みなさん、ヒーローはお好きでしょうか。
色がいろいろ5人だったりバイクに乗ったり巨大化したりするアレです。
あるいは女の子向けの不思議な力で変身したり戦ったり友情を育んだり淡い恋心に胸を焦がせたりでも可。
わたしもどちらかといえば後者の方が好みですね。
旧人類の衰退以前、文化の成熟期、子供は皆彼らヒーローに憧れ、ヒーローとなるべく日々修行を重ねたといいます。
もちろんそれはフィクションであったので彼らは大人になるとその子供特有の無邪気さを恥じたり笑ったりしたそうですが。
現人類にとっても大体は似たようなもの。子供の憧れ、正義の味方。
ただ、将来はヒーローになる、という発言がクリケットのプロ選手になる、と同程度の意味合いになるあたりが違いですが。
ヒーローは現実に存在し、日々悪の組織との戦いを繰り広げています。
どうしてヒーローがフィクションの世界から現実に飛び出してきたのか?
それを知るにはこの世界の歴史を紐解く必要があるでしょう。
旧人類が歴史の最後に咲かせた徒花、大量破壊兵器の乱舞する最終戦争。
それがマザーBの反乱による終結という結末を迎えて以降、世界から国家という枠組みは消滅しました。
行政司法立法を担うのは国家ではなく企業。
ユグドラシオン・コーポレーションを中心とした六つの大企業による世界議会が置かれてはいるものの、これは地球規模での災害に対するもので政治的な権力は持ちません。
せいぜい要請を受けた場合に調整するくらいです。建前上。
全ての企業区は自由自治を認められ、干渉を受けることはありません。
ただし、当然のことながらルールがないわけではないのです。
この世界の、たった一つ、絶対のルール。
―――企業は『人間あるいは妖精さん(ヒト)』に対して、区民であることを強制してはならない――――
ヒトはヒトとして自由の存在でなければならない、というのがマザーBが人類に対して反乱を起こした理由であり、今現在の世界の根幹をなすテーマなのです。
もちろん自由というのは自儘に好き勝手して良いという方の意味でなく、自らの意思で選択し、行動し、それがいかなる結果になろうとも責任をもって受け止める、そういう自由です。
そんなわけで、企業区は基本的に人の出入りが自由です。去る者は追えないのです。
問題ある方が入ってくるのを入管でお断りすることはできますが。
傷ついた大地はマザーBによって復元され、ネットワークも再び世界中に張り巡らされたため、妖精さんと共に生きる私たち人類はほとんどどんな場所でも生きていくことが可能です。
ですから企業がお客・区民を獲得し、新規市場を開拓し、事業を拡大するためには企業区が魅力的でなくてはなりません。
魅力があって、人々にここに住みたい! と思わせるにはどうすればいいでしょうか?
税金を安くすれば? 商品流通の活発化が必要かも? それとも医療福祉の充実こそが肝要でしょうか?
どれも重要なことですが他との差別化が難しい。
ぶっちゃけ、パッと見でわかりにくい。
どれも、大差ないんじゃない?
ならば大事なのはイメージ戦略。
安心安全、そこに住めば守ってもらえる!
初めに重視されたのは警察組織。
身近で、優しく、力強く。
でももうちょっとマスコット的な方がいいかしら。
そうしたイメージ戦略の行き着くところに生まれたのが、ヒーローです。
強くてカッコイイ。可愛くて優しい。素敵に魅力的。
住環境に完璧というのはなかなかないもので、万人から不満が出ないということはありえません。
でも、だからこそ、ちょっとの欠点は笑って見逃してもらえる、むしろ応援してもらえる。
そんな存在として求められたのがヒーローなのです。
さらに、ヒーローが生まれる原因には敵側、悪の組織の側の事情もありました。
悪の組織ってなんでしょう。戦闘怪人やビックリドッキリメカとともに毎週のように街に繰り出す愉快な人々?
まぁ表面的にはそんな感じです。しかし、彼らは決して無法者というわけではありません。
では、彼らがどんな存在なのかといえば企業区を持ちたい中小企業の人々です。
新たに企業区を作りたいと思う企業は資金を集める他、あらたな企業区の『創設理念(テーマ)』を語り、人々の支持を集めなくてはなりません。
そのために、もともとは普通に演説したり公開討論会を開いたりしていたわけですが、地味です。
支持を得るべきヒトの半分は退屈嫌いな妖精さんなわけで、こんなことではうまくいくはずもありません。
警察組織のマスコット化、ヒーローへの移行と中小企業による悪の組織・敵性組織の創設はかなり初期から同時に進行したといいます。
ヒーローと敵性組織によるフォースフィールドを駆使した旧時代の特撮顔負けの戦いはテレビ中継され、主義主張、技術の粋をぶつけ合い、行われるのは企業の生存をかけた戦争です。
それもただ勝てばいいというわけではありません。“劇的”に勝たなければ意味がないです。
ドラマチックな勝利で企業区の魅力をアピールするのです。
……初めにフィクションのヒーローが実在すると言いましたが、正義の味方というよりは企業の広告塔、エンターテイナー的な存在なのでやっぱりこの世に本物のヒーローなんかいないのかもしれません。
魔法少女なんかもそれっぽく見せてるだけで種も仕掛けもありますし。
うーむ。
「ご無沙汰しております、隊長殿。ヒーローチーム・リーヴスラシル所属パイオニア、調査任務から帰還したであります!」
わたしに向かってビシッとかかとを揃えて敬礼するこの子もそんなお雇いヒーローの一人です。
正義の味方的な思考と行動をする子ではありますが、お給料もらってる時点でなんか違うような気もします。
でも、お金が絡んだら正義ではないのかと問われたらそれもまた違う気もしますね。
「隊長殿?」
デスクの前に立っていたパイオニア・P子さんが訝しげな顔で訪ねます。
ぺたりと垂れる猫耳。
作り物ではなかなか出せない(無理ではないですが)自然な動きのそれは彼女が『創られた存在(ハイブリット)』である証です。
「ああ、すみません。少しぼーっとしていました。おかえりなさいP子さん。出張お疲れ様でした。ところでО太郎さんはどうしました?」
О太郎さん、ユグドラシオンのヒーローチーム・リーヴスラシルの乗り物担当です。
P子さんとお揃い、色違いの長いマフラーがトレードマーク。サボりグセがあるのと喧嘩弱いのが玉に瑕。
「活動報告を提出していただかないと困るのですが……」
P子さんとО太郎さんはここしばらくの間世界政府の未調査領域調査団にサブメンバーとして派遣されていました。
ユグドラシオン(雇い主様)に提出するためチームとして調査の活動報告を総括する必要があります。
詳細な中間報告はもらっているので、絶対にいないといけないということはありませんけれど。
「彼は……その、ミッドガル区の大型模型店で開催されるというブル四駆PROの公式大会とやらに出場するそうで……」
P子さんは目をそらしつつそんなことをいいます。
「職務放棄ですか」
ちょっと声が低くなります。P子さんに当たっても仕方がないのですが。
いえ、彼女の身体能力からすれば見た目の割にひ弱なО太郎さんを拘束して連行することなどたやすいのですから、彼女に責任がないとも言い切れないです。
「うっ……ええと、彼は、調査に出かける前からその大会を非常に楽しみにしていたようでありまして、無理やり止めるのはどうにも、忍びなく……」
どうもP子さんは彼に甘いところがあるような気がしますね。
サボリ魔のО太郎さんと真面目なP子さんでバランスが取れているようでいて二人とも書類仕事がほとんどできないのでP子さんの甘やかしのしわ寄せは直接わたしに降りかかってくることになります。
いつも最終的にわたしがやることになるとはいえ、挨拶もなしに丸投げというのは社会人としてどうかと思うのです。
「申し訳ありません、隊長殿……」
耳は垂れに垂れ、尻尾も力なく揺れています。
ここで出張帰りの彼女をどやしつけるのは大人気ないというべきでしょう、流石に。
それに彼女は真面目ですから、あまり責めると落ち込んでしまいます。
「分かりました。わたしがなんとかしましょう。そのためにいるようなものですしね」
ヒーローチーム・リーヴスラシルは『四色編成(フォーカラーチーム)』ですが、その内訳は
リーダー ピンク わたし お菓子作り、書類仕事担当
サブリーダー ホワイト P子さん 直接戦闘担当
ヒラ ブラック О太郎さん 乗り物担当
最終兵器 レッド 助手さん 最終兵器担当
となっております。
実際に現場に出るのは基本白黒の二人だけ。
なぜ戦闘力皆無のわたしがヒーローチームのリーダーなんぞをやっているかといえば、
とある敵性組織の悪の怪人であったお二人が、組織の滅亡に伴い下野
縁があった祖父の伝手でユグドラシオンでヒーローとして就職
その関係でなぜかわたしもヒーローチームの一員に。ノリノリで助手さんも参加
というようなことがあったからです。
祖父はユグドラシオンのヒーロー用装備研究所の所長でありながら趣味人ネットワークを通じてこっそり敵性組織の支援をしています。
お二人の所属していた組織にも祖父は一枚噛んでいたのでしょう。
なんというマッチポンプ。この世に正義はないけど悪はあるのです。
無理やり隊長にされてしまいましたし。わたしは表に出ない名ばかりヒーローなのです。
スタッフロールにひっそりと名前が載って視聴者さんに誰だよ? と首をかしげられる存在。それがわたし。
なんだかおじいさんのせいでやたらと変というか大仰な肩書きが増えてるのですよね最近。
正直困ります。講師の仕事も毎日あるわけではないですから仕事自体はそう忙しいわけでもないのですが。
「ぶかのしりぬぐい、たいへんだー」
「ちゅーかんかんりしょくのひあいです?」
「こ、こら、黙っとけであります!」
「いえ、いいですよ」
もう諦めています。
「ところで、中間報告は妙にできが良かったですけど、コツでもつかみましたか?」
形式に則った上ですっきりまとまっていて読みやすく、図面画像その他も適切に添付。すべての報告書はかくあるべしという感じでした。
いつもの二人の仕事ではありえないことです。
普段と違う環境に身をおいたことで才能が開花したのでしょうか。
P子さんと二人で手分けできるならかなり早く終わりそうなのですが。
「ああ、それならば、調査隊に参加していた『地球災害対策隊(ディザスターフォース)』志望だという方にやっていただいたのであります。見る間に終わらせてくれまして、流石にエリートは違うでありますな」
ポンと手を叩き、にこやかにそう告げますが、おそらく初対面の人に仕事を丸投げしたとは。
О太郎さん発案の気配がします。
同行していて、ついでの片手間仕事であったのかもしれませんが、後で調べてお礼を言っておかねば……
「では結局、書類仕事についてあなたは……」
「残念ながら、お役にたてないかと……」
再び暗くなります。まぁP子さんは肉体労働担当ですからいいんですけどね。
「ごくつぶしです?」
「まどぎわぞく……」
「ああああ……申し訳ありません……なぜ自分はこうもダメなんでしょう……」
妖精さんたち、反省しているのだからいじめないであげてください。
というかP子さんの妖精さんは少しはかばってあげるとかないんですか?
「あまやかすと、ためにならぬです」「たにのそこにまっさかさまです?」「かんぜんはんざいだー」
ああ、P子さんから欝雲が。
「と、ともかく、今回中間報告がしっかりしてますから最終報告についても作るのはそこまで手間じゃありません。長旅でお疲れでしょうしP子さんもО太郎さんと一緒に休暇申請しておきましょう。羽を伸ばしてきてください」
P子さんには気分転換が必要です。いくら書類仕事ができないといってもいるといないでは違いますが、これ以上欝られても困ります。
「し、しかし自分は」
「いいですから! ほら、その大会というのを見に行くなりなんなり」
肩を掴んでUターンさせ、無理やり部屋から押し出します。
身長高いとたまに便利です。本当にたまにですけど。
「た、隊長殿ぉー!?」
バタン、と書斎の扉を閉じると情けない悲鳴はうっすらとしか聞こえなくなり、やがて途絶えました。
あんな見た目普通の(?)女の子がいざとなればごっつい戦闘用アンドロイドをばったばったとなぎ倒し、飛び蹴り一発で巨大ロボを転倒させるのだから不思議なものです。
まぁそれだけ強くてもユグドラシオンの企業区では敵性組織の活動がほとんどないので他区への派遣以外に活躍の場がないのですけれど。
世界を救ったマザーBへの支持は厚いですからね。
端末を起動し、カタカタとキーを叩きつつぼんやり考えます。
この忙しすぎるわけではなく、かと言って暇すぎもしない、適度に仕事がある落ち着いた状態。
嵐のまえの静けさ、な気がします。こういう時は決まって何か面倒事が持ち込まれるのです。
それは退屈が嫌いなヒトがそばにいるせいなのでしょうか。