※今更だけどナクスの言う呪いや死ぬことについての世界観は作者の創作なので調べても何も出てこないハズだっちゃ。出て来たとしても全然関係ないのでこっちのお話の内容を真に受けないでね。
----悠仁視点----
腹周りが少し締め付けられてる。
袖が嵩張ってて、動きにくくて……これ、着物か。
気力も体力も尽きてるみたいな感じがして、強烈に体が重い。目も開けていられない。違う、開けても何も見えない。真っ暗な地面の上に直に倒れてるらしい。少し湿った石の感触……、冷たい筈なのによく分からない、頭が痛いし、さっきから息も碌に吸えてない。胸が締め付けられる。喉が乾いて舌の奥が貼り付く。音も聞こえないし、周りに誰もいないのかもしれない。
これ、まさかナクスが死ぬときの。
あ、と思う間もなく緩いぬかるみに沈むように五感と身体の噛み合いがなくなって、どこかに落ちていく。このままだと死ぬ、いや、たぶんもう死んでるけど、自分がなくなる、と思った。
上下の感覚が曖昧になって、無機質な壁に押しつけられて、骨が軋んで、それでもまだ引き付けられるみたいにひたすら重たくて、内臓が潰れそうだ。重たい、やばい、自分の意識が、『自分』の最後の砦が、崩壊しちまう、でも、押してくる何かに形はない。拒めねぇ。壁の方は、切れ込みみたいな細い隙間しかなくて、やばい、やばい、これ、もしかして、扉だったりしてくんねぇか、開け方、開け方が分かんねえ、早く、早く……! なくなる! 自分がなくなる!! こんな、何もないところで、一人でひき肉になって、終わりなんて、嫌だ! 寒い!!
冷たさは感じてないのに、異様に寒い。
魂が急速に冷えてくような感覚が余計に寒さを煽る。
追い詰められすぎて物事がうまく考えられなくなっていく。
『 悠仁くん 』
味わったこともない嫌な焦りに完全に飲まれそうになった瞬間、扉の向こう側から声が聞こえた。
『 正直 かつてどうやって開けたのかを覚えていない まだ かなり 頑張ってもらうことに 』
『……お゙、ま゙ぇ゙……!!』
声の質は聞き覚えがない、いや、朱紅赤に似てる気もするが、発言がどう聞いてもナクスだ。
救世主かと思ったけどよく考えたらこの状況自体オマエのせいだよ。
それから、永遠にも感じられる、たぶん数十秒の間を耐えていると、ずっと押しつけられてたそれが突然両開きに開いて、明るい方へ崩れ落ちる。
『ぅオ゙!? げほっ……! は、……!』
ナクスの生得領域だ。
『し、しぬ゙かと……!!』
『悠仁くん』
『ナ、なく、ナクス、さむい……!』
死んでない、制服を着ている。
ただ、猛烈に寒い。思わずナクスの手を取っても冷たくない。これは逆に言って、俺が冷えすぎてるってことだ。
死にそうなことに変わりはねぇ。そう思ってると、掴んでたナクスの手が解かれて、なんでか頭から足まで撫でまわされる。よく分からんままナクスにもみくちゃにされた。
『うん、ざっと見て分かるような明らかな骨折や出血はないか。すまんな、良く耐えた。偉い。今から少しずつ私の体温を上げる』
そう言った後、改めてナクスの方から手を向けてくれる。
や、優し……! これ俺騙されてるかなぁ!? コイツマジで他人をいたわることに躊躇なくて信頼パラメータカンスト待ったなしなんだけど!! まぁ過失もヤバいんだけど!!
『し、死ぬ……! 重くて、体がミシミシいった……!』
『悪かった、生きているお前がアレを味わうのは理不尽でしかないよな』
『……ん゛ぐぅ゛〜〜……』
やっぱアレ、ナクスの死ぬときのやつだったんか。
とは思いつつ、まだ頭の中の警戒アラートが鳴りまくってて上手く言葉にまとめらんなかったから、取り合えず自分と同じサイズのカイロを抱え込む。
…………死ぬのって、あんなに怖いのか。
----ナクス視点----
悠仁くんは生得領域でぶっ倒れていると言ったな。
アレは嘘だ。
本当のところはどっか行った。
なので今、悠仁くんを必死こいて探している。
主人公消滅とかいうウルトラスーパーヤバ案件。早いとこ確保せねば 茈→チュンッ→ナクス消滅 となって全てが終わりかねん。……おかしい、前もこんな風に死ぬほど追い詰められた気がする。何故だ。
いや勿論『私』の指を取り込んだのが原因だと分かり切っているし、そのおかげで多少の目処もついている。しかし、目処をつけた取っ掛かりが見つからない。
『流れが緩やか過ぎて分からん……』
生得領域、ナクス仕様。
先程からその片端を彷徨い続け、白い着物はすっかり赤くなってしまった。今の段階では私の意志で死者を動かすのは結構な重労働になりそうなので、不透明で粘度の高い死者に腕を突っ込んでひたすらに床を撫でている。私の記憶と解釈が間違っていなければ、流れ的に『死』がこの辺りにあると思うのだが……。
『悠仁くん!』
名前を呼んでみても返事がない。
頭を抱えようとした両手が血みどろなのを思い出し再び両腕を死者に突っ込む。オイマジでヤッベェよ。お願い、死なないで悠仁くん。あなたが死んだらこの世界はどうなっちゃうの? ここを耐えれば映画鑑賞修行パートに入れるんだから!
『……床にあるのではない?』
呪術廻戦で詰まった時の定石、『解釈を広げろ』をやってみるか。
顔を上げて景色を見渡しても扉のようなものは一切ないが、これだけご本家様仕様が風化しているのだから、領域自体にひび割れが生じている可能性は大いにある。
生得領域も無限に広がっているわけではない。
呪印と死者で赤黒く染まった手を前にかざし、無下限の様に何もぶつかっていないのに不自然に前へ進めなくなる場所、いわゆる世界の端、見えない壁を探る。そこまで行ってから、もう一度足元の死者に腕を突っ込み、見えない壁伝いに空間の隙間がないかを探った。
『……きた』
他よりも腕を突きだせる箇所がある。その上の空間にひよっこ呪霊ボンバーをぶちかましてみれば、上手いこと何もない筈の位置にひび割れが走った。そこから見えない壁を強引に引き剥がすと、領域が新たに拡張される。
開けた空間に鎮座するのは、黒くて、滑らかで、外周と中央の隙間から赤黒いものが染み出している、軽く見上げる程度の大きさの、両開きの扉の形をしたもの。
『……できれば対面したくなかったが、可愛い悠仁くんのためならば仕方あるまい』
流石に震えそうになるが、一度は捻じ伏せたのだからかっこつけて平然を装う。
『悠仁くん、聞こえるか!』
耳をつけて大声で呼びかけてみると微かに気配が返ってきた。
何か言っているかまでは聞き取れないが、とりあえず、まだ死んでいないらしいことが確認できたので及第点だ。
『正直! かつてどうやって開けたのかを覚えていないので悠仁くんにはまだかなり頑張ってもらうことになるが、頑張ってくれ!!』
『……、……!!』
『良く聞こえんがそれだけ元気があればなんとか耐え得るだろう!!』
勢いからして、魂が完全に潰れるまで幾らか猶予がありそうだ。
『今、必要なことを思い出す』
昔取った杵柄。取っていたであろう杵柄。
私は『降ろす』のと『降りる』のが得意だったと思う。
相変わらずエピソード記憶、いわゆる思い出の方はさっぱりだが、『死者に同調してなんとかする』為の知識記憶は取り戻した。
倒れない程度に脱力し、意図的に理性のタガを緩めてぼんやりする。
知覚しながら共感しない塩梅で、窓の外を雨が伝って流れていくのを眺めるように、死者の中へ意識を『降ろして』いく。
呪いを行うには、お目通りするためにたくさん手順を踏んで手間そのものを料金としたり直接的に捧げものをしたりして『降りてきてもらう』か、もしくは『自分ごとそれになる』ことで『自分自身が向こう側へ降りる』等の方法がある。特に、今の私は死者なので、既に『それ』であるようなものだ。降りるのに大してチューニングは必要ない。
次に、この目の前の『これ』。
これに自分が『降りる』必要がある。
冷たくて、無感動で、固く閉ざしたこれ。文字通りに次元が違う。
しかし関係ねぇ、一度やれたのだからもう一度やれるはずだ。
自らを解体して相手の環境に合わせて再編する。
人を呪わば穴二つ。
しかし呪わないのなら髢「菫ゅ�縺ェ縺�%縺ィ
ごく単純な髢矩哩のみが行えれば良い。
……繧医@、蛻�°縺」縺ヲ縺阪◆。
正面を指差して、命ずる。
『縲繧、繝輔ち繝輔Ζ繝シ繧キ繝�繧キ繝�』
潮が引くように扉周りの水位が下がり、黒い地面が露になった。
滑らかで無機質で、蝶番も見えない黒い門扉は却って人工物らしさが感じられない。
シン、と静まり返った後、『死』は何の予備動作もなく、手抜きのアニメーションの様に閉じた状態から開いた状態へと一瞬で切り代わり、押し付けられる先を失った主人公くんが赤いものと一緒に勢いよく転がり出てきた。
『ぅオ゙!? げほっ……! は、……! し、しぬ゙かと……!!』
蕩けた頭を切り替えながら悠仁くんの脇に手を差し込んで上体を起こし、咳き込むその背中をさする。
これはもう渋谷編勝ったな。風呂入って来る。
アタイは本物の地獄の門すら開けた女(今はもう女ではない)、帳だろうが獄門彊だろうが三秒で開けてやるんだから。
『悠仁くん』
『ナ、なく、ナクス、さむい……!』
悠仁くんは暖を求めてか私の手を取るが、あまり温度差がない。
つまり悠仁くんの体温が死者レベルに馬鹿低いのだ。いっそ意識があることを褒めても良い。
『うん、ざっと見て分かるような明らかな骨折や出血はないか。すまんな、良く耐えた。偉い。今から少しずつ私の体温を上げる』
指も全てあるし、頭も腹も背中も足も腕も触ってみて変な風にへこんだりしていない。よし。
『し、死ぬ……! 重くて、体がミシミシいった……!』
『悪かった、生きているお前がアレを味わうのは理不尽でしかないよな』
『……ん゛ぐぅ゛〜〜……』
慰めて屈んでいた体勢から、悠仁くんに縋るようにぎゅうと抱え込まれ、膝上に座る形になった。
ガチムキの男の体で十五年程度過ごしたとはいえ胸に顔を埋められるのには少し抵抗があるが、悠仁くんのメンタルを慮って優しく抱きしめ返す。
『四十度程度がどのくらいか自分では分からないので、熱くなったら自己申告してくれ』
『わかった……』
私の着物は真っ赤に染まっているが、幸い、悠仁くんは死者に濡れることはない。ひとまずお座敷への移動は諦めることにする。
悠仁くんも黙り込んでしまったことだし、温めている間に軽く自分のことを整理したい。
私はかなり日常的にこういうことをしていたらしい。
だからこそこの世界の『呪術』が何とも納得いかない。毛色が違い過ぎるのだ。
この世界の呪術は超能力、HUNTER×HUNTERの念みたいな先天性の才能で、私の呪術はきっと技術、NARUTOの仙術みたいな後天的に習得できるもの。私の呪術は自分が何者か分からなくなる可能性を多分に含んでいるし、実際、既に何者か分からなくなっている。
しかし日常が送れぬレベルで困ってはいない。
所持品をなくしたみたいな寂しさや喪失感はあるが、別に具体的に困ってはいないのだ。
どうにも、自分のプロフィールはまっさらなのにオタク知識だけは手放さず抱えている現状が私という存在を物語っている気がする。地位や肩書や家族や友人、本棚や預金通帳はこれから作っていけるのだから、ひとまず自分としての意識が保てているなら上出来だ。
……とか思って切り捨てたかもな。この先、指が集まっても思い出は返ってこない可能性まである。
『……ナクス』
『どうした』
悠仁くんが話しかけてきたので中断。
まぁこの世界で過ごす分には無理に思い出す必要もなさそうだし、一旦未来の自分に丸投げしておくか。
『死ぬって、あんな感じなん……?』
『私はそうだった。『死』とはやはり、丁寧に潰れて、自分が何だったかすら忘れなければ通れないものだ。死霊とは、あまりに唐突な死に様で、魂が『死』に叩きつけられた勢いで部品が飛び散った結果かもしれないし、腕しか残らずとも、首しか残らずとも、声しか残らずとも、と、引力に逆らった結果かもしれない。だから成仏するとかいう発想を持てる者は素直に死んでしまい、そうでない拗らせた者だけがいつまでもこの世に居残る』
『……そっか』
この世界の死がどういうものか、まだ私には知るよしもないが、私はそうだったので『嘘』は吐いていない。
『ナクスの、指だけ、だった時は、こんなこと起きなかったのに。あの指、誰の指……?』
『……そうだなぁ』
少年院の特級が取り込んでいたのは赤黒い男の指と青白い女の指とで計二本。
だからこそ私は伏黒くんと釘崎くんに認識させない為にあの場で勝手に食べてしまったワケだが、やっぱり私の指は『女の指』の形をしていた。
『教えてやっても構わんが、その場合、悠仁くんには少し、私の特訓を受けてもらう必要が出てくるぞ』
『特訓?』
『息をするように人を欺くための特訓だ』
『んなこと教えられんのか? 馬鹿正直のお手本みたいなナクスに?』
『は? 私は自分に嘘を吐くのは死ぬほど苦手だが、必要とあらば他人をだますことに躊躇はないぞ』
やっぱり信じてくれないが、ナクスちゃんは頭脳派なので。
『……やる』
『よし』
少し逡巡する仕草があったが、悠仁くんは頭を縦に振ってくれた。
可愛いので頭を撫でる。流石に振り払われるかと思いきや、大人しくされるがままだ。
『でも、俺もさ……、ちょっと……自惚れてたかも……。運動もできるし、呪いの耐性とかも人よりあって、呪われても平気だって思ってた』
『ちょっとというか、だいぶだと思うぞ』
『う゛っ』
……悠仁くん、素直過ぎる。危ない。
素直で正直なのは美徳だし、人としてそういう気質は有って良いものだが、必要以上の負い目は抱えないに越したことはない。
『だがそれよりも良くないと思う点は、今、悠仁くんは『自分にも責任がある』と考えてしまっていることだ。悪いことをしていないのに呪われたら、呪ったヤツが五億パーセント悪いに決まっているだろ』
『まぁ……たしかに……?』
『大概にして、呪い合いの場ではそういった精神面での後ろめたさには全力で付け入られる。死ぬほど厚かましく構えていた方が良い』
『ナクス最強じゃん』
『そうだが?』
『え? 待って? 五条先生とかも最強じゃん』
『そうだが?』
『あのテキトーさは呪いの防御術だった!?』
『いや単に生来の気質だろうが、結果として最強の盾になっている』
この世界では、後ろめたさの分、リアルタイムで意識だとか魂みたいなものを『持って行かれる』ようなことはあまりないだろうが、結果として死ぬことは多く思う。自分の心に嘘を吐くとポテンシャルにムラが出やすい。命のやりとりをしている状況下では致命的だ。
『能天気でシンプルに生きているヤツの方が呪術に向いていることは間違いない』
『それで言うと、伏黒とかは?』
『苦労人気質には違いないが、それは自分で正しいと思ったことを正しいこととして押し通したがる節が原因な気がするな。彼はあれでいて、世の中のルールより自分で引いた境界線の方を優先する男だと勝手に思っている』
『おお~! なるほど! ……え? ナクスってもしかして、呪いの王……?』
『そうだが???』
『ゴメン、今まで割と両面宿儺の伝説が嘘だったか、指がパチモンだったんではって思ってた』
『そうかもしれん』
『否定しねぇの』
『もはや私が『何』であったかはさしたる問題ではないのでな』
ここにいる私は『ナクス』である。
今はそれだけで良い。
『……おー、なんか、なるほどなって感じ』
『何がだ?』
『ん~、言葉にすんのムズいけど、ナクスは毎日楽しかったらそれで十分なんだろ』
『如何にもそうだが』
『全然呪いじゃねーじゃん』
『それは流石に同意しかねる。現状、世界の仕組みが私に『呪いの王たれ』と成っている』
『呪いの王って立場、不本意なのか?』
『いや別に』
『マジで世の中に関心ないな……』
私が両面宿儺になったのは純然たる事故だと思うし、特に本意も不本意もないというか……。
悠仁くんはそんな私の肩に頭を預けて、更にしっかりと私を抱え込む。
異性としての意識は勿論なくて良いのだが、同性相手にしてもスキンシップに躊躇いがなさ過ぎる。まぁ一応今の私は人間ですらないので、悠仁くんがそのつもりなら納得だが。
『それにしても、死ぬのって、あんなに苦しくて寂しいんだなって思うと、やっぱ改めて死にたくねぇって思ったわ』
『寂しい?』
『めちゃくちゃにヒトリって感じだった』
『ふふ、私はそれどころではなかったな』
高校生らしい若い感想だ。
いや、善人らしい柔い感性だと言うべきか。
『私が『死』に押し潰されているとき、世界の仕組みそのものを呪っていた。扉が開かないことにキレ散らかしていた』
『言ってること呪霊じゃん……』
『そうだが?』
『急に呪いの顔出して来られるとビビんだけど』
『……うん、これはまあ天賦の呪いの才だな』
やはり私は元から呪いの天才だったってことか……。
前線で戦う才能はなさそうだけど……。
あっ。
『今更だが状況を説明していなかったな』
『確かに』
あぶねぇ、悠仁くんから皆に女指の話をされたらまた詰むところだった。
しかし自力で気づけたので進歩している。素晴らしいことだ。
『特級呪霊から指を回収したら、この前に話したナクシモノである女指まで出てきてしまって、釘崎くんと伏黒くんからそれを隠すために指を飲み込んだら悠仁くんが死にかけたのだが、ここまでは良いか?』
『勢い百パーなんだよなぁ……』
『一秒を争う状況だったので許して欲しい』
『取り合えずもう良いから、続き話して』
『指の存在を見られていたので、女指を回収したパワー上昇の勢いで二人の認知を歪めて、女指のことを忘れてもらった。だからあの場で回収できたのは男指の一本だけということで口裏合わせを頼みたい』
『俺のメリットは?』
『死刑への追い風が吹かない』
『……二人にも黙っとく意味は?』
そこに気づくとは賢いやん。
『本人の意思に関わらず呪術的策略で隠し事を喋らざるを得ない状況を作られると詰むし、二人は呪術師なので、此方に肩入れし過ぎた場合、それが明らかになった時点で犯罪者扱いになると考えられる』
『あ~~、そう言われると確かに黙っといた方が良い気がして来た』
よし、悠仁くんをこちら寄りにできた。最高。
内心はどうあれ表向きは呪術規定に従わなければならないのが呪術師。しかし呪いそのものである私にはそんなこと関係ない。ガッツリ直接具体的に悠仁くんの死刑回避をアシストできるのだ。お~ほほほほ! この調子でヒロインレースをぶっちぎりの優勝ですわよ~!!
『で、悠仁くんが意識を失った後の現世の動きだが、簡潔に言うと、今回の任務の等級違いぶりは上層部のハカリゴトの臭いが凄まじいので、伏黒くんの提案により、悠仁くんは死んだこととして一旦身を隠すことになった』
『死亡偽装とかサスペンスなんよ』
『伏黒くんの様子からして、カバーストーリーを練るくらい良くあることらしかったぞ』
『あいつも苦労してんね! 呪術界、なに!? こわい!!』
『地獄』
『限度があるでしょ! 俺ら高校生よ!?』
更にギュっと抱きしめられる。
悠仁くん、私のことをぬいぐるみか何かと勘違いしてやいないだろうか。
『ていうかナクス温度上げすぎ! アチい!』
かと思えば肩を掴んで引きはがされる。情緒不安定か?
『単純に強く抱きしめ過ぎだ』
『世の中厳しくて辛いからちょっと甘えてみたかった』
『常人なら全身複雑骨折待ったなしの腕力でか……?』
『まぁな。久しぶりに全力で誰かのこと抱きしめたわ。俺がやるとシンプルに相手が死ぬし』
『悲しいモンスターだな……』
子供は可愛くて好きだ。
体格で言えば既に成人男性と変わらない悠仁くんを子供と言って良いのかは少し疑問が残るが、十五歳と言えば現代日本ではまだ子供だ。まだ何も背負っていなくても良いような、だからこそ世界を背負うに相応しい年頃の子供。
しかし世界の仕組みを理解した上で自分で選んだ道ならともかく、彼は周囲の策略でなし崩しに血の道をゆく少年。
許せねぇよなぁ……?
親として、設計者としての説明義務を果たせ、脳みそ野郎のひろし(名前が思い出せない)。
力とは、本人が全てを納得した上で手にするのが望ましいものだろうが。
『さて悠仁くん』
『なに』
ひとまず落ち着ける程度には魂が暖まったらしいので、悠仁くんの手を引いて立たせてやる。
『私と一緒にシステムから解脱してやろうな』
『システム? げだつ?』
『詳しくは物事をしらばっくれる為の特訓が進んでから話すが、私達の生存戦略についての話だ』
折本里香や花御の存在からして、この世界は霊魂や精霊の存在が『アリ』なことは分かっている。
そして仮想怨霊や特定疾病ナントカは『名』ありきで生まれるものだ。
悠仁くんから『ナクス』の名を貰えたことは全く意図していなかったがウルトラ僥倖。そこで更に『私の指』が見つかった今、尚のこと私の野望もやれないことはないハズだ。
『世界の法則に則り、和マンチスタイルで優勝していくぞ』
『やべー、日本語喋ってるのになんも分からん』
で、その為にはやはり悠仁プラスの攻略が必須。
誠心誠意、真正面から口説いていこう。
●オマケ●
特に今後の展開に影響はない予定なのでマジで読まなくてもいい。たぶん。
ナ『まぁ、生存戦略と言っても私はもう生きていないが』
悠『ナクス偶にそれ言うけどさ、生き返りたいとか自由に使える体が欲しいとか思わんの?』
ナ『死者は生き返らないからな』
悠『……? ちょっと言ってる意味が分からん』
ナ『え……? 悠仁くん、死者が生き返れるとか思っているのか……?』
悠『普通は無理だけど、ナクスならやれそうだとは思ってる』
ナ『あー……、説明が難しいな、ややこしい状態に陥るので死者の蘇生は禁じられている』
ナ『先ほども言った通り、基本的に死ぬと成仏しなくとも魂は潰れたり欠けたりするものなので、死者は生前と同じ精神状態ではいられないし、死んでからも時間は経過していくので、死の直前までに脳に保存された情報と、魂で持っている情報の間にズレが生じる』
ナ『なので、死者の魂を生きた肉体にぶち込んでも、それが本人の肉体であっても上手く機能させられなかったり、アカウントの乗っ取り行為と判断されて管理者にBANを喰らうリスクがある』
悠『……世の中って、SNS……?』
ナ『利用者同士が交流できるサービスだからそんな様なものだな。死者は死者としてゼロから作った新規アカウントで現世に居座る方が良い』
悠『……いやちょっと待て、ゼロから作った新規アカウントって、生き返ってね?』
ナ『それは死んだ本人そのものとして生き返ったのではない、死者として勝手に人生延長線を引いているだけで、SNS引退詐欺みたいなものだ。だから規約上は問題ないが、知り合いに会うと『お前、死んだはずでは……!?』ってなるアレだ』
悠『ナクスの説明スゲーな。なんか分かった気になってきた』
悠『じゃあ俺が生き返るのはどういう判定になんの?』
ナ『厳密に言うと『生き返る』ではなく『死ななかった』判定になる。赤ちゃんになったときにも少し言ったが、もはや悠仁くんの肉体は対して情報を保持していない。SNSで晒していた個人情報をアナログのノートに書き写したような感じだ。そのノートに当たる悠仁くんの魂は五体満足な訳だし……、んー、要するに悠仁くんの長期不在でアカウントが凍結されないよう私が適当に呟いておいたと思っておいてくれ』
悠『呪いの王、マジでスゲー、完全に理解した気になれた。まぁ、俺が強制ログアウトさせられたのもオマエのせいだけど』