聖翔音楽学園99期生たちは、卒業する。   作:瑞華

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選ばなかった過去たちへ静かに捧ぐ讃美歌を

 レビュー、それは歌とダンスが織りなす魅惑の舞台

 舞台少女のキラめきを感じれば感じるほど、照明機材が、音響装置が、舞台機構が勝手に動き出す。芝居に、歌に、ダンスに、舞台少女のキラめきに、の舞台は応じてくれる。

 最もキラめいたレビューを見せてくれた方には、トップスタァへの道が開かれるでしょう。

 運命の舞台に立つ者、無限のキラめきを放ち、全ての才能を開花させ、時を越えて輝き続ける、永遠の主役。

 興味無かった。そんなものには。

 第99回聖翔祭スタァライト。

 唯一それだけが目を焼かれる程眩しかったから。

 

 朝の5時、うるさくなるアラムに起こされた大場ななの部屋には春雨の音も満ちていた。ベッドから覗ける窓を通して床に就く前に確認した天気予報通り雨が降ってるのを確認したななは、夜の間めちゃくちゃになった髪の毛と布団を整理する。

 ななは朝の空気を寒くさせるこの雨があんまり気に入らなかった。雨の音や雨の日の静かさが好きな人ならいくらでも有るだろうけど、湿った空気が好きな人は無い。不快指数は一般的な数値だから。そのへんでは大場ななもごく普通な感性の持ち主。それに雨の日は何時もより一歩早く学校に行く準備をしなきゃならないのも気に入らない理由の一つだ。毎日のように行き来してる学校までは遠いとも近いとも言えない距離なので、天気にはよく神経質になってしまう。

 起きた直後にシャワー。その後は朝ごはんを作って昼の弁当を用意する。で、服を着替えたらもう定時までギリギリ。

 玄関から出る前まで交通手段に悩んだななは、最後の最後に来てやっと決めた。こういう天気なら自転車の方が危ないと。故にななは愛車のキーを手に取る。雨での運転に自信があるってわけではないけど、もう歩きでは時間が足りないからどうしようもない。

 久々に運転席に座ったななは、一気に学校まで飛ばす。

 

 青嵐総合芸術院、創立から約40年もジャンルを問わず様々な分野で数多く人材を出してきた名門。その中でも舞台学科ステージ専攻は100年以上の歴史を持った有名校にも並ぶくらいに成長した。

 ななの職場はその青嵐。舞台学科ステージ専攻1年生担当教師、大場なな。現在の肩書きはそれだ。

「おはようございます」

 先に来ている先輩教師たちに軽く挨拶をして職員室に入ったななの席は入り口のすぐ近い新入りに相応しい席。そこに座ったどたん、隣席の先輩がすっと体を寄せて近づいた。

「大場先生、そろそろリストアップしたいんですけど、今年の1年はどうですか?選手権に出せる見込みのある原石は?」

 いきなり降って来た質問。勿論朝からこんな話を出してくる理由は、ななも知っている。全国高校演劇選手権、優勝を狙うならそろそろ形にしなきゃいけない。

「そう…ですね。目立つ娘は居ますけど、まだもっと引き出せるような娘も居て今は誰って言いずらいんです」

「ああ〜なな先生の目を信頼してますから、1年生の方はよろしくお願いしますよ」

 選手権は基本的に2年生が中心となるが、才能で1年や2年の差くらい飛び越える人材はいるものだ。教師としては全員の能力を引き出すのが理想的だが、この先輩が才能のある新入生を欲しがる理由も、ななは知ってる。

 人気に耳を立て周りを確認した先輩はもっとななの耳に近寄った。

「学科長、今年こそ選手権優勝を取るべきと言ってるみたいですよ。今年は忙しくなりそうです」

「あはは……頑張だって叶えられる事じゃないのに」

 押して出来る事もある一方、そうじゃない事もある。振り回されるのは何時も現場の人たちなのだ。

「今年は審査委員に天堂さんが出るらしいんですよ。まったく最近は全部新国立だな〜それが現実だけど」

「天堂さん?」

「天堂真矢さんですよ。大場先生と聖翔同期の」

「え、真矢ちゃんが審査委員?」

 それは初耳だった。その名前だ出た途端ななは相当慌てているように見える。不安にも見える意外な一面に先輩は首を傾げる。

「知らなかった?昨年だったかな……新国立退団してから活動中止だったけど丁度この前に協会に入ったらしいですよ。大場先生は顔が広いから知ってたかと」

「そう…でしたか。いやぁーちょくちょく連絡取り合う中は同期の中でもほんの一握りでして。ははっ!」

 笑いで誤魔化したななはまだ浮かない顔のままモニターの方へ目線を移した。

 半分は本当、半分は嘘。昨年末に真矢が退団した事までは存じていた。大抵の学生時代の因縁がそうであるように、遠のくと連絡は段々減り、知らない内に途切れる。聖翔を卒業してから、ななの99期も似たようなものだったけど、ななは直接連絡を取り合わなくなった友達がどうしているのか調べられる限りは一歩通行でも調べて来た。その中でも天堂真矢はマスコミで調べられる有名人だったので公式な情報なら全て頭の中に入っていた。

 でも、その真矢の行き先が劇団じゃ無かっただなんて。

「もう、誰も残ってないわね」

 ななは独り言を小さく呟いた。

 

 お昼のななは自作弁当の蓋を開けたまま、食事よりスマホをいじった。

『新国立第1歌劇団は世代交代の中、空に登る新たなスタァ』

 真矢の名前が載った最後の記事はもう何ヶ月も前のものだけど、それは変わらず天堂真矢の名前が載った最新の記事だった。真矢の父親で協会のお偉いさんの天堂さんに付いてなら他にも幾つかはあるけど、娘の方はさっぱり。

「本当に辞めたんだね」

 ななに取っては「あの天堂真矢」が舞台から降りるなんて信じ難い話。舞台女優じゃない天堂真矢だって現実感のまったく感じられないけど、先輩からもらった大会資料には間違いなく天堂真矢の名前が書かれてる。

「真矢ちゃんだけは奈落で見上げる様になっても、舞台の外には出ないと思ったのに」

 聖翔を卒業してからは一度も舞台に立たなかった自分が何だかんだ言える立場ではないと分かってるけど、ななの奥深くに何とも言えない喪失感みたいなのが刺さる。

 感情に押されたななは、またスマホを手に持った。

 

『華恋ちゃん、真矢ちゃんが演劇やめたって知ってた?』

 

 その前触れもないメッセージに1分も経たず返事が帰って来た。

 

『いや、今初耳だよ。他の劇団に移るんじゃなかったの?』

 

『ちょっと調べたんだけどね、劇団じゃなくて協会に入ったみたい』

 

『まじ本当?じゃぁ私たちの中で現役は香子ちゃんしかなくなったのか』

 

 花柳香子、花柳彗仙はおそらく13代目を託せる逸材が現れるまでにはずっと舞台に立つってななも知ってる。そうするしかないから。香子が背負っているのはそういうものだ。

 

『変だよ。私、真矢ちゃんはずっと俳優で居続けると思ってた』

 

『その考えはノンノンだよ。舞台少女じゃなくても毎日進化中なら良いんだよ!私たちもう少女じゃないけどね!ワハハ」

 

 文字だけのメッセージでも華恋は相変わらず前向きだった。

 

『そうよね』

 

『やれやれ、うちの可愛いばななちゃん凹んでるのかな。仕方ない、私が遊んであげなくちゃ!店はひかりに任せられるから何時でもいいよ。週末にでも見ようか?』

 

『うん、そうしよう』

 

『私とばななは決まりで、近所に住んでるの星見さんしかないけど、来れるかな?』

 

『ふたりでも十分よ。ありがとう』

 

『でも連絡はしてみるね』

 

 知らないけど純那まで呼び出せるのは難しいんじゃないかと思ったが華恋を止めはしなかった。自分以外にも連絡する友達が居た方が、純那も少しは喜ぶんじゃないかと思ったから。

「結局私たちの中でスタァになったのは純那ちゃんだけね」

 ななは複雑な感情で、指導書と積み上げた資料の間に挟んで置いた小説一本を眺めた。「眩しい少女」と言うタイトルの下に書かれてる作者の名前は星見純那。聖翔音楽学園俳優育成科出身、早稲田大学文学部首席卒業、今はそんな肩書きなど要らない有名作家。

 少し心が緩んだななは箸を持ち上げた。

「美味しい」

 北海道露崎ファーム産地直送の野菜がいっぱいの大場ななの手作り弁当。自分で言うには何だけど、今日も材料も腕も完璧だし美味しいに違いない。

「はぁ…」

 どうせ大抵に人生はこう流れるのだと、ななは自分に言い聞かせた。でも、心の靄はそう簡単には晴れない。

 

 一日中らしくもなくななは早く帰って休みたいと、頭がいっぱいだった。まひるが送ってくれた食材もそろそろ尽きてるし車も出して来たから買い物するなら今日なのに、それすらも面倒に感じた。

 なので定時になった直後、ななは一番早く職員室から出た。少し歩けば校舎の裏には駐車場がある。そこに停まってる黄色い愛車の前で、ななは思ってなかったシルエットと出会した。

 頭半分くらい小さい背の普通な体躯、右寄りに結んで腰まで伸びた髪の毛、舞台の上でのみ外す分厚いメガネ。ななが知ってる限りそう言う女は一人だけ。

「純那ちゃん?」

「……なな?」

「どうしたの?なんでここに?」

 直接会ったのも結構昔の事、嬉しいのは同然だけど久しぶりに会った友達に対する嬉しさより、何でここに来たのかがもっと気になった。知らないけど友達の職場まで呑気に来れるほどの暇は無いはずだから。

 なのに純那は、ななとは違う意味で開会の友達の顔じゃない。ニコニコして近づくななと目が会った瞬間、吠えるよう叫んだ。

「今まで何処にいたのよ!」

「え、ええ?学校だよ?」

 教師が平日に学校に居るのは同然な事なのに、どうしてそんな事を叫び声で聞くのかななには理解出来ない。なのに純那の眼は燃えるように本気である。

「一体何して今更現れたのよ!なな、本当にななだよね?」

「え…私だよ。どうしたの?純那ちゃん」

「どうしたのはあんたよ!今まで…急に居なくなって!」

 泣くように叫び続ける純那は、ななを腕を捕まえたまま放せてくれない。

「ううん?ずっと家と学校の行き来だけだったよ?」

「私が今まで貴方をどれほど探したと思うの?ずっとずっと探し続けたのに、なのになのに、急に愛城さんから一緒に会いに行こうって、だから私は冗談だって、愛城さんちょっと空気読めないところあるから悪い冗談だと思ったのに、なのに何で!」

「愛城さんって華恋ちゃんの事だよね?」

「早く答えなさいよ!今まで何してたのよ!なな、青嵐には何時から?それに教師って、私が探してた時には何も無かったのに、幻みたく消えてた!」

 もう涙いっぱいで泣き叫ぶ純那の言葉は理解出来ない事ばっかり。何にそんなに怒ってるのか、ななとしては分からなかったけど、目の前の純那を落ち着かせるのが先だった。冷静に純那の目を見て話したかったけど、それすらもままならない。

「先ずは落ち着こう?純那ちゃん、うちの学校にはもうずっと前から……あれ?」

 単語から感じられる違和感。自分の口から出たはずの単語から異物感が走る。

 

 うちの学校って、青嵐だったけ?

 

「帰る時間ですよ、大場ななさん」

「え?」

 それは頭の中に鳴り響く中低音の声、耳の聴覚が捉えた音ではなかった。だが、何処から聞こえてきたかは感じられた。その方へ、ななはゆっくり後ろを振り向く。

 頭の上に垂れた巨大な生き物の影、後ろ向いたんそこでは、巨大なキリンが自分と純那を見下ろしている。

「もう何度目か分かりませんね。貴方の迎えにくるのは」

「キリン……?」

「無限な輝きを放つトップスタァ、舞台少女が目指す頂点。ですが、トップスタァが居なくても、舞台は存在し続ける」

 曇り空の下で時間が停まったように、雨は降らない。雨粒たちはその場に立ち止まり何も動かない。純那の泣き声も聞こえない。

 喋るキリンを見上げながら、ななは立ち止まっていた。

 非現実的なシーンの中に落とされたけど、何故なのかななは戸惑いを感じない。自然とこのシーンに溶け込む事、それは自分の役だと、心の向こうから声が聞こえてるから。

「ここは何処?貴方は何者?私は、誰?」

「ここはオーディションに合格し星のティアラを手にいれトップスタァとなった貴方が選ばなかった過去。ですが、キラめきが消えるとしても舞台は止まりません。観客が望む限り」

「ここが、私の選ばなかった過去?」

「そう、ここに貴方の役はありません。貴方の運命の舞台はここにありませんから」

 ななは思い出した。運命の舞台、ななの運命の舞台は第99回聖翔祭スタァライトだったはず。だから何度もそれだけを求めて。

「私がキラめきを奪ったから……」

「キラめきを失っても、トップスタァを失っても、残された役者たちは自分の役を演じ続けます。だからこそ劇は止まらない。観客が望む限り舞台は続く。それが舞台のことわり。燃え尽きる舞台の火が消えないように貪欲な観客たちが喜んで差し出したキラめき!その輝きで貴方たち舞台少女がもう一度観客たちにキラめきを与えるのは同然の使命!」

「キラめきの再生産」

 その言葉を待ったかのように、キリンは首を下ろしてななに近付いた。

「分かります。だから、ななさんもこれから貴方の役にお戻りください。観客たちがそれを望んています」

「そう、私は私の役に戻らなきゃ」

 青い照明の差す舞台の上で、ななは純那の手を離した。

「さよなら、星見純那」

 

 

wi(l)d-screen baroque

 

 

 2019年5月15日、星光館の2人室

 大場ななは朝早く目を覚ました。

 

「おはよう、純那ちゃん」

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