聖翔音楽学園99期生たちは、卒業する。   作:瑞華

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「皆んな、準備は良いわね?では各自位置に付け!」

 私の声を合図に3年A組の生徒達はそれぞれの武器を手に持って一斉に散開した。

 掃除機・箒・雑巾・スプレー・ワックス・ブラシ・バケツなどなど、あらゆる掃除用具で武装した舞台少女たちと、彼女らに与えられた今回のレヴューのタイトルは「清潔」

 私、聖翔音楽学園第99代生徒会長、星見純那もまた、3年間積もった星光館の汚れと埃を倒す為に私の武器を手に持った。

 勿論、現在は生徒会長でもないし私が仕切るような立場にある理由も必然性も無いけれど、皆んなは未だに自然に受け入れているようだった。現状維持バイアスとは外から観測した時にこそ空恐ろしい物に違いない。

 学級の行事仕切るのは学級委員の仕事だろうけど、卒業式が目の前まで来ている今になってそんな事を気にする理由も無いし、何はともあれ 99期俳優育成科にとっては最後まで私が学級委員であるのが一番自然な事かも知らない。

 だが、たった一人だけはなにを言われようが目障りな位置に突っ立てピクッともしないのすら変わりが無いってのは、ちょっとひどいと考えてしまう。

「ね、花柳さん?」

「何ですの?」

 皆んなが指定された自分の担当区域に向かっていると言うのに、花柳香子だけは何時も持ち歩いてる扇を両手持ちしてはニヤリと笑っているだけ。

 特に理由と語るのも無い。結局は花柳香子が生まれながらそんな人だからと言おう。遠からずの未来に「千華流第12代宗家花柳彗仙」の学生時代に関するインタビューを申し込まれたら、私は日本舞踊を考察するドキュメンタリーが彼女を訴えるプログラムに書き換えられるようにしてやるつもりだ。

 ケーキの上のチェリーだけを取り上げる行為を今まで見ていただけだとしても、いつまでもそれが許される筈ない。せめて与えられた仕事はやってもらうわ。

「準備が出来たのなら早速位置についてちょうだい」

 そうやって、私は最大限の親切を尽くし早く身を動かす事を急かしたが、この京女はそこで一歩も動かずして、そのムカつく「芍薬のような笑顔」を作るだけだった。

「ご心配なさらず、うちの担当なら双葉はんがちゃんと整理してくれますから」

「ふざけた事言わないの!」

「きやっ!?双葉、双葉はん!この、このメガネが私を足て蹴りましたよ!」

 ちょっとつま先でふくらに触っただけなのに、花柳は侮辱的な表現と大げさな動きで真実をごまかしながら、自分の担当のある1階でなく、石動さんのある2階に上る階段の方へ消えて行った。

 私はその後ろ姿を睨みつけるだけ、訂正させたり追い付いて捕まってくるのは考慮しなかった。面倒臭いのもそうだけど、石動さん直々正しく処分してくれると信じて、または直々に花柳さんの分までやってくれると信じて、そのままほっといた。

 長い溜息であり最後の溜息を吐きながら、私はバケツを持ち上げた。

「ふふっ、最後の最後まで変わらぬ者もあるようですね」

 天堂さんの声が、雑巾とバケツを持って窓際に向かっていた私を立ち止まらせた。声の来た方に振り向くと、天堂さんはリビングのTV台の中に入ってる物たちを取り出し、捨てるか処分するものだけを分けていた。

 特に私と目を合わせたりはしなかった為、私も窓をふきながら話を続けた。

「今まで苦労したんだから。でも、あれもこれも明日で最後だしね」

「それもまた残念な事ですね」

「そうかな?そうだね」

 なんと答えたら良いのかほんの少しだけ悩んだけど、天堂さんの言葉にあえて別の言葉を付け加える必要性は感じなかった。

 明日には28人の聖翔音楽学園99期俳優育成科生徒の皆んなが3年間お世話になったここを立ち去る。彼女の言葉がそれだけを意味するのではないだろうけど、それだけで充分である。

 個人の能力と才能には千差万別の違いが存在するけれど、人間の感性はそれほど大きい違いは無いかも。サラブレッドと呼ばれる天才天堂真矢だとしても、所詮は卒業式を前にした高校生に過ぎない単なる人間。どんな考えをしていてどんな感情を抱いているのか手に取るように分かる。

 それとも、自分がそう考えているからかも。

 今更だけど、天堂真矢との会話は相手が誰であろうとも結局の所禅問答に流れ陥る場合が多い。

 悪い意味でじゃなく、人生と舞台にとっての本質を探る会話。キャッチボールを考えて投げた球が、難攻不落の高速スライダーとなって飛んでくるような感覚。私と言う人間がその重くて速い球を眼で追いながらどう攻略すれば良いのか幾万の計算を繰り返すとしたら、西條さんは迷いなど無く本能が赴くままにバットを振る。

「ふうん、今更似合わないわよ。残念なんてね!」

 こうして、透き通る声の現実的な言葉が飛び掛かるのある。

 どうやら、廊下の西條さんは掃除機を持ち歩きながらも口を出さずには居られなかったようだ。

 壁を越えてでも突っ込まずには居られない性格と、周りの音を全て飲み込む掃除機を回してるノイズにも負けない声、舞台人なら誰もが欲しがる物を、彼女は持っている。

「背後は振り向かない。西條さんらしいですね」

「当然でしょう?あんたも未練は燃やし尽くしたんじゃなかったの?」

「未練も残った思いも、前に進もうとする向上心と共存出来ないってのではありません」

「そんなの二律背反よ!」

 壁を間にして、自分の仕事を遂行しながらも口争いを繰り広げる。

 まさに天堂真矢らしい、西條クロディーヌらしい口争いだったけれど、私は学級委員であり元生徒会長として放って置く訳にも行かない為、停戦を試みた。

「もう良いから、二人とも目の前の事に集中してくれる?」

 勿論全然聞いてくれる気は無さそうだが。

「ふふふん〜、私はいいと思います〜」

 鼻歌まじりながら、エプロンと三角巾で本格的な装備まで着こなして現れたななは、何時もと同じくスマホを手に持っていた。スマホカメラのシャッターを押す音が聞こえて来るけど、果たしてあれを良い被写体と言えるのだろう?写真では音まで残せない。今この瞬間を撮るなら写真よりは動画が良さそうだ。

 とにかく、二人は相変わらず人の言葉なんか聞いてくれる気は無さそうだった。

(無駄な努力はしない主義で生きた方がいいかな)

 いつの日か舞台の上で聞いた台詞を思い浮かびながら、私はもう気にしないと決めた。私は口を出さなくても自分の仕事くらいは問題なく成し遂げる子たちだから。

 そっちの方よりあえて気にかけるとしたら、花柳さん……それとも華恋でしょう。勿論そっちにも対策は組んである。

「あーもう!そんな風に出たら誕生日も何も、私はもう知らないからな!」

「はあ?双葉はんが私にそんな事を言いますの?この薄情もん!」

 2階から聞こえて来る聞き慣れた声に耳を澄ますと、片方は正常に作動してるようだ。きっと残りの片方も私の期待通り動いてくれている筈。

 露崎さんには重責を押し付けてしまったけど、本人が喜ぶならそれはそれでWin-Winになる正しい関係じゃないかな?掃除に置いて一番の難問だとも言える大浴湯を前にしてもむしろ期待してる様子だったし、きっとそうだ。我にも無く、びしょ濡れになった露崎さんが「華恋ちゃんたら〜冷たいよもう〜!えへっ」なんて夏の海辺ですべきな台詞を言い出す姿を想像してしまったが、多分そんな事はない。もしそうあっても構わないけど。

 如何あれ今日と言う一日を無事に終えますようにと祈りながら、私は私の仕事に集中した。

 

 寮の共用部分の大掃除は日が暮れる前には収まった。

 その後は各自の個人室を整理して、今日でも寮から出る子は取り除いて個人室の名牌を鍵と一緒に返して星光館を去った。誰かに命令された訳でもないけど、その間に私はずっと玄関の前のテーブルに居座って、寮を出る皆んなを見送った。絶対やらなきゃいけない事でもないし、卒業式でもう一度顔を合わせるだろうけど。

 これは私の自己満足だ。個人室の外にもあっちこっち散らばってた私物は消えて行って、出入り口の前に持ち出すダンボール箱でいっぱになって行くのを見守るだけ。今から3年前、空っぽのまま99期を待っていた星光館に一番目に到着したのも私だった。その時も人より先に届いた荷物で玄関がいっぱいだっただけで、その奥は静寂のみが漂っていた。

 こうして私たちが去って行ったら、間も無くして102期がここに入る。新たな3年が積もる寮から、私たちの手で直接思い出を取り消して掃除するのは、99期生皆んなの誠意。たとえ102期とはお互い聖翔音楽学園の生徒のままでは会えないとしても、だからこそこれくらいの距離が合ってると思う。

 玄関の前で一人、そんなどうでもいい考え事を繰り返していたら、我に返った時はもう宵闇が迫っていた。まだ夜の方が長い時期、外の空気は肌寒くて寮生たちが半分以上出て行った寮の空気はひえるよう冷めていた。勿論暖房は付けてるけど、人の無い空の建物はすぐ冷めてしまうものだ。

 もう玄関に残ってる荷物もほとんどない。今日中に出ると言っていた子も一人しか残ってないので、ここに居座ってるのも〆るべきだと思いながら、私は読んでいたページに栞を挟み本を閉じた。

 ソファーから立ち上がってそっと窓の外を覗いてみたら、外は完全に夜になっていた。

 私は感傷に浸っていたその頃、キャリーバックの輪が転がる音が近付いてきた。

「純那ちゃん、華恋ちゃんも今出るって」

 私を呼ぶななの声が先き聞こえて、その後から華恋と西條さんが付いて来た。

「お父さんが今着いたって。それじゃ、私先に行くね!外寒そうだし出てこなくても大丈夫ですよ皆の衆」

 疲れててもおかしくないのに元気が有り余るのか、華恋は生き生きしてる。

「そう、じゃまたあした卒業式でね。荷物は?そのキャリーバック一つに全部入りそうにはないけど」

 私がキャリーバックを指差しながらそう尋ねると、そのまま出ようとしたに違いなかった華恋はうっかり顔からすぐ表情を変えて何時そうだったかのように演技をする。

「昼に出しといたんだよね、確か……これ!」

 華恋は相当な大きさを誇るダンボール箱を指差した。その側面には露崎さんの筆跡らしい文字で「愛城華恋」と名前が大きく書かれてる。どうやら新国立組の中露崎さんだけ遅く出発した理由はこれらしい。おそらくだけど、この中身を整理するにも相当露崎まひるの手が込んだのではないだろうか。

 なんであれ、予想したより多い荷物を華恋一人で持って行くのは難しそうで、由緒正しい聖翔音楽学園の寮に生徒の親御さんだとしても男性が入るのは許可出来ない。掟は掟、元生徒会長として守らざるを得ない。

 故に私が上掛けを取りに戻ろうとしたら、西條さんが真っ先にその箱を両手で持ち上げた。

「仕方ない、これくらい私が車まで運んであげる。二人は付いてこなくても大丈夫よ」

「ありがとう〜クロちゃん」

「De rien、如何致しまして」

「なな、じゅんじゅん、またあしたね〜」

 華恋は純粋で綺麗な微笑みを浮かんで私とななに手を振り、ななは何時もと同じくその姿をスマホのカメラで収めるに余念がない。ここ3年間は毎日見てきた風景だ。

 それなら私も変わらぬ学級委員星見純那を演じ切るだけ。

「頼むから明日は遅刻しないでね」

「分かってるって〜じゅんじゅんは心配症なんだから。それじゃ!」

 西條さんと華恋が扉を開けて出ていくと、寒い空気が私達二人をすり抜けるのを感じた。

「もう今日中に出るって子はないし、私も部屋に戻ろかな」

「ね、純那ちゃん。折角だしクロちゃんと3人でDVDでも見る?」

「まぁ、それも悪くないわね」

 ななの提案に私はすぐ二つ返事をした。

「花柳さんは?」

「もう寝てると思うよ。先もバナナケーキ食べながら眠いって言ってたし」

 明明後日3月3日の為にななが用意してくれた花柳さんの誕生日ケーキは本当に美味しかった。甘過ぎるのでもなく、丁度気持ちのいい糖分が脳にまわって元気が出るようなバナナケーキ。まだバナナケーキの香りが漂うリビングの方に入ってみると、空っぽの部屋にはテーブルの上にケーキの残骸が残ってるだけで静かだった。他の子たちは皆んな自分の部屋で荷物の整理をしてるか休んでるだろう。

 もう私とななのようにルームメイト二人とも残ってる部屋は無い。

 聖翔は日本最高峰の俳優育成施設、聖翔の卒業生って名前だけでも呼ばれる舞台と劇団は無数に有る。聖翔の卒業生に進む道か無くなるなど有り得ない事なのだ。

 新国立第一歌劇団に合格した3人はとっくの昔に寮から出た。天堂さんは本家に、石動さんと露崎さんは劇団の寮。西條さんは明日卒業式が終わればすぐフランスに行くと言っていたし、花柳さんも明日の内には京都に帰る。私も両親には明日長崎に帰ると言っておいた。

 これからも同期達と外で会ったり食事を一緒にしたりする事はその気になれば出来るだろうけど、息をするような、くだらない日常を一緒にするのは今日で最後。

「私、今純那ちゃんがどんな事考えてるのか分かる気がする」

 TVの向かい側のソファーに座った私を見下ろしながら、にゅっと訳の分からない言葉を言い出したななはカメラレンズを私に向けていた。

 私が何を考えているのかは超能力者じゃなければ分かる筈無いけど、「ななだったら」と考えてしまう。でもななにとっても高校卒業は初めての出来事、ななの再演の向こうに有る今日を見て来た筈はないのに。

「何?言ってみて」

 私はその言葉をそっと流す代わりに聞き返した。本当に私が何を考えてるのか分かるなら、それは私も知りたいもの。

「それは、皆んなと離れたくない〜みたいな?」

「違うし」

 まるで「図星だよね?」と言ってるような、ななの表情を見上げて私は冷たい声で即答した。それだけは絶対に違うから。違う上に、それだけは違うべきだから。

 でも、優しいななは私のそばにピッタリとくっついて座る。

 こんなところが嫌いなんだよ。

「じゃぁ何かな?教えてくれる?」

 ただでは離してくれないななの質問に、私は複雑な感情の中で今言葉にしても恥ずかしくない事実一つを取り上げるしかなかった。

「明日、家に帰りたくないって考えてた」

 勿論嘘ではない。何時も思ってた事の一つだから。

「卒業するまで帰らないって自己ルールじゃなかったの?もう卒業だよ?」

「それ私が言ってたけ?」

「あらら……」

 どうやら、ななは最後の再演中に何処まで踏み込んでいたのか測る事をうっかり間違えたらしい。

 でもそれくらいは平気だ。私より星見純那をもう少し知っていても、私はななを責めるつもりなどこれっポチも無い。

「まぁ良いわ。とにかく卒業したってね、帰りたくないって言うか……東京に残っていた方が気楽って言うか……私の道を認めてくれなくても支援してくれるのは親だからね。お金的に」

「それじゃぁ、家に来る?東京じゃないけど」

 そんな言葉を口にして何気無くななは何時も私を掻き回す。私が聞きたい言葉を聞かせてくれるのは「私をよく知ってる人だから」だろうね。

 ここで付いて行くと言ったら、ななは私を連れて行ってくれるかな?

 ななの笑顔に、私は甘えたくなる。

 でも、ここは私の乗り換える駅じゃない。

「ありがたいけど、カーテンコールは舞台の上でやってあげる」

 聖翔の星見純那は、聖翔の大場ななと、誰も呼んでないカーテンコールをするつもりは無いよ。

 まもなく私が乗り換える駅に着く筈だから。列車じゃなくても構わない。車でも、船でも、飛行機でも、何にでも乗り換えよう。

「分かった、待ってる」

 ななは私にそう言ってくれた。

 私の路線図はどんどん長くなっていつつある。

 まだ建てられてない駅があるなら、ななの列車と交差する駅でありますように。

 

 西條さんが戻って来たら、第101回聖翔祭のスタァライトを見よう。




ましななに付いて行くと言ったら、ななは乗せてくれませんよね。
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