とある芦毛の障害ウマ娘【完結】   作:CK/旧七式敢行

14 / 21
とある芦毛の障害ウマ娘、雌伏の物語【第14話】

 

「三段跳びについて説明しよう」

俺は適当な裏紙とペンをデスクの上から取ると、裏面に線を一本引いた。

「これがコースの断面だ」

俺のとなりに座ったグレイテンペストが覗き込む。

「はい」

線の右端の上に棒人間を描き、念のため頭の上にちょこんと耳を描き足す。

「で、ウマ娘が走ってくる」

ウマ娘の進行方向に俺は横長の台形を描いた。

「で、京都の大障害コースの大生垣の次に待ち構えてるのがこの三段跳びだ」

「これじゃ一段じゃないですか」

ごもっともな突っ込みがグレイスから入った。

「登って走って飛び降りるから三段跳び……ということになってる」

「これってどれくらいの大きさなんですか?」

「高さ80センチ、幅は15メートル」

「えーと80センチだから......」

「ちょっと立ってもらえるか?」

「え? はい」

グレイスを一旦立ち上がらせ、両手を広げて横幅4つぶんの高さのところで手をグレイスの方へ動かす。

「俺の手を広げると20センチ、掛ける4でここが80センチだな」

俺の右手の小指はちょうどグレイスの腰のあたりに来た。

「意外と低いですね」

「でも駈歩でそこに飛び乗ってまた飛び降りるんだぞ」

「う……」

実際のコースをイメージしたグレイスがうめく。

「というわけで、今月末からは三段跳びの練習だ。いいな?」

「はい」

「服が乾いたら着替えて寮に戻るんだぞ」

ホワイトボードに掛けてファンヒーターの風を当てているグレイスのジャージはまだ冷たい。

「うーん、まだ生乾きだか……」

「ねぇトレーナー、乾くまでここにいてもいい?」

寮の門限まではまだ2時間くらいある。

「いいぞ。といっても時間潰すものなんにもないが……」

俺はトレーナー室でグレイスが暇を潰せそうなものを探すが、スポーツ科学と応急手当の本ばかりだ。

「トレーナー、これって障害レースの本?」

本棚を眺めていたグレイスは「そしてフガクオーは世界を飛んだ」を手に取った。

「フガクオーか、障害レースの歴史もわかるし読み物としても面白いぞ」

ちょうどいいのがあった。

「有名なウマ娘なんですか?」

「日本のウマ娘で唯一、海外の障害重賞を勝ったウマ娘だ。といってもグレイスが生まれる前だけどな」

「へぇ……」

グレイスはソファーに腰下ろして本を開いた。

とりあえずジャージが乾くまでは大人しくしてくれそうだ。

「グレイス、ココア飲むか?」

「いいんですか? いただきます」

俺は棚から予備のマグカップを取り出す。

「あったあった」

引き出しの隅にあったココアのスティックパックを開け、マグカップにお湯を注ぐ。

軽くスプーンでかき回して完成だ。

グレイスは真剣な表情で本を読みふけっている。

「ほら、ココアだ。今どのあたりだ?」

「まだフガクオーさんが生まれる前の話です」

「生まれてからも波瀾万丈だぞ」

グレイスは一旦本を閉じてココアを一口飲んだ。

「おいしい……」

ぴこぴこと耳を動かしながらグレイスは再び本を開いた。よほど続きが気になるらしい。

「門限までには帰るんだぞ」

「はーい」

俺は自分のデスクに戻り、PCのロックを解除してトレーニングの予定を組み始めた。

 

翌日、東京レース場のパドック最前列に陣取った俺はファンにアピールするウマ娘たちを観察していた。

グレイテンペストにも指定席券は渡してあるが前に観に行った秋の大障害のことを思い出したのか余り返事は芳しくなかった。

「東京競馬場第9競走は東京大障害、現在はパドックの様子をご覧いただいています」

イヤホンで音声モードにしているターフチャンネルのパドック解説を聞きながら俺はレーシングプログラムに予想印を打つ。

「まぁ、本命はコイツだよな。あとは何が食いついて来るか」

メジロアイガーに◎を書き、スコリアイーデンに打った△を少し悩んで塗りつぶす。

「贔屓してキョウワソルジャーは○、大穴にカールシローってところか」

気になるターフチャンネルのパドック解説が始まった。

「パドックからの気配は3番メジロアイガー6番ムロマチガーネット、10番スコリアイーデン、それと4番レナウンテイオーの名前が挙がりました」

「あー、そう来るかぁ……」

赤ペンでターフチャンネルの予想印を書き加える。本命は同じだが、相手はスコリアイーデン以外違うウマ娘の名前を挙げている。

「戻るか」

レーシングプログラムを二つ折りにして尻ポケットに突っ込むと俺はカメラや携帯を構えるファンの人垣を掻き分けてスタンドへ戻った。

久しぶりに一人で来たレース場の空気は大分気楽だ。

担当のグレイスが出走する時は他のレースのパドックを見ている暇もないし、ウイニングライブの準備や帰りの足の手配でレース後の方が忙しい。

出走時間まではあと20分。レース場のB級グルメともしばらくご無沙汰だったし、席に戻りがてら一杯ひっかけるのもアリだ。

一階のホットスナックにするか二階のピザセットにするか悩みながらホールを歩いていると携帯が鳴った。

「グレイス? どうした」

「トレーナー、いまどこ?」

「府中のスタンドにいる。今から席に戻るが、もしかして来てるのか?」

「はい、席にいます」

「ん、すぐ行く。昼は食べたのか?」

「まだです」

「んじゃ何か買っていく」

残念ながら今日のアルコールはお預けのようだ。

ベーカリーでチキンサンド2つとコーヒー、グレイス用にお茶を買って席に戻る。

足音でわかったのか、グレイスは俺が声をかける前に立ち上がって頭を下げた。

「すみません、いきなり電話しちゃって」

「いや、来ると思ってなかったからな。ほれ、昼飯」

俺はチキンサンドとお茶をグレイスに手渡して座席に腰を下ろした。

「昨日寮に戻ってからずっと悩んでました。でもやっぱり自分の目で観たかったんです」

チキンサンドとお茶をそれぞれ口にしたグレイスの耳がくるくると回る。

「いい意気だ、グレイス。それじゃ一個課題を出そう」

「課題?」

グレイスの耳がぴんとこちらを向いた。

「東京大障害、自分も走っているつもりで視ろ。これもトレーニングだ」

「……はいっ!」

場内スピーカーから本馬場入場の音楽が流れ、出走するウマ娘が誘導ウマ娘に続いて続々と地下バ道から姿を見せた。

 

「さぁ先頭は3コーナーカーブに入りました。先頭スコリアイーデン、並びかけてきたのはキョウワソルジャー! 3番手にブリーズグライダー、4番手にメジロアイガー。前は4人固まっています」

向こう正面でじりじりと接近したキョウワソルジャーが最初に仕掛けた。

「34コーナー中間の生垣、これが最後の障害になります。スコリアイーデン踏み切って飛越!」

大ケヤキの影に飛び込んでいった先団グループのひとりが転倒し、スタンドがどよめく。

「最終障害でブリーズグライダーが転倒!」

「あっ」

小さくグレイスが叫んだ。

「スコリアイーデン依然先頭ですが外からメジロアイガー!」

いつも通りレースを引っ張ったスコリアイーデンだったが好位でチャンスを窺っていたメジロ

「残り400! メジロアイガー! メジロアイガー先頭! スコリアイーデンは沈んでいく!」

最初に仕掛けた古豪キョウワソルジャーが食い下がる中へシノンシンボリが一気に突っ込んでくる。

「残り200! かわしてシノンシンボリが二番手! しかしメジロアイガーか!」

「メジロアイガー! やりました! 東京大障害を制しました! 2着シノンシンボリ、3着にはキョウワソルジャー」

大歓声の中、最初にゴール板を駆け抜けたのはやはりメジロアイガーだった。

「うん、軸は当たってた」

グレイスにレーシングプログラムを渡す。

「これ、トレーナーの予想?」

書き込まれた印を見たグレイスは掲示板に点滅する着順と出馬表を見比べる。

「さっきの答え合わせの時間だ。グレイスだったらこのレース、どう走った?」

「いつも通り、しばらくは中団辺りで二週目の向こう正面で押し上げていったと思います。3コーナーでメジロアイガーさんの内の辺り。でもその位置だと……」

「最終障害でブリーズグライダーの転倒に巻き込まれてたな」

「はい……」

俺の指摘でグレイスの耳が倒れる。転倒だけならまだしも、後続のウマ娘に踏まれたりしようものならさらに悲惨なことになる。

「悪かった、グレイス。嫌なことを思い出させて」

「大丈夫です。ほら」

首を振ったグレイスがターフビジョンを指差す。そこには手当てを受けていたブリーズグライダーが映っていた。

立ち上がった彼女はスタンドに深々とお辞儀をする。

他のファン達と共に、俺とグレイスは自分の足で立ち上がったウマ娘に拍手を送った。




参考レース:1988年東京大障害[第100回中山大障害]
https://youtube.com/watch?v=KG0M_WF3x6I
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。