悪事を働かない、あくタイプ使い   作:羽虫の唄

5 / 7
お待たせしました。
いよいよアルセウス発売です、楽しみですね。
…そしてサブタイが早速ネタ切れを起こしています。

あくタイプは可愛い、当たり前だけど。


悪行を重ねない、あくタイプ使い

 青い空、青い海。…と来れば、並ぶ言葉の大半は白い砂浜なのだが、ここヨツバタウンではそれが当て嵌らず、続く言葉は『(あお)い砂浜』だった。

 

 珍妙な色彩の砂浜の正体は、適量を集めた上で特定の加工を行うことで、みずのいしやリーフのいしと言った、各種進化の石に成る『かけら』である。

 

 極小サイズとなった『あおいかけら』や『みどりのかけら』が(…総量は少ないが『あかいかけら』や『きいろいかけら』も)通常の砂粒と大量に混ざり合うことで生み出された『碧い砂浜』は、ヨツバタウンの観光名所として名を広め、様々な場所から『碧い砂浜』を一目見ようと観光客が足を運ぶきっかけとなった。

 

 そこに近年、ヨツバタウンから進んだ先にある158番水道の海底に、古代遺跡の存在が確認されたことによって、観光客や移住者によってヨツバタウンは大いに賑わいを見せることとなる。

 その賑わいたるや凄まじく、そう遠くない未来で、ヨツバタウンからヨツバシティへと名を変えているかもしれないほどだった。

 

 以上が沿岸に出来たヨツバタウンの歴史である。地方的に温暖な気候であることが関係し、季節は春だが今日も砂浜は海水浴客で賑わっていた。

 

 

「…──ちょっと、そこの方! 一体何をしておりますか!」

 

 

 さて。そんな砂浜に、1人の女性の声が響き渡る。

 

 特徴的な水色の髪は幾つかの房に分かれており、さながらヒドイデの様な髪型をした彼女の名はアトリ。彼女が身に着けているのは周囲の海水浴客の様な、ビキニやそれに似た水着とは異なり、オレンジを基調にしたラッシュガードであった。

 

 アトリの正体は、砂浜(ビーチ)で問題が起きていないかの巡回を行うポケモンレンジャーである。

 と言うのも、ヨツバタウンでは昨今、人の往来が増えたことによるトラブルの増加が問題となっているのだ。

 

 ゴミの不法投棄から始まり、観光客と住民とのいざこざや、酷い時には『碧い砂浜』を構成するかけらを集めようと、夜半に大型トラックが砂浜に侵入したりなどと言ったことも起きていたりする。

 

 この問題解決に立ち上がったのが、地元住民で結成された警邏隊であった。有志によって築き上げられた彼ら彼女らは、最初こそ唯の地元住民の集まりであったが、今となっては全員が国際資格であるレンジャーで構成されるまでに至っている。

 地元愛がすごい。

 

 アトリもそんな地元愛に優れた1人だ。彼女が発見したのは、何やら揉めている様子の3人の男性であった。

 内2人は学生ほどの年齢の少年で……さて問題なのが、3人目の男性である。

 

 見上げる様な背丈に、それを十分に支える鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体。ヒメンカの様な配色の髪を気障ったらしく流したその男性は、アトリの問いかけに「あァ?」と声を漏らす。

 

 正直に言えば、口角をこれでもかと吊り上げたその不気味な笑顔を前にした時、アトリは自身の務めも忘れて逃げ出したくなったのが本音であった。…しかし、恐怖をなんとか抑え込んだ彼女は、恐ろしい人相をした男に果敢に詰め寄る。

 

 

「一体、何をしているのかとお聞きしたのです。遠目ですが、そちらの少年たちを何やら脅していた様にも見えましたが……。…私はポケモンレンジャーです! 問題ありと判断した場合、即座にその身柄を拘束させていただきます!」

 

 

 アトリの横で、パートナーであるフローゼルが牙を剥いて威嚇を始めた。

 その様子を認めつつアトリの言葉を聞いた男性は、強調する様に持っていた飲料水の缶を一度揺らした後、自身の顎で少年らを指し示すと、静かに説明を始める。

 

 

「ククク…。俺様が何をしているのか、だァ? ──教えてやるよ。この兄ちゃんたちがゴミのポイ捨てを行なっていたんでなァ。それを注意してたんだよ、ククク…!」

「はうわぁごめんなさ──い!」

 

 

 まさかの発言を聞き、アトリは勢いを付けて頭を下げることになった。

 なんとも素晴らしい腰の角度である。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 男性に謝罪をしこたま繰り返したアトリはその後、気合いを入れ直し、名誉挽回の為にも問題が起こっていないかビーチの警邏に戻る──その直後聞こえてくる、子供の悲鳴。何事かとそちらへ向かったアトリが目にしたのは、幼い男児に向けて手を伸ばしている、先程の男性・ギガンの姿だ。

 

 まさか何か暴力を!? と、ついさっき彼の見た目で誤解をしてしまったばかりの彼女は、内心でそう考えてしまうのだが……それもまた仕方のないこと。ギガンの人相はそれだけ恐ろしいのだ。

 サザンドラ(きょうぼうポケモン)も顔負けの〝こわいかお〟である。

 

 人を食った様な凶悪な面構えのギガンは、自身の目前で泣きじゃくる男の子の頭に手を乗せた。アトリが制止の声を発しながら駆け寄るよりも早く、彼女の視線の先でギガンが言葉を発する。

 

 

「──ククク…。悪ィな坊主。俺様のズボンがアイスを食っちまった。こいつでもっと良いもン買ってもらいなァ」

 

 

 はうわぁ某漫画のワンシーン! とアトリが小さく悲鳴を上げた。

 よくよく見れば、確かに。彼の脛辺りまでの丈のズボンには、バニラと思しきアイスクリームがべったりと付着しており、男の子の手にも容器が握られている。

 

 その小さな手に500円玉を握らせるギガンに対し、男の子の父親だろう、眼鏡をかけた細身の男性が顔を青くしつつ何度も頭を下げ続けており、そんな男性に、ギガンは一言。

 

 

「ククク…。──お父さん、あんまりこの子を怒らないでやって下さい。この子が泣いてンのは、アイスを食べられなかったことじゃァなくて、貴方に買ってもらったアイスをダメにしちまったことに対してですから。良い子じゃないですか、ククク…!」

 

 

 はうわぁ親御さんにもフォローを──! とアトリが叫ぶ一方で、お父さんはお父さんでギガンのギャップに頬を赤くしたりしていた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 一度ならず二度までも。

 ギガンをその外見だけで判断してしまったアトリは大いに反省し……しかしそんな彼女を嘲笑うかの様に、物陰から何やら不穏な会話が発せられ、アトリの意識をそちらに固定した。

 

 

「ねぇ……早くしてよ」

 

 

 場所は浮き輪やビーチパラソルなどの販売店、その裏からである。聞こえて来た少女の声に続いたのは、件の男性・ギガンの声だ。

 

 

「ククク…。安心しなァ、そう急かさずとも直ぐに用意してやる。…このブツがあれば一気に5人はキまるぜェ、ククク…!」

 

 

 ブツ…?キまる…? ま、まさか麻薬の類…!?

 と、聞こえて来た会話に耳を澄ませていたアトリは、地元で行われている違法薬物の密売を阻止するべく、勢い良く物陰から飛び出すことになる。

 そうして彼女が目にしたのは…、

 

 

「さァ出来たぜ。存分に遊んで来なァ、ククク…!」

 

 

 はうわぁナナのみ(バナナ)ボート(5人乗り)──! と、コミカルな悲鳴が轟いた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 なんだかいつもよりも疲れる警邏である。若干、ぐったりしているアトリがそうして目撃したのは、野太い悲鳴を上げてもがいている中年男性だ。彼の足は、『碧い砂浜』に潜っていたらしいカカシぐさポケモンのノクタスが半身だけ露わにしつつ、その両手から伸ばされた根によって絡め取られている。

 ノクタスの見た目も合わさり、これはポケウッドのA級ホラー映画ばりに恐ろしい。

 

 

「一体なんの騒ぎですか!?」

「あっ、レンジャーさん!」

 

 

 これは只事ではないと判断したアトリ。慌てて駆け寄って来た彼女に、ビキニ姿の数人組の少女の1人が声を発した。

 そしてその横から現れるのが、ギガンである。彼は未だ悲鳴を上げつつ身を捩る中年男性を前に、しかし彼を無視してその足を拘束しているノクタスに向けて、

 

 

「ククク…。いいぞノクタス。そのまま捕まえてなァ」

 

 

 まさかまさかの、ノクタスのトレーナーはギガンであった。

 今度と言う今度は、看過できる様な事態ではない。今すぐ男性を解放する様に指示を出そうとするアトリは、それよりも早く発せられた少女たちの声を聞くことになる。

 

 

「聞いて下さいレンジャーさん! そのおじさん、私たちのこと遠くからカメラで撮ってたんですよ!」

「白昼堂々盗撮とは良い度胸じゃねェか。神妙にしなァ…!」

 

 

 …何と言うか、もう膝から崩れ落ちそうになるアトリであった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「はぁー…。今日はなんだか上手くいきません……」

 

 

 場所はビーチに建てられた海の家。昼休憩に入ったアトリは、通されたデッキ席にて力無く上体を机に任せていた。そんな彼女の鼻腔を(くすぐ)るのは、運ばれて来た焼きそばである。平皿に盛られたそれは、中々にボリューミーだ。

 

 

「あいよー、お疲れさん。どしたよ、やけに疲れているっぽいじゃん」

 

 

 声をかけて来たのは、この海の家を切り盛りしている男性である。アトリと同じくヨツバタウン出身であり、彼女とは慣れ親しんだ仲だ。

 

 どうしたもこうしたも、と先程まで起きたことをアトリが話せば、店主の男性は「ご愁傷様」と苦笑いしつつそう声を漏らす。…そうして視線を突っ伏したアトリから移し、ビーチに向けた彼は「もしかして、彼?」と声を発した。

 その声に釣られてアトリが視線を向ければ、予想通りにギガンの姿がそこにはある。ある、のだが……何やら様子がおかしい。

 

 

「ど、どうしまふぃ──ごっくん。どうしましたか!」

 

 

 食べかけていた分の焼きそばを飲み込んだアトリ。彼女の問いかけに答えたのは、ギガンではなく、彼の隣に立っていた女性であった。

 

 

「す、すみません! ウチの子とはぐれてしまいまして…っ」

 

 

 少し顔を青くしている女性を安心させるべく、アトリは努めて明るい笑顔と口調に整えつつ女性から子供の特徴と名前を聞くと、その場で片手の人差し指と中指の二指を顳顬(こめかみ)へ。

 ──途端、アトリのヒドイデを思わせる髪が、やおら立ち上がり始めた。見開かれたその瞳にも、不可思議な虹彩が淡く灯り始めている。

 

 

「サイキッカーか」

 

 

 ギガンの呟きに、アトリは意識を集中しつつも肯定の言葉を短く返した。

 

 サイキッカー。生身でありながら、エスパータイプのポケモンの様に念動力(サイコキネシス)を扱うことが出来る人間を指す。単純な物体浮遊や操作から始まり、生体エネルギーの探知や、感情の起伏から相手の思考を読む……と、その能力は多岐に渡った。

 

 アトリはその中の、生体エネルギーを探知する能力を有しているらしい。

 オロオロとする女性とギガンの前で、アトリはサイキッカーの能力で周辺を探索し、そして。

 

 

「…──マズ、い…っ!?」

 

 

 そう呟いた彼女の視線は、ビーチから外れ、穏やかな表情を見せている海へと向けられる。

 

 

「サメハダー! 〝アクアジェット〟だッ!!」

 

 

 腰のホルスターからハイパーボールを素早く抜き取ったギガン。彼の鋭い声が発せられた直後、轟音と共に砂が巻き上げられ、アトリたちが衝撃から立て直す頃には、そこにギガンの姿は既に無かった。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ごぼぽッ、と少年の口から泡が溢れ、その体はどんどんと水底へ向けて沈んで行く。

 

 少年を引き摺り込まんとしているのは、それぞれ水色の体と桃色の体を持ったポケモン・プルリルだ。少年の抵抗がその意識と共に次第に弱々しいものになるに連れ、プルリルたちもその気味の悪い笑顔を一層歪め、邪悪な表情を作り上げていく。

 

 びくり、と一度大きく少年の体が震えた瞬間、それきり一切の動きが感じられなくなり、プルリルたちは互いに顔を見合わせ、その幼い体を一息に引き込むべく力を込めた。

 直後である。

 

 

「(〝バークアウト〟ッ!)」

 

 

 ドバゥ! とプルリルたちに襲いかかったのは、黒いエネルギーを纏った音波攻撃だ。甲高い悲鳴を上げ、少年の体から離れたプルリルたちが目にしたのは、こちらに迫り来る海のギャングことサメハダーである。

 

 無数の牙を惜しげもなくぎらつかせるその様に、プルリルたちは慌てて海底へと逃げ込んで行った。残された少年の体を掴み取るのは、サメハダーの背ビレにしがみ付いていたギガンである。

 

 

「──ぶっは!」

 

 

 サメハダーに後押しされ、海面を突き破ったギガン。

 荒く呼吸を繰り返す彼の元に迫るのは、フローゼルの背に跨った格好のアトリだ。

 

 

「そ、その子は!?」

「大丈夫だ、弱いがまだ息はある! 陸に上げたら急いで海水を吐かせろ!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

「──ああ、あぁ!本当にありがとうございます、ありがとう…!」

 

 

 涙ながらに我が子を抱き締める女性は、ギガンとアトリへ向けて何度も頭を下げ続ける。

 

 アトリのサイキッカーとしての能力による探索と、ギガンの手持ちが速度に優れたサメハダーであったことが幸いし、少年はなんとか大事には至らなかった。

 奇跡の救出劇を前に、海水浴客たちは拍手喝采。…しかしながら、賞賛の声を上げる彼ら彼女を前にしたアトリは、暗い表情で俯いている。

 

 どうかしたか、と訊ねるギガン。アトリはそれに、小さな声音で返した。

 

 

「私…。ポケモンレンジャーなのに……。──こうなる前に、未然に防がなければならなかったのに…っ。情けない、情けない…!」

 

 

 …アトリが生まれ育った町・ヨツバタウン。

 大好きな地元へ何か恩返しが出来ないかと思い立ち、困難な資格取得に尽力し、無事に成功。地元の為、そして、このヨツバタウンに訪れた人が笑顔になれる様に──そんな思いを胸に抱いていた彼女は、今回の出来事を重く受け止めている様だ。

 

 悔しさを滲ませ、噛んだ下唇から血を滴らせるアトリ。そんな彼女を前にしたギガンはと言えば、割と結構な力でその背中を引っ叩くと言った行動に出た。バシリと言う音と衝撃に、アトリは「ぴぃ!?」と悲鳴を上げ、その場で小さく跳ねる。

 

 

「アンタの能力がなきゃァ、俺様も子供が溺れていたことには気付けなかった。……反省も大事だが、ちゃんと胸を張って自分が成したことを見るんだなァ、ククク…!」

 

 

 ギガンに言われ、アトリは視線を恐ろしい人相の彼から正面へ。そこに居たのは、ギガンと彼女とで救い出した少年だ。

 

 

「お姉ちゃん、ありがとう!」

 

 

 …──はあぅ、と。アトリの目尻からは涙が溢れ落ち、それを眺めたギガンは1人、その場から離れて海へと歩き始める。それに気付いたアトリが慌てて声をかければ、ギガンは不気味な笑顔をそちらに向ける。

 

 

「──ぐすっ。あ、あの。どちらへ?」

「あァ? …決まってンだろォが。こんなことがあった後じゃァ安心して泳げねェだろ? 俺様がサメハダーと一緒に辺りを警戒してやるのさ、ククク…!」

 

 

 えっ、優し…。

 と、彼の人相と噛み合わないその発言に、観光客たちは一様にギャップ萌えに胸を高鳴らせることとなった。ある程度慣れた様子のアトリはと言えば、ギガンの申し出に1人苦い表情となっている。

 

 

「い、いえ。それは誠に有難い申し出なのですが…。サメハダーに任せると言うのも……」

 

 

 サメハダーと言えば、高頻度でサメ映画の主役に抜擢されるポケモンだ。実際にその生態も凶暴極まりなく、こんなことがあった後で大変失礼であることを自覚しつつも、アトリはギガンの協力に些か消極的である。

 そんな彼女の様子に察したのだろう、ギガンはしかし「フッ」と小さく声を漏らした。

 

 

「ククク…。安心しなァ。俺様のサメハダーの特性は〝かそく〟。その肌はしっとりスベスベで、触ったところで怪我を負うことはねェ。──その上、こいつは血なんて見た日には貧血を起こしてぶっ倒れちまうほど臆病な性格をしているンだぜェ、ククク…!」

「それでいいんですか海のギャング!?」

 

 

 アトリの声が響いたビーチではその後、ギガンとサメハダーのコンビによってプルリルたちは寄り付かず、みな存分に海水浴を楽しむことが出来た。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「──ククク…。因みにこれが証拠の写真だ」

「打ち上げられたママンボウの様になっています!?」




・アトリ→リアトリス
花言葉は『燃える思い、向上心』

特に意味はありません。深く考えず投票をお願いします。

  • 相手をいたぶらない、どくタイプ使い
  • 霊視が出来ない、ゴーストタイプ使い
  • 周りをキモがらせない、むしタイプ使い
  • 小馬鹿にしたり罵ったりしない、メスガキ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。