。愚直なまでにまっすぐで誠実な彼に報いたいと走ってきた。

 

 それも今から無に還る。すでにファインモーションはソレに喰われた。もう少しで消えてなくなる。運転席のサメ頭たちから解放される頃には、ファインモーションの記憶を誰も保持できなくなるらしい。

 

 それをわかって乗り込んだ。自分が乗り込むことで、ほかのウマ娘が助かる可能性が少しでも上がるのならば、この命の使い方として上等だ。それが運命だったと受け入れるべきだ。

 

 だけど。それでも。やっぱり。

 

「……助けてよ」

 

 その時、乾いた音がした。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ルーキー、用意はいいわね?」

 

 男は運転席の女にそう聞かれつつ、拳銃のスライドに手を添えわずかに引いた。SIG SAUER製P230SLが高速道路のナトリウムランプに照らされて白く光る。.380ACP弾がチャンバーに装填されていることを確認し、右手で保持する。銃口を上に向けたハイレディポジション。

 

「OK。始めよう」

 

 男が助手席側の窓を全開にした、トンネル内特有の排ガスの匂いが鼻を衝く。その様子を見た運転席の女は、趣味の悪いサングラス越しに笑ってアクセルを踏み込む。強烈なエンジン音を響かせながらアルファロメオGTVが加速する。

 

「この後千代田トンネルで仕掛ける。出口に右カーブがあるから、移乗だけはそれまでになんとかしなさい」

「わかってる。さすがにそこまで長引かせはしないさ」

 

 車はトンネルをいったん抜ける、新宿、中央道と書かれた緑色の看板が後方に飛び抜けた。首都高速4号線との分岐、三宅坂ジャンクションに入った。目の前に青色のコンテナを積んだトラックが見えてきた。

 

「対象を目視した」

「確認」

 

 男の端的な回答に満足しつつ、運転席の女がさらにアクセルを踏み込み右車線へ。千代田トンネルに入ると高演色性の照明が出迎えた。わずかなカーブを抜けるとそこから先は首都高速でも珍しい数百メートルの直線区間だ。

 

「Let's Roll!」

 

 真っ赤なボディコンに身を包んだ女がハイビームに切り替え、アクセルをさらに開けた、右前輪をわざと縁石に擦り、車体を持ち上げた。左車線のトラックの運転席の真横につくころには、車体を斜めに傾げたまま、トラックの前に出る。

 

「……!」

 

 トラックの運転席ではサメが驚いたような表情をしていた。それはそうだろう。左車線から抜きにかかったクーペがいきなり片輪走行をし始めた上に、助手席の窓から身を乗り出した男と目があったのだから。慌ててアクセルを踏み込んだらしい運転手。しかしもう遅い。

 

 男が連続で2発発砲。一発目でトラックのフロントガラスが蜘蛛の巣状に白く曇り、間髪いれずに2発目がそれを散らした。助手席のサメが吹き飛ぶ。取り出していた小銃が地面に落ちて壊れて消えていく。助手席のドアを開けて無理に身体を乗り出して撃とうとしたためだ。右車線を走っているGTVに助手席から撃つのは分が悪すぎた。

 

「ビューティー!」

 

 男が叫ぶと片輪走行のままトラックに寄せる。男はGTVの屋根を蹴り、トラックのサイドミラーに足をかけ、そのまま運転席の天井に上がる。獲物を拳銃から背負ってきていた小型のチェーンソーに切り替える。片手でも使えそうなサイズのソレのエンジンを始動。そのタイミングでGTVは前方へ離脱する。蛇行運転を始めたトラックに巻き込まれることを防ぐためだ。

 

 チェーンソーの用意が整ったタイミングで、後方から業務用のバンが恐ろしい勢いで追いかけてきた。どうやら追っ手らしい。

 

「サメが器用なこって」

 

 そのバンから飛び上がってきたサメをチェーンソーで横薙ぎにする。相手は体長の半分ほどで両断され海水をまき散らしながら吹き飛んでいく。ぬるりと滑る鉄の箱であるコンテナの上で男は手首を返すようにして追っかけで這い上がってくるサメを袈裟に切り裂いた。それをコンテナの上から蹴り落とす。

 

 男の耳の脇を超音速の弾丸が突き抜ける。接近戦は分が悪いと悟ったのだろう。サメにしては頭が回る。

 

「チェスカー・ズブロヨフカのスコーピオンEVO3、か」

 

 9ミリの拳銃弾ではコンテナの鋼板は貫通しないとはいえ、連射されるのは気分が悪い。男はコンテナの天井を叩く。

 

「伏せてろ!!」

 

 男が叫ぶ。千代田トンネルを抜けた。急な右カーブをトラックは強烈なノイズを響かせながら強引に曲がっていく。男は右車線から飛んでくる弾丸を避けつつ運転台の助手席側屋根へ転がるように抜ける。チェーンソーを投げ捨て助手席のドアを蹴り、運転席に飛び込む。トラックは北の丸トンネルに突入。

 

「……!」

 

 運転席のサメに拳銃弾を叩き込み運転席から蹴り出した。いろいろな物でドロドロの運転席に乗り移り無理矢理に進路変更する、意図を察したのか前方を走っていたGTVが急減速し、脇をすり抜けて後方へ。バンの進路変更を許さずそのままトラックだけが竹橋ジャンクションを北へと抜けた。

 

 

『こっちは任せて』

 

 GTVの運転者の無線を聞きつつ首都高速5号池袋線へ。後続車両はなし。席の脇に差してある小銃を見る。襲撃してきたサメたちと同じ短機関銃、CZスコーピオンEVO3だ。使ったことはないが、ないよりはましだろう。おそらくさっき蹴り出したサメは換えのマガジンも身につけていただろうが、もうここにはない。

 

「……さて、ここからだ」

 

 高速を降りる。協力者の指定した位置へと男はトラックを走らせる。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 いきなりの荒い運転から数十分、車が停止しコンテナの扉が開く。

 

「……トレーナー、かな?」

 

 血まみれの男が顔を覗かせる。手には見たことのない短機関銃がある。チャコールグレーだった三つ揃いのスーツも今や血染めだ。

 

「お迎えに上がりましたよ、殿下」

 

 どこか茶化すように男はそう言って、静かに手を伸ばす。背景には投光機、おそらくは鉄道の貨物ターミナルのどこかだ。

 

「……トレーナー?」

「私のことを忘れられるのは結構心にくるところがあるんだが。あの()()は君の記憶を喰わないはずだよ。周りは君を忘れても、君は覚えていられると聞いている」

 

 男が肩をすくめる。ファインモーションはそれを静かに眺めていた。

 

「とりあえず、追っ手は片付けた、SP隊長も追ってくるそうだ。遅くなってすまなかった」

 

 彼女から預かって来たんだ、と告げながら赤い筒を取り出す。

 

「殿下、時間がない。とりあえずワクチンを打ってしまおう。君が忘れ去られる前に――――――」

「いいえ」

 

 ファインモーションの答えに男の目が見開かれる。

 

「あなたのその手には乗りません。あなたは、私のことを覚えている。それはうれしいことだけど、()()の事をご存じで、私が誰かを理解しているのならば、あなたは私の事を覚えていられる訳がない。あなたはサメ側の人間ですね。それに報道発表や記者会見しかご覧になってないのなら、知らないかもしれないけれど――――――」

 

 そう言ってうっすらと笑ってみせるファインモーション。狂ったように鼓動を打つ心臓を押さえ込みながらそれでも続ける。

 

「――――――二人っきりになるとね、トレーナーは私の事をファインって呼ぶの」

 

 男が虚を突かれたような顔をする。そしてそれがひどく歪んだ笑みを浮かべた。

 

「……せめてもの救済措置のつもりだったんだけどなぁ。せっかくなら誰かに看取られたいかと思ったんだが」

「そんな気遣いは不要です。そんなことのためにあんな銃撃戦をしてみせたのですか?」

「Dクラスのことかい? 元々死んでいるはずの死刑囚のなれの果てさ。気にしたところではじまらないし、その痕跡もサメが消してくれる」

 

 それは肩をすくめる。

 

「財団は冷酷だが残酷ではない。必要な死であれば受け入れるし、それが有益になるように最大限の努力をする。必要なら時間を確保する。それが有益であるならば、アノマリーである君たちにもだ」

「最低の詭弁に聞こえます」

「安心したまえ、その詭弁が世界を救うんだ」

 

 それはそう言って両手を広げた。

 

「正常な世界というものを、人類はこの30年間で捨ててしまった。このプロジェクトはそれを回復する礎となる。アノマリーは衆目の下から排除されるべきだよ。我々はテディベアに生きたまま解体されたり、標識に落石を操作される恐怖におびえるべきではない。同じように君たちSCP-2000-f1実体におびえるべきではないのだ」

「まるで、ウマ娘が諸悪の根源のような言い方ですね」

「事故で生まれただけの出来損ないがまるで人間のように振る舞うことは害悪に値すると思うがね。だからこそ、せめてもの別れの演出をしているわけで、かなりの譲歩のつもりなんだがね」

 

 独善的な物言いに、ファインモーションは露骨に嫌な顔をしてみせた。

 

「そんな独善が世界を救うと? 今の世界が間違っているとあなたが断罪するのですか」

「できるとも」

「なぜです?」

 

 それはトレーナーと同じ顔で、しかし全く異なるトーンで口にする。

 

「SCP-2000の起動スイッチを押したのはこの私だからだ。狂う前の世界の唯一の生き残りが私だからだ。財団と世界オカルト連合(G O C)と関わりがあった私をSCP-2000は管理権限保持者だと認めずに、依り代として私の身体を複製したようだがね。前世界から変わり果ててしまったこの世界を戻す義務があるのだよ」

「そのためにウマ娘全体を滅ぼすのですか」

「フムン、やはり混乱をきたさないか。安心沢研究員は口が軽いな。すでにSCP-2000についても君たちの出自についてもリーク済か」

 

 それは不快そうな口調だったが、顔には笑みが張り付いている。

 

「この狂気に満ちた世界で、財団には期待していない。不確実性の塊であり、怪異でしかないSCP-2000-f1-A実体を形式的にとはいえO5評議会に加入させた時点で唾棄すべき組織に堕ちた。世界は正常に管理されなければならないし、そのために、アノマリーは社会から排除されなければならない。それが終了処置によるものでもな」

「――Væ qui ædificat civitatem in sanguinibus, et præparat urbem in iniquitate」

「なんだと?」

 

 ファインモーションの口から滑り出た聖句にそれが眉を潜めた。初めて表情が変わった。

 

「まるでカルデア人ですねと言ったんです。わざわいなるかな、血をもって町を建て、悪をもって町を築く者よ……いつかその行いが身に返ると知りながら、暴虐を止められない。まるでバビロンを起したカルデア人のようです」

「フフン、ハバククの預言書だったかな。救いはあるからそれまで耐えろとか身勝手な予言を預かった預言者だ」

 

 それは表情を取り繕った。

 

「それに君たちの方がカルデア人的だ。人類の歴史にただ乗りし、その栄華の甘い汁だけを吸いながら、さも歴史の主人公のように生き急ぐ、歴史も地球も、君たちの物であったことなどない。その偽りの繁栄は許されざるものだ」

「まるで自らが神であるかのように話すのですね」

「神だなんて恐れ多いし、なりたいとも思わないがね。だが、裁きが神の特権だと思い上がっている奴らに鉄槌を下すのはさぞ楽しいだろうよ」

 

 それはそう言って肩をすくめる。

 

「お姫様は博識で助かるよ。君がアノマリーでなければ好意を持てたのだが」

「名前も知らないだれかに信頼を置くことができまして?」

「名前か、会えてうれしいよPleased to meet you 私の名前は知っているだろうhope you guessed my name

 

 それはトレーナーと同じ顔でクツクツと笑いながらそう節をつけて口にした。ファインモーションにとってはそれがなんの歌かはわからなかった。

 

「アルファであり、オメガであるもの。偉大なるI am。ウクレレマン。何を名乗るべきかは悩みどころではあるが……」

 

 そのタイミングでハイビームがそれとファインモーションを照らした。バイクが高速で突っ込んでくる。

 

「――――――伏せろ!」

 

 反射的にファインモーションが伏せた。ネイキッドバイクがそれに飛びかかる。ソレはひらりと躱すが、その袖の先をチェーンソーの刃が切り裂いた。ファインの目の前でバイクが止まる。

 

「トレーナー!」

「何が何だかわからんが、ドッペルゲンガーが見ず知らずとはいえ女の子をいじめてるのを見るのは生きた心地がしないな。何者だ」

 

 わずかに滲んだ血を見ながら、ソレは笑う。

 

「殿下の口調は君譲りか。なるほど、面白くなってきた。ちょうど彼女にも名乗る最中だったんだ」

 

 それは、彼女とトレーナーを見ながら、笑う。

 

 

 

「今は財団と君たちの足掻きに敬意を表してこう名乗ろう。――――クレフ博士、ドクタークレフと呼んでくれ」

 

 

 




参考リンク

SCP-1048 - ビルダーベア
SCP-910-JP - シンボル

Next Document>>> ターフシャーク - New Generation -
それが運命だと言うのなら。




次回は文字通りのアクション回なので気合い入れていきますが、平行して別の作者さんとの共同連載を開始しており、そちらの原稿も切羽詰まっております。こちらの更新がひと月空くことは多分ありませんが(ないように全力を尽くしますが)、気長にお待ち頂けると幸いです。

■告知■
天宮雛葵先生が連載中の「生徒会長スペシャルウィークちゃん!」にて共著として世界観考察や一部本編執筆等で参加しています。かなり強いスペちゃんが頑張る話です。ぜひそちらもよろしくお願いします。

閲覧は⇒生徒会長スペシャルウィークちゃん!
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