俺たちは1週間の滞在を終え、秋田駅に向かっていた。
風那をこっちで引き取ることになった他は特に何事もなかった。
秋田駅まで来たのは我が妹、なぎだ。
「今度はそっちの家に行くからね」
「あぁ。検見川だっけ?家」
「うん。お兄ちゃんの家、絶対行くから」
なぎは改札前にある待合室でそう言った。
帰りの新幹線は節約だ。盛岡まで特定特急券でこまちに乗り、盛岡から新幹線自由席で大宮まで。やまびこに乗る。
「柊くん、16:12発だよ」
「あぁ。じゃあ、なぎ。バイバイ」
俺が手を振ると、なぎはこっちに寄ってきた。そのままハグして、10秒ほどしてから笑顔で離れた。
「バイバイ、お兄ちゃん」
俺はそれに手を振って返した。なぎは俺が改札に入って、階段を下って見えなくなるまで手を振ってくれた。
16:12発こまち38号東京行きは、盛岡まで約1時間半かかる。在来線普通列車だと3時間以上かかるため、かなり早く移動できる。
「柊くん、隣いい?」
風那が言った。
「あぁ。もちろん──」
一歌が頬を膨らませて見つめてくる。うっ、その視線、勝てない……
「ごめん、一歌が」
「ありゃ。ごめんね、一歌ちゃん」
「別にいいですけど……」
不貞腐れたか?ヤキモチかな。
大曲16:45、田沢湖17:11に到着し、雫石を17:32に定刻通り出発した。
「2人とも、降りるよ」
「うん」
「はーい」
風那も明るい性格に戻った。なんかいつもの感じで安心する。
「あ、ちょっとはあったかくなった?」
「そうだな。ほら、そこに停まってるやつ乗るぞ」
3人で一緒に向かい側の電車に乗った。
この電車はやまびこ68号東京行き。自由席を連結していて、1~4号車が自由席。
やまびこ68号は、仙台まで各駅に停車し、仙台からは、福島、郡山、宇都宮、大宮、上野、東京に停車する。
途中、一ノ関、郡山、宇都宮では後続の通過待ちを行う。遅いが、ただ安い。
「あっ、3人席……」
一歌が言った。そうだ。E5系には3人席がある。じゃあ、何となく俺がどこに座るかは分かっているが。
「柊くん、真ん中いって!」
やっぱりそうだよな。そんなことだろうと思った。
「じゃあ、柊くん。失礼します」
風那は俺の肩に頭を乗せ、眠そうにした。まだ18時前だが。
「柊くん、これなんだけど」
一歌はスマホの画像を見せてきた。スケジュール表で、来週はあまり埋まっていないが、再来週は埋まっている。
「私たちもライブやりたくて」
「あぁ。もちろんいいんじゃないか」
STARNIGHTの独自ライブっていつだったか。来月上旬だとは思うが。
「STARNIGHTの単独ライブおいで。来月上旬だった気がするから」
「うん、ありがとう」
一歌は次に楽譜をテーブルの上に出し、運指を俺に聞きながら弾きやすいように書いていった。
やまびこだから当然時間がかかる。
仙台までもかなりかかったが、ここからは通過運転が始まる。
風那は最初は俺の肩に頭を乗せてたのに、今は普通に座席についているヘッドレストに頭を乗っけて寝ている。
「一歌、眠くないか?」
「寝たら風那さんに盗られちゃうから」
これでも、普段はクールでかっこいいの、すごいな。
「あ、志歩だ」
「志歩?」
一歌はスマホを俺にも見せてくれた。
志歩〈一歌、ちょっといい?〉19:15
一歌〈うん。どうかした?〉19:15
志歩〈今度、柊くん借りていい?〉19:16
俺はそこまでのやりとりで言った。
「俺借りられんの?」
「ふふっ、かもね」
一歌はそう言って返信した。
一歌〈いいよ。どうしたの?〉19:17
志歩〈ちょっと行きたいところがあるだけ〉19:18
一歌〈そっか〉19:19
志歩〈一歌たちって、もう東京ついた?〉19:23
一歌〈ううん。今仙台あたりだよ〉19:24
志歩〈じゃあ、渋谷ついたら連絡ちょうだい〉19:25
一歌〈オッケー〉19:26
一歌と志歩のやりとりが終わると、電車は少しして福島に到着した。
郡山19:49、宇都宮20:23に発車し、大宮には20:47に時間通り到着した。
「ふわぁ……眠いよぉ」
「寝起きだからな。さぁ、表参道目指すぞ」
俺は大宮から湘南新宿ラインで渋谷を目指す。ホントは地下鉄に乗った方が早いんだが、切符がJRの渋谷なため湘南新宿ラインで行く。
「柊くん、明日って練習あったっけ」
「練習は君らで自由にやっていいさ。特に事務所を使う予定はない」
一歌は俺に言った。練習は各バンドでやるようになってるし、俺たち全員で練習をする必要がない。
「じゃあ、明日志歩に呼ばれるかもね?」
「マジでどこに連れてかれるんだ」
志歩、なんで俺を。魁でいいじゃないか。
21:09発逗子行きで渋谷まで1本。赤羽21:24、池袋21:38、新宿21:45と発車していき、渋谷には21:49に到着した。
風那は、今日のところは近くのホテルで泊まり、明日以降は俺の家で泊まるらしい。家が見つかるまでだが。
「じゃあ、風那。また明日な」
「うん。バイバイ」
風那は近くのホテルを探しに歩いていった。
一歌と俺は一度事務所に戻り、そのあとすぐに家に帰る。
事務所は表参道近くの12階建てのビルの内10階を使っている。
「事務所は流石にこの時間だと誰もいないな」
「そうだよね。明日になったらいるかな」
「STARNIGHTくらいいるだろ」
俺は鍵を閉め、外に出ていった。
「このビルって他の会社も使ってるの?」
「そうだな。色んな会社が使ってる」
俺の会社も11階から上を使ってるし。まぁ滅多に俺は行かないけど。
「じゃあ、もうみんな帰ったんだ」
「もう10時近いからな」
一歌と俺は渋谷駅に戻った。一歌は今日だけ俺の家で泊まり、明日の朝帰ることになっている。
家に着くと、一歌は長い髪を持ち上げ、椅子に座った。髪が椅子の背もたれを覆い、背もたれが見えなくなっている。
「一歌、なんかいるか?」
「えっと……お茶でいいよ」
俺はコップにお茶を盛って一歌に持っていった。
「ありがとう」
「あぁ。って、志歩からだ」
俺は電話がかかっているのに気付き、電話に出た。志歩が一体何の用だ。あ、いや、俺を借りるっていうあれか。
「志歩?どうかしたか」
《明日、渋谷駅に朝9時》
急に言われて、俺は志歩に聞き返した。
「いや、なんで急に」
《いいから。よろしく》
志歩はそれだけ言って電話を切った。
「俺、なんかされるんかな」
「志歩のことだから、ベースのこととかじゃない?」
「それもあるな」
俺は一歌の反対側に座った。
「ベースのこととかだったら結構時間かかるかもね」
「それだったらいいんだけどな」
どっか、いわゆる「デート」みたいな感じじゃなかったらいい。
「きっと大丈夫だよ」
一歌は顎を手の甲に乗せて、俺を見つめた。だったらいいけどな。