手違い夢主の彼女たち   作:空下眼子

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秋くらいからずっと社畜をしていたので全然なんにも捗ってない。
ジョジョのやつもうろジョジョ完結したのをまだ観ないでおあずけにしているけど、完結できてない。


『Morning Coffee』

----朱紅赤視点----

 

 

 死が横向けに落ちて来た。

 

 初めに、流された、と理解して、その現象が呪術的なものでないと感じ取るのにそれほど時間は要らなかった。

 

 真冬の夜空に放り出されたような果てのない冷たさ。魂の熱が急速に冷めていくのを止められない危機感。都会の満員電車のような濃密な人の気配。人の吐息を思わせる重く粘ついたものが喉奥へ入り込む不快感。

 

 虫一匹来る筈のない、昼夜のない生得領域。

 そこで千年続いた退屈な安寧は一瞬で終わりを迎えた。

 

 暖かさが戻り天地が定まったかと思えば、碌に意識が保てず、目も見えず、呪力も練れない。

 頭も胴も手足もあるので人間の身体ではあるらしいが、肉体情報の上書きは行えない。だが、呪術的に蓋をされている手ごたえもなく、呪物として人間に受肉したワケでもない。

 

 満足に身動きすら叶わない中、どうやら体中に管の様なものが繋がれているらしい事だけが分かった。

 

 

 それから後のことは、あまり思い出したくない。

 パジャマのまま自動販売機の横に座り、スチール缶のタブを持ち上げる。

 

 

「お、朱紅赤。朝からヤケ酒か? 不良だな」

 

 昔と違って学内の治安は良いので任務帰りでもなければ早朝には誰も来ないと思っていたが、家入が来てコーヒーを買った。

 

「カフェインは合法だろうが」

「ストゼロ感覚でBOSSキメてんのおもろ」

 

 ひと口目でほろ苦い味に脳がはしゃぐのが分かる。

 

 コーヒー。

 飲めば気分が上がり苦痛が霞む代わり、翌日の朝方まで眠れなくなり、午後から屍になること必至の劇物。

 感覚が麻痺するお陰で一時的にメンタルは休まるが、まかり間違っても今の体で毎日飲むものじゃない。人生が破綻する。お陰でいつも只人が何も考えずに紅茶やコーヒーを飲んでいるのを横目に、ルイボスティーやデカフェメニューを探す日々だ。

 

「珍しくポップコーン食べてるし」

「無心で食うには腹に溜まらん味の付いた発泡スチロールが好ましい」

 

 平時なら絶対に選ばんが、カップラーメン然り、疲れている時ほど効く。

 

「朝からキてるね」

「自分の機嫌を取るのも自己管理の内だろう」

「私も別に飲むなとは言わないけど悪酔いしてママに泣きつくなよ、イッテ」

 

 胸を十字に斬ってやったが、衣服の火を素手で軽く叩いて鎮火された。

 そのまま何事もなかった様に家入も自分のコーヒーを開けて口を付ける。

 

「ブラウス結構下ろし立てだったのに」

「喧嘩売ってきたのはオマエだろうが」

「メンタル心配しただけだっつの」

「要らん、繊細過ぎる神経の扱いも慣れたわ」

 

 いくら神経が荒れていても自分の感情は別の場所にある。

 過去のリフレインも文字通り繰り返せば『いつもの』になり対策可能だ。

 言わば強風の様なもので、その場で愚直に構えるよりも避難して吹き抜けるのを見送った方が負担は少ない。

 

「まぁ夏油のことだから頼られたら大喜びで甘やかしてくれるだろうけど」

「マジで要らん……、重った……、程々にしろ……」

「自立心があって宜しいことで」

 

 夏油は大事なものを大事にし過ぎるきらい(・・・)があった。

 そのせいで心身に重傷を負ったのだが、生来のものなのか未だに懲りない。寧ろ自覚してから悪化した気もする。

 

「で、ちょっと聞いたけど。ナクス、コーヒー好きらしいね」

「いくら効かんからといって粉を水あめ状にして食ってるのには引いた」

「アハハ、酒カス。やっぱ宿痾計画で『両面宿儺』の概念が再建されてるって説、有力かも」

「……土蜘蛛と言えなくはないが、そこから付け込まれたか」

「まぁ、そこから蜘蛛がカフェインで酔っぱらう話までこじ付けレベルに蜘蛛要素が取り込まれてんのは、……カフェインで薬漬けにする気だったならあり得なくないな……?」

「マッドサイエンティスト!」

「フ……、それほどでもある」

 

 家入は得意げに片眉と缶コーヒーを上に掲げた。

 二秒でその答えに辿り着くあたり、呪術界で『倫理と引き換えに力を手に入れた世代』と言われているだけのことはある。

 

「ナクスはコーヒーが好き。朱紅赤の身体はカフェインに弱い。受肉したら行動不能まっしぐら。Q.E.D.」

「オ゙ェ゙」

 

 思わず己の身を抱きしめる。

 あの阿保に自制が出来るとは全く思えん。嫌過ぎる。

 

「まぁでもナクスはなんだかんだJK超満喫しそうだな」

「最悪の上塗りをやめろ。死んでもこの身をあのクソバカに譲る気はない」

「へぇ。人間のまま死ぬの、納得したの」

「……もはや『両面宿儺』の尊厳は修復不能だ」

 

 白い方の馬鹿がアホのビデオレターを上層部に提出した。

 それがいつの間にかネットに流出している。取り返しがつかん。技術的な意味でもモラル的な意味でも、呪術師にネットリテラシーを期待してはならない。

 今の時代、観た人間を全員殺し、デジタルデータを完全に抹消するのは不可能に近い。終わっている。

 

「ナクス、両面宿儺としての尊厳が消し飛んだ分、愛嬌激盛りじゃん。私『鉄サプリのイカ墨風パスタ』が見てると元気出て好きなんだけど」

「新規動画を拡散するな!」

 

 俺の知らん動画が増えている。

 アイツ本気でYoutuberに成る気か。

 

「大体いつの動画だ、遺作がそれで良いのか」

「どうせ生き返ったらまた新作撮るでしょ」

「見つけ次第現行犯で爆死させてやる」

「もう『両面宿儺』要らないんなら温かく見守ったら?」

「概念が汚れるだろうが!」

「過激派強火担」

「やはり殺すしか……、両面宿儺を騙るな……」

「殺したら朱紅赤がナクス取り込むことになるけど」

「自分自身を人質に取られたか。癪だが構図が上手い」

「本人そこまで考えてないと思う」

 

 ……それはどうだろうな、間違いなく頭は良い。

 恐らくプライドというものが備わっていないせいで高次元にも低次元にも腹の内が読めんのが問題だ。

 

 アレは快・不快だけの指針で行動を決めている。

 そこだけは確かに『両面宿儺』だからこそ、余計に腹立たしい。

 

「ん」

「なんだこれは」

「コンポタ」

 

 BOSSを持っているのに新しい缶を手渡された。

 

「商品名を聞いたワケじゃない」

「部屋戻ったら温めて飲みな、体冷やすと自律神経がアレしがちだろ」

「冷えんわ、甲斐甲斐しい」

「お大事に~」

 

 家入は一度着替えに戻る様だ。

 

 後姿を眺めながらコーヒーを飲み進め、ぼんやりと思考を巡らせる。

 カフェイン摂取のついでに先送りにし続けてきたことを少し片づけたい。

 

 俺が『両面宿儺』にならないとなれば裏梅のことが気がかりだが、羂索が見つかっていない以上、呪物を探しに行くわけにもいかない。何より宿痾計画が羂索によるものでないのなら、死んでいる可能性もある。

 

「……死んでいる、か」

 

 アレは何一つ覚えていない口ぶりで、しかし「死者は死なない」だの、「もう生きていない」だのと、それだけは自信があるらしかった。

 もしかすると、アレが現在進行形で『死んでいる』ので双子として世界に認識されないだけで、食らった片割れの可能性がある。現代知識があれば結合双生児だのという言葉でも表せるが、果たして向こうはそれを認識しているのかが疑問だ。分かっていたところで別にどうでも良さそうだが。

 

 大体、何故ああも己に無頓着なのか。

 間違いなく自己肯定のプロフェッショナルではあるが、己が何者かについては全く興味がなさそうで、なんなら『ナクス』の名をいたく気に入って見える。

 周りに幾ら呪いの王だと呼ばれてみても、呪物になっても、肉体がなくても、確かに、本人が履歴書を折り紙にしてバックレて職務放棄してしまえばそれまでで、……だから、……好かない。

 

 

 初めは、皮肉めいた、そうあれかしと望まれた通りにしてやったぞ、という、当てつけの気持ちがあった気はする。

 

 そもそも、人間が俺を呪いとして扱うのだから、こちらもそう振る舞う他なかったのだ。

 やっている内に板について、やがて成った(・・・)

 

 

 そんな過去を全てなかったことにして、籠の鳥でぬくぬくと満足そうな姿たるや。

 受肉しろ、爆殺だ。

 

 ポップコーンの袋を傾けてザラザラと口に含み、それをコーヒーで流し入れる。

 まだそうと決まったワケではないが、自分で喰らっておいて、生まれてすら来なかったクセに生きるのが上手い死者に、嫉妬しているのかも知れん。

 

「ままならん」

 

 窓に映る自分の姿を見る。

 

 世の中の女が二時間くらいかけて作っていそうな、異様に完成度の高い顔立ち。

 痣の境界は筆で塗ったように滑らかで、睫毛はマスカラを塗ってピンセットで束状に纏めた様で、眉もカミソリで整えた様に綺麗に揃っている。しかしそんなことをしなくても勝手にこうなる。

 

 両面宿儺としての名残りを感じさせる顔の痣も、浅紅の髪色も、黒くない瞳も、現代では忌み嫌われるようなこともなく、ただ『あざとい』パーツでしかない。

 元よりコンプレックスのつもりはなかったが、こうした部分を褒められると、無性に、嬉しくなる。知らなくて良いことを知ってしまった。

 

 また周囲に言われて、その気にさせられている。

 しかし、傷ひとつ付かずとも、石を投げられるより菓子を渡される方が嬉しいのは当然だ。

 存外、自分は流される方らしい。ただ待っていれば『両面宿儺』として受肉するつもりでいたが、そんなことはなく。朱紅赤としても、指は勝手に集まるものと思っていたが、これも割り込まれ、しかも残りの『両面宿儺』が自分ではなくなっている。

 

 

 肉体を得るまでに千年もかかるとは考えていなかったが、今や呪術もなく鉄の塊が空を飛び、内臓を取り換える手術を行う時代だ。

 どれほど呪いを振り撒いていようが何の意思も示せない指でしかなかったのなら、千年も時間があれば人類に良いようにされてしまうことも、呪物として不具合が生じる可能性も当然ある。

 そこまではまだ、飲み込めたのだ。

 

 ただ、アレに呪いの王を名乗られるのは、無から黒歴史を生み出されている心地になるというか……。明らかな創作だと分かっている筈の冗談の歴史が、世間一般の通説になってしまうのを見ている様な嫌さがある。

 

 

 つまり、俺は、脅かされる訳がないと高を括っていた己の過去が、このままなかったことになってしまうのが不満なのだ。

 あのポンコツが『両面宿儺』だった(・・・)ことにはされたくない。しかし現状、どうにもなりそうもない。それに、俺こそが呪いの王だと声高に宣言したところで『朱紅赤』としては何のメリットもないのだ。

 

「……だが、取り返す為の手段ではなく、行く末に何を選び取るかを悩める時点で、もはや、それほどの熱量はないか……」

 

 コーヒーとコーンポタージュ。

 異なるメーカーの二つのスチール缶を手の内で弄ぶ。

 

 例えば、過保護とウザ絡みが東京のど真ん中で大喧嘩をする。

 当然の様に片っ端からビルは崩壊し、電気水道ガス、ネットも絶たれる。道路もひび割れてうねって穴だらけで、自動販売機の補給など夢のまた夢だ。まずは道を整えなければならない。

 

 今の時代、人がいるだけでは暮らしは中々元に戻らんのだ。

 それを分かってしまっている。だから、本当のところは、悩んでいるのではなく、認め難くて先送りにしていたような気もする。

 

 俺はもう、文明を守るために戦えてしまう。

 それが不愉快だった。

 しかも、今や『両面宿儺』を、知らぬ存ぜぬ別人だと、押し通せてしまう立場にある。

 

 今更、罪悪感などある筈もない。

 だが何か、大きな理に反する様な『そんなことをして良いのか』という躊躇いを感じる。

 

 裏梅に合わす顔がないだろうか。

 人の子として甘やかされて育てられて、手のひらを返したと思われるのが怖いのだろうか。

 

 ナクスであれば正義の味方と呼ばれようが、人間が好きになったのかと詰められようが、ボケたのかと罵られようが、『そうかもしれん』だとか適当に相槌を打って、レトルトのナポリタンにレトルトのハンバーグを乗せてレトルトのカレーをかけるだろう。そしてそれを裏梅に食わす。そういうヤツだ。

 

 ……馬鹿馬鹿しくなってきた。

 躊躇いなく過去を捨てる図太さが、俺には足りない気がする。

 平安では考えられんほど安価で贅沢な食事を『馬鹿の考えた美味い飯』だと一笑できる世の中を守りたくて人間の味方をしても良い。何もそれを邪魔するものがあるでもなし。もし邪魔されようが灰にしてしまえば良い。

 まだ将来のことは具体的には見えては来ないが、そのくらいの気持ちで良いのかも知れん。

 

 改めて、窓を見る。

 そこに映った顔を眺める。

 

 朱紅赤(おれ)は可愛い、それだけは確かだ。

 

 自分の顔を眺めているだけで気づけば遅刻確定の時間になっていたが、どうせ呪学なら出なくても大して問題はない。全てが面倒になったので一限はすっぽかしてしまうことにする。

 

 




そうだ、誇れ、お前は可愛い。自己肯定感を爆上げしていけ。
「おれはかわいい」になってるTS魔王系おじさんからしか得られねぇ栄養素がある。ズゾッ。

朱紅赤を倭助(悠仁の爺ちゃん)の子にしたら家系図が原作よりも滅茶苦茶になって羂索の面白さがアガるという誘惑があったけど、姉弟ネタの威力が下がるのと、この世界での倭助の扱いが「おいジジイ!!!!!!!」になるクソデカ弊害があるので、過去は書き換えず今の関係のままにしておきます。
 
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