この世界に転生して、かれこれ何年か。
昔はダンジョンを巡る冒険者として好き勝手したものだが、最近はめっきり落ち着いてしまった。冒険者を辞めたわけではないが、道楽として始めた魔導具店が思いの外儲かってしまい、昨今は店の奥でぷかぷかパイプを吹かすのが日課となっている。
脇息にもたれながら帳場から正面を見れば、人の往来が激しいダンジョン街の大通りが目に入る。大通りを歩く者はその殆どが冒険者であり、鎧を纏い武器を背や腰に下げている。時折駆け出しなんかの姿も見え、期待と緊張混じりの表情を覗かせてくれる。
お洒落として吸っている善し悪しの分からないパイプの煙を吐き出しながら、ゆっくりと流れていく穏やかな日々を感じ取る。
やはり、今の生活も悪くはない。
ダンジョン攻略のような命懸けのスリルを感じることはないが、緩やかで変わらない日常というものを優雅に堪能することができていた。
それに、この生活に刺激が無いという訳でもないのだ。
と、そうやってとりとめのないことをあれこれ考えていたら、ちょうど生活の刺激となる人物が来店してきた。
「いらっしゃい、今日はなんのようだい?」
彼は十六にしては何処か幼い印象を与える容姿をした青少年である。最近地元の村からダンジョン制覇を志して街に出てきたという、駆け出し冒険者だ。
そんな彼の何処が刺激的なのかと言えば、答えは一つ。
彼、ロイス・アスラルドはこの世界の主人公なのだ。
「あはは、こんにちは、ユウカさん」
ロイス君は若干照れくさそうに挨拶をしてくる。そして、彼の後から来店してきた少女を紹介してきた。
「えっと、前に手紙のことで相談させてもらった幼馴染みのリッカです、やっぱり僕を追ってきちゃったみたいで紹介を――いたっ!」
「なにいってんの! ロイスが勝手に村を出てったんじゃないの! 私も行くって何回も言ってたのに! ふんッ」
ロイス君と同じ駆け出し冒険者装備で亜麻色の髪をしたリッカという美少女は、ロイス君の後頭部を叩いた後、腕を組んで不機嫌そうな素振りを見せた。けれど反応が気になるのかちらちらとロイス君の様子をうかがうように視線を向けている。だがその視線に彼は気付いていないようで、どうすれば機嫌を直せるのか、と苦笑いをしている。
見事なすれ違いだった。
そしてそれは、原作でも度々垣間見えた夫婦漫才だった。ツンデレ系ヒロインのリッカと朴念仁系主人公のロイスによるお約束ギャグパートだ。
「ほぉー」
と、小さく感嘆してしまう。何年も昔にプレイしたエロゲの一場面をそのまま目撃することが出来て、なんだか感慨深いものがあった。
まぁ、しかし、黙っているままと言うわけにも行かない。
「へぇ、別嬪さんじゃないか、将来はいいお嫁さんになりそうなお嬢さんだよ、ロイス君もいい幼馴染みがいて幸せ者だね」
そう言ってみると、ロイス君は「いや、あの、リッカとはそういう関係じゃ……」と口ごもり、リッカちゃんは両ほほに手を当てイヤイヤと身体を揺らして「やっぱりそう見えちゃいます? えへへ、でも私こんな奴のことなんて欠片も興味なんてなくて、えへへ」とトリップしてしまった。
うーむ、面白い。
朴念仁系エロゲ主人公こと、ロイス君と出会ったのはつい二週間ほど前だ。
その日の私は暇だったので、店を出てダンジョン街の表通りを散歩していた。何か面白いものでも見つからないかとパイプを吹かしながらいつもの着崩した着物姿で街を散策していたのだ。
そして、私はダンジョン街に出てきたばかりのロイス君を見付け、同時に、長年抱いていた奇妙な既視感の正体に気付いたのだ。
「この世界、エロゲだったんか」
まさか自分が転生したファンタジー世界が前世においてプレイしたエロゲの世界であるとは夢にも思わないだろう。
ましてや魔法があってダンジョンがあって、冒険者がいて、魔物が存在するコテコテのファンタジー世界観である。自身が冒険に夢中になってしまえば前世でプレイしたエロゲを思い出すことなんて、早々起こりえることではない。
よって、気付けなかった私がただの間抜けだったということは決してないのだ。
ともかくとしてそんな経緯で私はロイス君を見付けた。
そして、つばを付けることにした。
なんたってロイス君はこの世界の主人公様である。エロゲのシナリオ通りにことが進めば、ゆくゆくは、彼は数百年に一度起こるか起こらないかとされるダンジョン制覇という偉業を達成する英雄パーティーのリーダーとなる。
とすればだ。彼が無名の内から恩を売っておけば、やがてはそれが何倍にもなって帰ってくるかもしれないのである。つばを付けることに越したことはないのだ。
「じゃあ、今日はこれとこれ、リッカちゃんもいることだし、これもおまけで付けてあげようじゃないか」
そう言いながら、注文のあった回復薬に加えて数種類のバフポーションをおまけで帳場の机に乗せていく。その光景にロイス君はいつものように「いや、あのそんな」と慌てていた。彼の隣では薬剤の知識があるというリッカちゃんが目を丸くしながら「え!? これ一本一万リュートの!?」と口元を手で隠して驚いている。
という風に彼らの初々しい反応を楽しみながら精算を終えると、
「あの、いつも助かっているんですけど、大丈夫なんですか? こんなおまけばっかりして貰って」
と、ロイス君が不安げな表情で聞いてきた。なので、正直に答えていく。
「別に君が気にすることじゃないよ。元々この店は道楽でやっているだけだからね。それに、冒険者物品も扱う魔導具店とは言え、稼ぎは別の所から出ているから問題ないのさ」
私の言葉にロイス君とリッカちゃんは疑問の表情を浮かべる。だが、ここから先は言っても良いものか若干迷う。けれども、こちらの世界、というよりこの国では十六才は立派な大人であるので話してしまうことにする。
「実はね、この店は魔導具店とは名ばかりの淫具店なんだ」
と言えば、二人は驚きの表情のまま固まってしまった。そして、
『ええぇーーーー!!』
異口同音に驚きの声をあげた。
淫具という言葉に衝撃を受けたのだろう。ここで言う淫具とはその名の通り淫らな道具だ。つまりは前世で言うところのディルドやオナホである。私の店では魔導具としてのディルドバイブやローターなんかもあるほか、普通に効き目のある媚薬なども取り扱っている。
「え、いや、淫具って、ユウカさんが!?」
ロイス君は真っ赤になった顔で視線をさまよわせていた。
「こんな綺麗な人が、なんで、というか淫具って、――――むぅああ!」
リッカちゃんは混乱から帰ってきたかと思えば、カァァァという音が聞こえるかのごとく一瞬で頭を沸騰させ爆発した。
二人の反応は面白かったが、落ち着くまでにはしばしの時間がかかった。
そうして、落ち着いた二人にもう少し話を続けることにした。
「魔導具やポーションなんかもそうだけど、昔からそういうのを作るのが好きでね、趣味が高じてこうして店を開いているんだよ」
自分で言うのも何だが、今世の私はかなりの好き者である。前世の性別が男だったためか、性欲はこの世界の女性の何倍もあり、それこそ一般男性の性欲処理をする回数くらいは一日に発散させないと、欲求不満となってしまうくらいには性欲が強い。だから昔から性欲処理のための道具や薬なんかは色々試してきたし、ついには自分でも作るようになっていった。
その結果が現在の隠れ淫具店である。購入者からは高性能であるとか、素晴らしい効能があるとかでかなり好評を受けている。さらに避妊具なんかもきちんとしたのを作っているので子供をもうけにくい冒険者という職業が多くを占めるこのダンジョン街ではかなりの利益を上げていた。
ということを掻い摘まんで二人に説明したところ、どうやら彼らからの印象がミステリアスな美女というものから、エッチなお姉さんになってしまったようだった。
「……うぅ」
「むぐぁぁ!」
真っ赤になって退店していく二人の駆け出し冒険者を手を振って見送る。彼らの様子はいろんな意味で将来が楽しみであった。この調子だとロイス君とリッカちゃんはそう遠くない内に結ばれるだろうから、そのときは店の商品を使ってくれるだろうか、なんて考えてしまう。
まぁ、しかしである。こうしてリッカちゃんというエロゲにも登場したヒロインがこの街にやってきたわけで、物語が始まったのだなと感じる。
これからロイス君の周りには多種多様な美少女、美人ヒロインが集まっていく。そして、そんな彼女たちとパーティーを組んでダンジョンを攻略していくのだろう。彼はその合間合間に各ヒロインとの交流を行っていくわけだが、それがやがてはダンジョン制覇からのハーレムエンドに結実するはずだ。
そんな面白い物語を間近で目撃することが出来るというのはとても楽しく、この二度目の人生においても特に刺激的な日々になるだろうと思えた。