「傍点て何?」という無知無知の無知が故にフリガナ機能で「・」を振っていたのをこっそり修正しておきました。
----悠仁視点----
ナクスは領域の中でカフェオレを飲みながら服の型紙を作ってる。
『この映画の人間側の良くなかったところは?』
『最初に神を祀った人達が、契約終了の手続きを用意しなかったとこ』
『そうだ』
コーヒーの練飴は消費が早すぎるから毎日はやめさせた。
夏休みの自由工作みたいな雰囲気で作業しながら、人じゃないものとの付き合い方を教えてくれる。
『神は基本的に寿命で死なない。代替わりもしない。永久雇用の契約は本当に永久なのだ。人の世の移り変わりを念頭において、五年更新くらいにしておいた方が良い』
『こわ』
『解約方法のない自動更新サブスクはやめろという話だ』
『分かりやす』
言われてみりゃそうなんだけど、その解釈で良いんかなぁ。
生存戦略の内とか言われて、ナクスと
やっぱ前線で暴れてたタイプじゃなくて裏方でコツコツするのがナクスのやり方っぽい。
『神を信仰するって、なんか、もっとぼやっとしたもんだと思ってた』
『曖昧に軽い気持ちで永遠を約束しても無事で済むのは、『OK! 分かった!』と了承する相手が実在しないか、相手が人間のことを良く理解していて最初から永遠のつもりで受け取っていないからだろ』
『お、おぉ……、神……』
『例えば、ハムスターが人間に対して『毎月ずっと捧げものをするでちゅ!』とか言っても、それを何世代も続けてくれるとは期待せず微笑ましく見守ると思うが』
『確かにそうかも』
『名のある神なら人を良く分かっているから『神様お願いします絶対お礼に来ます』とか願っても、相手も馬鹿正直に受け取らんので無事だろうが、まぁそれでも、軽率な約束や申し出はしないに越したことはない。縛りと同じだ』
この映画、もうホラーとして観れんくなってきた。
神側が圧倒的に強いから人間がやられ放題になってるけど、つまり、お互いに良く分かってない相手とその場の勢いで重たい契約をしちゃって、後々価値観の違いで揉めてるってことだし。
『ここに呪術師が来たら神を祓うことになんの?』
『そうなる。神に人権はないので、倒された後に更に強力なケツモチの神が出て来なければ人間としては無事解決だ』
『えー、でも人間もやらかしちゃってんじゃん』
『神側も契約の話をせずに初手で殺人を選んでいるのだからお互い様だろ』
『仲裁とか……』
『できそうに見えるか?』
映画の中で、神は引き籠ったまま出て来ない。
低級呪霊が何百体も集まったみたいに、直接は傷つけないけど精神を病ませてくる。
殆どの人は原因も分からないまま耐えきれなくなって死ぬ。
神は人間の言葉を理解するけど、人間の事情なんか知ったこっちゃない。
『……ムリかも。なんかヤダなぁ、嫌な大人の世界って感じ』
『養蜂みたいなものだ。人と持ちつ持たれつの可愛い蜜蜂でも、突然変異で積極的に人を襲うようになったらその血筋は絶やす必要がある』
ナクスの無垢な顔と大人の話のギャップが凄い。
とはいえ、そもそも本人的にはそんな重たい話のつもりもなさそうで、やっぱ人じゃねーんだなって思う。
『だから神側も人間のことは良く理解していた方が良い、んぉ?』
『なんか爆発した?』
建物が揺れたけど、地震じゃない。
遠くで警報が鳴ってるのが聞こえる。
未登録の呪力が引っ掛かるとなんとかって言ってたヤツか。
『俺出なくて大丈夫かな』
『夏油先生が校舎にいる筈だ。LINE待ちで良いだろ』
ツカモトは寝たままだ。
だいぶ呪力操作も自信ついて来たけど、朱紅赤に勝てたことはない。
スマブラでもスプラでも殴り合いでもボコボコにされてる。
「元気か愚弟共」
そんなことを考えてたら本人が部屋に来た。
私服。
夏らしいノースリーブ、いやたぶんもっと別のおしゃれな名前がある筈の、袖のないトップスと、デニムのショーパン。
右手には包丁。昼に俺の血で真っ赤になってた布は綺麗に取り換えられてる。
それと、もちもちの……太腿……。
「包丁の件だ」
「朱紅赤一人?」
「本来なら白い方の馬鹿が来る予定だったが、危険物持ち込みで上層部に呼び出しを喰らったので代打だ」
「さっきのって先生がやらかしたやつ?」
「爆発しても良い様に張った結界が甘かったらしい」
「え゙、大丈夫なんそれ」
「本人は無事だ」
朱紅赤は包丁をそのままテーブルに置いて、冷蔵庫から麦茶を取り出して、ガムシロップを入れる。
「ちゃんと見るの明日とかになると思ってた」
「どうせ暇をしていただろう」
「まー暇っちゃ暇だけど」
ナクスの
「んじゃ、ナクスに代わんね」
『五秒待て』
ナクスは三秒で残りのカフェオレを飲み干した。
* * *
----朱紅赤視点----
推定弟のナクスのこの顔、どこか見覚えがあるような気がする。
まさかお互い胎児の時から目が開いていたとも思えんが、どこで見たのだったか。
「よし、では早速包丁を調べるためにちょっと肉体をお留守にするので見守っていてくれ」
「具体的に手順を説明してからにしろ」
「えーと、自分の存在をチューニングして、交霊術の様に、自分が包丁側へ降りる。そして中身を探索する」
「はぁ……? いや、羂索が似たようなことをしていたか」
「ケンジャク」
「アイツは不可侵の結界に理屈を捏ねて、意識だけをねじ込んでいた」
「朱紅赤、ケンジャクのこと詳しいのか」
「多少はな」
「んー、まぁ、そうか」
詳しいのかと来たか。
縛りを用いて問いただしても、『嘘ではない』だとか『あらかじめ意図的に忘れておく』だとかで突破できる。
不意打ちでの尋問は既に夏油が実施済。ここで同じような手段を取っても、信憑性は夏油の時より低い。
「そういった技術は突き詰めれば結界術と縛りの応用だが、ヤツは
「おそろだな、私もそう呼んでいる」
ナクスが本当に仮想怨霊の類であるなら、俺の記憶を辿って羂索が情報の参照先となった可能性はなくはない。
だが、そうであるなら羂索が関わっている線は薄くなる。アレは呪力を注ぐくらいのことはあっても、本人の結界技術を被造物に与えるかと言われると、意図的にそういう手段は取らんタイプの筈だ。
聞いてみる価値はある。
「存在をチューニングする為に何が必要だ」
「うーん、強いて言えば存在をチューニングしても平然としているメンタリティだな」
「結界術は?」
「使っていないというか、そも、ぶっちゃけ結界術は存在だけ知っている程度で全く分かっていない。やれと言われてもできん」
「無法か」
……羂索がどこまで関与しているのか見えん。
何故こうも『明け透けに怪しい』という馬鹿のやり口が成立するのか。
「まぁ
「えっ」
「キモ……」
呪術的にそんな訳はないのだが、現実問題として目の前でそうなっている。
左右の目が別々に向いているような気色悪さだ。
「ナクス、周りには教えたくないって言ってたのに」
「私 VS 世界の構図にならず、『ここだけの話』が全員に広まる方向なら別に私としては何も問題はない」
「……それを聞いて良くない予感がしてきたが」
「大丈夫だ信じて欲しい、少なくとも私は大丈夫だと思っている」
「不安を煽るな」
「煽ってない。ただ、意識だけ出張するので、朱紅赤の体に私が出向きたいのだが、それでも大丈夫そうか?」
「……」
「嫌そう」
「嫌だ」
「家の前で合流しておでかけに行く、みたいなもので、呪術的に存在が交じり合うことにはならないとは思う。嫌か?」
この馬鹿以外に誰も大丈夫だと言っていない。
不安要素しかないが、この機を逃せば次があるかも分からん。
「……、……チッ、許す」
「ほんとに許したか? 拒否られると入れないのだが」
「二言はない」
「では手を」
差し出された両の手を見る。
並ぶのは、俺の知らない黒い指。
「びっくりするくらい冷たいかもしれんが、冷えすぎて凍ってしまうとかにはならん。冷たいプールに一時的にぷっかり浮かぶつもりで、こう、そういうもの、として受け入れて欲しい」
本人の言う通り、握れば死人のような冷たさをしている。
体温が奪われるというよりは、冷たさが侵入してくると表現した方が近い。
魂が冷える。
「あ゙ヂッ!!!! づェ゙ッ!!!!!!」
アホ丸出しの悲鳴で正気に返った。
ナクスの腕が炭化している。
反射的に術式で拒絶したらしい。
幸い衣服が燃えたりはしていないものの、ナクスの腕が落ちた箇所の床が少し焦げた。
「説明義務は果たした筈なのに!!!!」
「……悪かった」
「素直に認められて偉い!!」
死者は死なない。
これまで軽く聞き流していたが、ナクスは
もし本当に千年前の片割れが材料であるなら、そもそも生きていたことなどない。
ナクスはすぐに腕を治し、テキパキと水の入ったバケツに腕を放り込み、濡れ雑巾で床を拭いて火の始末をした。
その後、中止を言い出すかと思いきや、戸棚から黒いキャップの付いた瓶を持ち出してきて、まだそこそこ中身の残ったそれに水を注いでスプーンでかき混ぜ、出来上がった劇物を俺に手渡す。
「ここに珈琲の練飴がある」
「カフェインが致死量だが」
「死にはせん」
「いや死ぬ。そもそも、オマエのその根拠のない自信で虎杖が死にかけた前科をどう言い訳するつもりだ」
「無理ならまぁ……、包丁の調査は横で見ていて貰うしかないのだが……」
「チッ」
舌打ちが止まらん。
言い訳をせずに話を逸らす、口喧嘩の手腕。
ここで暴力を突き付けても何の好転もないのも事実。
やはり生きるのが上手そうで腹が立つ。
「そもそもコーヒーが要る理由を説明しろ」
「お
手元の瓶を揺らしても中身は微動だにせず、プラスチックのスプーンだけがカタカタと虚しく鳴いた。
「……酒どころか、液体ですらないが……」
「理由を聞かれても説明できんのだが、私はこれをお神酒だと思っている」
常識が歪んでいる。
もはやそこを受け入れんことには話が進まなそうなので諦める。
「百億歩譲ってこれを酒ということにして、交霊術なら煙草じゃないのか。何故神酒を飲……飲むことになる?」
「えーと、私の知識は、
「そのツラで神を騙るか」
「聖書の天使だって呪霊みたいな見た目だろ」
「……」
「一ミリも納得していない顔」
ああ言えばこう言う。
弟だったなら、食っておいて良かったとさえ思う。毎日隣にいると思うと付き合い切れん。
こいつなら呼ばれてもいない新嘗祭に青いカレーを持ち込んで、馬鹿の料理大会として
「簡単に言うと、相手の大好物をたっぷり口にするのが手っ取り早いという話になる」
「はぁー……、分かった。俺が倒れたら血祭りにされる覚悟をして人を呼べ」
大好物と聞いて、特に何も思い浮かばなかった。
今は大抵何を食っても美味い。
とはいえ、少なくともコーヒーの練飴ではない。
黒く、ねとねとしたそれを口に入れる。
苦い。
これの何がそんなに美味いのか。
味としても泥水を通り越して泥だ。
かき込んで、麦茶で流し込む。
「不味い」
「では今度こそ手を」
冷えた手に指を添え、握る。
「目を閉じて、珈琲フロートとかのことを考えて欲しい。この冷たさは、冷房が効きすぎている夏のカフェで、カーディガンを羽織って、のんびり休日を満喫する、そういう気持ちで受け入れてくれれば良い」
やけに具体的な例えと、それを聞いてすぐに想像できる自分については一旦考えないものとして、言われるまま冷たさを受け入れる。
一瞬、強烈な眠気が体を支配して。
「うわ……」
「人の顔を見て失礼過ぎる、可愛いだろ」
「だって、ごめんけど朱紅赤の顔にナクスの目? 表情? って、なんか、こう……、ダメなことになってる感が凄くてぇ!!」
「本人は中で元気なので安心してくれ」
やはり許すべきではなかった。
早速後悔がある。
「てか俺、指黒いんだけど!!」
「意識以外全て置いて来たからな」
「ナクスそれ存在の核的なのが剥き出しじゃない!? 大丈夫!?」
「先生達に見つかったら一巻の終わりだとは思う」
「良いから早くしろ殺すぞ」
「お姉様がおキレ遊ばしていらっしゃるので悠仁くんの質疑応答は後にしてくれ」
「……朱紅赤もう顔に出られんの、才能あんね……」
言語化し難いが、思っていたような状態ではない。
同時に表に出るのに主導権争いがないというか、同じ大きな待合所にいて、応対用の窓口が埋まっている代わりに、傍の小窓から外と話をしている様な気分だ。
「では包丁に対して同じことをするので、体がぶっ倒れた後、悠仁くんはタオルケットでもかけて優しく見守っていてくれ」
「どんくらいかかりそ?」
「朝には帰りたいが全く分からん」
「えぇ……」
ツラだけは確かに夢主ちゃん。
「ほにゅ?」とか言いそうなピンク髪ちゃんも好き。
平成初期みたいなキャラデザが大好きなんだ…。
※ナクスチャンが回を追うごとに人間から遠くなっていくのは仕様です。