手違い夢主の彼女たち   作:空下眼子

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モジュロ絵だとナクスのお目目が少女漫画みたいになりそう。


『赤い女』 その3

----真希視点----

 

 

 ──女の癖に。

 努力して男になったワケでもねぇのにアホらしい。

 

 ──呪力もない猿の癖に。

 その猿に勝てなくなってコソコソしてるヤツは見えないフリかよ。

 

 ──真希みたいになっちゃダメよ。

 二十一世紀に給料も出ねぇ雑用で終わる一生が立派だと思ってるようなヤツにはなりたくねぇ。

 

 ──一族の恥晒し。

 恥晒しの一族の間違いだろ、人に嫌な顔されて得意げにしてんのは認知が歪んでるとかのレベルじゃねーぞ。

 

 

 

 俗世は良い。

 

 大人になる度、自分の感性が肯定されてく。

 腐ってんのは向こうだ、あの家は呪われてる。

 

 でも、天誅だとか法律だとかで片がついたんじゃ納得できねぇ。

 私が自分の手でぶち壊したい。その為に強くなりてぇ。

 

 性格が悪い?

 ま、私も結局禪院(さる)ってことかもな。

 

 

 

 

    *  *  *

 

 

 

 

 両面宿儺の指を取り込んでる可能性が高い。

 

 それが分かったところで、やっぱり現状考えられる遭遇条件は、独りでマンションの廊下を上がって行くことくらいだ。

 一応、管理人から空き部屋のカギを借りて、人の出入りがなくなるまで集合ポストの前でひたすら待つ。

 

 夜十一時過ぎ。

 

 治安の宜しくねぇマンションでも、一旦出入りが落ち着いた頃。

 急に、分かりやすく異様に静まり返った。

 

「……たぶん遭う、行くぞ」

 〈了解です〉

 

 スマホで恵に通話をかければ普通に返答があった。

 会話をしても場の空気が変わるようなことはないが、一階から二階へ、廊下を見渡しても、まだ女はいない。

 

 三階へ上がる。

 借りたカギをポケットから取り出して、廊下の突き当りを見る。

 

 何もいないように見える。

 ドアに向き直って、カギを刺すそぶりをする。

 

「赤い女に気を付けてください」

 

 何もなかったハズの廊下の突き当りに、赤いものが見えた。

 

 頭を動かさないまま、視線だけずらす。

 

 見える、いる。

 眼鏡のレンズの外側。

 女が膝を抱えて座ってる。

 

「マジで『霊感』がない相手にしか来ねぇんだな」

 

 まるでウチのカス共みたいなヤツだ。

 格下にしか噛みつけない。

 

 カギをポケットにしまい直して、スマホを肩で挟んで持つ。

 眼鏡をケースに入れて、叩き割らねぇように反対の方向に滑らせて避けておいた。

 

「赤い女に気を付けてください」

 

 女は身体を前に倒して、ゆっくり、しゃがむ姿勢になって、そこから立ち上がろうとする。

 

 〈来てるんですか?〉

「ああ来てるよ」

 〈カメラ越しには何も見えません〉

「だろうな、私も眼鏡のレンズ越しには見えねぇ」

「その女はつきあっていたカレシにむごたらしく殺された女で犯人のカレシをさがしています」

 

 黒い髪。

 白い肌。

 首周りと手足の感じからして歳は二十後半から三十前半くらい。

 

「野薔薇」

 〈いきます、── 共鳴り!!〉

 

 一秒、二秒、三秒。

 目の前の女は何事もなく立ち上がった。

 

 履いてる靴はパンプス、膝丈のプリーツのあるスカートに緩い長袖。

 ボタンのない服で襟首は狭くて、いわゆる貞淑な女の少しラフな格好。

 その割りに髪はボサボサで、服の色は血染めみたいな暗い赤で、左手で大ぶりな包丁を握り締めてる。

 

「ダメだ、効きが悪いとかじゃなくなんの反応もねぇ」

 〈ハァ!? これ通らないとかマジで無法じゃない!!〉

 〈合流しますか? マジでナクスの指取り込んでるなら特級ですよそいつ〉

「いや、まだ良い。遭遇だけで撤退してたんじゃわざわざ来た意味がねぇだろ」

 〈……死なれても寝覚め悪いんでヤバそうだったら勝手に突撃しますね〉

「分かった」

 

 通話は繋いだままスピーカーにして、スマホも廊下を滑らせて眼鏡に寄せておく。

 

 赤い女は『霊感のある友達』と話しても消えずにいる。

 それが縛りとしての効果を出してる可能性もあるが、今のところパワーアップしたような様子もない。

 

「一応聞いとくが、会話はできないと思って良いよな?」

「たいしょ法はレイカンのある友だちに来てとたのんで来てもらうしかありません」

 

 キャッチボール不成立。

 

「あ、そ。なんにしても祓うけどよ」

 

 顔はない。

 目鼻口じゃなく、凹凸のない面に文字の羅列が並んでいる。

 今のところは動きも人間の範疇を出ない。

 

 様子見、といっても直撃すれば祓えるくらいのつもりで屠坐魔を振る。

 

「は?」

 

 手ごたえなし、刃が、いや、柄まで素通りした。

 刃を返してもう一閃。顔を通り抜ける。

 視覚的には女の体に重なってるのに、切れてないどころか触れてすらない。

 

 つまり、赤い女の術式効果は『呪力のある存在と遭遇しない』とかで、だったらもう、ステゴロしかねぇ。

 

 女は握りしめた包丁を愚直に振り上げる。

 一応、見極めのために少し大げさに身を引いて避け、──速い!

 

「…………ッ!!」

 

 ギリギリ紙一重。

 だが特級って程のパワーは感じない。やる価値はある。

 

「赤い女に注意してください、女はこのマンションにねらいをさだめています」

「ハ、そりゃオマエだろ」

 

 振り下ろした後に棒立ちで持ってる包丁を屠坐魔で突いてみるが、やっぱりこれもスカす。意味がねぇ。

 腰のホルダーに入れ直して両手を構える。

 

 女の動きは単調で隙だらけに見えるし、実際こっちの攻撃は避ける仕草もなかった。

 遠慮なく顔面目掛けて拳を叩き込めば、初めて腕で庇われたものの普通に人を殴った感触があって、あっけなく仰向けにぶっ倒れる。

 

「おいおいマジか、『霊感』のない人間が殴って来るなんて考えたこともなかったって?」

 

 一瞬気が抜けそうになったが、包丁が床を掻いて、樹脂の廊下に切り傷が付いた。

 

「注意してくださいとケイ告しました」

 

 何もなかったみたいに起き上がる。

 腕も、普通の人間なら絶対へし折れてるだろうが、ダメージが残ってる素振りすらねぇ。

 

 自分は散々セオリー無視しといて、呪いは呪いでしか祓えないって部分はそのままか?

 じゃあどーすんだよ!

 

「チッ」

 

 今度は腰だめに持って突撃してくる。かなり速いが動きは素人同然。分かってりゃいなすことも難しくない。

 とはいえこっちの攻撃が通らないんじゃ粘ってても意味はねぇ。

 

 腹に蹴りを入れて状況をリセットする。

 今度は尻もちをつく程度だったが、ひとまず距離は取れた。

 

「女は こ の マンションに しゅうちゃくして いて 」

 

 でもダメージはなさそうだ。

 普通に立ち上がってくる。

 

「 ジュウニンに カレシがいない か さがしてい ます」

 

 一瞬出直すかを考えたが、女の持ってる『包丁』が引っ掛かった。

 こっちにアレだけスカさせといて、本人は凶器を大事に握り締めてる。

 

 術式ってのは、棘や朱紅赤なんかの特殊なケースでなけりゃ、大抵自分に当たれば自分も被弾するハズだ。

 悟の無下限が対象を判別する方法は、物体の形状、速度、成分、それから、呪力。

 

「 女 は つきあっていた カレシに むごたら し く 殺され て 」

 

 よくある話じゃねーか。

 あの包丁を奪えば良い。

 

 女が持ってる『霊感』の塊をそのまま突き刺してやれば通る可能性は高い。

 

「 犯人 の カレシ に 強 い ウラみ があります 」

 

 ていうか、あの包丁、なんだ?

 

 赤い女の話の中で、凶器は重要じゃねぇ。

 出てきても果物ナイフがせいぜいで、あんな高そうな和包丁じゃなかった。露骨に怪しく思えてきた。

 

「 どあをあけてしまったらかくしもっていた刃もので 殺されます 」

 

 ……そもそも隠してなかっただろ。

 怪談と若干の乖離もある。ますます怪しい。

 

 ただ、私が素手で掴んで無事な確証もない。

 呪力がないってことは、簡単に言えば呪力で脳や肉体を守るとかいう芸当ができないってことだ。

 

「 たいしょ法は レイカン のある友だち に 来てとたのんで 」

 

 廊下の端のスマホを確認するが、そこには何もなかった。

 

 マンションの外にも視線を向ければ、明らかに暗すぎる。

 向かいの建物の壁も、地面のアスファルトも、星の明かりも見えない。

 

「領域……!?」

 

 予備動作ゼロで展開できるもんなのか?

 悟ですら掌印がいる高等技術を、棒立ちで発動?

 しかも、そんなことができたって、コイツになんの得がある?

 

「 来て もらう しか あ りません 」

「クソ、腹くくるしかねぇらしいな」

 

 もう『霊感のある友達』を呼ぶ手段はない。

 幸い、相手は速さと膂力に物を言わせてるだけで技術的な有利はこっちにある。

 

 女は一歩二歩と距離を詰めて、また包丁を振りかぶった。

 包丁に必中効果が付こうが付くまいが、攻撃自体をキャンセルさせれば関係ねぇ。振り下ろす前に蹴りで弾く。

 

「 あ か い 女 に 気をッ つけてくだ さい 」

「……ッ」

 

 手放さない。意地で握っている。

 

「  あ かい …… 」

 

 一瞬動きが止まった。

 こっちの狙いに気づいたらしい。

 

 他はやっぱり、顔か。

 文字がびっしり書いてあるだけで、目鼻口もない顔。

 屠坐魔は無防備に受けたし、殴られてもダメージがないはずなのに、さっきは明確に腕で庇った。

 

 顔、刺されたのかもな。

 

 こんなに生々しく個人の背景がチラつく呪霊の相手は初めてだ。

 たぶん、仮想怨霊じゃない。生前に赤い女の話を聞いてたから、戦い慣れしてなくても話をなぞって術師にメタを張りまくれた。そう思うと筋は通る。

 

「 あかい!  おん な  に ! 」

「まぁ、呪霊に成っちまったんなら、祓う(ころす)しかねぇけど、よ!!」

「 !! 」

 

 向こうが雑に振りかぶるのに合わせて分かりやすく顔面右ストレートのフェイントを仕掛けると、狙い通りに手で顔を庇った。

 そのまま包丁を持った手首を打ち抜いて、握りが緩んだところを奪い取る。

 

 掴み合いになったが、足を払って何とかもぎ取っ──

 

 ……台所?

 

 ガスコンロじゃなくて、薪をくべるタイプの古い竈。

 禪院(うち)も薪式のだが、それより遥かに旧い、歴史の教科書に載ってる様な石で作った土台。

 長く使われてないのか、やけに蜘蛛の巣が多いのが気になる。

 

「は」

 

 一瞬の暗転。

 

 私の手に包丁。

 

 目の前に丸腰の女。

 

 身を庇うように翳された手。

 

 構わず思いっきり切り上げて、後は。

 

 振り下ろす。

 

 首に刺さる。

 

 全然消滅する気配がねぇ。

 

 ならもう。

 

 めった刺しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ、は、はぁ……っ!!」

 

 どのくらいやってたか分からねぇ。

 まだ日は昇ってないものの、体感で相当な時間が経った。

 

「しぶと過ぎだろ……!!」

 

 マンションの外廊下の突き当り、ようやく女が消えて、壁に背中を預けて座る。

 

 なんとなく察する赤い女の背景に思うところなんてないと言えば嘘になるが、あそこで躊躇うようなヤツは呪術師に向いてない。

 遠慮なく本気で刺しまくった。

 とはいえ、どんなに刺されても最期まで諦める様子が全くなくて、流石に疲れた。

 あのガッツは見習いてぇもんだ。

 

「ま……、……さん、真希さん!」

 

 とかなんとかぼんやりしてる間に後輩二人が階段を駆け上がって来る。

 

「……考えられるのは領域か」

「まさか、私らが来たからどっか連れてかれた?」

「野薔薇……?」

 

 私の目の前まで来て、辺りを見回した。

 何か言動に違和感がある。

 

「不味いな、やっぱり残穢も残ってない」

「領域まで見えないのはマジでヤバイわね……」

「オマエら何言ってんだ? 赤い女なら祓ったぞ?」

 

 立ち上がって話しかけても、二人とも私の方を見ない。

 

 ……私の右手には包丁がある。

 それを床に置いて、手を放してみる。

 

「真希さん!」

「……本当に先輩ですか?」

「他の誰に見えんだよ」

「赤い女は」

「私が祓った。どう聞こえてた?」

「特に衝撃が加わった様子はなかったのに、突然音が切れました」

「なるほどな、ちょっと見てろ」

 

 二人の目の前で包丁を拾う。

 

「こっちからは全く見えなくなりましたね」

「ウソでしょ、え? 真希さん、何拾ったんですか?」

 

 どうやら素手で持ってる時にだけ効果があるらしい。

 しかも、術師には包丁自体が見えねぇと来た。

 

「……ふーん、こりゃ随分と良いモン拾っちまったな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 * その頃の虎杖とナクス *

 

 十メートルほど離れた場所にある三十センチ程の的が三つ、炎の矢に射抜かれてテンポよく弾け飛んだ。

 

「うん、悠仁やっぱり飲み込み早いね。これならそれなりに実戦で使えそう」

「まぁ外から内からめっちゃ指摘もらってたし」

 

 口ではそう言いつつ、得意気にムフフな表情である。

 悠仁くんはだいぶ安定して朱紅赤の術式『陽降苛輪』が使えるようになってきた。

 

 しかし練習中、当然の様に腕が爆発したり残った袖に引火したりで、肩口から袖が消失し、引火しない為の練習用に腕に包帯を巻きつけているお陰で、世紀末世界を練り歩いて良そうな服装だ。

 別に術式の練習だけなら朱紅赤の制服に着替える必要はなかった気もするが、過ぎたことは仕方がない。

 

「三人とも明日こっち帰ってくるらしいから、一旦切り上げで!」

「もう? 先生がなんも見つけらんなかった任務じゃなかったっけ?」

「まーね。生徒が優秀で鼻が高いよ」

 

 何があったのか全く分からない。

 たしかスピンオフ小説が出ていたことだけは覚えているが、なんか小説版の特殊な呪霊がどうのとかいう話題は見なかったと思うし、先生が残穢すら見えないのをどうやって片づけたのか。

 

「でもじゃあ、体戻すのか……」

 

 悠仁くんは目線を下げた。

 そこには立派な双丘があって、男性器は体内に収納している。

 

「……あのさ、服、脱ぐの自爆で済まして良い?」

「キュロットとかブーツとかは無事だしそのくらい脱いだら?」

「だってパンツがさぁ! せめてボクサーパンツじゃ駄目だった!?」

 

 虎杖悠仁。

 紳士であるが故の葛藤。

 

 私は別に気にならないが、思春期の男の子には刺激が強すぎた。

 

「えー、女物でもボクサータイプだと黒パンからハミパンしない?」

「待って、なんでそんな解像度高いん……?」

「服選んだ硝子がそう言ってたから」

「さては家入先生も楽しんでる?」

「ったりまえじゃん! 僕らの時にミスター呪術高専コンテストしたら硝子くんが優勝したくらいだし!」

 

 楽しそうで何よりである。

 彼女もだいぶトチ狂った青春を送ってきていたか。

 

「いやー、身体作り変えてて本気だったねアレは」

「先生の世代、全員ぶっ飛んでんね」

「ふ」

 

 悠仁くんの今の発言は割と暴言寄りだったと思うが、先生は柔らかく笑った。

 

「そ。みんな僕の自慢の狂人(ともだち)。今年の可愛い一年生たちが追い付いてくれるの、期待してるよ」

「それはそれとして俺が女物のパンツ穿いて良いのかっていうのは別の問題じゃない? ちんこ収納式なの違和感スゲーし、ならブリーフで良いって」

「ちぇ、真面目ちゃんだ」

 

 片や釘崎くんのスカートを無断拝借して穿いて怒られた二十八歳児、片や釘崎くんの抱え方も紳士的だった主人公。

 道徳観念に圧倒的差がある。

 

「そもそもやっぱりこの服が足出し過ぎだと思うんだよなぁ……」

 

 そう言いながら、悠仁くんは朱紅赤の顔で、不満と恥じらいの混ざった表情でキュロットの裾を引っ張った。

 ほーん……、えっちです。絵面の破壊力が凄まじい。

 

 えっちなお姉さんにはテンションが上がるが、それが実の姉となると話が変わって来るという訳か。だいぶ家族目線が育ちつつある。

 

「今まで気になんなかったけど、もう、あと五センチくらい、こう」

「でも悠仁、お姉ちゃん足出し過ぎだよって、朱紅赤に言える?」

「……骨は、拾ってくれ……!」

「よっ! それでこそ真の漢!!」

 

 死地へ赴く覚悟を固めた男の顔。

 

 地獄の予感があるが、どうするかはその時考えることとして、床の間から左側の壁にクローゼットを設置しよう。両開きで、下に引き出しの付いたやつ。

 私の服と悠仁くんの着替えを入れておきたい。

 

 




虎「足、出し過ぎだと思う」
朱「出し過ぎじゃない」
虎「出し過ぎだって!!」
朱「出し過ぎじゃない」

※赤い女について:
詳細は『禍話 赤い女のビラ』で検索。
正直『もっと☆怖い女!!』にしたい気持ちはあったけど脱線してしまうので理性ブレーキ。
この話に出てくる赤い女は禍話の彼女達とイコールの存在ではないです。
 
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