ウイニングライブで彼女は1年半ぶりにセンターに立つ。
「一着は後続を引き離してグレイテンペスト。二着にはレッドボルドー、三着キングエドワーズ。確定までしばらくお待ちください」
今日、グレイテンペストは前走の好走を高く評価されて1番人気。
初戦でしてやられた逃げ戦法でハナを譲らず、それどころか二着以下を大差で置き去りにする見事な走りでスタンドを沸かせた。
掲示板は着順の数字が点滅から点灯に代わり、着差と「確定」の文字が表示された。
俺は肩を落として控室へ戻るウマ娘を横目にウィナーズサークルへ向かう。
「すみません、今のレースの勝ちウマのトレーナーです」
「グレイテンペストさんの担当トレーナーさんですね、こちらへどうぞ」
トレセン学園のバッジとIDカードを見せると業務用端末で照合した赤いジャケットの誘導ウマ娘が案内してくれた。
「トレーナー!」
地下馬道を通って帰ってきたグレイスが駆け寄ってくる。
「私……勝てました!」
「よくやった、おめでとう」
彼女にはウイニングライブの前に一仕事ある。
勝者のみが立つことを許されるウイナーズサークルでの記念撮影だ。
「撮りますよー!」
グレイスの横に立ち、カメラに笑顔を向ける。
URA公式に月刊トゥインクル、ネットレースを筆頭にそれぞれの取材腕章をつけたカメラマンがレンズを俺たちに向ける。
フラッシュの閃光の洗礼を受けたグレイスが少しよろめく。
「はい、オッケーです!」
ようやく解放されたグレイスはほっと息を吐いた。
「大丈夫か?」
「すみません、ちょっとフラッシュにびっくりしちゃって……」
「早く慣れてくれよ。これからたくさん浴びるんだから」
グレイスの肩を叩いて俺たちは控室に戻った。
ウイニングライブを待つ間、後ろに立つファンの会話が耳に入った。
「なぁ、5レースのグレイテンペストちゃんって何色のペンライト振ればいいんだ?」
「たしかに……勝負服まだないからこれといった色がわからないよな……」
「うーんとりあえず4枠だし青か水色でいいんじゃね?」
確かに、何色が彼女の「色」なのかまだ話していなかった。帰りの車内で相談したほうがよさそうだ。
開演を知らせるブザーとともにざわめきが静まり、ぽつぽつとペンライトが思い思いの色に点灯を始める。
俺もペンライトの色を水色に切り替えて掲げる。
「響けファンファーレ届けゴールまで」
ライトに照らされる三人のウマ娘。
もちろん、センターに立つのはグレイスだ。
真っ先に階段を駆け下り、観客に笑顔を振りまく。
「勝利の女神も夢中にさせるよ」
3000メートルを走った後とは思えない軽やかなステップで彼女がターンし、ステージ衣装のフリルが翻る。
曲がサビに差し掛かるころから、周りのペンライトの色が少しずつ変わり始めた。
「駆け抜けて行こう君だけの夢を」
無秩序な光の海に波紋を広げるように青や水色が広がっていく。
「I believe 夢の先まで」
決めポーズとともに歓声が沸き起こり、水色と青のペンライトが海面のように波打った。
「よし……!」
これで、俺たちの夢は一歩実現に近づいた。
次の条件戦を抜けてオープン入りすれば彼女に勝負服を着せてやれる。
そのはずだったのだが、やはり勝負の世界はそう甘くない。
グレイスの障害初勝利から十日後。俺は確定した障害1勝クラスの出バ表を放り投げて椅子に背中を預けた。
「うーん……」
3枠3番、スコリアファスト、またこいつだ。
グレイスにはできれば2回走って経験のある京都で有利にレースを進めてほしいと思っていたが、
よりによってグレイスが障害初戦で負けたウマ娘と同じレースになってしまった。
すでに姉のスコリアイーデンは障害戦線で勝ち上がり、京都大障害を制して中山大障害にも出走している。
「トレーナー、入るよ」
「いいぞ」
プールでのトレーニングを終えて制服に着替えたグレイスがトレーナー室に入ってきた。
「グレイス、どうした?」
「この前私のテーマカラーを考えようって言ってくれたじゃないですか」
結局この間のレースの帰りの車内では話す間もなくぐっすり寝てしまったグレイスとテーマカラーを決めようと約束していた。
「それで、何かいい色は浮かんだか?」
「私、水色がいいです!」
「この前のライブで観客席の青と水色のペンライトが海みたいでとっても綺麗で……さすがにこんな理由で決めちゃダメですよね?」
そこまで口にしてからぺたりと彼女の頭上で耳が倒れた。
「いや、それでいいぞ」
「本当ですか!?」
グレイスの耳がピンとこちらを向き、尻尾が嬉しそうに揺れる。
「あれな、本当に偶然だったんだ。ファンの誰かが『とりあえず4枠だから水色に』って言ってその周りだけ水色に変えたら周りもそれに気づいてサビのあたりから変わっていったんだ」
「ステージからも見えました。すごく……綺麗だった」
「またあの光景を見ような」
グレイスは力強く首を縦に振り、俺のデスクの上に広げた資料に目を向けた。
「それ、出バ表?」
俺はグレイスにプリントアウトした出バ表を手渡す。
「うん。次も京都だ。距離は少し伸びるぞ、3290メートルだ」
京都第5レースの障害1勝クラス、グレイテンペストの名は7枠の10番にあった。
未勝利戦からはおおよそ300メートルの距離延長になる。
「分かりました」
小さくうなずく彼女の目にはもう、出会ったときの諦観の色は残っていなかった。
中2週で3連戦のローテーションはかなりハードだが、来年の春シーズンまでにオープン入りさせるには何とか今年中に彼女を勝ちあがらせてやりたい。
「よし、まず一番注意するべきウマ娘は――」
俺は出馬表と京都レース場のコース図を広げ、作戦会議を始めた。