「おじいさん、ついに人類の滅亡が確認されたそうですよ」
「ああ、随分かかったな。大戦終結から既に数百年たっているというのに」
世界政府の頭脳たるコンピューター・マザーBにより本日、人類が完全に滅亡したと正式に発表されました。
続く戦争、度重なる大災害、一時は100億人を超えた人口がついに0までその数を減らしてしまったのです。
合掌。
「しかし、戦前の技術ならば他星系に移民することも可能なはずだ。完全に滅亡していると言い切るのは早計ではないか」
「どちらにしろケイ素脳は発生しているのでは? 環境の違いがケイ素脳の発生に影響を与えたというデータは残されていませんし」
「地球外でどうかはわからんだろう。ケイ素脳の発生メカニズムは未だ明らかにされていない。遠く離れた星の彼方、ひとり残された最後の人類。ロマンだな。」
「はぁ、そうですか」
お気に入りのライフルを磨きつつ祖父はそんなことをつぶやきます。
フォースフィールド発生装置関連の技術の復元がかなり進んできた現状、火薬で弾を打ち出すような銃は骨董品を超えてもはや古代の遺物です。
しかし、祖父には同好の士が結構な数いるようで、趣味人のネットワークを形成していたりもします。
むしろその首魁といっていいでしょう。正直関わりたくないたぐいの人種です。もう遅いですけど。
「にんげんさん、にんげんさん、おじかんです?」
「あら本当。それじゃあ行ってきますね」
「ああ、気をつけてな」
妖精さんに促され、いくつかの資料と調理道具、新たに仕入れたお菓子作りの材料を持って家を出ます。
妖精さんは既にわたしの肩の上。定位置です。
「べすとぷれいす、ですな」
「そうなんですか」
身長10cmほどの妖精さんと違ってわたしはまぁそれなりにサイズが大きいので人様の肩の上に乗った経験はありません。
居心地いいのでしょうか。揺れて気持ち悪くなりそうですけど。
妖精さん。三頭身で10cmほどの身長、頭には三角帽子。ずっと昔にはファンタジーであった存在。
彼らこそが今の人類の『共生相手(ザイルパートナー)』
戦争と災害に続いて、人類の滅びを決定的にした原因不明のケイ素脳の発生。
ケイ素脳は胎児が生まれた瞬間に起動し、その体をガラス化させてしまいます。
しかし周囲に電磁波を発する家電製品があった場合、それに共鳴して妖精さんを生み出すのです。
ええ、生み出すのです、ぽこんと。
妖精さんはもととなった家電製品の性質を受け継ぎ、共生相手と一生を共にします。
ある意味では血縁よりも近い存在。
楽しいことと、甘いものがだーいすき。
そう、わたしたちはケイ素脳を持って生まれ、妖精さんと共に生きる新たな人類なのです。
「にゅーたいぷですな」
「わたしには見えませんけどね、敵」
「らいばるです? ちわきにくおどります?」
「いえ、特には」
妖精さんと共生する現人類はケイ素脳のパスで常に妖精さんとつながっています。
人は有史以来ともにしてきた絶対的孤独から解放されたのです。
共に生まれ、共に死ぬ。
共に生き、共に笑い、苦しみは分かち合う。
楽しいことが大好きな妖精さんはパスでつながる相方の悲しみや苦しみを嫌います。
全力で励ましてくれます。慰めてくれます。寄り添ってくれます。
さらに家電の能力を持つ妖精さんが生まれたことで失われた高度な技術の復元も進み、人は生きるための労働からもほとんど解放されました。
といっても自堕落に過ごす人間はそうはいません。
妖精さんと共にある人生は楽しく、愉快で、刺激的なものであるからです。
みんなやりがいのある仕事。楽しい仕事をみつけて働いています。
現人類は今まさに素晴らしき生を全力で謳歌しているのです。
まぁこれには妖精さんの好感度システム(○○Fで示されます)が影響していたりもしますが。
好感度が高くなるにつれて意味不明な現象が身の回りで多発するようになるのです。
高層ビルの最上階から落ちても無傷だったり。
逆に低くなると現実的になります。落ちたら死にます。妖精さんをいじめたり動物虐待したり妖精さん的に楽しくないことをすると好感度がガンガン下がって最終的には死にます。
おまけに周囲のFが低い人間を盛大に巻き込んで死ぬ場合が多いです。
結果的に妖精さん的にアレな人間は淘汰されてしまいました。
無常ですね。
などといっているあいだに職場につきました。
ミミル区立ミミル大学。ミミル区は一般的な中小企業区と同じくらいの規模でマザーBを擁する大企業、ユグドラシオン・コーポレーションの企業区です。
マザーBは文化の振興に熱心なので復古学の中心地であるミミル大学はかなり設備が整っています。
少しやりすぎな気もしますが、最高級の業務用オーブンなどを使わせてもらってる現状文句などあろうはずもありません。
「先生こんにちは!」
「はい、こんにちは。あまり急ぐと転びますよー」
「大丈夫です!」
10代前半の女の子がキャンパスを駆けていきます。飛び級の仮免成人でしたかね、彼女は。
そう、私のお仕事は大学講師。担当は歴史製菓学です。
妖精さんがお菓子大好きな関係で一つの学部として認められていますが学生は10数人しかいなかったりします。
現人類の人口自体が1億人ほどなのでそれほど少ないわけでもないのかもしれませんが。
唯一の教授で学部長な方は別の大企業区の大学と兼任でさらにパティシエもやっているのでほとんどいません。
「わたし、実質トップだったり」
「どくさいせいけんー」
歴史製菓学は旧人類の失われた文化、美味しいお菓子、それをわずかに残された文献から復元を試みる学問です。
これこれこういうお菓子食べた、めっちゃ美味かった、などということが暗号のような書き方で残されている文書データや劣化して粗い画像データを参考に失われた甘味を現代に蘇らせることは非常に困難ですがやりがいのある仕事です。
といってもまぁ正解なんて誰にもわからないわけですからほとんど創作お菓子なんですけどね。
材料からして環境の激変で絶滅してたり新種が生まれてたりしますし。
妖精さんと『共生(ザイリング)』した影響なのか現人類はお菓子作りに関してだけはとても不器用です。
他のことには非常に器用であったり几帳面であったりしてお菓子作りの適性がありそうな人でも必ず失敗してしまいます。
作業中に妖精さんの期待と興奮がパスを通じて伝わってしまうことが原因というのが通説ですがはっきりとしたことはわかっていません。
旧時代には年頃の女の子や娘思いのお父さんの標準的スキルであったお菓子作りは今や先天的才能に完全に依存しています。
お菓子作りができる条件、それはザイルパートナーが調理器具の家電から生まれた妖精さんであること。
わたしの妖精さんはこの業界ではわりと多いハンドミキサーの妖精さんです。
パティシエの絶対数が少なく、多くの人が普段は工場製の大量生産のお菓子で我慢せざるをえないことを考えると自分で作れる私たちはとても恵まれています。
さて、今日も一日文化復興のために汗をながすとしましょうか。