----悠仁視点----
日も暮れた今は俺の部屋で寿司とピザを食ってる。宿儺が。
その辺のスーパーで調達して、トマトとチーズを追加で乗っけて電子レンジのオーブン機能で焼いただけのピザ。でもマジで美味そうに食う。
ストローでカルピスソーダを飲みつつ、「夢にまで見たピザ。……ピザ? これが、現実……?」とか馬鹿みたいなことを言って、また黒い指を油でベトベトにしながら口いっぱいに頬張る。
『宿儺ってさ』
……。
話しかけたのに返事がなかった。
聞こえてねぇのか聞いてねぇのか分からん。無視すんなと思ったけど、パックの寿司を一口食べて「は? ウマ、意味が分からん。天才だ。ウマすぎて馬になったわ」なんて真面目な顔で言うもんだから、俺が後で食べようと思ってた雪見だいふくを食べだしたけど止める気も起きない。分かった、オマエはもう好きなだけ食え。
宿儺が返事をしてくれない以上、俺にできることはそうない。
散策しようにも、辺り一面血の浅瀬の風景。ところどころ崩れたアバラ骨の柱。適当に積まれてヒビの入った牛の頭蓋骨。そればっかりだった。
目につくものといえば不自然に浮かんだお座敷ぐらい。上がったら畳が血まみれになりそうで悩んだものの、縁側に腰掛けて足を持ち上げてみたら靴も足も汚れてなかったから、脱いで中に入る。
つっても、ここも特になんにもない。
八畳くらいのただのお座敷。ホントなら腕が四本の大男っていうから、本人的にそんなに広くはないと思う。畳の上にちゃぶ台があって、床の間には時代劇に出てくるような油の入った小皿に『こより』が浸かった灯りが直に置いてあるだけだ。押し入れどころか、壁すら一方向にしかなくて、他は木でできた柱と天井。障子も襖もない。以上。
『なんっっっにも、ねぇなあ』
仰向けになって、俺の体でアイス食べてピザ食べて寿司食べて楽しそうにやってる宿儺を見る。見るって言っても目で見てるワケじゃないから変な感じだけど。眺めてるうちにカルピスソーダとコーラを混ぜだした。酒は買ってないハズなのにとことん遊んでやがる。
アイツ、よくこんなトコに一人で閉じ込められててあんな元気だよな。
宿儺も先生も生得領域ってのは心の中みたいなもんだって言ってたけど、信じられねぇ。そんなワケねーじゃん。
『…………そうだよ、そんなワケなくね?』
畳とか引っぺがしてみる。床板が出てきた。
天井が外れないか試してみる。取れない。
ちゃぶ台の裏。なんにもない。
じゃあ、床の間が回転するとか。……しない!
いや絶対ウソ。あいつの心の中がこんな寂しい空間なんておかしい。絶対、絶対なんか仕掛けがある。
宿儺が食べ終わる前になんとかして見つけてやろうと思って部屋の外側まで全部じっくり探してみた。でもやっぱりなんにも見つからない。
『あ゙~~! 分からん!』
嫌になってまた畳の上に倒れる。
ため息を吐きながらまた宿儺の方を見ようとして、何気なく灯りが目に留まった。
手を翳すと熱いし、持ち上げてみても何も起こらない。でも、灯りがないと困るような本もないのに、これは何を照らしてんだ?
「ご馳走様でした! 満足! 代わって良いぞ!!」
嬉しそうな宿儺の声が響く。
見れば全部食べ切って、食後の残骸をドサドサとビニール袋に流し入れてるところだった。
『ちょっと待ってくれ』
「はぁ?」
でも悔しいので延長戦だ。
火とか消してみたら何か起こらないかと思って息を吸い込んで、──。
『イデッ』
横から蹴り飛ばされて浅瀬に落ちた。
『何すんだよ!』
『それは勝手に家探しをされた私のセリフだが?』
『む……』
血が口に入ったのに味がない。
触った感触はあるのに濡れた感覚もない。変な感じだ。鉄臭いけど血じゃないのか。嫌にドロドロした不透明な赤黒い水が全部、手や服の表面を滑って落ちていく。
『アホ面晒してないで上がってこい』
『ちょっとオマエにはアホ面云々言われたくねぇんだけど』
宿儺を見上げると床の間に灯りを戻すところで、それから畳の上に正座で座った。好き勝手漁られた割りに機嫌の悪そうな素振りは全然ない。まだ美味すぎてウマになったままなのかもしれない。
『……ていうか、宿儺がこっち来たんなら俺の体は?』
『ぶっ倒れているが?』
『息は!?』
『している。体を留守にするのは昨日もやったろ。別に死んだりはしない。それに手も拭っておいたから床だのは汚れていないぞ』
ひとまず安全らしいので、取り合えず俺も座敷の方に上がる。胡坐で座ったけど何も言われなかった。
コイツマジで『呪い』って雰囲気なくて調子狂うんだよな。さっきも後片付けまでやってくれちゃったし。
『それで? 私に何か話があるんじゃなかったのか。ピザ食ってる間に呼んだろう』
『聞こえてたのかよ』
『ピザに夢中だったので無視した』
『素直か! も~、オマエ相手に緊張感保つのスゲー疲れる』
宿儺は俺と同じ姿で、違うのは刺青と爪と服装くらいの筈なのに、姿勢は良いし態度はテキトーだしで、向かい合って座っても『他人』って感じだ。
『別に大した話じゃねーんだけどさ、朱紅赤と宿儺って、呼び分けしにくくね? 伏黒とか先生らもいちいち『両面宿儺』って呼ぶじゃん』
『確かにそうだな』
『だからアダ名でも考えたいと思って』
『朱紅赤にあだ名は怒り狂うと思うが』
『だから宿儺の方につけようぜって話』
『はー草』
『草を生やすな呪いの王』
どこで覚えるんだそういうの。
ピザが何かってことも分かってたし、電車とか電子レンジとかも理解してたし、ネットスラングまで使いこなす。封印緩み過ぎだろ。
『ダメ?』
『よほど出来が悪いものでなければ許す』
『オッケ。じゃあどうすっかなぁ。リョウメンスクナだろ? す、く、な……。ん~~。両面宿儺、リョウ。似合わねぇ〜。……リョーメン、スクナ……』
……たしか、千年前のことは忘れたって言ってたっけ。
指もなければ記憶もない。じゃあ……。
『「ナクス」は?』
『なくす……?』
宿儺は考えるように顎に手を当てる。
付け根から真っ黒な指が良く見えた。二本分取り返したはずだけど、それと刺青とは特に関係ないらしい。
『──あ?』
『え? 不満?』
急に宿儺が体を強張らせた。
そのあと、ゆっくり自分の手を見る。
『いや……不満はない。忘れていた。違う、認識できなかった。……そう、私の……。そういえば、あれは明確になくしてきたなと』
『なにを?』
『なるほど。向こうに、私の……置いてきたから。いや、こちらにある可能性も……、うん? いや……?』
呼びかけると独り言みたいなのが返ってくるものの、膝の上で両手の指を絡めて上の空。俺のことが見えてない様子だ。
『宿儺……?』
『…………』
それから、十秒、二十秒、三十秒くらい、赤黒い浅瀬を眺めて押し黙った。
俺が名前を付けたせいで宿儺が何かをなくしてたことに気づいたっぽいのはなんとなく分かる。ただ、宿儺に嬉しそうな感じは全然ない。相変わらず途方に暮れた、ぼーっとした顔で水面を見ている。時々、ドプ、だか、ゴポ、だか、重たい水の音が聞こえる。一応どっかに水源があって、流れがあるのかもしれない。
『まあなんでもよし!』
『あれだけ考えて、結果なんでも良いのかよ』
『分からないということだけが分かった。それより、ナクスだったか。良い名だ。私を良く表している』
なんだかさっぱり話が見えないが勝手に納得いったらしい。こいついっつも自己完結してんな。
宿儺は機嫌よく俺の方に向き直って姿勢を正す。
『気に入ったんなら良かったけど』
『何かとなくしものが多い私だが、この先よろしく頼むぞ、悠仁くん』
『悠仁くんて、オ……』
そう言われて差し出された手と素直に握手したら、宿儺の雰囲気に似合わず指先がめっちゃくちゃに冷えていた。
『不満か?』
『まー、別に、いいけどさ』
人間だったら『つめてー』で終わったけど、反射的に『あ、呪霊なんだ』と思った。
指、集まってきたら温かくなったりすんのかな。
サブタイ回収