とある芦毛の障害ウマ娘【完結】   作:CK/旧七式敢行

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重賞を制覇してファン感謝祭を迎える芦毛の障害ウマ娘、グレイテンペスト。
現役障害ウマ娘の中から選ばれた9人による模擬レースに出走ることになる。


とある芦毛の障害ウマ娘、ファン感謝祭の物語【第12話】

4月――ファン感謝祭の日がやってきた。

 

ミニライブや握手会などの各種のイベントはもちろん、

エキシビジョンレースとして各路線のウマ娘が集う模擬レースも注目される。

そしてそれは障害においても例外ではない。

春の大舞台である中山大障害の直前に開催されるから、障害路線を走るウマ娘たちにとってはまたとないアピールチャンスだ。

中山大障害ーー今年の春開催は改修工事のために「東京大障害」として行われるレースに特別登録したグレイテンペストにとっても現役トップクラスの障害ウマ娘と本番前に手合わせできる絶好の機会と言える。

トレセン学園内の障害練習コースの内回りのダートコースをスタートして一周、さらに外回りの芝コースを一周したところがゴールだ。

「もうこれほとんど重賞みたいなメンバーじゃないか?」

パンフレットの出バ表を見ていたトレーナーの一人がこぼした。

「シノンシンボリにメジロアンタレスのベテラン勢は2800だとペースきついんじゃない?」

「それいったらキョウワソルジャーなんて最年長だぞ、ここはスコリアイーデンの逃げるペース次第じゃないか?」

「私はあの芦毛の子に期待するね」

そのやり取りに横から入ってきた女性は場所取りに置いていたパンフレットを拾い上げると俺の横に腰を下ろした。

「隣を失礼。芦毛の子の担当トレーナーさんかな?」

彼女のジャケットの襟で引退したウマ娘に贈られる記念のブローチが春の日差しをまばゆく反射していた。

嵌め込まれた宝石は翡翠ーー主な勝利レースが障害重賞のウマ娘に贈られるものだ。

「グレイテンペスト、俺の自慢の担当です」

「だろうね、この間の阪神は強い勝ち方だった」

どことなくグレイスに似た雰囲気を纏った芦毛のウマ娘は

「ご覧になってたんですか」

「テレビ中継で、だけどね」

「失礼ですが、お名前は?」

「名乗るほどの者じゃないって。うーん……よし、キミの担当が勝ったら教えてあげよう」

悪戯っぽい笑みを浮かべる彼女の年齢からして、現役引退はそこまで前ではないはず。

思いつく候補は何人かいるがーー

「ほら、始まっちゃうよ」

ファンファーレが鳴り響き、俺はコースの方へ顔を向ける。

7番のゼッケンを付けたグレイスがゲートに収まろうとしていた。

 

 

 

準備運動と返しウマを終えた私はゲート前でシューズの紐とプロテクターを増し締めして立ち上がる。

スタート地点はホームストレッチだから、今日はスタンドにいる来場者の人たちがよく見える。

模擬レースだけはちゃんと観に行くと約束してくれたトレーナーの姿を探す。

「どこだろ……あ、いた」

端にある関係者用のシートでトレーナーは隣に座った女性となにやら話し込んでいる。

ーー誰だろう、あの人。

「物見する余裕があるなんて、随分舐められたものね」

目を凝らしていると、後ろから声をかけられた。

ゼッケン3番、スコリアイーデン。私の重賞初勝利の阪神障害ステークスで二着だったウマ娘。

ーーそして、障害に転向した私に二回土をつけたスコリアファストの姉。

この人の声をはじめて聞いた気がする。

「今度は抜かせないから」

氷のように冷たく言い残すと彼女は先にゲートの方へ向かっていった。

「私だって……!」

吹奏楽部の生ファンファーレが響き渡った。

「枠入りどうぞー!」

「おーい芦毛ちゃん、置いてっちゃうぞー」

がっちりとした体格の大先輩、キョウワソルジャーさんが私の肩を叩いた。

「すみません!」

「エキシビジョンレース第4競走は障害2800メートル。9人が出走します」

「奇数番号おさまっていきます。1枠1番カールシロー、3枠3番スコリアイーデン、5枠5番ブリーズグライダー」

「どうぞ」

促された私はゲートに身体をおさまる。

「うしっ、ぶちかますか!」

キョウワソルジャーさんは大袈裟に腕を振り回しながら隣の6枠に収まって指をぽきぽきと鳴らす。

「勝たせていただきますね」

「悪いね、アタシがもらうよ」

大外の8枠にはシノンシンボリさんとメジロアイガーさん。私は両隣を重賞勝ちや複勝に食い込むベテランに囲まれてしまった。

「体勢完了!」

「あっ!」

最初の踏み込みが遅れた私を緑の勝負服二人が追い越していく。

「内でスコリアイーデン好スタート! 外からはメジロアイガーとシノンシンボリが行った!」

「ぐぅ……」

「最初の生垣障害を踏み切って飛越! 各ウマ娘続々と飛越!」

「先頭スコリアイーデンで第1コーナー。二番手にシノンシンボリ、三番手の位置に内ブラッククラウン、外にメジロアイガー」

前を塞がれた以上、一周目でダートから芝に出るタイミングか二週目のコーナー手前で仕掛けるしかない。

「一周目の第1コーナーに入ります」

先行するウマ娘の巻き上げる砂を全身に浴びながら私は内ラチ沿いでじっと耐える。

「先頭から最後尾まではおよそ12~3バ身」

「向正面最初の障害は水濠障害、先頭スコリアイーデン飛越!」

ーー低く、長く!

トレーナーの教えどおり遠くへ飛ぶ。私の前に飛んだ他のウマ娘も水しぶきはあげない。

「続きましてバンケット。谷を下って駆け上がります。ここでメジロアイガー位置を上げた」

ダートコース最後のグリーンウォールを飛び越えたあたりでしびれを切らした先行集団が崩れ始めた。

「さぁダートから芝コースに入って二周目のホームストレッチ」

第四コーナーで外周の芝コースへ出る。外に持ち出した私は生け垣を飛び越えたところでようやく前方集団に取り付いた。

「グレイテンペスト徐々に進出開始。カールシローと並んで先頭までは六バ身くらいのところ!」

息の上がってきたウマ娘を追い抜き、第1コーナーへ入る。

カーブを抜けた向正面には3つの連続障害。

「スコリアイーデン依然先頭、リードは4バ身。二番手にメジロアイガー、すぐ外にシノンシンボリ。竹柵障害踏み切って飛越!」

前方のバ群が割れた。

ーー今だ。

「第3コーナーカーブ! 先頭スコリアイーデンですがリードは2バ身に縮まってシノンシンボリが接近。3番手グレイテンペスト、外からはキョウワソルジャー」

「どけえええええええ!!!!!!!」

「第4コーナーカーブ! キョウワソルジャーが仕掛けた!」

ゴールまであと2ハロン。

「キョウワソルジャー現在2番手! シノンシンボリは一杯になったか? グレイテンペストも来ている!」

最後の障害が見えてきた。先頭まであと3バ身ーー

「ぐぅっ」

3番手のシノンシンボリの外に並んだ。進路は開いている。

「ぷはっ!」

その時、先頭の巻き上げた土が口に入った。

「最終障害生け垣! 踏み切ってーー」

吐き出すために意識を向けた私は、ほんのわずかだけ踏み切りが遅れた。

「しまっーー」

生け垣に右足をとられて体勢をくずした私の目の前に地面がゆっくりと迫ってくる。

とっさに腕で身体をかばった。

芝の上を転がった私の直ぐ側を他のウマ娘たちが駆け抜けていく。

「グレイテンペストが最終障害で転倒、競争中止!」

スタンドのどよめきや実況の声も、なぜか遠くに聞こえた。

 

 

「あまり長時間はご遠慮くださいね」

看護師に釘を刺されてから、俺は病室のドアを開けた。

グレイテンペストの鼓動に合わせて、心電図モニターが規則的に電子音を響かせている。

「グレイス……」

俺の声に気づいたグレイスは身体を起こそうとして小さくうめいた。

「うぅ……」

頬に貼り付けられた絆創膏が痛々しい。

「そのままでいい」

無理に起き上がろうとする彼女を制止して、俺はベッドサイドのパイプ椅子に腰を下ろした。

「ごめんなさいトレーナー。私、転んじゃいました」

「グレイスは悪くない。どんなに上手いウマ娘だって転ぶときはある」

慎重に言葉を選びながら彼女の反応を見る。

「大障害には、出れますよね!?」

「さっき、URAに出走取消の電話をしてきた」

グレイスの耳がぴったりと後ろに畳まれた。

「私、なにも聞いてません!」

赤い瞳がきっと俺を睨みつける。

「ひっかけた足もMRIで診ないといけないし、入院で落ちた筋肉が戻るのに最低でも2週間はかかる」

「そんなの、やってみなきゃわからないじゃないですか!」

グレイスが起き上がるとぷつんと音をたてて緑色のケーブルが彼女の胸元からこぼれ落ち、警報音を響かせながら心電図モニタから紙が吐き出される。

「わかってます……でも……私、走りたかった。ローマン先輩がオークスを取った府中で……」

つう、と彼女の頬を涙が伝った。

「グランドスラムだって……」

俺が見せてしまった夢が彼女の口から出ると胸が締め付けられる。

「グレイテンペストさん、入りますよ!」

慌ただしくドアが叩かれ、さっき俺に釘を刺していった看護師が病室に飛び込んできた。

「くれぐれも安静にお願いします。胸元失礼しますね」

心電図用のケーブを直し看護師は俺とグレイテンペストに険しい表情を向けてから病室を出ていった。

「……着替え、預かってきたから置いておく。あとゼリーとかりんごジュースが袋に入ってる」

闖入者のお陰でグレイスが少し落ち着きを取り戻したうちに持ってきた荷物を彼女に渡す。

「MRIの結果が出たら一緒に聞きに来る。何かあったら連絡してくれ」

「はい、ありがとうございます」

小さく頭を下げたグレイスはもう俺に目を合わせてくれない。

「ねぇトレーナー、レースはあのあとどうなったんですか?」

「……スコリアイーデンがハナ差で逃げ切った」

結果を聞いたグレイスの耳がわずかに垂れた。

 

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