あくタイプを勧めよ、常識の範囲内で。
場所はセカンシティを抜け、3番道路を進んだ先。
南西に位置するお隣のヨツバタウンと協力し、海底遺跡の調査や地質学研究に力を注いでいるトライシティは、都市部でありながらもビル群などの建造物は少なく、博物館や研究施設の方が多いくらいであった。
また、全体的に古代遺跡をモチーフにした外装やデザインの為、現代から切り離された街並みはどこか、ノスタルジックに似た感情を彷彿とさせる。
ポケモンの進化に必要な石や、単純な能力強化用の類を数多く販売しており、特産品である各種タイプのジュエルを扱う売店では、今日もうれしい悲鳴が上がっていた。
「タタッコー? うぉーい?」
そんなトライシティにて、ポケモンの名前を呼びつつ辺りを散策している人物が居た。
背格好は中肉中背。モンジャラに似たボリュームのある頭髪は薄い桃色。眼鏡の奥では覇気の見られないタレ目が、キョロキョロとあちこちに向けて動き回っている。
上下ともジャージの、如何にも『惰眠を貪っていました』な格好をしたその人物は、シバザと言う青年であった。
「タタッコやーい」
寝起きで気だるそうに声を漏らす彼は、現在自身の手持ちであるタタッコを探している最中である。
シバザはトレーナーではないのだが、いつの頃からか自宅に居着いて以来、縁を感じたことから、スクール時代に触れたのが最後のモンスターボールを購入し、晴れてタタッコとパートナーの関係を結んでいた。
相棒、と言うとむず痒さを覚える程度の仲である彼は、今朝──と言うには少し遅い時間帯にて、目覚めた時にタタッコが居ないことを即座に察知。こうして家を出て探し回っている次第である。
「──ククク…。よォ、探しているのはこいつかァ?」
ふと発せられた声に振り返ると、シバザは「ひぃっ」と情けない声を漏らした。
彼が捉えたのは、長身の男性である。服の上からでも分かる引き締まった肉体に加え、ギラついた眼光を放つ切長の双眸。黄色から赤、赤から緑へとまるでヒメンカの体色の様なグラデーションの髪を、気障ったらしく流した男性は、シバザに不気味な笑顔を向けていた。
背丈や筋肉質な肉体に加え、口角を吊り上げたその表情。10人が見れば15人が悲鳴を上げるであろうその外見を持った男性は、シバザの方へと歩み寄り始める。
すわ、強盗か。
そんな風に考えたシバザであったが、そこで漸く男性の先程の言葉について頭を働かせ、次いで彼が抱きかかえているポケモンが、自身が探していたタタッコであることに気付く。
どうやら男性はシバザにタタッコを届けに現れたらしい。「ああありありがとうござざざざ」と、元来、小心者の彼は恐怖から声を震わせながらも、必死に感謝の言葉を男性に述べた。
「ククク…。出会い頭に〝いわくだき〟を仕掛けて来てなァ。良い一撃だったぜ。中々見所のあるタタッコだ、ククク…」
「すんまっせんしたァ──!!」
「うォッ」
記録、0.24秒。
シバザの人生において最速の土下座であった。
***
別に気にしてねェ、と男性は語るも、後々何かを請求されても怖いので、取り敢えず謝罪を兼ねて昼食を奢ることにしたシバザ。
自分の今の格好がジャージであることなどお構いなし、知っている中でも一番高級な料理店……に、入ろうとしたところで、予想外にも男性の方からチェーン店の要望が入った為、急遽そちらへと移行。
(……気を遣われた?)
などと考えつつ、運ばれて来たカルボナーラをフォークで突くシバザ。対面の席の男性・ギガンは、ハンバーグやスパゲティにチャーハンなどが一皿に纏められた……『大人用お子様ランチ』みたいな一品に舌鼓を打っている。
膝の上で「俺にもそれ食わせろうおおおおおおお!」と暴れるタタッコを抑えつつ、シバザはあらためて頭を下げた。
「その、本日は誠に申し訳なく…」
「ククク、気にすることはねェ。元々タタッコは好奇心旺盛で、何でもかんでもブン殴る習性のあるポケモンだ。特に怪我もしていねェし、こうしてメシまで奢ってもらっちまったからなァ。──まァ、心配なら俺様からは何も要求しねェ旨の念書を作るが」
言うや否や、ボールペンで自身の指を黒く塗り潰し、ボディバッグから取り出した用紙に押し付けたので、シバザは半ば悲鳴を上げながらそれを拒否する。
白紙の念書なんて言う恐ろしい物を目の当たりにしたことで、彼のバチュルの心臓が早鐘を打ち、そこらじゅうから冷や汗が噴き出始めた。
その見た目に反し、別ベクトルに向けて恐ろしい人物である。米一粒残すことなく、綺麗に食べ終えた皿を前に両手を合わせるギガンを前にして、シバザは素直にそう思った。
「…──ところで、アンタはトレーナーか?」
さて。なんとも心臓に悪い食事を終え、店を後にした別れ際のことである。ふとした様子でギガンに訊ねられたシバザは、若干慌てながらそれを否定した。
自分は冴えないフリーターであると語る彼に、ギガンは「そォか」と短く声を漏らす。
「いや、なに。そのタタッコだが、多分バトルがしたいんじゃねェかと思ってなァ。戦う相手を探して出歩いた可能性もあるかもしれねェぜ、ククク…」
その言葉を最後に、シバザはギガンと別れ、帰路に着いた。
「……君、バトルしたいの?」
「?」
道中、そう訊ねるも、腕の中のタタッコは不思議そうにこちらを見つめるだけである。
***
翌日、天気は晴れ。
日光を浴びると気力を失うタイプの人類であるシバザは、なけなしの気力を振り絞って近所の公園へ足を運んでいた。まだ朝と呼べる時間にも関わらず、意外と人が多いことに、出不精の彼は舌を巻くことになる。
「ええっと、なになに…? 〝いわくだき〟に〝にらみつける〟、それと〝しめつける〟……」
ぷっちゅぴぎゅるーっ、と鳴き声を上げるタタッコにシバザが向けているのは、市販で買える簡易性のポケモン図鑑だ。
カメラを向けることで、対象の
「特性は〝じゅうなん〟……。まあ、柔らかいしね」
普段を家の中で過ごす生活のタタッコは、シバザと共に外に出たことを新鮮に思っているのか、ぶんぶんとグローブに似た形状の諸手を振り、元気な様子を見せていた。
そんなタタッコに向けて、シバザはしゃがみ込むと両の掌を構える。さながら、ボクシングのスパーリングミットに見立てた格好だ。
「よ、よーし来いタタッコ。〝いわくだき〟っ」
先日出会った男性、ギガン。彼の『タタッコはバトルをしたい』と言う言葉が気になり、しかし自分はトレーナーではないし…、と1人悩んでいたシバザが導き出したのは、タタッコの運動相手になることだった。こうすれば多少はタタッコも満足して、この前の様に突然家を飛び出すこともしないだろうとの考えである。
少しばかり屁っ放り腰なシバザの言葉に、タタッコは目を輝かせつつ構えを取った。彼の考えは存外的を射ていた様で、嬉しそうにしているタタッコを見たシバザは、ホッと安堵のため息を吐く。
直後だった。
「ぐわあ──っ!?」
タタッコの〝いわくだき〟が命中した瞬間、受け止めた掌が衝撃で弾かれ、その手首からはごりっ、と嫌な音が発せられ、結果としてシバザは激痛に悲鳴を上げることになる。
進化前の種ポケモンと言えども、ポケモンはポケモンだ。火炎を吹き、大地を隆起させ、時に天候すらも操る彼ら彼女らの力を侮った故の……トレーナーではない素人考えから来た悲しい結末である。
悲鳴を聞き、何事かと駆け付けるのは公園内でポケモンバトルを行なっていた少年少女たちだった。痛みに悶えるシバザを前に、「ばっかでー」やら「自業自得じゃん」と、中々に言いたい放題であるが、今のシバザにはそれに言い返すだけの余裕が存在しない。
まるで『これじゃあ相手にならない』とばかり、不満そうに、べちんっ、べちんっ、と追撃の──ただのパンチを繰り出すタタッコ。五分ほどが経過した頃、漸くシバザが力無く立ち上がる。
彼はちょっと泣いていた。
「おにーさん、その子がちっちゃいからって甘く見たらダメだよ」
「うん…。今、心の底から後悔してる」
スクール生と思しき幼女が、先達として呆れた様子でシバザを嗜める。わふっ、と手持ちらしきガーディが主人の隣で可愛らしく鳴き声を上げた。
〝いわくだき〟自体、そこまで威力の高い技でもないのだが、実際にはご覧の有り様である。これは中々どうして大変だ、と頭を悩ませるシバザであったが、案外すんなりとその解決策は導き出された。
そう、自分で…と言うか、生身の人間では付き合えないのであれば、同じポケモンにして貰えば良いのである。自分はトレーナーではない為にバトルはてんで分からないものの、トレーナー同士のバトルなどに、このタタッコを混ぜて貰えば良いのだ。
……と言うか、記憶が正しければギガンはタタッコの〝いわくだき〟を受けて怪我は無いと言っていた気がするが…?
兎にも角にも、これにて万事解決、我ながら良い考えだと笑みを浮かべるシバザ。そうと決まれば早速とばかり、彼は自分とタタッコを取り囲む少年少女らに提案を行う。
「ねぇ、君たち。お願いがあるんだけど──」
***
タタッコをバトルに混ぜてもらったお礼として、モンスターボールやらキズぐすりを受け取った少年少女は、元気に手を振って公園から走り去って行った。
時刻は昼時。そろそろご飯にしようと、シバザもそれに続こうとベンチから腰を上げる。
「よーし、帰るよタタッコ」
「みゅぎーっ!」
「駄々こねないの」
「タタッ!」
だだっこポケモンを相手に、駄々をこねるなと言うのも変な話ではある。
まだまだ遊び足りないと暴れるタタッコを、苦笑しつつ眺めるシバザは思考を巡らせた。
タタッコの欲求解消の為に、今日の様に公園に訪れるなどしてトレーナー同士のバトルに混ぜてもらうのは良いかもしれない。毎日は難しくとも、休日であれば問題ないだろう。…少々、出不精気味の自分にはキツイものがあるかも知れないが、と。
そんな具合に、若干げんなりするシバザが耳にしたのは、べちんっ、と言うタタッコの柔らかくも威力のあるパンチが何かに衝突した音である。
何だ、と音の出どころを探ろうとシバザは視界を巡らせ──そうして捉えたのは、いつの間にか自分の足元から居なくなっていたタタッコが、公園に居た他の人物たちに拳をぶつけた、丁度その瞬間であった。
ひゅうぅ、と彼の喉が変な音を鳴らすが、それも仕方のないこと。今し方タタッコに殴られたのは、どこからどう見てもバッドなガイであったからだ。
3人組の彼らは、その内の誰かの手持ちであろう、ヒールポケモン・ガオガエンにタタッコを摘み上げさせると、顔を青くしているシバザの元へと一直線に向かって来る。
タタッコを見捨てるわけにもいかず、シバザは死刑宣告を受ける気分で、彼らが目前に到着するのを震えて待つことになった。
バッドガイの1人は、ガオガエンにまるでボールの様に鷲掴みにされたタタッコを指差しながら。
「よー、これアンタのポケモン?」
「い、いやあの…」
しどろもどろになるシバザに、バッドガイは一見朗らかに笑うものの、その手はシバザの胸ぐらを掴み上げている。
「どーゆー躾してんのねぇ。オレのお気に入りのズボン汚れちゃったんだけど?」
「すみません…」
「あ゛?」
「す、すみません……!」
自分を情けなく思いつつも、下手なことをすれば痛い思いをすることなってしまうし、最悪なのはタタッコに危害が加えられてしまうことだ。何とか穏便に済ませようと、下手下手に出る。プライドなんてもの、彼にとっては百害あって一利無しも同然なのだ。
「分かってるよね? 出すもん出そっか」
日々を重ね持ちしたアルバイトで潰すシバザは、泣く泣く財布から数枚の札を取り出し、手渡す。額の低さから、受け取ったバッドガイは舌打ち混じりにそれをポケットに捩じ込むと、ガオガエンに指示を下し、タタッコを解放──と言うよりも、放り投げた。
それを慌ててキャッチすれば、自分が何をしたかよく分かっていない様子で、タタッコはシバザの腕の中にてガオガエンに闘争心を露わにしている。
手痛い出費となってしまったが、タタッコが無事であったので良しと思うべきだろう、シバザはこれ以上問題を起こしたくは無いので、そそくさとその場を後にした。
「ガオガエン、〝ほのおのパンチ〟」
──する直前。聞こえて来たその言葉に、シバザの思考は真っ白になる。
振り返って彼が目にしたのは、既に興味の失せた様子で仲間と共にその場を後にしつつあるバッドガイと、拳に炎を纏わせ今まさに突き出そうとしている、牙を剥いた獰猛な表情のガオガエンだった。
「っ! タタッコ!!」
咄嗟に、反射的に、自然と。
弾かれる様に動いたシバザは、その体全てを使ってタタッコを包み込んだ。
↓キャラクターの名前の由来は今のところこんな感じです。
・ギガン→アリウムギガンチューム
花言葉は『不屈、円満な人柄』
・カモミ→カモミール
花言葉は『逆境に耐える、逆境で生まれる力』
・バルディア→ブバルディア
花言葉は『友情』
・シバザ→シバザクラ
花言葉は『臆病な心』
好きなポケモンのタイプは?(忖度無しでお答え下さい。)
-
ノーマル
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ほのお
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みず
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でんき
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くさ
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こおり
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かくとう
-
どく
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じめん
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ひこう
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エスパー
-
むし
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いわ
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ゴースト
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ドラゴン
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あく
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はがね
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フェアリー