聖翔音楽学園99期生たちは、卒業する。   作:瑞華

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君の手から、その星を奪いたかった。

「私はフローラと」

「私はクレールと」

「運命の出会いをした」

 

「行こう、一緒に。あの星を摘みに」

 

 記憶を無くし闇の中に堕ちても、決して屈する事無く、塔の前に立ち向かう孤高で強い少女。

 それが私のクレール、私の中のクレール、私が作り上げたクレール。

 私は第99回聖翔祭、スタァライトの舞台でクレールとなり、星を摘んだ。私のクレールの為なら私は何度でも星を摘みに上がれる。どんな逆境が襲っても、どんな誘惑が阻んでも、決して屈する事無く諦めずに、塔の前に立ち向かえる。

 だから私は、私のクレールの為に君に奪われたその星をまた奪いたかった。

 私の中のクレールの為、私が作り上げたクレールの為、私自身の為に、この鬱憤を晴らしたい、ぶつけたい。

 その星を、この手に掴みたい。

 

 だけど私は君の手からその星を奪う事は出来なかった。

 導火線に火を付ける前に、バケツに溺れてしまった夏の日の花火のように何も叶えず、始まる前に堂々と「どんと来い」と言ってた君は居なくなった。

 君は見捨てた主役を取り戻しても、誰もがそれを当たり前の事に受け入れるだろうと、他の誰よりも私自身が一番よく知っている。

 不動の学年首席、親の七光、サラブレッド。私が他人の後ろに立つ姿を想像出来ない彼女達の前で、私がその星を取り戻しても、それは彼女らにとって「天堂真矢」の新しい成就ではないから。

 守る為ではなく奪う為の戦いが、もう一度やれると思ったのに。

 神楽ひかり、君は君の星を捨てて去った。

 だから私は、魂を空にして空っぽの器となり、その中に輝くその星を照らした。

 

 

 

「小さな星を摘んだなら、あなたは小さな幸せを手に入れる。大きいな星を摘んだなら、あなたは大きいな富を手に入れる。その両方を摘んだなら、あなたは永遠の願いを手に入れる」

 

「星摘みは罪の赦し、星摘みは夜の奇跡──」

 

「これが星摘みの塔。綺麗だけど怖い。そしてなぜだろう……私はこの塔を、知っている。私はあの頂で星を掴──」

 

「ちょっと、天堂さん」

 遠く空高く立っている星摘みの塔を見上げていたフローラの声は止まり、あの星摘みの塔に向けた視線と腕ゆっくりと下がる。

 セリフが止まり、舞台は途切れた。

 舞台が途切れた瞬間、フローラとクレールの二人を包んだ空気もまた、遠い星の、ずっと昔の、遥か未来から、東京の、今この時の、聖翔音楽学園の教室に戻った。1年に一度の、夏の星祭りから殺風景な教室の中に。

 台本を次のページに捲る為に動いてた指を止め、雨宮詩音の目線は、立ち止まったフローラ、演技を止めた天堂真矢に向かった。

 天堂真矢の目線もまた、消えてしまった星摘みの塔から雨宮の方に向かう。

「はい」

「いや、ごめん。続けて。いや違う……ちょっと少しだけ待って」

 何を言うべきか決められず、雨宮の視線は台本と真矢の間を走る。待っても縁起の再開の合図は出てこなかった。その代わり、すごく疲れが染みついた顔で数多くのメモが書き込まれた台本を握ったまま、眞井霧子と大場ななに来てくれと手を振った。

 演者達をそのまま待たせて眞井とひそひそと話をする雨宮の顔色は暗い。それから雨宮だけが一人で教室から立ち去った。すると、困った笑いを浮かべた眞井は慣れた事のよう、この場を整理する。

「はい皆ごめんね、10分後に再開するよ。あと天堂さん、終わったらちょっとお話出来るかな?」

「はい、分かりました」

 眞井に二つ返事をして、真矢はずっと立っていた白いバミリから離れる事だ出来た。短い休憩時間の間、簡易舞台セットに腰を下ろした真矢は台本を手に取った。手の中の台本は、既に片手で握る形に曲がってるのが自然な形になってる。それは練習の積み重ねの証拠。

「ふぅー、結構しんどいかも」

 台本に目を通してた真矢の隣にそっと近寄ったのは愛城華恋だった。

「雨宮さん、いつもと違って緊張してるらしいね。やっぱ卒業公演だからかな?」

 暇つぶしの雑談に真矢は淡々と答える。

「今回、3回目のスタァライトで、観客に見せるべきフローラの姿について、まだ雨宮さん自身も戸惑っているのでしょう」

「へぇーそうなんだ……って、お互い一言も喋ってないのに分かるの?」

 なんて事の何一言に大げさに驚く華恋に向けて、真矢は薄い笑みで答える。

「私も、全く同じ事をお考え中ですから。まだ私の中のフローラがどんな子なのか完全には結論が出ていません。多分、雨宮さんも」

「え?天堂さんがそんな悩みを?あの天堂さんが?」

 後輩達には勿論相当数の同級生達の間でも、自分のイメージが実際より膨んでるのは慣れた事だけど、それを直接自分の耳で聴くと、流石の天堂真矢でも少しは困った気分になってしまう。

「それくらいの苦悩は有って当たり前です。一体私を何だと思ってるんですか?」

「ううん……、さぁ?」

「さぁ?って……」

「天堂さんは、天堂さんだよ」

 華恋の答えは正解と言えば正解だけど、それを合ってるとするには真矢のプライドが許さない。

「同然、私は私ですが、第101回聖翔祭のスタァライトのフローラが、私と言う人間そのままではいけませんから」

「うむうむ。でもそれがどんな役だって同じじゃない?」

「私たちが3年間に渡って3回、聖翔祭で同じ演目を演じる訳を考えたら少し難しく感じられまして。それに前回のスタァライトを意識せずにはいられません。特に脚本がこれでは」

 雨宮が出した3回目のスタァライトの脚本。内容自体は難しいまではない。むしろストーリーの流れは遠回りせず直線的で理解に苦しむ事は無いし分かりやすい方だけど、演者にとっては決して簡単ではないのが問題だった。

 重い荷物を背負ったのは二人、フローラとクレール。

 愛城華恋もまたその重さに押し潰され不快ため息を吐いた。

「はぁ、やっぱそうだよね。今度のは何だっけ?ループもの?」

「三度目の星摘み、前回のクレールと女神達を覚えてるフローラになり切るのは、思ったより難しい事でした」

「雨宮さんたら、こんな宿題を出してくるとは思わなかったよ」

 頭痛が押し寄せそうな表現の重さと難しさに苦しんでる華恋の手の中の台本も、真矢のものと同じくらいボロボロになってる。

「本当その言葉通りです。99回聖翔祭で私が演じたクレール、昨年の神楽さんのクレール、そしてその2回とはまた違う愛城さんのクレール。その全部を覚えて心に抱くフローラになるのがどんなに難しい事なのか実感しています」

「そうだね。最高の脚本に合わせた新しい演技を見せなくちゃね。雨宮さんの脚本、私もすごくいいと思うよ。勿論演じる私は難しくて難しくて酷いとも思ってるけど……」

 俯いた華恋を、キレイな星の前で絶望するクレールを、真矢はフローラになって見守る。

「勿論、立派な脚本の故に難しいのもありますが、私は、私の中に西條さんのフローラと、愛城さんのフローラを作りだす事にも手間取っています」

「えっ、私?私の演技が天堂さんに?」

「はい、愛城さんのフローラを作るのは簡単ではありません。そのスタァライトでは誰よりも愛城さんが眩しく輝いていましたから。私にその光が全部受け止められるか、今も心配です」

 学年首席の天堂真矢の激賛を聴くのは聞くのは勿論嬉しい事だけど、華恋にはその芝居を褒められたって純粋に喜ぶのは難しい事だった。

「ううん……恥ずかしいかも。私の演じたフローラはね、今思えば」

「それ以上は言わないでください」

「え?」

 言葉を遮った真矢に、華恋は慌てた表情が剥き出しとなる。

「私は私が見た通りに、私が感じたままに、愛城さんのフローラを作り上げるつもりです。本人の考えを直接聞くのは何だかルール違反の感じがしますから」

 真矢の本音、真面目な態度に華恋も納得だった。むしろ圧倒されたっていうか、人ってここまで真剣になれるんだと、その言葉には覚悟が溶け込んでいると、華恋にでも分かる。

「鳥肌立っちゃうよ、天堂さん。やっぱり学年首席」

「そんなに褒められる事ではありませんよ。それに、神楽さんには本人から聞いていますし。今考えばその時聞かなかったらと思ってます」

 口では後悔してるように言っているけど、真矢の顔には、ひかりと一緒に感情を吐き出し、互いにぶつかり合った楽しい時間を思い返して咲いた微笑みが広がっていた。

 天堂真矢と、神楽ひかりと、星見純那だけの思い出。それは愛城華恋には無いもの。

「え──!私はひかりちゃんにそんなの聞いてないよ!ずるい!私にも教えて!」

「ダメです。聞きたいのなら神楽さんに直接聴いてください」

「ええ、やっぱずるいよ天堂さん」

 露骨に拗ねっては顔を逸らす華恋。真矢はそんな華恋の耳に唇を近付ける。

「全部終わったら教えて差し上げますよ、クレール」

 

「あれは……何?」

 

「星、あれが星よ」

 

「星……キレイ」

 

「星摘みは罪の赦し、星摘みは夜の奇跡」

 

「何それ、難しくてよくわかんない」

 

「あの星を追い続ける限り、誰も私を止めることは出来ない。星を追う私は、何にだってなれるんだから」

 

 

「キレイだね。クレール」

 

「そう、星はキレイなのよ。フローラ」

 

「ちがうよ、キレイなのは、クレールだよ」

 

「えっ?」

 

「ふふっ!」

 

「フローラ……うふふっ!」

 

 

 

 今日の練習が終わって、制服に着替えた真矢は一人で大道具室を訪ねた。眞井から伝えられた約束時刻に合わせて。遅い時間だけど多分ここで待ってる筈だ。雨宮詩音が。

 扉を開く音が大きく鳴り響き、真矢は大道具室の中、丸く白いテーブルの上に原稿用紙の束を載せて座ってる雨宮に向けて大きく言う。

「天堂真矢、入ります」

「ごめん天堂さん、忙しいのに呼び出したりして」

 片付けられてない大道具、小物、その中には舞台少女達の私物まで混じってる。大道具室は舞台少女達の3年間が宿った場所。最後の聖翔祭の話をするには打ってつけの場所だ。真矢はそう思いながら雨宮の前に立つ。

「それで私に話とは何でしょう?やっぱり聖翔祭の事ですね?」

「まぁ、そうね」

 A組の首席、B組の脚本が時間を作ってまでやらなきゃいけない話。彼女らに残った最後の公演、第101回聖翔祭に関する事しか考えられない。

 真矢と目線を同じくする為、椅子から立ち上がった雨宮はテーブルの上に載せてた原稿から何枚を取り上げ、高らかに力強く言葉を放つ。

 

「それは、クレールがいたから」

 

「今、私たちは――星を手放す」

 

「幾度も繰り返されてきた、この塔を巡る旅を終わらせ」

 

「さあ女神よ、武器を降ろして」

 

「行こう」

 

「私達は新たな星を求めて旅立ち」

 

「道しるべだった塔は役目を終える」

 

「行こう、女神達よ。私たちとともに」

 

 最後まで自分の書いたフローラのセリフだけを読み終えた雨宮は、原稿用紙をターブルの上に戻す。

 天堂真矢に、雨宮の声は買い被ってもこの狭い部屋すら響いてない。でも、文章に魂を宿した創作者の声ならはっきりと聞こえた。でも、彼女本人はとても満足出来てない顔で、真矢と目を合わす。

「言い回すつもりないから、単刀直入に言うわ。貴方のフローラは強い。私の考えたよりずっと。クレールを、フローラを、女神達を覚えてる天堂さんが作ったフローラは強すぎる。正直、私が貴方にどんな要求をすべきかも分からなくなったわ」

「それでは駄目です、雨宮さん」

「そうよ、私も分かってる。分かるから余計にいらつくの」

 テーブルの上に散らばった原稿のように髪の毛を靡き、雨宮はテーブルを叩いた。その音と一緒に、積み上げてた原稿用紙は下へ下へと床に落ちて散らばる。

 創作者として苦悩する雨宮の前に、天堂真矢もまた俳優として舞台人としてここに立っている。真矢は、足元に散らばった紙をゆっくりと丁寧に拾い集め始めた。

「自ら解釈して役作りをして披露する事だけが良い役者の素質とは言えません。監督のディレクトに従って製作者が求めるキャラーを作るのも役者の仕事です。脚本家、演出家、何であれその上を目指す者なら、堂々と私に指示してください」

「でも、私は貴方の演技を台無しにしたくない」

「何が言いたんですか?」

 真矢は、白いテーブルの上に全部集めた原稿用紙を下ろして彼女と目を合わせた。

「夜の星光は大きくなって小さくなって瞬くでしょ?人間の感情のようにね。貴方達A組からその輝きを見たのよ。その輝き、貴方の演技を見て、もう一度脚本を変えたくなったわ、今になってね」

 天堂真矢は、この会話から意味を感じられなかった。だって、この会話は不要な時間だから。

「雨宮さん、裏方と俳優、B組とA組は協力する関係です。ですが同時に一箇所に集まってやっと一つの作品しか作れない半人前でもあります。製作者のわがままを聞くのも、私達役者の仕事だと、私は思います」

 英雄に試練は付き纏うモノ、遠慮はしない。英雄になる道を歩むとするならば、あって同然な逆境だ。

 真矢が手を伸ばすと、雨宮は笑ってるけど、泣きそうな顔でその手を握る。

「貴方をフローラに選んで正解だった。天堂さん」

「ありがたいお言葉ですが、それは愛城さんをクレールに選んで正解だったって事でもありますよね?」

「それは、まぁ」

 真矢が投げた意地悪な言葉に、雨宮は少しだけ答えに戸惑ったけど、すぐに返事をした。

「そうよ。今回のクレールには愛城さんが一番相応しい。私の考えは変わらない」

「それは良かったです。私もそう思ってますから」

 舞台の上なら全て曝け出せる。何もかも全部全部。醜くて美しい感情を。

「でも、舞台人として彼女認める同時に、その星を奪いたくなりました」

 

 

 

フローラ 道しるべだった塔は役目を終えた。

 

クレール 目指すべきものが何か、どこにあるのか、わからないけれど……

 

フローラ 愛しき日々を血肉に変えて。私は踏み出す、果てしなく続くこの道に

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