聖翔音楽学園99期生たちは、卒業する。   作:瑞華

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また:書き下ろす

 帰り道にふっと目に入ったポスト。その入口に挟まれてるのは文字通りのメールたち。ただ数日気にしなかっただけなのに、うちのポストは埋まり尽くされ容量オーバーになっていた。

 もう毎日のようにポストを開けてみたりはしない。私宛に届いた郵便なんていくら多くても、私が待ってたのは何時も華恋からの手紙だけだった。それがポストなんか滅多に確認すらしなくなったのは、今更その理由を考えるまでもないでしょう。

 どうせこんな物の殆どは読んでも無駄。このまま永遠に読まなくても一生関係のない。その筈。

 でもこれをほっとくのはまた別の話。次に来る郵便屋さんが困るだろうし、仕方ない。今晩はこれの整理でもすると決めてから、私は私の部屋に戻った。

 なのになんと、机の上にはもう両手いっぱいの郵便を置く所が見つからなかった。詰め上げたノートとペン、まだ読み終えてない何冊かの本たち、開いだまま電源が切れてるノートパソコン、そしてヘアピン。色々あるけど、机の外に出せるのはない。

 もう仕方ない。郵便は一応ベッドの上に降ろしておこう。そうなったら布団も片付けなければ。こん朝には忙しかったから帰ってから片付ける予定だったから。よく見たら脱いだパジャマも下着も布団と一つになってる。あれこれ空いた空間が見当たらない。

 何故家事ってのはこんなに次々と襲ってくるのだろう?掃除はやってもやっても終わりのないウロボロスのような怪物だし。皆んなはどうやって、こんな化け物と戦って生きて行くんだろうか?

 まひる、どうやら私はこの怪物を倒すには不足してる見たい。

 私って誠実で自己管理には抜かりの無い人の筈。友達も仲間も皆んながそう言っていた。今まで多くの人と知り合ったけど、何もかも私が悪いと指摘したのはまひるしか無かったから間違いない。うん、だから私は悪くない。この環境が悪いのよ。きっとそうだ。

 ひとまずこの郵便の塊は布団の上に置くとしよう。

 

食事もまた自己管理に含まれるもの。舞台に立つ役者として粗末には出来ない。午後6時が過ぎる前にいち早く夕食を済ませて外の空が暗くなり始める前に、ベッドに戻って郵便を広げて置いた。

 勿論これの分類はすぐ終わる。この中から見つけ出すべき物は一つしかないから。そうするべき物は一眼にも分かるデザインの目立つ色合いのエアメール。何時もそれ以外の物は捨ててしまった。

 でも、それはもう私に来ないって分かってる。でも、もしかしてって気持ちが私に、一つ一つ捲ってみろうと命じるわ。それは私はまだ、華恋からの手紙を待っているからね。

 この間違った期待は何時になったら消えるのだろう?未だに怯えて、勇気も無いくせに、他人にする忠告だけは出来る、神楽ひかりだから、今も華恋の字が書かれてる封筒を探してる。でも無駄な期待を抱いたって、存在するわけはない。

 だったらもうこの紙切れにようは無いわ。私の個人情報が書かれてそうな物もないし、全部ゴミに出すだけ。

 郵便の塊、今はただのゴミを一つに纏めて起きろとしたその時、一枚の封筒が刷り落とされた。面倒いけど腰を下ろして取り上げた私は、その偶然に、その封筒に目を奪われてしまった。

 隅っこにプリントされてるのは見慣れた印、RATA

 それは私の130gを失くした場所。

 

 

 

「レヴュー。それは歌とダンスが織りなす魅惑の舞台。これから始まるオーディションで最もキラめいたレヴューを見せてくれた方には、星のティアラが与えられトップスタァへの道が拓かれるでしょう」

 

「トップ…スタァ?」

 

「運命の舞台に立つ者。無限のキラめきを放ち、すべての才能を開花させ、時を超えて輝き続ける永遠の主役」

 

 

 

 晴れた天気を想像する事が出来ない都市、ロンドン。今日も私の頭の上にはステレオタイプみたいな相変わらずの灰色の雲が空を埋めて流れていた。ロンドンの天気は毎日こんなだし、私も相変わらず家を出る前には傘を忘れない。

 何時雨が降るか分からない程度が普段の姿であるこの街で天気は悪いのを理由にする訳にもいかないけど、今日は真っ直ぐ駅の方に向かう。3年前には、雨が振ってなきゃ毎回歩いてた。その道が今目の前に続いてるけど、私はそこから顔を逸らしてしまう。

 その頃は毎日のように繰り返したルーチンだから?まだ私の体はその時を覚えてるらしい。今更考えると、それを守ったのはたった1年くらい。ルーチンに従った時間より、これから流れた時間の方が長くなったけど、きっと私が何も考えた無かったら、私の足は私をその道の上に導いたはず。

 だけど今の私にはテムズ川もタワーブリッジの階段も似合わない。今は似合わない道の上で終わりなく迷い、道標なき別れ道に至る度に苦悩するより、決められた線路を走る列車に乗った方が楽よ。

 

「列車は必ず次の駅へ。では舞台は?神楽ひかりは?」

 

スマホをポケットに閉まって前時代的な感傷に浸ったまま、列車が連れてくれた場所はベーカー・ストリート駅。出入り口から駅の外に出ると東西に続くメリルボーン・ロードが目の前に居る。その道から東に2ブロック。少し歩けば王立演劇学院がそこに居る。

 The Royal Academy of Theatrical Actors, 'RATA'が。

 私が失くした130g・何時ものハンドクリーム1瓶・クロスタウンのサーモンサンド・マクベスの文庫本・2ポンド硬貨11枚・心臓一つ分の重さ。

 それは華恋との約束であり、キラめき。

 たった130gでありながら、私の全てだったモノを失くした場所。

「……久しぶりね」

 白いく赤い建物、そしてど真ん中に吊られた学校の旗を見たら、私は独り言を口から出してしまった。どうせ通りすがりの人達が私の独り言を分かる筈もないし、別にいいけど。ここで私が突っ立ってても誰もおかしくは思わない。でも中に入ったら私を覚えてる人と出会すかも知れない。その時に私は普通に接する事が出来るだろうか。

 とにかく、ここまで来た以上は入るしかない。私は観る為に来たのだから。

 私のキラめきを持った彼女、ジュディはきっと今日の主役として舞台に立つのだろう。私に届いたパンフレットにもそう書いていたから間違いない。

 あの娘の運命の舞台が今日なのか、遙か未来なのか、それとも既に過ぎてしまったのかは、私には分からないけど、時を越えて輝き続ける永遠の主役なら今日も変わらずキラめいてる筈だから関係ないわ。

 華恋、私のキラめきで貫くのが出来るかな?

 案内文に書かれた卒業公演という単語から何だか懐かしさを感じる。考えてみれば私は結局卒業公演なんて出来なかった。でも特別なのは行う時期だけで、本質的にはRATAに通ってた時期にしていた定期公演や、聖翔祭とも変わらないと思う。違うのはここでの最後の上演の目の当たりにした俳優と裏方の心構えだけ。

 今日この劇場では観客でしかない私に、今から上演される劇が特別である理由なんて無いけど、何だか私の両足はすんなりと動いてくれない。

 開演は誰も待ってくれないのに。

 もう負けないと、諦めないと、逃げ出さないと、涙しないと、そう決めたのに、やっぱり観客席に座るのが怖い。

 貴方は舞台少女よ、神楽ひかり。

「それでも怖い」

 

「じゃぁ、一緒に居てあげてもいいよ」

 聞き慣れたけど、ここで聞くのは不思議な言葉。

 聞き慣れたけど、ここで聞くのは不思議な音声。

 私はこの声をよく知ってる。後ろを振り向かずとも、もう私の背中に迫ってるこの娘を。

「怖くても大丈夫だと思うよ、ひかりちゃん」

 聖翔音楽学園99期生出席番号15番、大場なな。これからは'RATA acting main course' 受講生の 'nana daiba'だけど、私にとっては「なな」だ。それ以上もそれ以下でもない。

 とにかく、ここで私も待っていたななに、私は嘘を吐いてしまう。

「怖くない」

 身長170cmを超えるななを見上げながらも、私は彼女に並ぶように背筋を伸ばして、私の嘘を真実に変えようとしたけど、それは多分無駄でしょうね。

 でもななはそれを追求したりはしなかった。それよりは連絡を無視して待たせたのが不満らしい。

「なんでメッセージに答えなしなの?来ないかと思ったよ、ひかりちゃん」

 ななは手に持ったスマホを見せながら不満を行ってきたけど、そんな事で私は罪悪感など感じない。そんなキリンくさいメッセージを出しといて返事を求めるなどありえない。そんなのに返事なんてする訳ないでしょう。

「そうよ、来たくなかった」

「あっ、急に素直になった」

 私は言うこともないけど、相当気まずい口ぶりだったのに、ななはそこについては何も聞いてこない。

「建前とかしないの?」

「私はそんな文化知らないわ」

「へぇ〜そうだよね。ひかりちゃんはそうでした」

 いっその事怒るかあざ笑うならいいけど、私を見ながら優しく笑うだけのななの顔を見てると何だか、イラつく。やっぱり来るんじゃなかった。でも、ななに弄ばれたって後悔はしない。決めたのは私だから。

 だから私は前に進むと決めた。ななは置いといて。

「ええっ!ひかりちゃん、逃げないで〜」

 私に逃げるだなんて、気持ち悪いわ。これは逃げるのではない。面倒いから避けるだけ。

 

 勢いよく校内に先に行ったけど、現実で人を振り切るなどは不可能だった。私の後ろにくっ付いてるななの方を振り向こうとすると、ななは相変わらず明るい表情のままだ。

 周りを楽しそうに見渡しながらも、ほんの一瞬だけ振り向いた私の目線を逃さず、目を合わせて笑顔を作る。

「今日は卒業公演も見られるし、最高にバナナイスな日になりそうだね。世界最高の人材だけが集まったと呼ばれるレベルがどれ程のモノか、新入生としてななは気になります〜。きっとすごいよね。ひかりちゃんは知ってるでしょう?同期の子達だし」

「さぁ?私に聞いても」

 そう、私には知らない。ななの言う通り入学同期なのは事実だけど、今更知ってると言い張るのは思い上がりだと私は思う。卒業するあの子達と一緒に居たのはたった1年にも至らない。

「その頃よりずっと成長してる筈よ。私よりむしろ大場さんの方が知ってるんじゃないかな」

「ええ!なんで『大場さん』になっちゃったの?一度もそんな呼び方した事ないよね?酷いよひかりちゃん」

「貴方がウザいからよ。ダイバッカ、ナナ」

「それは悪くないかも」

 そっちを気に入るのもまた困るけど。やっぱり気の毒。

 聖翔時代にもななはそうだった。なんでも自分のペースに巻き込み揺さぶって、気づくと自分は遠くからの現物。自分の中の脚本からはみだすとすぐ壊れるけど。

 でも、ななんだって成長した筈。

「なんで私を呼んだの?」

「うん?だって一人より友達と一緒の方が楽しいでしょ?それにひかりちゃん、一人では絶対来ないと思ったから」

 それは自分か来たかったと言うより、私を呼び出す為に来たとしか聞こえない。

「私に構う必要ない。所詮貴方と私もクラスメイトだったのは1年しかないから」

「時間は関係ないんじゃないかな?1年でも10年でも、一日の因縁より運命より重いとは限らないよ。例えば〜そうだ、華恋ちゃんと一緒に居た時間だってひかりちゃんより私の方が長いよ?」

 華恋の名前を口にしたななは、明らかに私を蒸発していた。言い換えせと、その笑顔で私に言ってる。聖翔の3年より、私と華恋の1年の方が重いって。

「ひかりちゃんもそう思うよね?」

 ななの言う通りかも。でも「はい、そうですね」って言うにはその名前は重い過ぎる。

「でも、運命は変わる」

「だから帰らないの?」

 ななは私の弱い所を次々と刺した。13年も生きたここが私の帰る場所と、堂々と言い切れないと、ななは最初から知ってた。

「運命が変わったなら、ここで探し出せなかったら、新しく書けば良いんだよ。ひかりちゃんに似合う新たな劇を」

 私は歩みを止めた時、私とななはシアターの入り口前まで来ていた。もうすぐ始める。

「私は逃げない。それだけ」

 これは私を納得させるための言葉。

 きっと私に向けての言葉だったけど、ななは両腕を広げ、声を整った。

「逃げ出した先に楽園なんてありゃしねぇのさ。辿り着いた先、そこにあるのはやっぱり戦場だけだ」

 太くて低い男子の声。その一言を終えてはまるで星見の真似をするかのように、存在しないメガネに指を当てる。ななは訳の分からない鼻高々と私を見た。

「ガッツの言葉よ」

 ななの言動に理解を苦しむ私は、首を傾げるのが精一杯だ。

 初めて聞くし、それは誰?それ以前に人の名前とは思えない。

「誰?」

 私がそう言い返したら、ななは逆に私を変に見つめる。

「ひかりちゃん、ベルセルクも知らないの?」

「知らない……」

「あ、そうか。5歳の時に離れたなら知らないのも納得です」

 自分だけ完結してるけど、私はそれ以上その言葉の原典を探ろうとは思わない。やっぱり大場ななはめんどいし、気まずい。

 でも少しくらいは私の前に立ってるのは貴方で、ななでよかったと思う。

「ありがとう」

「うん?」

「逃げた私に役をくれた事、ありがとう」

「ああ、うん……それはなんと言うか……」

 私は純粋に感謝の言葉を述べただけなのに、ななは珍しくい目線を逸らした。あの時の話はななとしても恥ずかしいのかも。

「それは、キリンの仕業なの」

「キリン」

キリン、ね。

「ではキリンを糧とした私たちは?」

「舞台少女」

 ななはそう言い切った。

「舞台少女は客席に座ったって舞台少女よ」

 何時だって、何処だって、私達は舞台少女。

 ならば、今の私はキリンのせいで、キリンのお陰て舞台少女として居られるの?否定したいけど、否定は出来ない。

 だからむかつく。バッカみたい。

 舞台少女、神楽ひかり

 入る、シアターに。

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