あくタイプをすこれ、いやもう好いているか。
「──ククク…。無抵抗の人間相手にポケモンを
バッドガイの機嫌を損ねたことで、その手持ちであるガオガエンから〝ほのおのパンチ〟を見舞われることとなったシバザ。
悪逆非道の一言に尽きる攻撃に対し、自身の体でもってタタッコを庇ったシバザであるが、彼の身に到来したのは〝ほのおのパンチ〟による高温と衝撃ではなく、一日前に出会った男性の声であった。
固く閉じていた瞼を開き、そうしてシバザが見たのは、自身を守る様にして立ち塞がった、男性と、その手持ちと思しきポケモンの背中である。
一方はヒメンカの様な髪色をした長身の男性・ギガン。彼の目前にてガオガエンの〝ほのおのパンチ〟を制しているのは、緑色の体の至る所に棘を生やした、カカシぐさポケモンであるノクタス。
ほのおタイプの技は、あく/くさタイプであるノクタスにとっては
「……突然現れて、なんなのアンタ? オレは別に、レーギのなってねえソイツに、社会のなんたるかをキョーイクしてやっただけなんだけど。まるでオレが悪者みたいな言い方、やめてくれる?」
悪いことしたら何されたって文句は言えないだろ、とバッドガイが言えば、その取り巻きが続いてせせら笑う。
シバザがガオガエンに攻撃を仕掛けられるまでの一連のやり取りを、ギガンが目撃したことを彼らは十分理解していた。その上で余裕を見せているのは、彼らにとってギガンは取るに足らない存在だからだろう。こちらはガオガエン、対して彼は相性不利のノクタスだ。バッドガイたちがそう思うのも無理はないだろう。
「丸ごとぶちのめせ。ガオガエン、〝フレアドライブ〟」
一度ノクタスから距離を取る為に、飛び退いたガオガエンに向けてバッドガイは指示を飛ばした。人相手に何の躊躇いもなく攻撃を仕掛けられるその精神にシバザは改めて顔から血の気を失せ──しかしながら、いつまで経ってもガオガエンがバッドガイの命令を熟すことはなく、彼らは眉を
「おい、ガオガエン…?」
不思議に思ったバッドガイが、つぃ、と横合いに視線を向けた。そうして彼が見たのは、全身の毛を逆立て、牙を剥き出しにして唸り声を上げている自身の手持ちである。ノクタスとギガンのコンビに向けて、闘争心を剥き出しにした鋭い視線を注ぎ続けるその様子を前に、バッドガイたちは混乱。対してギガンは、「ククク…」と不気味な笑顔のまま、独特の笑いを発していた。
「トレーナーと違って、そのガオガエンの
ガオガエンの異常な様子を前に、ギガンのその言葉を受けたバッドガイたちの間に、緊張が伝播する。表情を強張らせた彼らに向けて、ギガンは僅かに笑みを引っ込めながら語った。
「──御託は良い、聞く気もねェ。来な
***
──先ず前提として。ガオガエンの身長は個体にもよるが、平均して1.8m前後。対してノクタスは1.3m程と、その差は0.5m。そこそこの差である。
〝ほのおのパンチ〟を受け止められたガオガエンの脳裏に浮かんだのは、『岩山』だった。自身の体躯を大きく超える背丈の岩塊を殴りつけたかと思える程、拳に伝わって来た反動が堅く、そして微動だにしなかったのである。
「──ガァアアオオオオッ!!」
──そんなことは。彼我との力の差がそこまで隔たっているなど認めないとばかり、ガオガエンが咆哮を上げた。己を誇示するかの如くその筋肉は膨れ上がり、赤と黒の体毛が逆立つことで、側から見れば一回り程度体の大きさが増した様に見えることだろう。
特性の〝いかく〟が発動。これで多少なり、ノクタスは萎縮したことで本来の力を発揮出来なくなる。
「ワケ分かんねえこと言ってんじゃねえぞテメェ…ッ。ガオガエン、〝フレアドライブ〟だッ!」
「ノクタス、〝ねをはる〟。続けて〝ニードルガード〟」
猛々しい炎で全身を覆ったガオガエンが突撃し、対するノクタスは足底から生やした根を地中深くまで伸ばすことで、その場に体を固定した。
〝ねをはる〟はその場から動いたり、他のポケモンと交代を行えなくなるデメリットが存在するものの、地中から栄養を補給することで継続して体力を回復することが出来る技である。
選択を誤れば一気に窮地に立たされる、使い所の難しい技だ。それはギガンも承知の上であり、それを補うべく続け様に指示を飛ばす。
「ガオァ!?」
業火の塊となったガオガエンが悲痛な声を上げた。
ノクタスが繰り出したのは、自身の棘を伸ばして防御する、〝ニードルガード〟。攻撃を無効化するだけでなく、直接攻撃で接触した相手にダメージを与える、攻防一体となった技である。
予想外の痛みで怯んだガオガエンに向けて、ノクタスが片腕を引き絞った。その体表にある棘はより一層鋭さを増している。
「〝ニードルアーム〟だ」
「ノォ……ックス!」
ノクタスが拳を振るい、その棘だらけの腕がガオガエンの顔面目がけ、容赦なく振るわれた。ザグリ、と言う音は寧ろ、ギガンの後ろで腰を抜かしていたシバザの方が顔を覆ってしまう程である。
「ギガァオ…っ!!」
痛みで悶えつつも、ガオガエンは冷静ではあった。一度体制を立て直す為に距離を取り──
「──俺様のノクタスは寂しがり屋でなァ。そんな遠くに行かずに、もっと近くで遊んでやってくれよォ、ククク…!」
直後、根を張っていた筈のノクタスがガオガエンの目前まで距離を詰めた。
これに驚いたのはバッドガイである。「な!?」と驚愕を露わにする彼の目前で、ノクタスがガオガエンに向けて
「ガォオオオ……ッ!」
ほのおタイプのガオガエンにとって、その一撃はかなり手痛い。追撃を喰らう前に〝フレアドライブ〟を発動したガオガエンは熱波でノクタスを吹き飛ばし、距離を取らされたノクタスはギガンから〝ねをはる〟の指示を受け、今度は足からではなく、手先から根を伸ばし──そうして十分に根を走らせたところで力任せに手を引き上げれば、土石製のグローブの完成である。
「怯んでんじゃねえぞガオガエン! 〝DDラリアット〟で迎え撃て!」
バッドガイの指示に、苛立った様子を見せながらも従うガオガエン。拳を握り両腕を広げ、まるで竜巻の様な高速回転を行い、ノクタスの土石を伴った〝ニードルアーム〟を粉砕した。
バラバラと音を立てて、辺りに砂や砕けた石が散らばる。
ノクタスが根を伸ばして土石を掴み、ガオガエンがそれを迎撃する──そんな応酬を、その後も数回繰り広げた頃。ギガンはボディバッグからあるものを取り出すと、それを背後のシバザとタタッコに投げ渡した。
シバザは慌ててそれをキャッチ。
「あ、あのっ。コレは!?」
「ククク、防塵ゴーグルだ。タタッコにもつけてやりな!」
彼らに手渡した物と同じ物を自身も装着したギガン。シバザたちがゴーグルを着け終えたことを確認した彼は、ノクタスに向けて声を発する。
「そろそろ頃合いだなァ。ノクタス、テメェの本気を見せてやりな。──〝すなあらし〟!」
体内でエネルギーを練り、それを地面に向けて放つと、ノクタスを中心にして辺りに散らばっていた土石が脈動し──直後、強風に乗りそれが辺り一面に吹き荒れた。
昼時でギガンたち以外に人が居ないこともあり、ノクタスは気兼ねなく大規模な〝すなあらし〟を引き起こす。公園全体に及ぶ砂嵐によって、ギガンやシバザの様にゴーグルを身に着けていないバッドガイたちは、揃って悲鳴を上げることになってしまった。
口に潜り込んだり、目に入り込んだ砂塵で仲間たちが悲鳴を上げる中。ガオガエンのトレーナーであるバッドガイは黄土色に飲まれた視界の中で、混乱に陥っていた。
(〝ねをはる〟、〝ニードルガード〟、〝ニードルアーム〟に〝メガトンキック〟……更に〝すなあらし〟だと!? どう言うことだ、ポケモンの技は4つまでで限界の筈だ!)
──その効果を十分に発揮し、『技』として扱えるのはどんなポケモンであろうとも4つまで。例えそれが野生であろうとトレーナーが付いていようと、ジムリーダーや四天王、チャンピオンのポケモンであろうとも、その『摂理』からは逃れられない。
ポケモンと言えど、彼ら彼女たちも生物である。その脳には許容量があるし、処理能力にも限界が存在するのは仕方のないことだ。
にも関わらず、目前の男とそのポケモンはそれをひっくり返して見せた。バッドガイの混乱は最早、恐慌一歩手前まで進んでしまっている。
(何が、どうなって……!?)
***
種明かしをすれば、ノクタスは4つの技しか覚えてはいない。
〝ねをはる〟、〝すなあらし〟、それとまだ見せてはいない近接戦闘用の〝だましうち〟と、遠距離迎撃用の〝エナジーボール〟が、ノクタスが覚えている技である。
〝ニードルアーム〟及び〝ニードルガード〟は、根を張った時に得た余剰エネルギーで棘を成長させ、それらの技を模倣したに過ぎない。本来の技の威力や効果の2割も出せてはいないだろう。
ノクタスの元来の攻撃力の高さと、訓練によって得た優れた技巧が組み合わさることで初めて効果を発する芸当だ。見事相手は術中に嵌り、冷静さを欠くことで本来の力を発揮出来なくなっていた。
実際に戦闘を行うポケモンの負担を少しでも軽減する為、ギガンが注力する盤外戦術。その心理を揺らがせ、虚を生み出させれば、後はそこを衝くだけだ。
指示をくれと言わんばかり、ノクタスはゆっくりと振り返り、笠の下から僅かに覗かせた金色の瞳で、ギガンを真っ直ぐに見据える。
相棒の力強いその眼光に、ギガンは一層笑みを深めた。
「ククク…! 決めてやりな、ノクタス! 〝だましうち〟だ!」
その声を聞いた、ノクタスは…。
「──ノッ?!」
「こ、コラこのおバカさんがァ! 〝すなあらし〟が強すぎて俺様の声が聞こえなくなっていやがる!? 〝だましうち〟だノクタス、〝だーまーしーうーち〟!」
「ノォッ!!?」
「〝だ・ま・し・う・ち〟ィッ!!」
漸く聞こえたらしく慌てて駆け出す、ちょっとお茶目なノクタスであった。
***
激しい砂嵐に視界の殆どを奪われつつも、こちらに向かって来たノクタスの影に、ガオガエンは何とか対応する。真っ直ぐに突っ込んで来たノクタス目掛け、〝ほのおのパンチ〟を繰り出し……、
「!?」
しかしながら、振るった拳が捉えたのは『砂の塊』である。ざざざァ、と音を立てて崩れる虚像に驚愕していると、横合いから棘に覆われた拳が振るわれ、予想外の一撃にガオガエンの巨体が僅かに揺らいだ。
「ガ……ガオガァア!」
攻撃が飛んで来た方向へ、乱雑に爪を振るう。が、捉えたのはやはり砂。そうして即座の対応が不可能な角度と方向から攻撃が飛来し、そちらに向かい、また別方向から。
「くそ…っ、落ち着けガオガエン! 冷静に…!!」
既に、ガオガエンにトレーナーの声は届いていない。やたらめったらな攻撃を四方八方に繰り返し行い、そしてその悉くを外し、一方的に攻撃を受け続ける。
ノクタスの特性〝すながくれ〟。天候がすなあらし状態の時、砂塵によるダメージを無効化しつつ、隠密能力が上昇する特性だ。更にそこに巻き上げた砂を囮にする技術も組み合わせることで、ギガンのノクタスは驚異的な隠密を見せている。
「ガァアアオオオオガオァアッ!!」
繰り出された〝フレアドライブ〟。なけなしの余力を持って発せられた熱波は辺りの砂を纏めて吹き飛ばし──それと同時に〝すなあらし〟の効果が解除され、クリアになったガオガエンの視界がノクタスの姿を捉える。
「──ノォック!」
──よりも早く、懐に潜り込んだノクタスが〝だましうち〟を放った。鋭いアッパーカットじみた一撃により、ガオガエンの意識は途切れ、その体が大地に沈む。
***
ガオガエンが戦闘不能となり手持ちを失ったバッドガイたち。その人相を活かしたギガンに詰め寄られ、シバザから奪った金銭を返却した彼らは、倒れたガオガエンをボールに戻すと大急ぎで公園から逃げ帰って行った。
「ククク…。よォ、終わったぜ」
バトルが終わった後も、タタッコを抱えて暫く呆然としていたシバザに、ギガンが手を差し伸べる。差し出されたその手を掴み立ち上がったシバザは、思わずと言った様子で訊ねた。
「──僕、も。今からじゃ、遅いかも知れませんけど。……貴方みたいな、ポケモントレーナーに、なれるでしょうか…」
昔から、シバザにはトレーナーとしての才覚と呼べるものがおおよそ存在しない。テストで良い点を取ったとしてもそれを実践するとなるとさっぱりであり、負けに負けを重ね──いつしか彼は、『自分には無理だ』と答えを出してしまった。
そうして夢を諦めて、今ではバイトを転々としているつまらない大人になっている。日々を労働と惰眠で食い潰すだけの存在と化したシバザの目前で、脈絡の無い、唐突な質問を受けたギガンは僅かに訝しんだ表情を見せたものの、すぐに見慣れた不気味な笑顔を浮かべ、言葉を返した。
彼はバッドガイから奪い返したシバザの金銭を手渡しながら、
「──遅いなんてことは決してねェ。ククク…、自分の身よりも相棒のことを案じて、その身を呈してタタッコを庇ったんだ。それが出来たアンタは、きっと立派なトレーナーになれると俺様は思うぜ、ククク…!」
──どくん。と言うのは、何の音だろう。タタッコか、それとも自分の鼓動の音か。
その時のシバザには分からなかったが、それはきっと、かつての夢を思い出し、その心に火が灯った音だったのだろう。
***
今ここに、夢を思い出したとある青年が、再びそれを目指す為に立ち上がる。
それは1人のトレーナーの誕生の瞬間であり、そして同時に、数年後に世界に名を馳せることになる、オトスパスを付き従えたとあるかくとうタイプ使いの誕生の瞬間でもあった。
はがねの人気すげぇ…。
好きなポケモンのタイプは?(忖度無しでお答え下さい。)
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ノーマル
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ほのお
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みず
-
でんき
-
くさ
-
こおり
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かくとう
-
どく
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じめん
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ひこう
-
エスパー
-
むし
-
いわ
-
ゴースト
-
ドラゴン
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あく
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はがね
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フェアリー