【本編完結】トレセン学園の禁止リスト 作:ドクタークレフ
さて、後始末です。
「ねぇ」
「どうした」
ベッドに横になったファインモーションに声を掛けられ、トレーナーは端的に答えた。明かりがすでに落ちたトレセン学園の保健室は静まり返っている。
「あの……」
「ごめんなさいはナシだぞ、ファイン」
「う……」
「巻き込めないと思っていたことを否定するつもりもないし、大切に思ってくれたことは素直にうれしい。だからこそ、巻き込まれた方がよかったと思うよ。いつの間にかファインが消えていたかと思うと背筋が凍る」
トレーナーはそう言ってファインモーションの手を取る。彼女のひんやりとした細い指先を温めるように両手で包んだ。
「だからこれでよかったと思っている。ファインは強いからこそ、ほかの人を頼ることを覚えなさい。自己犠牲は最悪の選択だ。君が背負う責務を肩代わりすることはできないけれど、それでも一緒に背負うことはできる。だから、ここに私がいる。それがうぬぼれだとしても、それでいつか潰されるとしても、私は私の選択として、君といることを選びたい」
「……トレーナー」
「大丈夫、ファインなら大丈夫。……ひと眠りして起きたら朝だ。ちゃんとその時に私もここにいる」
「約束……だからね」
「あぁ、約束だ。それに、前食べに行きたいって言ってた煮干し系のラーメンの店にも行ってないしな。これ以上未履行の約束事を増やすのは御免だからね」
もうっ、と膨れたような表情を作ったファインモーションだが、すぐに笑みを作った。
「さぁ、今日はおやすみ。起きたらきっと、また素敵な日々が待ってる」
「おやすみなさい、トレーナー」
「おやすみ、ファイン」
そのまま、ファインの呼吸が規則正しく、深くなるまで手を握り続けたトレーナー。彼女が確かに眠りに落ちたことを確認してから、そっと廊下に抜け出る。SP隊の敬礼に答礼で返すと、廊下の奥に一つの影を見つける。
「理事長」
「僥倖! 無事で何よりっ!」
「無事なわけないじゃないですか。腕が痛くてかなわない」
そう言ってひらひらと手を振って見せるトレーナー。袖口からネット包帯がのぞいているのを見て、その影、秋川やよいは笑った。
「ここで君もファインモーションも失わなかった! これを僥倖と言わずになんというッ!」
「ファインがすでに寝ています。お静かに」
トレーナーがそうたしなめると、やよいはハッとした表情を浮かべた。
「うむ。そうだな……少し話がある、河岸を変えたいが、よいか」
「長時間でなければ。ファインが目覚めたときにそばにいてあげたいので」
やよいはそれに頷いて、トレーナーを先導するように歩き出す。向かった先は理事長室だった。
「よっ、子爵殿」
先に理事長室に詰めていたのは秘書の駿川たづなのほかに、普段はマヤノトップガンの指導を担当している筋骨隆々の大男が一人。普段は着ていないスーツ姿で応接ソファに我が物顔で腰かけるその男を見て、トレーナーは静かに頭を下げた。
「先ほどはありがとうございました」
「なに、作戦のうちだ。子爵殿が突っ込んでくれたおかげでいろいろあぶり出しができた。
「立ったまま話しても落ち着かないでしょうし、どうぞおかけください」
たづなに勧められるままにトレーナーは男の正面に座る。やよいも男のとなりに腰かけた。
「……で、私はいつから汚染されていたんです?」
「SAMEsに喰われたのは騒動の前日、すなわち一昨日のどこかのタイミングだと推定される。安心沢博士からのタレコミの直前だ。発症を確認してからでなければ状況を確認できなかった。……その言い方をするということは、予想がついてるな?」
男にそう問われ、苦々しい顔をするトレーナー。
「……ファインは、私の似姿に送り出された」
「肯定。君はファインモーションに関する記憶を、リアルタイムで奪われ続けた。その動きで初めて、学園としてもSAMEsの動きを検知した。安心沢の情報もあって、なんとか君とファインモーションを捕まえ直すことができた」
やよいは目を伏せがちにそういった。
「クレフと名乗った男は、君から奪った記憶をもとに、SAMEsを使って自らの印象を君のイメージに置き換え続け、敷地内に侵入、ファインモーションを学園から拉致、再収容しようとした。実際我々もファインモーションが消えるまで気づけなかった。……だが、もう同じ轍は踏まん」
やよいはまっすぐにトレーナーを見つめる。
「対策は既に打っている。目には目を、ミームにはミームで対抗する」
「具体的には?」
「直近では低強度の対抗ミームを混入させた映像を既に作成した。学園内のビデオアーカイブはもちろん、外部への対抗措置として、学園のプロモーションビデオ等にも混入させてある。より広域の媒体に乗せられるよう各所と調整中だ」
「……財団同士で内乱ですか。いろいろと尾を引きますよ」
「笑止ッ! すでに財団は我々の分水嶺を踏み越えた!」
その言い草に眉をひそめたトレーナーの前に一つのタブレットが差し出される。
「我々は財団に対してすでに反旗を翻した」
「!!」
「無論、各国のトレセン学園やウマ娘関連施設も一緒だ。サイト81__もサイト81__もだ」
やよいの補足を聞いて、静かに口を開くトレーナー。
「……それを、私が告げ口するとは考えなかったんですか?」
「ファインモーションを置いてか? ありえんよ」
男は鼻で笑う。
「ウマ娘だって元をたどれば新人類として非異常な情報の組み合わせで生み出された生き物だ。SCP-2000の産物という意味では我々と何一つ変わらない。それを意味もなく排斥する必要はなく、そもそも異常と正常の境界は限りなくあいまいだ。正常であっても脅威であることも多く、異常であっても有益であることもある。……ファインモーションは正常の外側というだけで排斥されかけた……そんな世界、間違っているだろう」
男の声はそこで貯めるような間を空けた。
「財団は、変わってしまった境界を認めず、滅んでしまった正常性を堅持することを選んだ。そうして動脈硬化を起こした財団はこの学園の子たちを収容するのではなく、排斥することを選んだ。すでに財団は、財団の理念を放棄した。……ゆえに、我々は正しく確保し、保護し、収容し続けるために、正常性という怪物を確保し、脅威を収容し、今この世に生きる者たちを保護する」
その先をやよいが継いだ。
「無論、正当性を語るつもりもない。これは財団と我々が互いの正義を掲げて潰しあうだけの、醜い闘争に過ぎない。それでも、我々が生きていくにはこれしかないと信じる」
「……正直、これ以上ファインに重荷を増やしたくないんですがね。それに」
男の方を見て笑う。
「元統合幕僚監部運用第1課特殊作戦室室長、鷲峰1佐殿ほど、上手く立ち回れる気がしませんよ」
「フン、懐かしい肩書を出してくるな、警視庁公安部公安3課の元課長、宮迫元警視。俺の財団とのコネクションを外部から独力で嗅ぎつけて乗り込んできた時の向こう見ずは今なお健在だな。よろしい、今日から俺の部下になれ」
「お手柔らかにお願いします」
話は終わりということなのか、男が立ち上がる。
「では理事長」
「うむ。しばらくは二人の主に仕えるような苦しい状況になるが」
「あくまで引き金は向こうが引くまで待ちますよ。子爵殿はさっさと殿下の警衛に戻れ」
「了解」
そう言われ立ち上がるトレーナー。秋川やよいも頷いた。
「動きがあれば逐次伝える。……殿下を、ウマ娘の未来を、頼む」
「言われずとも」
扉が開くがトレーナーは足を止めた。
「理事長」
「む?」
「あまりにワクチンの提供が早すぎました。……財団の他に支援する存在がいたのでは?」
「慧眼」
そうだけ返して、扇子で口元を隠すやよい。その詳細について話す気は無いというジェスチャーだ。くるりと背を向けたやよいは続ける。
「願わくば、この異常とされた世界であっても夢を語ることが許される世界とならんことを」
パシュン。
気密が破られる音がして、男が視線を上げる。冷え切った床の温度に飽き飽きしていたのもあり、すぐに視界は像を結んだ。
「……無様ね」
「安心沢……」
男の前に赤いボンテージを着た女が現れる。
「そちらについたのか」
「私はどちらにつくと決めた訳ではないわ。だけれども、そうね、財団には戻らないことに決めた」
金髪が揺れる。彼女の背後の扉が閉まり、再びコンプレッサーの音が響く。この部屋は外圧よりわずかに低く、空気が外に漏れないように出来ているようだ。
「で、あの男に
「……筋書きを書いたのは貴様だったか」
男は地面を転がるようにして姿勢を整え、地べたに腰掛けるような姿勢に移る。後ろ手に拘束された姿勢のため、動くのは窮屈そうだ。
「筋書きなんて上質なものではないわ。ただ、SAMEsの一角を担う記憶処理剤はENUI-5をベースに開発した薬剤であることはわかっていたし、その影響が限定的であることもわかっていた。人一人消すために何度もENUI-5を大量散布するのもコスト的に釣り合わないし、最終的にウマ娘全体の記憶を書き換えるまでは全ての領域で存在を消しきることはできない。彼女たちがいた記憶も、彼女たちの経済活動も、消しきる事ができない」
女はそう言って何もない部屋の床に座った男を見下ろす。
「SAMEsは反ミーム性を持たせた特徴的な符号を持つ存在の記憶を限りなく希釈し、その情報を置き換え続けることで認識させないようにする。だから
とはいえ、スクラントン現実錨が止まった途端に現実が再認識されたわけだけど。と女は続ける。
「……SAMEsに逆侵入した、か」
「まぁ、そんなところね。そもそも、あなたがあの程度で死ぬとも思えないしね」
「だからこんなヌルい収容を?」
「安心してちょうだい。そもそもあなたを押さえる理由も、ましてや殺す理由なんてないのよ。私のわがままで
その言い草に明らかに眉をしかめた男を見て勝ち誇ったような笑みを浮かべる女。
「あなたは異常性をもつオブジェクトの終了に長けているし、脅威であるけれども、あなたという不確実性には利用価値があるということよ」
「……なるほど、財団の目を掻い潜って要注意団体までもが再建されたか」
「あなたの古巣もね」
「なんの話かわからんな」
女はそれに、にやりと笑っっただけだった。
「残念ながらチェックメイトよ、クレフ博士」
女はそう言って足下に新聞のスクラップ記事を落とした。
「2時間と24分前、アイルランド公室と英国諸島連合王室が連名でファインモーションのトレーナーに子爵の位を与えることを正式に発表したわ。
それはすなわち、世界規模でファインモーションの活躍が周知されたこと、そしてその記憶が依然有効であることを意味する。
すなわち、ファインモーションは消えなかった。
「ついでに、消えてた何人かもこちらで見つけたわ。アストンマーチャン、だったかしら」
「……盗人が」
「最低限の食料と水だけ与えて密室に放置することを
女はそう返す。男は感情を隠すようにほくそ笑んだ。
「そうして君もまたSKクラスシナリオに飲み込まれていくのだな。安心沢、君はもう少し利口な女だと思っていたのだが」
「SKクラス《支配シフト》シナリオは古い正常性が新しい正常性に取って代わることでしか起こりえない。しかし、全てをなかったことにはならないのよ、博士」
「……」
「いつか、あなたも諦めざるを得ない時が来るわ。私たちの時間は、過去は、過ちは、もう元には戻らないんだから」
「ふ……」
男は――――――クレフ博士は笑った。
「
ふわりとシナモンの香りが女の鼻をくすぐって抜けていく。
「正常性とはシステムだ。正常性とは免疫だ。いつか正常となるまで、それは活動を続ける」
カン、と固い何かが地面に当たる音がした。博士の背後で金属質な何かを地面にぶつけたような音、そしてそれが投げられる。彼の手元には細い針金のようなものが残り、レバーと丸い何かが宙を舞う。――――――女はそれが何であるかを確かめたと同時に飛び退いた。
「恩讐の彼方で、また遊ぼうじゃないか。異常な諸君」
その声を合図にしたかのように、
廊下をなんとか滑って軽傷で済んだ女がはじけ飛んだ先を見ると、大穴が開いていた。それを覗き込んで、女は呟いた。
「……えぇ、またいつか。師匠」
大量の血糊も、スプリンクラーが洗い流して消していく。女の声はどこにも響かなかった。
わかりにくい会話が続きましたが、これである程度まとまったかな……。
今後の展開ですが、2話ほどドキュメントを挟んだら、いったん本編完結としたいと思います。
ただ、リストの追加は気が向いたときにちらほらと進めていく予定です。更新が滞っていた間にもウマ娘ちゃんがたくさん実装されましたし、その子たちも拾っていきたいですしね。
なので、今しばらくお付き合いくださいませ。
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我らの死体を燃やせ。