私は炎
炎は後ろに逃げはしない。
焼き尽くせるモノが手に届く限り、もっと熱くもっと大きく広がるだけ、退く方法なんて知らない。炎にはそれしかないから。
けれど何時か全てを焼き尽くしひとりになった時には、灰だけを残し消えてしまうのだろう。
「聖翔音楽学園第99期生出席番号11番西條クロディーヌ、入ります」
誰より早くレッスン室に足を運び入れるとそこは誰も居ない空間。その中に響く私の声が壁にぶつかり帰ってくる残響。この時間でしか味わえないこの音が、私は好きよ。
今日の日直は私。同然私より先に来る者など居ないだろうと思ったけど、やっぱり予想通りね。同然だけど今は皆んな忙しい時期だから。決まったトレーニング量以上に睡眠時間を削りオーバーワークしたって返って体に悪いし。今思えば聖翔には思春期のやる気に満ちて自分を追い込む子たちばっかりだったのに、皆んな大人になったわね。
私ったら、昔話のように語っちゃって。
夜明けって言うか、窓からぼんのりとした光だけ差す朝がすっきりと感じられるのは何故だろう?私みたいな誰にでも牙を向くきつい性格のヤな女が落ち着けるのは独りになれる朝だけ。人って夜になりつつ神経質になるんだよね。
窓の外がどんどん明るくなるのを意識しながらストレッチをし始めただけなのに、いつもより早い時間からドアが開けられる音が聞こえてきた。
ああ、もうちょっとだけこのまま居たかったのに。私を放って置いてはくれないんだから。集合時間はまだまだなのに。
あの子じゃないだろうけど、私の眼はすぐに入り口の方に行ってしまう。
「出席番号1番、愛城華恋!入ります〜!」
いつも元気の溢れる明るい声。この声が聞こえてくると朗らかな声もそれに連れて聞こえて来たんだよね。もうそれは出来なくなっちゃったけど。その理由も知ってるのに、華恋の後ろにまひるが見えないと変な感じ。それすらも私に日常になってしまったのかな?
なんだかんだ言ったけど、華恋はお世話してくれる人が居なくてもよく起きるのね。こうなったらむしろまひるが一緒に居たから甘えん坊さんになっちゃったのかも。
まぁまひるが悪いって訳じゃないけど。
兎に角、レッスン室に入った華恋はストレッチの最中の私を見かけては目を丸くして、笑いながら近付いて来たわ。
「クロちゃん今日日直だったの?ストレッチなら一緒にやろう」
「Bien sûr」
私は二つ返事をしてすぐ華恋の手を握った。同然断る理由なんてないし。ふたり一緒じゃなきゃ出来ない動作なんて幾らでもあるから。
「ううっ……」
後ろに高く上げた脚が一直線になるよう膝の所を引っ張ると、華恋のうめきが私の胸元から上がってきた。これは結構不思議な感じね。震えてるのが体を渡って感じられる。
変なんだよね。華恋はいつもこうなんだから。知らないけど今までの人生で2/3はレッスンだらけで生きて来ただろうに。これも不思議だよね。
「朝はいつも固いわね。普段はチョロチョロよく動くのに」
「ふうう……だから私も、困ってる最中…なの」
これも体質的な問題かな?生まれ持った事はどうしようもなく仕方ない。でも、だからと言って手加減してやる私ではないわ。だからこそ今ちゃんと筋肉をほぐして実戦で怪我にならないようするのよ。努力で才能を越えるのこそ、舞台少女が持つべき姿勢。
だからこれは全部華恋の為よ。
「ひやああぁっ!」
「あら」
もう少し引っ張っただけなのに、華恋が悲鳴をあげると私もびっくりしちゃった。
まぁ、大丈夫よね?身体だけは頑丈って有名な華恋だから。
華恋と朝のストレッチをしたのが原因なのかしら。どうもずっと華恋が付きまとわれてる感じ。朝も授業中にもお昼まで。私と言う女が飼い主を亡くした犬を見たら無視出来ないタイプだなんて、私も今知った所。いつの間にか「ばななちゃんランチ」の群れに混ざり自然とおにぎりを食べてても違和感なんかまったく感じないだなんて、怖いわね。
「流石ばなな、今日も美味しそう〜バナナイス!だね」
「そう?ありがとう華恋ちゃん」
なながした料理が美味しくない筈ないのに。それは私達99期には常識。華恋は当たり前な事を言って、前に置いてるおにぎりを取っては口いっぱいに食べたわ。梅干しで赤く染まった米粒を口元に付けてね。勿論私も美味しく頂いてるからには同じか。
他のおにぎりには何が入ってるんだろうと楽しく想像しながらもう一個掴むと、ふっと小さな違和感が脳に浮かんだわ。
「これ、3人で食べるには多くない?」
なな、純那、華恋。私はたまたま連れて来られたんだから、元はと言えば3人のお昼だけど、女子高生3人のお昼だったら少し多すぎな感じは確か。
「あはっ、まひるちゃんも入れて考えちゃうから、気づいたらこうなっちゃったんです」
「ふうん〜」
ななは自然と流したけど、私は言葉をそのまま受け入れるお人好しじゃないもん。私が嫌いな梅干しのおにぎりだけ華恋の前に置いてあるじゃない。何時言ったかもあやふやな些細な好みまで覚えてるななが一人抜けてるのを忘れるなんて、妥当だけど綺麗な答えじゃないよ。
「おかげで今日はクロちゃんも誘えたんだし、良かったよね」
「学食のカツ丼よりは栄養も味もこっちの方がずっとマシだから感謝しなさい」
「はいはい、なんで純那が自慢げなのかは分からないけど、それで良いわよ」
ななを弁護するのか私を追い詰めたいのか、純那もこう言う時は刺々しいんだから。あ、普段もそうか。私はこの方が気楽だから良いけど。半年前の純那は観ていられなかったし。
私や純那みたいな人間が丸く見えるとそれは何処か壊れてる証拠だから気を付ける方が良いわよ。私も人の事言えないわね。
「でもまひるちゃん、明日は来るって言ってたよ。明日はみんなでお昼出来るね」
明日のお昼はどうでも良いけど、まひるが登校するってなら他の入団希望組も一段落したって事かな?
「そう?なら双葉と天堂真矢も来るって事?」
「それは……多分そうだよね?」
この言い草だったら華恋も知らないようね。多分同じ劇団に入るならスケジュールは大抵一緒じゃないかな。
そんな事を口には出さないままジュースのパックを取ったら、何故か純那と目が合ってしまったわ。テーブルの上に倒れたまま、なんて言うか……見てるだけでイラつく表情でニヤリとしてるのが気持ち悪い。
「気になったら直接聞いたらどう?天堂さんに」
「別に天堂真矢だけ意識して言ったんじゃないけど!?」
挑発に乗って言っちゃったけど、言ってから後悔してしまう。ムキになっちゃうと認めてる見たいじゃない。純那と意気投合したのか華恋もこっち見てるし……。
「へぇ〜そう?ならそれで良いわよ」
「か、華恋にまでそんな事言われるだなんて!」
ああもう!私の前であんた達だけで笑い合うんじゃないわよ!
授業が終わった後のトレーニング。オレンジ色の夕暮れはもう沈んで東の空では黒が押し寄ってるのが見えと、昼が短く夜が長い冬だと実感出来る。今日もこのトレーニングルームには私一人だけ。最近はこうして一人で居られる時間が増えた感じ。何時も私より一歩先に来てるアイツも居ないし。
みんなやる事が多いから仕方ないよね。とっくに卒業後の進路が決まった私の場合は運が良かったって何度も感じるんだから。
誰も居ないトレーニングルームを独り占めして床を蹴り何度も高く飛ぶと私は汗だらけ。腕と脚が重くなりつつあるけど、頭は日差しを浴びて登校する朝のように清らかになれるわ。舞台の上に立ってる時だけは、無駄な考えは全て消えるから。
ずっとそうやって練習を繰り返して、水分補給の為に瓶を取ろうとした時、何時からそこに居たのかななが声を掛けて来た。
「クロちゃん、ここに居たんだね」
「なに?遅い時間にここまで訪ねるだなんて」
ななは制服に着替えてバックも持ってた。下校する用意もしてなんでここに来たのか疑問に思ってそう言ったんだけど。
「クロちゃんが一人で寂しくないかな〜と思って」
どうやら私を追いかけていた理由がありそうね。
「いやいや、私って寂しななど知らない女だから」
「あはっ、実はクロちゃんに聞きたい事がありまして」
「そう?昼にでも良かったんじゃない?」
「でもふたりっきりで話したかったんだもん」
ああ、こういう時のななの笑顔は何て言うか、確かにお人好しで優しい性格だって分かってるのに、裏がありそうで禍々しいんだよね。
「なんた、怪しいな。急に何の話?」
「ふむふむ、そうだよね。最近感じたんだけど、クロちゃんは執着しすぎと思うの」
「はあ?」
「真矢ちゃんに勝ったのかむしろ裏目にでたのかな?」
その名前が出た瞬間から、私は冷静では居られない。
「何が言いたいの?」
冷たい声で睨み付けても、ななはずっとその表情のままピクっともしなかった。むしろ予想してたのか、私の方に一歩づつ歩いて来たわ。
「私ね、真矢ちゃんにずっとずっとずっと何回も何十回も、もう覚えられないくらい勝ったけど、渇いたままだったの。クロちゃんに勝った時も……多分そうだったかな」
言葉の最後に付ける私への笑顔は、私なんかは見えてなかったとの挑発。
「私は安い挑発には乗らないわ」
「あはははっ、冗談冗談。クロちゃんたら真面目になっちゃって。私が何が言いたいのか実は分かってるでしょ?鈍感なふり?それとも本当に空気が読めないのかな。私たちの中に空気読めない子は私一人で足りてるんだけどな〜」
ななは話を止めてから爪先で立ち一気に私と距離を取った。私から3メートルくらい離れた次の瞬間、私に向かって大きく台詞を投げてくる。
「次のオーディションか〜まだ実感が湧かないな。だってまだはっきりと目に焼き付いているもの。私達のスタァライト!皆んなで作った最高の、私達だけの舞台。もう作れないのかな?同じ舞台は……」
私はすぐ気づいた、これは「大場なな」が自分を演じているのだと。
相手は私一人だけなのに、ななは体を広く動かして存在しない2階席に向けての演技も忘れず、ここを舞台の上に変えてしまう。
過去に縋り虚像を追い求めた自分を私にぶつける。
なぜ?
私が目でその疑問を表したけど、ななはやめる気はなさそうだった。わざと足で音を立て、今度は反対側に歩いて行き私の方を振り向き私を睨んだ。
そして今度は別人となる。
「恵まれた体躯、素晴らしく伸びる声、舞台全体を見渡せる広い視野。なのに、貴方は何故!」
私が、過去のあんたと同じって言いたいの?大場なな
「あははははっ!!」
私の叫びは視線に込めただけなのに、ななは私の心の中を見抜いたかのように笑った。やっぱり禍々しい。
「私の先走りだと思いたいんだけど、私は隠されたのを捲ってやっと気が済むの。最近のクロちゃんを見てるとね、舞台少女の死が、クロちゃんには印象弱かったんじゃないかな〜と心配になちゃって」
「私がそんなに柔な女に見える訳?」
「さぁ、どうだろうね?作る者の目、演じる者の目、私の目に西條クロディーヌは一人の俳優に見えているのかしら」
「何を言い出すかと思えば」
よくも戯言を。
「作る者、演じる者、二つの目で私一人を見てるのなら、あんたはそこで終わりよ。大場なな」
まだその二つを全部抱え込んで私を評価する?そんなの許せる訳がない。
「へぇー……それ、良い言葉だね」
なながそう言った時、なんだかななの眼からきらめきが見えた気がした。
でも、それじゃダメだよ。そんな何でもない言葉一つに感化されちゃね。隙だらけじゃない。新しいおもちゃを見つけた子供のようにね。
気の抜けたななを、お姫様のように私の腕の中で抱くのは簡単だったわ。私より背の高い女を相手にするのは慣れてるから、一瞬で十分よ。
はい、おしまい。抱かれてるななは可愛いわね。
「えっ、クロちゃん?」
私の動作に合わせて動いてくれたくせに、今更私の名前は何で呼ぶのか分からないけど、今日の劇は私が締めてもらうわ。
「私に良い言葉は要らない。だから欲しければあげる。条件はなな、あんたが私の燃料になるのよ。なれる?私を燃やす燃料に」
顔をピッタリと合わせてそう囁くと、見えてないけどななは笑っていた。間違いなくね。ななは私に抱かれても圧倒的な存在感で笑っていると、その感情を私に伝えたから。
「どう?もう私が見える?」
「うん、眩しい。きらめいてるよ」
「当たり前よ。私は炎だから」
「囚われ変わらないモノはやがて朽ち果て死んで行く」
だから、舞台少女の死が何時だって私は関係ない。
心の赴くままに、舞台を焼き尽くしても、私は何時までも燃え上がるから。