あくタイプを崇めよ、無理強いはしない。
セカンシティは街全体でトレーナー育成に力を注いでおり、地方でも有数のトレーナーズスクールがあることで有名だ。
「ククク…。俺様はギガン、あくタイプのエキスパートだ。今日から1週間よろしくなァ!」
ヤ◯ザが来た、と言うのが、赤と黒の2色が混じった髪を腰まで伸ばした少女・バルディアの素直な感想である。
今し方自己紹介を行った、ヒメンカに似た配色の髪を気障ったらしく流した男性・ギガン。彼は本日より1週間ほどスクールに通い、生徒たちのポケモンバトルの相手を務めるとのことだ。
話を聞くに、彼は卒業生らしい。
OB・OGを
***
アイツは悪の組織の親玉だ!
……なんて噂が生徒間で発生するのには、そう時間を要さなかった。
あっという間に『ギガン=悪の組織』やら『ギガン=何かを企んでいる』説が流布され、一部からは、彼を学校から追い出そうとする『ヒーロー』まで登場する始末である。
「ち、ちくしょー! 悪者のくせにー!」
場所はスクールの敷地内に何箇所か造られた、バトルコートの内の1つ。そこでは、ギガンを追い出す名目で勝負を挑んだものの、相棒のワンリキーが返り討ちにあったことで、少年トレーナーが地団駄を踏んでいる最中だった。
「ククク…! 俺様があくタイプ使いだからって油断したなァ。タイプ相性だけで勝てる程、ポケモンバトルは甘くねェンだよ、ククク……!」
もるぺこっ! と今し方ワンリキーを沈めたモルペコを撫でながらギガンが笑う。
勝負を挑む発端はともかく、一応ポケモンバトル自体は行えているので、その務めを果たせてはいるギガンだ。
オボンの実を彼から受け取り美味しそうに頬張るモルペコを見て、その愛くるしい姿から女子生徒はメロメロ状態。逆に、男子生徒はそんな女子たちの姿を前にギガンを睨み付けながら団結力を高め、打倒悪の親玉っ! と声を荒げていた。
子供ながらに「子供だなぁ」とそれを眺めていたバルディアは、ふと、ギガンが何かしていることに気づく。手元のメモ帳に向け、何かしらを物凄い速度で書き込んでいく彼を見て、疑問に思った彼女は何をしているのかと訊ねた。
すると、ギガンは「あン?」と声を漏らす。
「何をしているかだァ? …決まってンだろォが。さっきのバトルの問題点・良かった点、そこから考えられる改善案を分かりやすくまとめてやってンだよォ、ククク…!」
えっ、優し…。
不気味に笑うギガンを前に、バルディアは不覚にもそう思ってしまった。
***
「み、見ろ! あれは監視カメラか盗聴器を仕掛けているに違いないぞ…!」
「なんて悪いやつなんだ!」
物陰にて何かを話し合う男子生徒たち。彼らの視線の先にはやはりと言うべきかギガンがおり、通路の窓の近くで何かの作業を行っている様である。
人やポケモン問わず、何事も外見だけで判断することを嫌うバルディアは、先日のやりとりで既にギガンの人となりについては分かっている為に、臆することなく彼の近くへ移動して──その間、背後からは「危ないぞ!?」と慌てた声が聞こえたものの、彼女はこれをスルー。辿り着いた先でギガンに訊ねれば、彼は相変わらずの不気味な笑顔をこちらへと向けた。
「ククク…! 割り箸に布を巻き付け、輪ゴムで留める…。たったこれだけで、狭いサッシに詰まった埃を絡め取る、お手軽掃除グッズの完成だ……!」
「ポケモンバトルをしに来たんだよね?」
ギガンが行なっていたこと。それは、まさかまさかの校内清掃である。これには流石のバルディアもツッコミを入れざるを得なかった。彼の務めはあくまでも、生徒たちとのポケモンバトルを行う実戦形式での授業である。しかもこのスクールでは清掃員を雇っているし、何なら生徒たちで指定の時間に清掃を行なうことになっていた。
「ククク…。補修や改築で、俺様が通っていた頃とは随分と様変わりしちまったが──それでも俺様の出身校であることに変わりはねェ。…卒業生として、思い入れのある母校に何かしたくなっちまってなァ」
母校愛がすごい。
彼の手によって汚れを取り除かれ、その美しさを取り戻していく通路の窓たち。見る見る内に通路の窓がピカピカと輝き始める。
「どんな隙間にも入り込んで埃をごっそり絡め取りやがる、流石はおばあちゃんの知恵袋だぜェ、ククク…!」
ついでにおばあちゃんへのリスペクトもすごいギガンであった。
***
「み、見ろ! あれは何かの化学兵器を作っているに違いないぞ…!」
「なんて悪いやつなんだ!」
さて、別の日。何やら見たことのあるやりとりをする男子生徒2人の頭を「アホか」と小突くバルディア。彼女たちが居るのは調理室の前である。調理器具が揃うこの場所でどうやって化学兵器など作ると言うのか。
そんなやりとりを行う彼女たちの視線の先では、調理室にて、1人黙々と何かを作っているギガンの姿がある。「おい、危ないぞ!」と言う制止の声を無視して入室したバルディアが訊ねれば、ギガンは彼女に不気味な笑顔を向けた。
「ククク…。見て分からねェのかァ? ──お前らと親睦を深める為に、ポフィンを作ってるンだよォ、ククク…!」
「うちのクラス50人くらい居るよ!?」
加えて言えば、その手持ちを含めると、その数はとんでもないことになるだろう。
マホイップがイラストされたエプロンや三角巾を纏い、手際良く作業を続けるギガンを前にしてその労力を考えたバルディアは、思わず大きな声を出してしまった。
「わ、私も手伝うよ」
「ククク…! そいつはありがてェが、こう言ったことは自分でやってこそだ。……が、テメェのその申し出を無下にしちまうのも申し訳ねェ。──と言うわけで、作ったポフィンに問題がねェか味見を頼ませてもらおうかァ!」
えっ、美味し…。
食べたポフィンは欠片程の大きさであったが、正直、お店で販売されていてもおかしくない出来栄えだとバルディアは舌鼓を打つ。
***
…──そんなことをしている内に、あっという間に1週間が経過しようとしていた。
今日はギガンがこのスクールに居られる最終日。既に彼は顔が怖いだけで中身は良い人間であることは周知であり、生徒たちは男女問わず彼との親交を強めている。
「くそぅ、結局最後まで悪の親玉の尻尾を掴めなかった──うまっ」
「このままでは見す見す奴を取り逃がすことに──あまっ」
……極一部、未だに彼が悪の組織の親玉であることを信じて疑わない者も居るには居るが。
ギガンお手製のポフィンを頬張る2人組の姿を発見し、溜息を吐いたバルディアが立っているのは、中心にモンスターボールのマークが描かれた長方形のバトルコート、その片端である。対面にて両手をポケットに入れて不気味な──見慣れた笑みを浮かべているのは、ギガンだ。
既に彼の相棒であるモルペコはボールから外に出ており、彼の頭の上で元気にきのみを頬張っている。
「ククク…。逃げることなく俺様の前まで現れたか……褒めてやろう」
「そーいうこと言ってるから悪の親玉とか言われるんでしょ…」
「ククク…! 違いねェ」
まるで悪役の様なセリフを吐くギガンと、それを諌めるバルディア。
ギガンがスクールを去る前日、バルディアは彼にポケモンバトルを申し込んでいた。この数日間、他生徒とギガンのバトルを徹底して観察し、ギガンのモルペコを相手取った時にどうすれば有利に立ち回れるか、研究に研究を重ねた彼女は、満を持してギガンへの挑戦に一歩を踏み出した次第である。
「ルールの確認は必要かァ?」
「お互い手持ちは1体だけのシングルバトル。交代なし、道具の使用はダメ」
「分かってるンなら問題ねェな。それじゃァ始めるとするか……!」
ギガンのその言葉を合図に、バトルが開始された。
バルディアがモンスターボールを放り投げ、それが地面にぶつかれば、光線と共に彼女の目前に相棒の姿が現れる。
体色は黄。首元に白い体毛がファーの様に生え揃い、紐の先端に5円硬貨(の様なもの)をぶら下げた物を持っている。
さいみんポケモン・スリーパー。バルディアのパートナーであるポケモンは、やる気十分と言った具合で、ギガンたちを睨みつけつつ振り子を左右に揺らした。
「ククク…! あくタイプ使いである俺様相手に、エスパータイプで挑んで来るとは、片腹痛い…! いきなモルペコ、テメェの力を見せてやれ──」
獰猛に笑いつつモルペコへ指示を出そうとしたギガン。
しかし彼は、その途中で視界にある生徒たちの姿を捉えた。女子とそれを囲う男子の数名の集まりは、バトルコートをぐるりと囲う様に設けられた観客席にて、何やら会話を行なっている。彼らの視線はバルディアへ。より厳密に言えば、その手持ちであるスリーパーへと。更に言えばその表情も、バルディアの勝利を応援すると言うよりは、どこか、彼女たちを嘲弄しているかの様な──いやな、笑み。
「──と。思ったが、ククク…。この数日の間でモルペコには対策が練られているだろォからなァ。ここは少し、別のポケモンを使わせてもらうとするか…!」
その発言に驚いたのはバルディアである。この数日で築かれた彼女の作戦は、対モルペコ用に調整された物だ。これでモルペコ以外のポケモンを出されてしまっては意味がない。
「ちょっと、直前にそんなのって卑怯じゃない!」
「ククク…! なんとでも言いなァ! 卑怯・汚いはあくタイプ使いにとって最大の褒め言葉だ。──来い!」
非難するバルディアに対し、ギガンは笑みを深めるだけであった。自身の頭の上から飛び出そうとしていたモルペコを止めた彼は、ホルスターからハイパーボールを放り上げる。
一体、どんなポケモンが飛び出すのか。生徒たちの脳裏には、ブラッキーやレパルダスと言った、可愛い系の姿が思い浮かべられた。今までギガンがモルペコばかりを使っていたことから、自然とそう言ったイメージが定着していたからである。
しかし彼らの予想は裏切られた。
地面にぶつかった衝撃でボールから吐き出されたのは、サイケデリックな軟体に、幾つもの有毒物質の結晶を浮かび上がらせたポケモンである。
その名も…、
「…──ベ、ベトベトンだあっ!?」
ヘドロポケモン・ベトベトン、そのリージョンフォーム。
彼らが通った後には、草一本残ることがない程、その体には猛毒が溜め込まれているとされている、実に恐ろしいポケモンである。そんなベトベトンの登場に、パニックとなるのは必然だ。
阿鼻叫喚の地獄絵図。悲鳴を上げながら逃げ惑う少年少女の姿を眺めるギガンは、その不気味な笑みをより一層深める。
「ククク…! コイツをただのベトベトンと思ったら大間違いだ。──何を隠そう、コイツは本場アローラで1年をかけ、ありとあらゆるゴミを喰らい尽くした恐るべき個体…! コイツが通った後には草木は疎か、塵1つ残らねェ!」
うわぁ、すごいキレイ。
ズリズリと軟泥で出来た体をベトベトンが引き摺る度、バトルコートが磨かれた大理石の様な輝きに包まれて行くのを見て、バルディアは何とも言えない表情となった。
環境汚染問題を解決する為に、敢えてベトベトンの様な生態のポケモンがあてがわれる話は聞いたことがあったが、彼のベトベトンもその手の類なのだろう。
訓練を積んだのか、悪臭などはベトベトンからは発せられておらず、落ち着きを取り戻した生徒たちは、次第に観客席に戻りバトルの行方を見守り始めた。
「さァて早速行くとするか……。ベトベトン、〝とける〟だ!」
十分に混乱が収まったところで、ギガンがベトベトンに指示を繰り出す。
元々、半流体だったその体は更に柔らかさを得たことで、バトルコート全体を包み込む勢いで広がって行った。
「続けて〝とける〟!」
立て続けに指示を受けたベトベトンによって、既にコートの3/4がカラフルなヘドロの海に飲み込まれる。
すごい…、と、バルディアは自身も気付かない内に声を漏らした。体を液状に変化させることで、
「ククク…。単純な変化技も、訓練を積めばここまで
「〝リフレクター〟!」
スリーパーの四方を囲んでいたヘドロが脈動を行えば、一斉にその体目がけて襲いかかった。指示を受けたスリーパーは念動力を用いて壁を形成し、それを自身の周囲に展開することで身を守り抜く。
「──俺様のベトベトンの〝かみくだく〟は、〝リフレクター〟だけで耐えられるほどヤワじゃねぇ。となると……ククク、〝じこあんじ〟か」
暗示により、相手にかかった補助効果を自身にも付与する〝じこあんじ〟。〝とける〟を重ねたベトベトンの防御力をコピーしたことで、スリーパーは先程の攻撃を耐えたのである。
物理的攻撃力に優れるベトベトンの一撃を耐えたこともそうだが、目を見張るべきなのは、バルディアの指示を受けていないにも関わらずスリーパーが〝じこあんじ〟を行ったことだ。
「ククク…! 敢えてポケモンの自己判断に委ねる、か。並大抵の信頼関係じゃァ、まず出来ない芸当だ。──〝ちょうはつ〟」
「っ!」
「スリスリ…!」
ヘドロ海の一部が盛り上がったかと思えば、形成された手の様なものが指を揺らし、かかってこいとでも言わんばかりに挑発した。それを見たスリーパーは眼光を鋭いものに変え、闘争心を露わにする。
(……これで変化技は使えなくなったけど、まだ負けた訳じゃない!)
〝ちょうはつ〟によって変化技を封じられ、タイプ相性、レベル差や、トレーナー自身の経験値の差もある。
何を取っても不利なこの状況、しかしバルディアとスリーパーの闘志は一切揺らぐことはない。真っ直ぐにこちらを見据える彼女たちの視線に、ギガンは口角を一層吊り上げ、笑みを深めた。
「良い眼じゃねェか…! 俺様に見せてみなァ、テメェらの全力! 〝ヘドロウェーブ〟!」
ギガンが声を張り上げた直後、ヘドロの海が爆発的な動きを見せる。隆起したその様はまさに『壁』。スリーパーを飲み込もうと迫り来るその一撃を前に、バルディアが声を張り上げた。
「スリーパー、〝マジカルシャイン〟!」
繰り出されたのは、光の束。〝マジカルシャイン〟は『壁』の一部に風穴を開け、生み出されたそこへスリーパーは駆け出す。エスパーらしからぬ、力強い跳躍を見せたスリーパーの視線の先には、大技を放ったことで露わになった『本体』の姿が──。
「〝きあいだま〟!」
放たれる、高濃度のエネルギーの塊。ベトベトンに向けて放たれたそれは、着弾と同時に辺りに衝撃と土煙を広げる。
そして──。
***
「…──ククク…! この俺様が教育を施してやったんだ、立派なトレーナーになるんだぞテメェら…!」
この1週間で随分と懐かれたもので、彼を見送る為に多くの生徒が集まっていた。別れを惜しむ彼らへ、エールを送ったギガンが細部まで作り込まれた校門を通ると、横合いから声をかけられる。
声の方向へ視線を向ければ、そこにはバルディアが居た。
「何だ、こんなところにいたのか。見送りの時に姿が見えなかったから、てっきり嫌われたものかとヒヤヒヤしたぜェ、ククク…!」
「あの程度で嫌ったりしないから、悔しかったけどさ」
さて、今日行われたベトベトンvsスリーパーの試合の行方だが、〝ヘドロウェーブ〟を突破したスリーパーによって、渾身の〝きあいだま〟が放たれたのは『本体』を真似た体の一部であった。その後、背後からの〝かみくだく〟によって、スリーパーは戦闘不能となる。
スクール入りたての幼児から、学年のエースまで。誰1人として一切勝ちを譲らなかったギガンに対し、バルディアも善戦したものの、その結果は惜しくも一歩及ばなかった。
「………ありがと」
バルディアの唐突なその一言に、ギガンはいつもの調子で笑い、「何のことだァ?」と声を漏らすと、ほんの少しだけ、間を置く。
「…──悲しいが、その見た目や生態、タイプや過去の出来事から、偏見を受けちまうポケモンが居ンのは事実だ。丁度、俺様のベトベトンを見てあいつらが逃げ出した様になァ」
ギガンの言葉を聞き、バルディアは僅かに目を伏せた。
さいみんポケモン・スリーパー。彼女の相棒であるそのポケモンは、過去に起きた誘拐事件などの影響から悪印象を与えられ、気分を害される様な仕打ちを受けたことが多々あったのである。
「だが、ククク…! 外野なんざ好きに言わせておけ。今日みてェな熱いバトルを見せてやれば、テメェらに対する認識なんざあっという間に覆るだろうからなァ…!」
獰猛な笑みを見せるギガンに、バルディアは少しばかり照れ笑いを浮かべる。気付かないふりをしていただけで、陰で自分たちがどんな風に言われていたか、それを知っていた彼女にとって、その言葉は心の底から嬉しさを覚えるものだった。
「俺様はもう行くぜ。縁があれば、またどこかで会うかもなァ、ククク…!」
「──その時は、ポケモンバトル! 今度は負けないよ!」
楽しみにしておくぜ。
その言葉を最後に、ギガンはスクールを去って行く。
バルディアは、彼の背中が見えなくなるまで手を振り続けた。
技構成とかは割と雑です。
好きなポケモンのタイプは?(忖度無しでお答え下さい。)
-
ノーマル
-
ほのお
-
みず
-
でんき
-
くさ
-
こおり
-
かくとう
-
どく
-
じめん
-
ひこう
-
エスパー
-
むし
-
いわ
-
ゴースト
-
ドラゴン
-
あく
-
はがね
-
フェアリー