手違い夢主の彼女たち   作:空下眼子

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ストックがここまでなので、いったん凍結になります。
主人公死亡あたりまでは気が向けば。それ以降は原作完結後にやる気があったりした場合に続きを書くと思います。


『二十九』 その6

 

 かつて高熱を出して死にかけた時、真っ暗な空間で、硬くて重くて温度のない石の扉に押し付けられるイメージを覚えた。

 ああ、この向こう側へ行くには、骨肉が砕けて潰れてミンチになって自分が何だったかさえ忘れて、扉の隙間へ押し込まれていくしかないのだな。と確信したのだ。

 

 だから私は爪を立てて地面を掻いて抗った。

 何も見えなくても、引き寄せられる先がどういうものだか分かったから、爪どころか指が取れるほど抗った。

 

 でも、死、というやつは、そんなことでどうにかなるようなものじゃなくて、ついには扉の形をしたそいつに押し付けられて、私はいよいよ向こう側へ連れていかれるらしい。そんなの死んでもごめんだ。もう死んでるけど。死んでいるので馬鹿ほど駄々をこねても恥ずかしくない筈だ。

 

 暗闇に落ちてからは痛みは感じなくなっていた。ただひたすらに重くて苦しくて、何も分からなくなっていく。

 まだ藻掻けるうちに扉に向き直る。指のない掌でどれだけ探ってみても、ドアノブだとか鍵穴だとか、そういう親切なものは見つからなかった。くそが。許さん。扉が開かない。もう死んでいるのは分かっているが、生きぎたなく扉の外周をなぞって何かないか探る。なにもない。冷たさもわからなくなってきた。重い。あばらがおれる、ないぞうが口から出そうだ。生き返りたいだとか、しぜんのせつりに反したことは言わない。自分をうしないたくない。死んでやるから、このさきどんなじごくだってじぶんであるいてってやるから、あけろ。これをあけろ。

 

 あけろ、hらけ。

 縺イ繧峨¢……縲€繧、繝輔ち繝輔Ζ繝シ繧キ繝�繧キ繝�

 

 

 

 

 

 

 

 その結果、ナ ク ス チ ャ ン 爆 誕 !

 

 となったわけだ、なるほどなぁ。

 悠仁くんも寝静まったので、概念的に細工して灯りの形に誤魔化していた『鍵』を拾い上げる。

 これは炎を摘まむという動作によって小さな鍵に戻るのだ。灯りを鍵にしたのは無意識にあの経験をもとにしたのかもしれない。それから、床の間の壁をシャッターのように下から上に持ち上げて、裏の扉を出す。悠仁くん、結構目の付け所が良くて少し焦った。もっと分かりにくいところに付け直そうか。

 

『さて、また新しく分かったことが増えたな』

 

 隠し部屋は広めの漫画喫茶の個室のような内装になっていて、藍色のカーペットにゲーミングチェア、机の上にはノートPCが置いてある。メゾン虎杖に入居する前は、この部屋の作り物の空しか見えない窓が一番お気に入りだった。ノートPCはもちろん見た目だけというか、インターネットブラウザだとかエクセルだとかの高尚なアプリは使えないのだが、メモをするのに毎度紙に書いていたら場所を取るのでこれに落ち着いた。電源を入れてメモ帳を開く。

 

 まずは私の死に際のくだり。

 流石に存在がバグった後のことはよく思い出せないが、なんとかして完全にミンチになる前に扉を開けることに成功したらしい。死んだ後になってからあそこまで駆け足で堕ちて世界の摂理に抗い切るだなんて、私、呪霊の才能があったのか。いや、どんな才能だ。

 

 次に今の私について。

 悠仁くんから私だけを指し示す名前を貰えたことで存在がしっかりしたのか、自分のキャラデザや生得領域の内装が、若干『ナクス仕様』に書き換えられてるのが認識できるようになった。悠仁くん、マジでいっぱいちゅき。流石主人公。というか、私のお口がゆるかったのも名前がなかったせいでは? きっとそうに違いない。

 

 キャラデザの差異は瞳の色が悠仁くんとおそろいで、指が真っ黒なくらいだ。指を見ると『私』がなくした方の指のことを想ってしまう。よく今までこれを認識しなかったな。お前も呪いにならないか、ってか。

 それから生得領域。お座敷は自分で意識して建てたので当然として、元の内装はかなり風化が激しい。柱や牛骨がヒビだらけだ。それから、下を流れる赤黒いこれらは、きっと扉を開けられなかった『誰か』の残骸。悠仁くんは触っても汚れたりしなかったが、おそらく毒物耐性、もしくは、彼らはこの世界の死者ではないので悠仁くんには混ざれないのだろう。

 

 他に書き留めておきたいのは夏油先生と、もちろん朱紅赤ちゃんのことだ。

 夏油先生は、術式が原作以上に『解釈を広げて』大変なことになっている。意味深な視線もあったことだし、対立しないようにしたい。最悪の場合、比喩でなくマジで丸められて喰われるENDもあり得なくないので。……この世界、両面宿儺の器候補が多すぎないか? 散れ、この席は私と悠仁くんが取った。誰にも譲らん。

 肝心な朱紅赤ちゃんについてだが、彼女は99.999%ご本家様である。

 彼女と私がこうなってしまった経緯は推測になるが、マッドサイエンティストの儀式と、私が死に対してゴネまくったことが相互作用し、その他も何かとミラクルが重なった結果、私が両面宿儺へログイン、ご本家様が朱紅赤ちゃんとして両面宿儺からログアウト。みたいな話で良いと思う。

 私の思惑としても、千年の記憶を朱紅赤ちゃんが持って行ったことにすればメタ話を持ち込まずとも説明可能になるのは大変ありがたい。おかげで渋谷も乗り切れそうだ。ただしこれは彼女以外に話したら即刻死刑が実行されてしまいかねないので、その他の人間に対しては変わらず『忘れた』とゴリ押そう。なんにせよ『ナクス』という特級呪霊は、これからかたちづくっていけば良い。

 

『ナクス?』

『 ん゙ぎゃ゙ッ!?!??!?? 』

 

 座った姿勢で五十センチくらい飛び上がってしまった。

 

『ビビり過ぎだろ。でもやっぱ中に隠し部屋かなんかがあるんだな。いなくなったかと思った』

『私は死んだかと思った! まあ、とっくに死んでるが……』

 

 悠仁くんは生得領域に入ってきたわけではないらしい。

 外を見れば、彼はケータイを弄るでもなく真っ暗な部屋で壁を背にして横向けにベッドへ横たわり、目は開いた状態でぼんやり反対側の壁を眺めていた。どのみちこの部屋を知らないから覗き方は分からない筈だが、形だけの心臓が爆発しそうだ。

 

『悠仁くん、寝たんじゃなかったのか?』

『ちょっと寝てたけど、なんかベッドとか慣れなくてさ』

『そんな繊細なキャラには見えんが』

『繊細じゃなくても、あんだけ色々あってグッスリとはいかねーよ』

 

 深呼吸をした後、保存してPCを閉じる。

 こうなってしまうと壁抜けどころか物理的なものを完全に無視して一瞬で移動しなければ部屋から出られない。

 丁度いい機会なので、意図的に少しバグってお座敷に戻ってみる。

 

『え、オマエ今どっから出てきたん?』

『秘密だ。教えたら今度こそ私は死ぬ』

『ぜってー嘘。前もそんな感じだった。縛り結んでなかったことにして済ますだろナクスは』

 

 やってみたらできてしまった。

 気まずさというか、「良いのか?」という気持ちを誤魔化したくて自分の指をさする。

 やはり私には呪霊の才能が馬鹿ほどあるらしい。いや、たぶん今のは呪術ではないので、呪霊というか……怪異としての才能があるな。だからどんな才能なんだ。

 

『はーぁ、そうかもな』

『開き直んな』

『そう怒るな、頑張れば悠仁くんだってやれるようになるかもしれん技術だぞ』

『マジ!?』

『たぶんの話だが』

『ぶっ飛ばすぞ』

 

 話をしながら畳に寝転んで自分の指を眺める。

 ……なくしてきてしまったな。元の顔も名前も。まずどんなだったかが思い出せない。完全な喪失だ。ようやくその意味をきちんと考えられるようになった。潰れたのか、指と概念的に混ざり合って持っていかれたのかは分からない。少し寂しくなるので目を閉じて、悠仁くんに添い寝している気分になろう。

 

『そう言われても、一度自分自身を解体して再構成するというか、マインクラフトで言うネザーに行って数歩進んでまた戻ってくるようなことをすれば良いのだが、人間がそんなことをして大丈夫かと言われると……』

『マイクラ知ってんのかよ、ネザーって何?』

『ネザーとは簡単に説明すると世界の縮尺が異なる場所だ。まあ『指』が集まればなんとかなるかもしれん』

 

 私の指が集まったらの話だが。

 どこまでやれるだろうか。悠仁くんが無下限を無視して五条先生に触ってみせたら、先生ひっくり返るだろうな。

 

『指集めろったって、オマエ他力本願じゃねーか』

『は? 協力はするが?』

『ポンコツレーダー頼りになんねぇじゃん』

『まだ出来るかどうかも分からん、ということは出来るかも知れないということだ』

『ポジティブか』

 

 悠仁くんと話していて思う。今、すこぶる楽しい。

 自分自身に対する認識が阻害されていたのは十何年も一人で過ごす上でメンタルを守るのに良かったかもしれない。あの空間に一人きりで放り出されて何にも感じませんでしたなんて正気じゃねぇ。実際正気じゃなかった訳だが。

 

『そういえば悠仁くんに宣言しておきたいことがあった』

『なに?』

『特級を目指すぞ』

『……そりゃ、憧れるけど、因みになんで?』

『世界で一番強くなれば、問答無用で死刑を拒否できるだろ』

『脳筋じゃん』

 

 本当は両面宿儺として、いや、『ナクス』としてのドでかい思惑に関係があるのだがそれは黙っておく。

 

 呪いの王、両面宿儺は呪術界隈、ひいてはその有害さを知る人類に消滅を願われている。呪われているのだ。

 私は両面宿儺準備期間に、この前提を利用して概念的バグを引き起こせると考え至った。上手くいけば結果としてその前提すらをも破壊、特級の更に上へと到達できる筈だ。できなかったとしてもご本家様との技量の差を埋めるために自身に課した縛りが取れないくらいで、死刑の撤回さえ叶えば諦めはつく。

 

『でもやっぱそれしかねーのかなぁ』

『特級二人が上層部を全員ぶち殺せば死刑は亡くなるだろうな』

『そりゃダメだって。他にはなんか良い案ねぇの』

『……悠仁くん、死刑に納得したような口ぶりだったクセに案外と足掻くんだな』

 

 私がポンコツを晒したものだから、悠仁くんが知略に乗り気になってしまったか……。

 いや、ナクスちゃんになったからにはこれまでよりシッカリした筈だ。

 

『どーにもなんないなら仕方ないって思うけど、やっぱ死ななくて済む方法があるならそうしてぇよ』

 

 他の方法か。

 さっきも半分冗談で考えたことだが。この世界に『私』の指があれば、もしかして、万が一、あれば。今この時点でこれだけ怪異の才能がある私の指が集まったら。これまでの呪いの概念を丸ごと無視した存在になってしまえるかもしれない。それがどうやって死刑撤回に直接作用させられるかは分からないが、悠仁くんを世界最強にする特効薬には違いない。

 

『……あるかは分からないが……』

『言うだけ言ってみ、あっ、ちゃんと言って良いか考えてから言えよ?』

『信頼が低いな』

『オマエ深く考えないで喋り過ぎなんだよ。これでまた記憶ぶっ飛ばされたらかなわん』

『少し考える、待て』

 

 集める対象を悠仁くんに知っておいてもらわなければ回収のしようがない。

 とはいえ、きっと『女の指』の形をしているだろうそれが何であるかを説明するのは難しい。朱紅赤ちゃんの指に黒い模様はなかった。では、誰の指か? という話になってしまう。謀略慣れしている特級二人に知られたらを考えると怖い。

 かといって詳細を語らずに『集めろ』と言うのも信頼関係に問題が生じそうだし、他言無用の縛りでは、緊急で助けを乞いたい状況に陥った時に致命傷になりそうだ。

 

 それもこれも、現物がなければお話にならないが。

 

『……存在しない可能性もあるので、あったときに改めて考えることにする』

『ナクス、さっきも明確になくしたとかナントカ言ってたな。指と記憶以外にもなくしものがあんの?』

『まあな』

『ほんとに『ナクス』じゃん』

『私にピッタリの名だ』

『言ってる場合か』

『別にアレはないならないで良い』

『本人が良いなら良いけどさ……』

 

 悠仁くんは布団の中で仰向けに寝返りを打った。

 私のイメージの中で添い寝が崩壊したので、こちらは起き上がって座り直す。

 

『……ナクス』

『うん?』

『オマエがテキトーでちょっと助かった。気ィまぎれるわ。眠たくなってきたから、おやすみ』

『うん、おやすみ悠仁くん』

 

 よし、好感度上がったな。

 私も悠仁くんから新しく貰った顔と名前、大事にしよう。

 

 




Q:「縲€繧、繝輔ち繝輔Ζ繝シ繧キ繝�繧キ繝�」とは?
A:「イフタフヤーシムシム」の文字化け。ナクスの縛りに関係がある。
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