隠しごと。人間誰しも、一つや二つはそれを持っている。
僕、一条 茂夫にも、人には言えない、いや、バレてはいけない秘密がある。二つもだ。
『しげおちゃんのうそつき! 何もいないじゃない!』
『もう、変なことはいうな。あそこには誰もいない、いないんだ!』
『嘘をつくなぁ!? お前が怪我させたんだろ! 謝れ、俺の娘に謝れ!』
深くて黒い水の底、影達が僕の周りを囲む。
影達は口々に僕へ非難を浴びせてくる。ああ、今日もまた、明日なんて来なければいいと願いながら、僕の意識は溺れていく。
ジリリリリ、目覚まし時計からアラートが鳴る。その音に、水の中から引き上げられるように僕の意識は覚醒した。
「っ! ……夢か」
目を覚まして居間に行くと、既に用意された朝食と一緒に暮らす爺ちゃんが待っていた。
今日の朝食はワカメの味噌汁と鯵の塩焼きに漬け物。よく浸っている漬けていたきゅうりを口に運ぶ。
爺ちゃんが味噌汁を啜りながら、チラチラと僕の顔を覗く。
「茂夫、お前またうなされてたようだが大丈夫か? ここんとこ酷いぞ」
「うん、大丈夫だよ。ちょっと最近暑くなってきたから寝苦しくなってるだけだと思う」
「ならいいが、何かあれば爺ちゃんに相談しろよ。俺はお前の家族なんだから」
「わかった。ありがとう爺ちゃん」
僕はここ最近、毎晩うなされていた。昔のことを夢に見るせいだろう。
もう振り切った過去だと思っていたけど、まだ心の奥にその時の事が残っている。もしかしたら一生この傷と向き合い続けなければいけないのかと、自然にため息が溢れた。
「あー、話は変わるがよ茂夫」
「なに、爺ちゃん?」
「お前、高校に上がって友達出来たのか?」
「ぶっ!?」
飲んでいた味噌汁を吐き出す。気道に入った味噌汁が僕を咳き込ませた。
「な、何急に」
「だってお前、小学、中学とうちに来てから友達連れてきたこと一度もないだろ。友達いねぇんじゃないかと思ってよ」
「ば、ばかいってんじゃないよ。いるに決まってるじゃないか! もうクラス全員僕の友達まであるよ!?」
「お、おう。そうか、なら良かったよ。爺ちゃんも安心だ、ガハハハハ」
この話題から逃げるように、食器を片付けて家を出る。
僕は、三十分ほど自転車を漕いで、学園へとたどり着いた。
「おはようございます」
クラスに入る。
「うぇーいうぇーい」
「ちょっと男子ー。あんまりはしゃぐと危ないわよー」
既に殆どの生徒が登校しているようで、クラス内はわいわいと騒がしい。その中に、僕へ挨拶を返してくれる存在はいなかった。
爺ちゃんへ謝らなければいけない事がある。それは、今朝の友達がいるという嘘についてだ。
朝は強がりと爺ちゃんを心配させないためにああ言ったが、実際のところ僕は今まで、小学校、中学校、高校と友達ができた事がなかった。
今もクラスの端である自分の指定席で、椅子を磨く石像のように座っている。
僕は生粋のぼっちだった。
この時代に生まれてから、僕が何かを共有したり、遊んだりするような友達がいたことはない。
「だけど、仕方ないよな」
これから先も、僕が秘密を共有できるような変え難い友人を得ることはないだろう。
何故なら、僕の持つ二つの秘密が誰かと親密な仲になる事を邪魔しているからだ。
秘密。人が誰しも抱えるそれは、大きさや価値も全然違う。
近所に住むお姉さんの下着を盗んだとか、幼稚園児のパンツを盗撮したとか、そんな些細な秘密もあれば、僕みたいな人に話したら精神科へ入院することを勧められるような、どうしようもない物も存在する。
僕の抱える二つの玉手箱。
開ければ、それはどんなに親密な仲の相手だろうとも赤の他人へと変える。
少なくとも、僕はこの二つの秘密を打ち明けたせいで、十歳で爺ちゃんに引き取られる間に家族と幼馴染を赤の他人へと変えてしまった。
一つ目の秘密は、誰もが同じである一度きりの人生というやつが、何故か僕には
まだ、この時代ではポピュラーな言葉ではないが、僕は前世のラノベ等でよく出てくる【転生者】。そう呼ばれる存在になった。
別にトラックに轢かれて神様に出会った。なんていう展開はなかった。
気づけば、赤子になっていて新しい家族ができた。十六年も経っているんだから仕方がないだろうが、今となっては前世の記憶もほとんど覚えていない。
これだけなら、赤子の頃から一切泣かない、妙に大人びた子供として見られる程度に収まったかもしれない。だが、僕の抱えるもう一つの秘密、
これが厄介だった。
そのもう一つの秘密とはーーー
「はあー! なんか最近肩重いわー。気疲れってやつなのかなー」
「いやいや、確実に花音の胸についてるこの二つの果実が悪いやろ!」
「ちょっ、やめてよー。もう、胸揉むとか女の子同士でもセクハラになるんだかんねー」
黒板の前で騒いでいる女子グループ。綺麗所の集まるそのグループ内で一際目立つ金髪の美少女。このクラスの中心人物であり、クラス、いや、学年のアイドル【
正確にいうならば、その後ろ、先程琴乃葉さんが言っていた肩の部分。そこを注視すると、それが現れた。
『kwうぃnOぱいpYNpよn』
ぶつぶつと荒れた青白い肌に、子犬ほどの大きさがある謎の物体。頭に位置する部分には複眼らしきものが無規則に複数ついていて、それらが忙しなくギョロギョロと辺りを見渡している。
ーーー悪魔。
僕がそう呼ぶこいつらは、他の人には感知出来ず、僕にしか見えない。
その事に僕が気付いたのは、まだ僕が幼稚園に通っていた頃、幼馴染の女の子が背中に奴らを引っ付けていたのを目撃したのが始まりだった。
僕が彼女に指摘して、奴らを排除しても、周りは僕を嘘つき呼ばわりした。
他の人には見えない化け物を見る力と他に人ではありえない二度目の人生という疎外感。
その二つの、人とは違う境遇は、僕を周りから孤立させるには充分すぎるものだった。
僕は転生する際に神様に出会っていないが、もしこれが神様からの贈り物だとしたら、一度その神とやらをぶん殴りに行きたい。
そう思う程度には、僕はこの力と境遇を疎んでいる。
特に、悪魔を見るこの力。これには副作用みたいなものがあった。それは──ー
『omえmTnじゃNE%e!!!』
青い悪魔と僕の目が合った。
瞬間、琴乃葉さんに憑いていた悪魔が、僕の方へと飛んでくる。
僕はそれを蝿を払うように、手を横に振った。
霧散する悪魔。僕にしか見えない紫色の液体が、右手を少しだけ汚す。
ーーーどうやら、悪魔達にとって僕は極上の餌であるらしく、目が合ったりすると襲ってくるのだ。
「えっ、なんか肩軽くなった!? 胸マッサージ効果やばいかも……」
「まじ? 私もしかしてマッサージの才能マジヤバだったのか」
今の悪魔はとても弱かった。だけど、中には猫より素早くて大型トラック並みの奴もいたりする。そういう奴すら、僕を食べようと襲ってくる。
奴らは他の人には見えないが、周りに干渉することはできるようで、僕を襲ってきた悪魔のせいで怪我をした人を僕は沢山見てきた。
僕が近づくと周りの人が怪我をする。
人とコミュニケーションを取らないせいで、喋ることも上手くなくて、人には見えないものが見える人生二周目の、周りで変な事が起きる近づけば怪我をするかもしれない暗い男。
こんな人物と関わろうとする人なんていないだろう。
ごめん、爺ちゃん。だから、これから先も僕に友達ができることはないよ。
「それじゃ、一条すまんが後よろしく!」
放課後、クラスメイトの皆が帰宅や部活動に励んでいる時間帯。僕は教室の中、放課後の清掃を一人でこなしていた。
今日の掃除当番は、僕以外家のことやバイト等の用事で帰ってしまったからだ。
椅子を机の上へ乗せる。
正直一人でやるのは大変だけど、人に頼まれると断れない日本人気質の強い僕は、掃除当番になると大体いつも一人で掃除をすることになっていた。
「おっ、遅れてごめーん。トイレ行ってたら遅くなっちゃって」
教室のドアが勢いよく開かれる。
目を向けると、そこには琴乃葉さんが申し訳なさそうに立っていた。
「あれ、一条くん一人? ね、他の人は?」
「帰りました。バイトがあるみたいで……」
「え、まじ、みんな!?」
琴乃葉さんが驚いた顔で聞き返す。そして、僕の目をじっと見た。
「一条くん。それ、押し付けられてない?」
真剣な眼差しが僕へ向けられる。
「あー。ですね」
その目に僕は、ついこぼすようにそう言ってしまった。
「ですねって、嫌じゃないの!?」
「多少は嫌ですけど、僕が引き止めたらバイト先とか色々あるかもしれないので黙っておいた方がいいかなと」
「嫌なら嫌ってちゃんと言わなきゃ! 自分を隠してもいいことなんて一つもないよ! もっと自分の気持ちに正直になりなよ!」
自分の事のように怒る琴乃葉さんの、その言葉を聞いて僕は少しだけ心が揺れた。
結局そのあと、少し怒ったままの琴乃葉さんは教室を掃除して帰った。最後に僕の心を動かして。
◆◆◆◆◆
『早く死んで、その肉を食わせろぉ!』
牛の頭部と人間の頭蓋骨が合わさった人型の怪物。
ここ最近、下校中の子供が消える事件の犯人である悪魔が、涎を垂らしながら突っ込んでくる。
「《メラ》」
悪魔の突進を避けて、拳大ほどの炎が悪魔へ当たる。
『グソォ! ここいらにはデビルバスターはいない筈じゃ無かったのかヨォ!?』
牛人間が僕にしか聞こえない声で叫ぶ。
「僕の周りで悪さをするなら消す。僕の前に姿を現したら殺す。悪魔に慈悲を見せる必要なんてないだろう?」
僕は逃げようとする悪魔へ向けて右手をかざす。そして言葉を放った。
「《ヒャド》」
見事に凍りついてもう喋ることは無くなったそれを砕いて、氷を炎で溶かす。
そうすれば、もうそこには氷の溶けた水しか残っていない。
「僕はこの力を隠し通す。その為に邪魔なんだ、お前達悪魔は」
襲ってくる悪魔達を拳で排除していくにつれて、徐々に身についていった不思議な力。
僕はそれを使い、夜な夜な出かけては悪さをする悪魔を見つけては消していた。
全ては、自身の平穏な未来のために。
悪魔を殺す。そんなことを何年も続けていた結果、僕の体はおかしな事になっていた。
因みに、何でさっき異能を使う時に変な言葉を口に出していたかというと、イメージの為だ。
自分の知っているゲームの魔法の名を口に出して使った方が能力の出力が上がる。だから僕は能力を使うときに前世でのよく遊んでいたゲームの中に出てくる魔法の名前を使う。
僕が使えるのは、先ほど使った炎や氷の異能だけではない。
その他にも、電気や衝撃波。バフやデバフに回復魔法。中には眩しい光や禍々しい黒いエネルギーを光弾として放つこともできる。
それに、身体能力だけでも、普段はセーブしているけど、その気になれば助走なしで地上からマンションの三階程度にまで飛び移れる。
もはや悪魔と僕、どっちが化け物かわからないレベルだ。
『自分を隠してもいいことなんて一つもないよ!』
琴乃葉さんの言葉が脳裏によぎる。
あの言葉に心は揺れたけど、でも、やっぱり僕は自分を隠してしまうだろう。
何故なら、僕がこんな怪物である事が周りにバレて、大切な人からまたあの時のような目で見られるのは絶対に嫌だからだ。
だから僕は人前でこの能力を使うことはない。たとえ目の前で死にそうな人がいたとしても、僕は絶対に助けない。
◆◆◆◆◆
「行ってきます」
家を出て、学校へ向かう。
いつもと変わらない通学路。いつもと変わらない風景。
周りでは、談笑する学生達が楽しそうに歩いている。
それを少し羨ましく思いながら一人で歩いていると、誰かに背中を押された。振り返るとそこには琴乃葉さんが笑顔で立っていた。
「よっ、一条くん、昨日ぶりだね!」
「えっ、琴乃葉さん!? な、何か用?」
「用がないと話しかけちゃいけないの? 酷いなあー。昨日二人で一緒に濃密な時間を過ごした仲なのに、そんな他人行儀な態度! 私達、もう友達でしょ?」
「と、友達!?」
「違うの?」
「い、いや! そういう訳じゃないです! どうぞいくらでも話しかけてやってください!」
「ん、ならよし。それじゃ一緒に学校行こ?」
友達。そう、友達。その単語が頭の中でぐるぐると回っている。
歩きながら、明るく元気に、それでいて楽しそうに僕へ話しかけてくる琴乃葉さん。
僕は夢を見ているのだろうか。
誰かと一緒に話しながら登校するなんて、それも学園の人気者である琴乃葉さんと二人きりでなんて。
今にも槍の雨が降るかもしれない。僕は空を警戒しながら歩いて、遂に教室の扉へとたどり着いた。
「おっはー!」
「お、おはようございます」
琴乃葉さんが勢いよく扉を開ける。クラス中の視線が集まった。
怖い、そう思った。だけど
「おっはー。てか一条くんと一緒って花音どうしたし」
「ういーす。一条もおはよう」
「二人ともおっはー」
僕は高校で初めて、朝の挨拶をクラスメイトからかけられた。それが琴乃葉さんのついでだったとしても、僕にとってそれは感動するに値することで、目の奥から溢れ出てきそうになるものを抑えるので精一杯になる程に僕は感極まってしまっていた。
「それじゃ、一条くん。また後でねー」
琴乃葉さんが自分のグループへ歩いていく。
高校で初めての友達。初めての誰かと一緒に登校。初めての朝の挨拶。
この一日で初めてを三つも貰ってしまった。その事実により、安いことだが僕は琴乃葉さんの事がだいぶ好きになってしまったようだ。それこそ、授業中にチラチラと様子を見てしまうぐらいには。
もしかしたら、僕が考えすぎていただけかもしれない。
人は秘密を一つや二つ抱えてようと、それを隠していようとも人と繋がることは出来るのだ。
何故なら、僕がこの力を隠す限り、彼女にとって僕は一緒に登校できるくらいには仲の良い友達なのだから。
そう思うと、何だか元気が出てきた。
決めた。
もう僕は絶対に、人にこの力のことは話さない。死ぬまで隠し続けよう。特に琴乃葉さんには絶対にバレないようにしなければいけない。引っ越して初めてできた友達である琴乃葉さんにだけは絶対に。
「うぇーいうぇーい」
「ちょっとそこの男子二人、プロレスごっこは外でやりなさいよ。危ないわよー」
昼休みになった。周りでは既に形成されている友達グループで食事をしている。
「ねぇねぇ花音。これ見てよ、ジュネスの新しいストラップ、ヒーホー君! 可愛くない?」
「めちゃかわ〜。でも私はこっちのじゃあくヒーホー君推しだなー」
琴乃葉さんもいつものグループで楽しそうに昼食を取っている。
ふと、彼女と目が合ってしまう。すると、琴乃葉さんはにっこりと笑い、席を立ってこっちにこようとする。
「一条くーん。一人なら私達とご飯ーーー」
「ーーーちょっ! 危な!」
ドンッ。
ふざけた男子生徒が足を滑らせて、凄い勢いで琴乃葉さんにぶつかる。そして、人が宙に浮いた。
人ってこんなに浮くんだ。そんな事をスローモーションの時の中、僕は映画を見るような感覚でそう思っていた。
座っている僕の座高より高く舞う金髪が、僕の机の角へとぶつかる。
ビシャ。
頬に何か、生暖かい液体がかかった。
呆然と机の下を見ると、頭から赤い液体を流して、ピクリとも動かずに倒れている琴乃葉さんが見えた。
「い、嫌あああああぁぁぁぁぁ!!!?!?」
甲高い悲鳴が教室を包む。
泣き叫ぶ女の子と言葉が出ずに顔面蒼白で床に尻餅をつく男子生徒が横目に見えた。
「おい、やべぇって! 花音の頭から血が!」
「誰か先生呼んでこい! 後救急車! 早く!?」
「うわっ、スッゲェ…………」
ドタバタと慌ただしく動く周りを一目見て、それから僕はまた下を見た。
血だらけの琴乃葉さんがそこにはいた。
目を見開いて、頭から血を流した僕の友達が死にかけている。光を失った琴乃葉さんの目と視線がかち合う。
瞬間、僕は椅子から立ち上がった。
「ヒ、ヒィィィィィル!!! ホイミ! ケアル! ザオラルゥ!!!」
手から緑色の光が出て、琴乃葉さんの体を包む。
気づけば僕は、血で制服を汚すことも気にせず、能力を使用して琴乃葉さんを治療していた。
血が止まり、すうすうと寝息をたてている琴乃葉さんの様子にほっと一息をついて周りを見る。
「えっ、何あの光」
「おーい!先生呼んできたぞ!…何だ、この空気」
「ヤベェの取れちまった………」
ーーーやってしまった。
好奇の目線を周囲から浴びながら、僕はそう思った。
僕の無鉄砲な行動を嘲笑うように、とある生徒のスマホが事の一部始終をネットへと流していたのを僕が知るのはこのすぐ後のことだった。
この話をニコ○コ動画のその着せ替え人形は恋をするの一話冒頭のあのシーンを見て思いついた俺はもうダメかもしれない。
息抜きに書いただけなので続きとかは考えてないです。楽しんでいただければ幸いです。それじゃ!