手違い夢主の彼女たち   作:空下眼子

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数日間、ほぼ毎日投稿になると思います。
ストックが尽きるまでの短い間とは思いますが、宜しくお願いします。


『二十九』 その1

 かつて高熱を出して死にかけた時、真っ暗な空間で、硬くて重くて温度のない石の扉に押し付けられるイメージを覚えた。

 ああ、この向こう側へ行くには、骨肉が砕けて潰れてミンチになって自分が何だったかさえ忘れて、扉の隙間へ押し込まれていくしかないのだな。と確信したのだ。

 

 だから私は爪を立てて地面を掻いて抗った。

 

 縺イ繧峨¢……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから体感で十数年が経過。

 待ち人、未だ来ず。

 

『えーん、スクナ、さみしい〜!』

 

 赤い浅瀬の上へ強引に建てたお座敷の畳に仰向けになり、そこから虚しく声を上げてみる。しかし何も起こらない。

 元より決してアウトドア派ではなかったが、流石に十年以上も強制引きこもり虚無生活を送っていれば外に出たくもなる。

 

『この際、原作軸でなくてもいいから何か始まってくれ。暇死する』

 

 蝶結びにした帯の余りを両手で掴んで適当に振り回しながら一人で愚痴る。それでも何も起こらない。

 もちろん、始めのひと月くらいは原作のことやら身の振り方やらを考えながら憂鬱に暮らしていたが、この広大な閉鎖空間ではあまりにもやることがなさ過ぎ、一年も経つころには完全に開き直っていた。

 

 原作主人公が十五歳なので十五年目に賭けて術式やら両面宿儺ロールプレイやらを手探りで練習してきたが、しかしいつまで経っても受肉の気配がない。もう十五年経っても良い頃合いだと思っているのに誰も私をお呼びでないと来た。

 

『もしや千年コース……? 流石に不安になってきた。15/1000なんぞほぼ進んでいないも同然では……?』

 

 それだけでも悲し過ぎるが、でかい問題はまだある。指の一本がどっかに行ってるのだ。左複腕の小指がない。この世に。

 

 指一本ずつの具体的な場所はともかく、概念的に存在の有無くらいはなんとか把握できたのだが、どうも左複腕小指ちゃんが消滅している。

 それは悠仁くんの死刑が執り行われないという話であるが、逆に言って数多の読者を地獄へ突き落して来たあの作者がそんな都合の良い展開をするはずもなく、絶対に一波乱あるんだなあ。すくを。

 

 などとふざけていると、急に生得領域が揺らぎ、夢から醒めるような感覚があった。

 

『ア゜!!!!

 オカ研!!?!?? ゆーじくゅ!?!?? 五億年待ったぞ!! いやウソ十五年だがすこぶる待った!! 早く私をメゾン虎杖に連れてって!!!』

 

 主人公を待ち侘び過ぎたせいで初対面にして情緒が限界になった。まだこちらの声は向こうに聞こえていないとは思うが、我ながら今後の展開に自信がない。

 

 そんなことを考えながらも、名もなき雑魚が視界に入った途端に脳死で腕に呪力が宿る。練習のし過ぎにより、もはや見敵必殺とは作業のことである。

 ただ、呪いの王の身では呪力を『込める』必要はなかったかも知れない。あんなに重量級な姿の呪霊なのにメレンゲでも叩いたかのような柔らかさだった。

 

「うん、なるほど。悪くない……!」

 

 受肉の勢いで爪が馬鹿ほど伸びたのを適当な長さに縮め、手を握ったり開いたり、ぐるりと辺りを見渡したりして具合を確かめる。

 想像以上に『生』だ。もっと膜を隔てたようなモッタリした感覚や、ゲーム操作のようなタイムラグを懸念していたが、そんなことはない。自分の体のように動かせる。風も光も匂いまでも、いわゆる『ぼくのかんがえた』でなく現実そのもので感動してしまう。そう、現実ってこういうのだったと思う。十何年ぶりだから忘れてるかも知れんが。

 

 それから、主人公の着ているパーカーを確認するつもりでちょっと服の裾を掴んで引っ張ったら肩の縫い目のところがビリっといった。仕方がないので、いっそ誤魔化すために原作の様に全部引き裂く。

 

「人の体でなにしてくれてんだ」

「は? 特に何もしていないが?」

 

 口が勝手に動いたかと思うといきなり体の自由が奪われ、そこから全く動けなくなった。

 特に物騒な発言をしていないのに、何故か悠仁くんは少しばかりご立腹らしい。

 

「俺の服返せよ、アレ結構お気に入りだったのに」

 

 それについてはすまんかった。

 

「もうない」

「だから何してくれてんだよ」

「勢い余った」

 

 悠仁くんに口を掴まれる。半分私の体でもある状態なので訳が分からなくなりそうな感覚だ。

 ……そういえば、生得領域の外で無から物質創造ができるかどうかは試せなかったから、チリと化したパーカーをぶっつけ本番で直してあげられる見込みはほぼない。

 

「や、恵」

 

 不意に、軽薄そうな声色が響く。

 

「五条先生! どうしてここに……!?」

 

 腕に目を作って声のした方を確かめると、長身に目隠しの不審者が立っている。まだ私と悠仁くんは服のことで戯れているが、もう五条先生が到着したらしい。

 

「え~? 特に戦闘のある仕事じゃないのに恵のLINEが未読無視だったから来てあげたんだよ」

「……スミマセン、助かりました」

「ていうかなにこれ、どういう状況?」

「今、その……色々あって、彼が両面宿儺の指を食べてしまって、受肉が確認されたんですが……」

 

 伏黒くんは一旦こちらを見て、五条先生に向き直る。

 

「着ていた衣服を破いたことで器と軽くモメています」

「ごめん全然わかんない。なに?」

 

 何かとぶち壊しで本当にすまない。既に呪いの王の威厳なんてものは存在しないが末永くよろしくお願いします。

 

「聞くより見た方が早いか。恵、これちょっと預かってて。お土産と、僕が食べるやつ」

 

 そう言って五条先生は喜久福の紙袋を二つ、伏黒くんへ放り投げ、こちらへ歩み寄ってくる。

 いや待て。たしかここは自分の分しかなかった筈では?

 

「へぇ、ホントに同居しちゃってるよ。ウケる」

「あ、うん、なに? ていうか、どちら様?」

「恵の先生。グレート・ティーチャー・ゴジョウ。よろしく」

 

 五条先生の距離感のバグった観察にたじろぐ悠仁くん。

 しかしまあ、あまりにも近い。ちょっと体を前に傾けたらチュッてなりそうなので、やってみようとしたら悠仁くんに全力で拒絶された。

 

「……なんか既に仲良くやってるところ悪いけど、体の主導権、両面宿儺に代われるかい?」

「リョウメン? あぁ、コイツのこと? たぶんできるけど」

「私の意思は無視か?」

「この子のお洋服、破いた分だと思ってさ。じゃ、きみは十秒で戻ってきて。両面宿儺は自発的に引っ込んじゃダメだよ。見て分かるからね」

 

 先生は恐らく悠仁くんではなく私の方を見て、怪しむように目を細めた後、数歩離れて指を鳴らした。

 合図かと理解した途端にパッと体が自由になる。が、私としてはできればこんなところで戦うのは若干気が引ける。

 

「い〜ち」

「ちょっとナシナシ! かかって来てってば。なんでそんなテキトーな感じでやり過ごそうとするかなぁ」

 

 十まで数えて誤魔化したかったが。流石に駄目か。

 

「千年ぶりだ。下手くそでも笑うなよ?」

「わ」

 

 どうせ当たらないので最初の一撃から呪霊歴十五年目のひよっこボンバーをぶちかます。

 単純に呪力をぶっ放すだけだが、アニメ版よりも更に力任せの大火力。渡り廊下の天井の一部どころか、先生を通り過ぎて空き教室をいくつか消し飛ばし、給水タンクを巻き込み、ちょっとした隕石でも落ちてきたかのような景色の一丁上がり。準備の甲斐あったな。これなら技術は拙くとも格はそう下がって見えまい。

 

「ちょっと、校舎とか直すのもお金かかるんだけど? 馬鹿の闘い方じゃん!」

「だから下手くそでも笑うなと最初に言った!」

「帳下ろしてないし。やっちゃったな~~」

 

 もう一発やってやろうとするが、少し真面目になったのか、動いて的を絞らせないように立ち回られる。

 伏黒くんは私のひよっこボンバーの威力を目の当たりにしてかなり絶望した顔を見せてくれているが、それより五条先生に違和感がある。このヒト、絶対に修繕費だとかを気にするような性格ではなかった筈だ。

 

「はい十秒! ただいま!」

 

 ぼんやり考え事をしているうちに威勢のいい宣言と共に主導権を奪い返される。肩を掴まれてグイと後ろに引かれるような、催眠術で無理に寝かされるような不思議な感覚だった。

 そうやって押し込められはしたものの、改めて生得領域を眺めれば以前より格段に快適になったのが分かる。受肉前は生得領域単体が虚無空間に浮いているような感覚だったのが、今はその外側に虎杖悠仁という器がインターフェースとして機能し、現世の情報が得られているのだ。幸福へのハードルが下がり過ぎている自覚はあるが、代わり映えする景色が見られるだなんてそれだけで劇的ビフォーアフターである。

 

「うわぁ、壊したなぁ。五条……先生、だっけ? 怪我とかはしてなさそうだけど、お財布大丈夫?」

「うん、ホントに制御できてるみたいだね。別に修繕自体はポケットマネーから出してる訳じゃないから僕は良いんだけど、周りが煩いんだよねぇ〜。ていうかキミこそ大丈夫? 両面宿儺、中で煩くない?」

「ちょっと声はするけど、なんか、出てこようとするより俺の中に住み着く気満々っぽい」

「ま、確かに僕らが思ってたより別のベクトルで面倒くさそうなヤツだったしね。でもそれで済んでるのが奇跡だよ」

 

 五条先生は歩み寄りながら手を構えて来て、トン、と悠仁くんの額に指を置く。

 あっという間に景色が暗くなっていき、完全に意識がシャットダウンする前に、すかさずこちらへ引っ張ってきて私とご対面。

 

『え!? もしかして俺、あの流れで殺された!?』

『阿呆、そんなワケあるか』

『俺……? 刺青……? あっ、オマエ、両面宿儺か!』

『ここは私の生得領域、つまりまあ、精神世界のような場所だな。ひとつ忠告しておきたいことがあったので、気絶させられがてらお前を呼んだ』

『忠告?』

 

 骨の山の上にいる私を見上げる悠仁くんに対し、私は自分の隣の頭蓋を掌で軽く叩いて手招きする。

 一応、長らく両面宿儺をやっていて根本的な人格に影響は出ていなさそうなので、『悪い呪いじゃないよ』ムーブをしたって今後もきっと大丈夫だろうという判断だ。まぁ、万が一私のタガが吹っ飛んだ場合には悠仁くんごと頂いて行く所存だが。

 

『私の指は呪術界において、核爆弾並みに取扱注意なのだが、お前はそれを学舎の片隅のどーでもよさげな場所で拾った。私が言いたいのは『そんな頭の悪い偶然が起こるとは考えにくい』ということだ。お前は私の指を『拾わされた』可能性が高い』

『……オマエがやったんじゃなくてか?』

 

 悠仁くんはうたぐる様な顔をしながらも、素直に骨の山を登ってくる。

 高校生可愛いね……。地獄みてーな界隈に入るのだからもう少し人を疑っても良いとは思うが、その辺は構い倒しながら教えていこう。

 

『私が自力でそんなことをやれちまってたら封印の意味がないだろ。ともかく、だ。個人か組織かも分からんが、この先、知り合ってすぐの相手に気を許すなよ』

 

 メタ的に、どことなく原作通りでもなさそうだし。

 

『分かった、まあ忠告は聞くだけ聞いとく。けど、その……』

『なんだ?』

 

 陽の権化の悠仁くんに似合わず、言いにくそうに言葉を濁して私の隣に腰を下ろし、改めて口を開いた。

 

『オマエ、こうなるのが分かってたみたいなこと言ったじゃん、早くメゾン虎杖に連れてって。しかもテンション爆上がりで』

 

 スクナチャン、終了のお知らせ。

 

 ご愛読ありがとうございました!

 両面宿儺先生の次回作にご期待ください!

 

 




これで終わりではないので、その点はご安心ください。

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