とある芦毛の障害ウマ娘【完結】   作:CK/旧七式敢行

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最優秀障害ウマ娘、グレイテンペスト【第21話】

「最優秀障害ウマ娘、グレイテンペスト!」

「はいっ!」

名前を呼ばれて壇上に上がったグレイテンペストは一礼し、URA会長から盾と賞状を受け取る。

まばゆいほどのフラッシュの雨が降り注ぐ愛バに、俺は手のひらが腫れ上がるほど拍手を送った。

年度代表ウマ娘をはじめ三部門を受賞したタマモクロス、そのタマモクロスと激闘を繰り広げて有マ記念を制したオグリキャップが最優秀クラシック級ウマ娘に選出。

そして最優秀障害ウマ娘はもちろん、グレイテンペストだ。

今年はURA賞の受賞式に呼ばれた11部門9人のウマ娘中、3人が芦毛となった。

 

「私、バカみたい。勝手にライバル視したり嫉妬したり。二人ともいい人だった」

学園に戻るバスの車内で隣に座るグレイスが切り出した。

「いい写真になるだろうな、あれ」

「いっぱい撮ってや! 『芦毛のシンデレラ三人組』ちゅう見出しでな!」というタマモクロスの呼びかけで左にオグリキャップ、右にグレイテンペストが並んだ写真は、夕方にもネットニュースに掲載されるだろう。

タマモクロスは今年で引退、シニアに上がるオグリキャップは走りつづけるだろう。

「ねぇトレーナー、しばらくはレースはないんでしょ?」

そして、大障害連覇を目指すグレイスも。

「あぁ、春の阪神まではゆっくりできるぞ」

限界までビッシリ追ってあの中山大障害を走りきったグレイスの身体には相当のダメージがあるだろう。少なくとも1月の間は軽めのメニュー主体で回復に充てたい。

「じゃあ、一緒に行きませんか? 温泉。春になったらそんな暇なくなっちゃいますし」

中山大障害からこっち、取材やインタビューに追われてすっかり存在を忘れていた。

「俺は構わないけど、グレイスの親御さんにも話しておいたほうがいいんじゃないか?」

ここはひとまず掛かり気味のグレイスを落ち着かせよう。

「お正月に話したら『お前をそこまで育てた人と行くなら安心だ』って言ってくれました」

「アレ? そうなの……」

外堀は、既に埋められていた。

「今度の連休いつですか?」

「さ、さらいしゅう……」

「じゃあ決まりですね、寮についたら予約しときます」

 

あれよあれよと言う間に日程と行き先が決まり、気づけば俺はローカル線に揺られてグレイスと一緒に温泉の最寄り駅に着いていた。

「そろそろ来るはずなんだけど……」

駅前のロータリーに出ると、年季の入ったバスのりばの案内表示や営業しているのか怪しい塗装の傷んだ広告看板が冬の日差しに照らされていた。

「あ、来ました!」

やってくるバスの音に気づいたグレイスが大きく手を降った。

「虹の郷行き、発車いたします」

乗り込む乗客は俺とグレイス、それと老夫婦の4人。

橋を渡って国道に入ったバスは無骨なバイバスの高架橋をくぐって温泉街に出る。

「次、止まります」

三つ目の停留所でグレイスが停車ボタンを押した。

降りたのは俺とグレイスだけ。平日ということもあって通りの人通りもまばらだ。

「こっちです、トレーナー」

グレイスの後をついて温泉街のメインの通りを登っていく。

言われるがまま、真っ赤な欄干の細い橋を渡って川の対岸に出る。そして通りを曲がった先が今日の宿なのだが。

「なぁグレイス」

「はい」

「ここでいいんだよな?」

「ここですよ」

和モダンな外観でいかにも高級そうだ。

「トレーナー、もしかしてこういう温泉って初めてですか?」

「んなわけあるか」

外観に気圧されていた俺をグレイスがからかった。

「これが実家の太さか……」

 

荷ほどきを済ませてグレイスに入れてもらったお茶を飲んでいると、館内施設の案内を見ていた

「トレーナー。せっかくだからカラオケやりませんか? まだ夕食まで時間ありますし」

ライブや練習以外でグレイスの歌を聞くのは初めてな気がする。

「そうだな、グレイスの歌が聞きたい気分だ」

部屋の鍵をかけてエレベーターホールへ向かおうとすると、グレイスが立ち止まった。

「どうした?」

「ちょっと忘れ物しちゃったから先に行っててください」

「ん、分かった」

カラオケルームに入り、部屋番号をグレイスの携帯に送る。

「おまたせ、トレーナー」

5分ほどして現れたグレイスは来たときに着ていたロングコートを羽織っていた。

「グレイス、寒かったか?」

彼女の襟元の違和感に気づいた俺は言葉を詰まらせた。

「ごめんトレーナー、本当はいけないってわかってたけど……」

コートの下は白いシャツに灰色のスカート、水色のジャケット。グレイスの勝負服だった。

テーブルの上のリモコンで曲を検索したグレイスは

「これ、使ってください」

とトートバッグからペンライトを2本出して俺に渡してきた。

「私、トレーナーに嘘つきました。『平地に未練がない』って」

ペンライトのスイッチを入れると、グレイスの勝負服と同じ水色に輝いた。

「でも、聴いてほしいんです、私のウイニングライブ」

グレイスは曲を送信し、マイクを握って電源を入れた。

「ここで今輝きたい」

この歌い出しは宝塚記念のウイニングライブ曲「Special Record!」だ。

「叶えたい未来へ走り出そう」

グレイスが初めて生で観た大レース。

「夢は続いてく」

彼女が思い描いていたものとは違ったけれど、俺は彼女を輝ける場所へ導くことが出来た。

「えっ、トレーナー?」

Aメロが始まる前から、熱いものがこみ上げてくる。

「いいんだ。歌ってくれ」

きっとこっそり練習してきたんだろう。今日のために。

なら、俺もそれに応えよう。水色のペンライトをしっかりと握った。

 

夕食後の風呂上がり、広縁の椅子に腰をおろした俺は売店で買ってきた地ビールの封を開けた。

ゆっくり温泉に浸かってくると言っていたグレイスもじきに戻ってくるだろう。

「ふぅ……美味いな」

グラスに注いだ琥珀色のビールを一息に空けると、火照った身体に染み渡っていく。

「ただいま」

二杯目を注いでいると、ふすまが開いてグレイスが向かいに腰を下ろした。

「グレイス、その髪……」

「あ、解いてなかった。こっちの方がいいですか?」

グレイスが結い上げた髪を解くと、綺麗な芦毛が暖色の照明に鈍く輝いた。

「トレーナーの好きな方にしますよ」

好き、のところを強調しながらグレイスはゴムで髪をまとめた。

「うん、いつものグレイスが一番可愛い」

トレードマークの白いリボンをつけていない姿も初めて見るかもしれない。

「もう……」

ぴこぴこと耳を動かすグレイスも喉が渇いているだろう。

「なにか飲むか?」

後ろの冷蔵庫を開け、備え付けのドリンクを選ばせる。

「じゃあお茶で」

懐かしい瓶入りのウーロン茶の栓を開け、一緒に持ってきたグラスに注いでやる。

「最優秀障害ウマ娘に」

「……乾杯」

軽く当てたグラスが透き通った音を立てた。

「ねぇトレーナー、ずっと聞きたかったんだけど」

「うん?」

「もし私があの時、ラチを飛んでなかったら障害には誘わなかった?」

あの時、俺とグレイスが練習コースで初めて顔を合わせた日。

「やらせてみたかもしれないけど、あの時みたいな誘い方はしなかっただろうな」

「会っていきなり『飛ばないか?』だもん」

アレについては俺も言葉選びを間違えた気がする。

「それくらい、いい飛びっぷりだった。絶対いい障害ウマ娘になるって思った」

「なれました。トレーナーのおかげで」

「あぁ、本当に。すごいウマ娘に出会えた」

ビールを一口飲んで、嬉しそうなグレイスを眺める。

「もう一つ聞いていい? 私の前は担当どんな子だったの?」

「グレイスと同じ芦毛の子だった。デビュー戦から2着で、そっから春にダートの千八を連勝して次のレースがいきなりオークスでさ」

「オークスに!?」

「勝負服も急ごしらえだしクラシックのG1なんて初めてだから俺も真っ青になったよ」

抽選で出走できるとわかった時、上へ下への大騒ぎになった。

「結果は……聞いてもいいですか?」

「それがさ、末脚でハナ・アタマ・ハナ差の横一線で4着に入ったんだ」

「その後は掲示板を……一回だけぶっ飛んだか? ちゃんと入着してオープンに勝ち上がって」

「シニアの最後に夏の札幌でオープンを勝って引退、んでフリーになった俺はグレイスの担当になった……って感じだな」

「トレーナー、芦毛好きなんですか?」

見せびらかすように髪をいじりながらグレイスが尋ねる。

「うーん、奇妙な縁があるというかなんというか」

グレイスの耳が少ししおれた。

「ま、やっぱり芦毛が好きなのかもな」

ご機嫌に揺れるグレイスの耳を確かめて、俺はグラスに残った最後を流し込んだ。

「疲れてるだろ、今日はゆっくり寝よう」

何事か言おうとしたグレイスは素直に頷いた。

「いい子だ」

さらさらの髪を撫でてやると、彼女は嬉しそうに目を細めた。グレイテンペストとかけがえのない絆を感じた夜だった。

 

温泉旅行から戻った俺たちはトレーナー室にグレイスが持ち込んだ勝負服を戻しに来た。

「ねぇトレーナー、これなに?」

「んー?」

郵便受けに溜まった認定資格の更新講習のハガキやら健保からのお便りといった雑多な郵便物の中に真っ黒な封筒が入っている。

封蝋までされた裏面には「British Racing Association」とイギリスのレースを統括する団体の名前が金色に箔押しされている。

便箋には英文と訳文であろうゴシック体の日本語でグレイスと俺の名前が併記されている。

「アメリカから?」

「いや、イギリスからだな」

ソファーに腰を下ろして封筒を開け、隣に座ったグレイスと一緒に読む。

「こんにちは、私はBRA広報のクラレンス・テイラーと申します。友人とともに昨年末の中山大障害を観戦し、グレイテンペストさんの強いレースぶりに感服いたしました。機会があれば我が国で開催されるグランドナショナルへの出走をご検討ください。国際競走ですが日本からの挑戦はフガクオー以来途絶えております。レースには年齢制限がありますが、私達は来年のエイントリーで貴殿と担当ウマ娘のお越しをお待ちしております」

グランドナショナルはイギリスで行われる障害レースの最高峰、中山大障害のモデルとなったレースだ。格付けこそG3だが実質的には世界最高の舞台。

「俺には来年のグランドナショナルに来いと書いてあるように見える」

俺は隣のグレイスと顔を見合わせる。

「なぁグレイス、2学期の英語の成績どうだった?」

「B判定は取りました」

「まさか誤訳じゃないよな?」

グレイスと一緒に英文の方を読んでみたが、書かれている内容は同じだった。

「トレーナー、これってもしかして」

「かかってこい、ってことだよな……?」

「私もそう思います。行きますよね? 来年」

グレイスがぎゅっと俺の手を握る。

彼女の目は中山大障害の直前と同じくらいの闘志に満ちている。もし行かないと言ったらそのまま投げ飛ばされるかもしれない。

「わかったよ! 行くよ! イギリスでもアメリカでも一緒に飛んでってやるよ!」

元はと言えばフガクオーの本を読ませたのも俺だ。

「その代わり絶対完走しろよ!」

無事回ってくるだけで日本初、着に食い込めば快挙だ。

「じゃあトレーナー、まず行きたいところがあるんだけど」

「この際フランスでもブラジルでも……どこだ?」

「えっとね……うちの実家」

少し躊躇ってから、グレイスの口からとんでもない行き先が告げられた。

「それは卒業してからにしてくれ。世界を飛ぶ前に俺のクビが飛ぶ」

「約束ですよ」

グレイスに握られた手の骨がちょっと軋んだ。

 

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